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第24話:指導

2016/1/22 脱字訂正

 

 大書庫での調べものは有意義であった。

 明らかになった新事実に喜んだ反面、勘違いをしていた事実や危うい思い込みに肝を冷やしたりもした。

 何がどうだったのかについてはその件に当たった時に述べるとして、ロビーの本は言語関係を除いてとりあえず目を通してみた。必要そうな情報はメモを残してある。特に丸々書き写したのは2冊。『アミティリシアの常識・非常識』と『病症辞典』だ。特に前者は暇な時にじっくり読み込んで、少しずつ記憶していくことにしている。病気はリアルと同じ物もあるが、GAO世界特有のものもあったので、万が一に備えて残しておくことにした。

 中には本当に初心者向けなのかと首を傾げる本もあった。『宮中作法』や『冠婚葬祭作法』なんていつ使う機会があるんだか……

 それ以外にも色々と情報を仕入れることができた。特にロビー以外の場所の専門書はいくつか読んでみたが、現時点では理解が及ばない部分もあるものの、今後役に立つであろうものもあり、それを扱えるレベルになるのが楽しみだったりもする。中には、今後絶対に手を付けないだろうなと思われる分野の情報もあったけど。

 そういった調べものについて一区切りつけ、また狩りに励もうかと思っていた矢先にそれは来た。

 それは1通のメール。見知らぬプレイヤーからのものだ。

 GAOのメールはフレンド登録していなくても送ることが可能になっている。プレイヤー名で検索すれば候補が挙がり、それを宛先にすればいいのだ。ただGAOは同名のプレイヤーもいたりするので注意が必要だろう。同名プレイヤーの中から個人を特定するにはどうすればいいんだろうな。まぁ、知らないプレイヤーにこちらからメールなんて、今後もすることはないだろうからいいんだけど。

 それはともかく件名は『解体スキル指導希望』というものだった。記念すべき第1号である。どうも料理をするプレイヤーらしく、【解体】を修得して効率よく素材を得たいのだそうだ。

 断る理由はなく、俺の狩り復帰1日目は【解体】指導込みということになった。


 


 ログイン35回目。

 待ち合わせはアインファストの北門前にしておいた。獲物の候補をいくつか挙げたところ、鹿を狩りたいということだったのでそれをメインにすることにしたのだ。俺も鹿は見たことはあっても狩ったことがなかったのでいいタイミングだったとも言える。見つからない可能性もあるが、その時はその時だ。『普通の』ロックリザードもいるだろうし、鳥もいるだろう。

 約束の時間にはまだ余裕があるな。こちらの恰好は先方に伝えてあるので、それを目印にして来るはずだが。

 北は岩山の方面になるので、狩りに出るプレイヤーは意外と少なかったりする。狩りをするなら森の方が獲物に遭遇する確率も高いからだ。その代わり、鍛冶職プレイヤーの出入りは頻繁だ。外に出ようとするプレイヤーもそれらしい者が多く――

「あなたがフィストさん?」

 声を掛けてきたのはそれらしくない人だった。

 結構な重装備、といってもいいだろう。足元は革製のブーツ、腕は革手袋だが、身体は裾の長いチェインメイル、被っているヘルムは顔を覆わないタイプだが、額から鼻に掛けて金属板が垂れている。腰には剣を提げ、背中にはラウンドシールドを背負っていた。そして手には全長1メートル程の片刃の戦斧。形は髭刃状だな。

 うむ、これを一言で表現しろと言われれば、ヴァイキングだと答えよう。

「ああ、俺がフィストだ。あなたがグンヒルト?」

 問うと、頷いてグンヒルトはヘルムを脱いだ。金の長髪が零れ出る。装備からは想像できない、線の細い顔が現れた。うん、美人だな。

「初めまして、グンヒルトよ。今回のお願い、聞き届けてもらえて感謝するわ」

「いや、どうってことないさ」

 頭を下げるグンヒルトに、手を振って答える。

「しっかし……随分と『狙ってる』よな。殿下って呼んでいいか?」

 顔と装備を改めて一瞥して言うと、グンヒルトが笑った。

「駄目よ、それを狙うなら最初から名前を別のものにしてるわ」

 某ヴァイキングを題材にした漫画に出てくる王子様(覚醒前)に似せた顔立ちの彼女を見ていると、よくもここまで拘ったなぁと思う……コスプレ屋に依頼したら装備も再現できるかもしれんな。その気があるなら紹介してやるとしよう。

 それはともかく。

「で、解体スキルの修得を希望ってことなんだが……倫理コード解除とオートドロップ無効については納得済でいいんだな?」

「ええ、覚悟の上よ。と言っても、実際その目で見たら気持ちが揺らぐかもしれないけどね」

 まぁ、臓物パーティーを好きでやりたがる女性なんていないだろうしな。いずれにせよ、やってみてからだ。

「よし、それじゃ行くか」

 立ち話をしていても始まらない。グンヒルトを促し、俺は北門へと足を向けた。


 


 移動しながら簡単に自己紹介などをする。

 グンヒルトはβからのプレイヤーだそうだ。当時はもっと逞しい系のキャラ造形で、斧をぶん回していたらしい。結構名の知れたプレイヤーだったそうだ。が、その途中で料理に目覚めたんだとか。リアルでジビエ料理に出会ったのも理由の1つらしいが、GAOでなら思う存分食えるじゃないか、と。

 そんなわけで、正式版では名前を変え、方針も一新。今はツヴァンドで小さなジビエ料理店を営んでいるとのことだ。

 素材は自分で狩っていたが、店を作ってからは客用と研究用の素材を確保するのが大変で、悩んでいた時に掲示板で【解体】スキルを知った、ということらしい。

 しっかし、俺が知り合うのはβテスターが多いな。こんな頻繁に遭遇するものなんだろうか?

