第23話:アインファスト大書庫
2015/01/05 一部修正
2015/07/01 誤字訂正
久々のティオクリ鶏は美味かった。つい3本も買ってしまったが後悔はしていない。
そのまま俺は大書庫へと向かった。亜人について調べるためだ。正直、今はどんな些細な情報でも欲しい。
「あら、フィストさん。お久しぶりです」
建物内に入ると受付にいる長い茶髪をした眼鏡の女性が頭を下げた。既に顔馴染みと言える、司書のミスティだ。
「久しぶり。今日も利用させてもらうよ」
「いつもありがとうございます。今日も写本作りですか?」
俺が料理や調薬のレシピを書き写していたことを知っているので、ミスティは使用料を受け取りながらそう聞いてくる。
「いや、今回は調べ物がメインだ。亜人に関する書物はあるか? どんな亜人がいるのかとか、人間との関係が分かるようなやつ」
「それでしたらあちらになりますね」
ミスティがある本棚を指差す。礼を言ってそちらへ向かおうとして、
「ん……?」
俺は足を止めた。
今、ミスティが指した本棚。それそのものには何ら問題はない。
が、違和感がどんどん大きくなっていった。初めてここへ来た時にもあった違和感、それが何であるのかもう少しで分かりそうな……
「なぁ、ミスティ。鍛冶に関する本ってどこにある?」
「鍛冶はそちらですね」
「じゃあ、裁縫に関する本は?」
「その隣です」
「言語に関する本」
「亜人関係の右隣ですが」
「他国に関する本は?」
「法律関係の本棚の2つ左です」
「……世間の常識みたいなのを書いた本ってあるか……?」
「ありますよ。他国関連の本と同じ棚です」
俺の問いに淀みなくミスティが答える。俺の予想が確信に変わっていく。
「ところで、奥の本棚や2階にある本棚って、どんな本が置いてあるんだ?」
「詩や物語が多いですね。後は各分野の専門書などです」
「専門分野って、鍛冶とか調薬に関してもだよな? 以前そっちを案内されなかった理由は?」
「異邦人の方々からの漠然とした問い合わせに関しては、まずはこちらの本棚から案内するようにとの指示もありまして。具体的かつ専門的な事柄に関する要望があれば、あらためて該当する本棚を案内するように、と」
……やっぱりか。
「このロビーにある本棚って、いつからここに?」
「……確か、半年以上前でしょうか。それまでは、本棚の場所には机がありましたし、蔵書は奥の本棚に入っていました。何故このようにしたのかは分かりませんが」
「設置後、本の種類と数に変更は?」
「なかったと記憶しています」
この世界での半年以上前ってことは……サービス開始前、ってことだよな。それ以来、本の内容に変更はない、と。
大書庫は入口から入ると吹き抜けのロビーがある。ここに本棚や閲覧用の机を置いてるが、その奥には1階と2階それぞれにもっと多くの本棚が並んでいる。
初めて来た時、俺はこれに違和感を持った。どうしてこんな配置にしたんだろうか、と。
ロビーにある本棚は、壁際にあるものを除けば、席の合間を縫うように配置されている。何とかスペースを作って配置した、という感じだ。奥のように整然とした並びじゃない。
それに、本自体も数が多いわけじゃない。本棚には結構な空きがあったし、同じタイトルの本が数冊あるのが常だった。
今まで、そして今回もそうだが、俺が求めた本は全てロビーの本棚にあった。ロビーの奥にある本棚を案内されたことは一度もない。これだけ広い大書庫で、いくら何でも聞いた事全てがロビーの本棚で片付くのは不自然だろう。
「俺達用、だったんだ……」
ロビーの本棚を見て、思わず呟く。
恐らくこのロビーにある本棚の本、これは俺達『プレイヤー向け』だ。それも初心者用の。訓練所が戦闘系のチュートリアルなら、ここはさしずめヘルプだろうか。GAOの世界に関する情報を集約したスペース。GAOで活動していくために必要な基本情報を一箇所にまとめてるんだ。
「……どうかしましたか?」
「いや、何でも……あ、また無地の本を何冊かもらうよ」
言葉を濁して俺は数冊の無地本を買い、本棚へと移動する。
俺の想像が正しいかどうかなんて、運営にでも聞かなきゃ分からない。でもそんな事を聞いても意味はない。重要なことは、今ここにある本が全て、俺達の役に立つ物なのかどうかだ。
まずは亜人関係の本を探した。『アミティリシアの亜人1』というタイトルの本があったのでそれを手にとって席に着く。
目次を見ると、ざっと種族名が並んでいた。エルフ、ドワーフ、獣人、ゴブリン、オーク、リザードマン。住人達から聞いた種族に加えて、コボルド、人魚も亜人として掲載されているようだ。他は……特にないな。この流れなら、サハギンとかハーピーとかが含まれてても不思議じゃないんだが……