「で、フィストはどういうスタイルでやってるの?」

「俺は自分が美味い物を食いたくてな。というか、未知の味に興味があったから、自分で獲物を狩って食っていこうと、まぁそんな感じだ」

「へぇ……【バトルコック】みたいなことやってるのね」

 グンヒルトの口から聞き慣れない単語が出てきた。

「【バトルコック】?」

「ええ、私も直接会ったことはないんだけど、リアルに存在しない未知の味を求めて活動してるβテスターよ。今のフィストみたいに自分で獲物を狩って、自分で調理して食べてるらしいわ」

 へぇ……βの頃から俺みたいな理由でプレイしてる人がいたのか。会ってみたいな。

「名前は?」

「確かセザールだったかしら」

 マンションみたいな名前だなと思ったのは秘密だ。でも名前は某最強の料理人から来てるんだろうなと予想する。1文字違いだが。きっと武器より素手の方が強いに違いない。


 その後も他愛ない話をしながら進み、山の麓の森へと辿り着いた。

「さて、まずは獲物を探さないとな。目当ての鹿が見つかればいいんだが」

 この間の大物が出てきたら最高なんだが贅沢は言うまい。

 【気配察知】で獲物を探す――ん、近くにいる? 反応の方向を目で追うと木の枝に止まっている鳥がいた。鶏くらいの大きさの鳩で、身体は茶色で目の周りだけ黒い。メグロバトだな。

「あ、メグロバト」

 グンヒルトも気付いたようだ。しかし鳥か……解体の実演には向かないよな。まぁ、食材確保でいいか。

 ダガーを1本引き抜き、【隠行】を行使して近づく。さっきは横を向いていたが、今はこちらに背を向けているので気付かれてはいないだろう。

 命中が期待できる距離まで詰めて投擲する。幸い狙いを外れることはなく、ダガーはメグロバトの首へと突き刺さった。鳴き声すら上げずにメグロバトが木から落ちる。ふむ、いい具合にクリティカルしたのか、一撃だったな。修得したばかりの【投擲】でこの結果は運がいいと言える。

「よし、メグロバトゲット」

 ダガーを抜いて血と脂を拭き、ポケットに収める。獲物は……そうだな、血抜きしよう。

 ナイフで首の辺りをさっくりと斬って逆さに吊す。

「本当に、死体が残るのね」

 消えずに残ったメグロバトを見ながら、感心したようにグンヒルトが呟く。血抜きの工程自体に怯んだ様子はないな。

「この手の鳥だと、ドロップってどんな感じなんだ?」

「脚1本ね。運が良ければ、ほぼ丸ごとドロップするらしいけど、私はお目に掛かったことがないわ」

「そうか。喜べ、解体を修得できたら、毎回そうなる」

「それは楽しみね」

 やがて血抜きが終了したのでそれをストレージリュックサックに放り込んで再び【気配察知】を行う。ん、近づいてくる気配が4か。うまく血の臭いに誘われてきたかな。

「グンヒルト、こっちに何かが4体接近中。警戒を」

「了解」

 グンヒルトがラウンドシールドを背中から降ろして左手に持つ。剣は抜かず、戦斧の方を使うようだ。女ヴァイキングの実力、見せてもらおうか。

 俺の方もガントレットの両拳を打ち鳴らして戦闘態勢に入る。レイアスのガントレットの初陣だ。その威力、確かめさせてもらおう。

 姿を見せたのは予想どおり、4匹のウルフだった。こちらを認めると立ち止まり、威嚇の声を上げながら身構える。

「2匹ずつでいい?」

「ああ」

 グンヒルトの提案に即答する。同時、女傑が飛び出した。俺も同時に地を蹴ってウルフ達へと向かう。こちらの敵対の意志を感じたか、ウルフ達も向かってきた。

「ふっ!」

 気負う様子もなく、グンヒルトの戦斧が閃く。垂直に振り下ろされたそれを避けることができず、頭が縦に割れた後でウルフが消え散った。同時にグンヒルトはシールドでもう1匹のウルフの顔を打ちつける。跳びかかってきていたウルフはそれの直撃を喰らって宙に浮く。追撃するようにグンヒルトが再び斧を一閃。ウルフは首とそれ以外に分かれて地面に落ち、砕けて消えた。一瞬だったな……

 そうしている間にこちらにもウルフが迫っていた。2匹同時に掛かってこられないように横へ移動しながら、まずは1匹に狙いを定める。跳びかかってきたのに合わせるように、俺は【魔力撃】と共に拳を繰り出した。

 ぐしゃり、と嫌な音がした。ぎゃいんとウルフが悲鳴を上げる。鼻が潰れて吹き飛んだウルフが地面を滑っていく。

 残った1匹の意識がそちらへ向くが、その隙を逃す気はない。思い切り足を振り上げる。鋼を仕込んだブーツの爪先がウルフの顎をしっかりと捉えた。ウルフの身体が真上に移動し、その後重力に引かれて落下する。

 まだ生きてはいるようだが、痙攣したままで襲ってくる余力はなさそうだ。先に殴り倒したウルフも虫の息のようだった。うーむ、どっちも手応えバッチリだったな。明らかに威力は上がっている。攻撃部位次第ではウルフも一撃か。レイアスもシザーもいい仕事をしてくれた。

 まぁ、それはそれとして。

「ウルフをあっさりと……戦士職で十分やっていけるんじゃないか?」

 女ヴァイキングの戦闘力には恐れ入った。多分4匹相手でも楽勝だったんじゃないだろうか。

「βの頃よりはレベルも低いけど、スタート開始と同時に結構駆け抜けたからそれなりのレベルにはなってるのよ。それに感覚は以前のが何となく残ってるし、それに従ってればこの辺の動物に苦戦することはまずないわ」

 それって身体が戦い方を覚えてて、ある程度はプレイヤースキルにまで昇華しているということだろうか……以前はよっぽど強い人だったんだろうなぁ。獲物を狩るにも戦闘力は必要だから、いいことなんだろう。

「さて、教材ゲット」

 話を切り上げて、俺は自分で倒したウルフを一箇所に集めて血抜きを開始する。

「一応、俺の解体作業を一通り見届けることでスキル修得が可能になる。で、どうするグンヒルト。ちょうどここには2匹のウルフがあるわけだが……俺と一緒に挑戦してみるか?」

「え、い、いきなり?」

 グンヒルトが怯む。その顔でその反応はナイスだなぁ。さっきあっさりとウルフを両断した女傑とは思えないギャップがいい。言ったら怒られそうだから言わないが。

「俺と同じように作業をしながらってことになるな。感覚的には掴みやすくなると思う」

 でも待てよ、自動修得してしまう可能性もあるから、修得を迷ってる場合はお薦めできないな。修得したスキルをなかったことにはできないし。

「いや、やっぱり止めとこう。自動修得してしまったらキャンセルできないから、見るだけの方がいい」

 【気配察知】で周囲を探る。別のウルフがこっちへ来る様子はないな。それじゃあ始めるとしますか。


 

「とまぁ、こんな感じだ」

 俺の目の前には解体完了したウルフが1匹分。毛皮と牙、肉が収穫で、それ以外は廃棄だ。

 グンヒルトは冷静に俺の作業を見ていて、特に忌避感はない様子だった。

「やっぱり結構な時間がかかるのね」

「工程の確認をしながらだったからな。普段はもっと早く済む。初めはそれなりの時間が掛かるだろうけど、慣れれば確実に時間短縮できる。俺の場合は他に解体できる場所がないから現場処理してるけど、グンヒルトは仕留めて店に持ち帰ってからの作業でもいいんじゃないか? 正直なところ、その方が安全ではある」

「そう、ね。でも店にそこまでのスペースはないし。どこか、解体に使わせてもらえる場所とかないものかしら」

 うーん、屠殺場や狩猟ギルドで場所だけ借りるってのもアリだと思うが、有料とかになる可能性もあるな。解体の依頼については作業料を取られるし。

「……まぁ、お店はいずれ引っ越すわ」

 解体場所について思いを巡らせていると、そんな事をグンヒルトが口にした。

「食堂自体は今くらいの規模でもいいけど、解体ができる作業場のあるお店がいいわね」

「現場で解体、でもいいと思うけどな。不要なものの後始末も簡単だし」

「さすがにそのためだけに精霊魔法を修得するのも、ね。別に穴を掘ってもいいんだけど」

 血や臓物に群がる獣もいれば、それのせいで危険を察して逃げていく獣もいる。後始末をちゃんとしておかないと他のプレイヤーに迷惑が掛かるしな。それにやっぱり作業中の安全の問題もある。

「で、決心はついたか?」

 改めてグンヒルトに問う。【解体】を修得するのか、という意味だ。まぁ、答えは出ているようなものだ。

 メニューを立ち上げ、スキルリストを開くグンヒルト。それが彼女の答えだった。

「よし、それじゃ早速実践と行こう」

「ええ、よろしくね師匠」

 俺が斃した狼を前に、グンヒルトはナイフを抜いた。


 


 最初は手こずっていたが、グンヒルトは【解体】に手応えを感じたようだ。

 その後も何度か獲物を解体し、希望だった鹿(通常サイズ)も狩ることができて上機嫌だった。

 アインファストに戻ってフレンド登録をし、その日は別れる。

 今回の礼として、今度ツヴァンドへ行った時には料理を御馳走してもらう約束をした。

 その時が楽しみだ。

 

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