「コボルドも出会ってたらやばかったなぁ……敵認定的な意味で」
これもゲームじゃ敵として出る事が多い種族だ。まぁいい、とりあえず今ここに載ってる亜人は全て攻撃NGってことで。それ以外は……漏れてる可能性もあるし、その都度確かめるのが安全かつ堅実だろう。
それじゃ、順番に各種族を確認してみるか。
まずエルフ。特徴は長い耳と不老長寿。ただ不老といっても最終的には見た目も老いていくようだ。弓を得意とし、一族全てが精霊魔法を修めている。ん? 主に森に住むが、海辺に暮らす一族もいる、と。住む地域によって肌の色に違いがある……森に住むエルフの一族は肌が白く、海辺に住むエルフ一族は褐色の肌をしている、か……あれ、つまりダークエルフっていないのか? 特にそれらが仲違いしてるわけでもなさそうだし。森エルフと海エルフなんて言い方もするみたいだ。ふむ、海エルフをダークエルフと勘違いしないようにしないとな……
お次はドワーフ。男性ドワーフは低い背にがっしりした体格が特徴ってことは、これもほぼイメージどおりだな。男性ドワーフは若いうちから髭をたくわえる。女性のドワーフは確か髭がない合法ロリだったはず……うん、これにも幼女に見間違えることもあるって書かれてる。ただ、見た目はロリっ娘で細身なのに膂力は人間の男を超える場合がほとんど、と……世の変態紳士が下手に声を掛けたらぺちゃんこにされるわけだな。酒を愛し、職人気質が多いってのはイメージからは外れない。男は鍛冶や木工、女は細工物が得意みたいだ。ただ、得意な得物は鎚系が多い、と。ここが少しイメージから外れるか。ドワーフと言えば個人的には斧の印象だった。
次は獣人。基本的に人間と大差ないが、決定的に違う特徴は獣のような耳と尻尾。それから少し毛深い、と。首から上が獣、というタイプではないんだな。爪や歯が鋭かったり手足に肉球が付いていたりもしないようだ。彼らは聖霊と人間の間に生まれた子の子孫らしい。獣人の数は結構多く、獣人の国まであると……すごいな、獣人の勢力。人間より優れた身体能力を持つ者が多いが、鍛冶や工芸といった生産活動は不得手らしい。
ふむ、ここまでの3種族は、人間とも積極的に関わってる種族だって言ってたな。それじゃ、次に行くか。
ゴブリン。ファンタジー系RPGの敵役筆頭だが、この世界では違うらしい。人間よりやや小柄で、薄い頭髪と緑がかった肌がGAOのゴブリンの特徴だ。主に森の中に集落を作り、狩猟と採取で暮らしているそうだ。種族特性としては夜目が利くらしい。人間の生活圏に現れることはごく稀だそうだが、毛皮などを持ち込んで物資を購入していくこともあるとか。
次はオーク。これもファンタジー系ではよく敵として出る。容姿は出典によって色々だが、GAOでは豚やイノシシの頭をした亜人ってことになってるな。人間より一回り大きく強靱な肉体を持ち、膂力に優れるとある。こいつらは主に山岳地帯に住んで狩猟と採取で生活してる。ゴブリンと同じく人間の生活圏には滅多に現れないようだ。イノシシや野豚と間違えて狩らないように気をつけないとな。エロ方面? オークによる陵辱祭り? そんな事は知らん! というか、普通に女オークもいるみたいだから、他の亜人に性欲なんて湧かんだろ、多分。
リザードマン。トカゲ人間だ。体型は人間に近いが首から上はトカゲで、尻尾も生えている。住んでいる場所は色々で、湿地帯や湖の近くが多い、か。ツヴァンドに来たリザードマンはどこから来たんだろうな。こいつらも人間と交流を持つものの、頻繁じゃないみたいだ。生活はやっぱり狩猟メイン。
次々行こう。コボルドだ。これもファンタジーじゃ割とメジャーかな。姿は様々だ。醜い妖精なこともあれば、犬みたいな頭で鱗や角があるとされることもあるし、文字通り犬頭の獣人系なこともある。GAOでは犬人間みたいだな。小柄で全身もっふもふ。敵と認識されなければ、獣人と並んでケモナーなプレイヤー垂涎の的になるだろう。身体能力は高くないが手先が器用で鼻も利くらしい。それから他の亜人には珍しく農耕なんかもしているようだ。主な生息地は森の中みたいだな。
最後は人魚。これは俺達が持つ人魚のイメージどおりだ。男も女も下半身が魚。彼らは基本的には人間の領域へ自分達から出向くことはないようだな。人間との交流が皆無、というわけではないみたいだけど。むしろ人間の方から出向いていって交易みたいなことをしているようだ。
うーむ、結構な数の亜人を確認できたな。しかし、これらと実際に交流を、となると難しそうだ。まず、彼らは固有の言語を持つ。この中での例外は獣人だけで、共通語を使うようだ。人間の領域へやって来る連中は共通語を覚えていることが多いとあるが、エルフやドワーフ相手でも話が通じない時は通じないようだ。この間のリザードマンは特異な例なんだろうな。
共通語が通じないのなら彼らの言語を修得するしかないんだが、俺が修得条件を満たしている亜人の言語は今のところ何もない。そして、言語系スキルには厄介な点がある。一般的なスキルは使用することによって次第にレベルが上がっていき、一定レベルを超えるとSPを取得できる。しかし言語系スキルはレベルが存在しない。修得したらそれまで。スキルの使用そのものには全く支障がないんだが、成長しないということは、その後のSPを得ることもできないということでもある。序盤で修得するには厳しいスキルなのだ。そもそも今後遭遇する機会があるかどうかも不明な種族のための言語を、SPを消費してまで修得する必要があるのかという問題もある。出会った時に会話ができないのは困るが、かといってそれに備えて修得しておくのはどうなのか……そもそもどうやって修得すればいいか分からないし保留だなぁ……
さて、亜人の話に戻ろう。彼らの居住地についてはこれといった記述がない。まぁ獣人は国家があるからいいとして、エルフの森とかドワーフの鉱山とか呼ばれるような場所は、存在するんだろうけどこの本には載ってないな。他の本にはあるかもしれんけど。いつか行ってみたくはあるので、今後も情報だけは収集していこう。
人間と亜人の関係は悪くないようだ。交流があるか、または不干渉って感じか。争っているという事実はなさそうだな。
亜人同士で仲が悪かったりするのかというと、これもどうやらないようだ。エルフとドワーフの仲が悪いというのは結構な定番なんだが、GAOでは違うらしい。ゴブリンやオーク、コボルドも特に上下関係があるわけではないようだし、他種族と仲違いしている様子もない。
あと気になったのは獣人だな。聖霊と人間の子孫ってことだが聖霊って何だ? 精霊とは違うよな……調べてみるか。
さて、これで亜人については一通り確認できたことになるのか。今読んだ本が1だから、続きがあるのかと探してみるも、2以降は本棚にない。ファンタジー世界定番の種族がいくつか未確認のままだが、そっちに載っているのかもしれない。それっぽいのが出た時は慎重に接することにしよう。
さて、それじゃ別の本を読んでみるか。席を立って亜人関係の本棚へ本を戻す。他に亜人関係の本はないだろうかと探そうとして、ふと隣の本棚に意識が向いた。正確にはそこにいる男にだが。
茶色の短髪に革鎧。眼鏡を掛けた20代半ばに見える男は、隣の本棚、つまりは言語関連の本棚から次々に本を抜いていく。背表紙に見えたタイトルは『はじめてのオーク語』とあるな。それだけじゃなくリザードマン語にコボルド語、って……
「根こそぎか……」
思わず漏らしてしまったところでそれが聞こえたのか、男がこちらを見た。刻が止まる。
「あ、ひょっとして、使います?」
男は脇に抱えた本を見て尋ねてくる。
「いや、すぐにどうこうする気はないけど、凄い勢いだな、と」
「あはは、お恥ずかしい」
素直な感想を述べると男は苦笑いを浮かべながら空いている右手で頭を掻いた。
しかし言語関係ばかりか。一体何が彼をそこまで駆り立てるんだろう。
「なんでまた、言語関係ばかりを?」
好奇心に勝てず、問う。すると、
「異文化交流に言語は必須だと思いませんか?」
と返してくる。
「共通語で通じるうちはいいんですが、この先、他の種族と会話ができないのは勿体ない。それに、話が通じれば無用な争いも避けられるでしょうし、有益な情報が得られるかもしれないじゃないですか」
「それは理解できるけどな……」
「ええ、いつ使う機会があるか分からない言語系スキルを、今の内から複数修得しておくのは、今後が不利じゃないか、ということですよね。ですから、修得可能な状態にまでは持って行っておこうかと思いまして」
言葉を濁すと、その先を察したのか、補足するように男が言った。ん、修得可能状態?
「ひょっとして、それで修得可能に?」
「ええ。この辺の本は辞書なんです。共通語と別言語の、ですけどね。これを全部読み込むことで、言語系スキルリストに修得可能な言語として登録されるんですよ」
英和辞典みたいなものか。って、全部読み込まなきゃ駄目なのかよ。何というか気が遠くなりそうだな……
「修得可能にしておけば、いざ必要になった時に修得すればいい。もちろん、そのためにSPに余裕を持たせておかなきゃいけませんけどね」
「もう覚えている言語があるのか?」
「ええ、ゴブリン語は既に修得しました。エルフ語は先日、修得可能まで行きましたね」
何という……こいつ、通訳でも志す気だろうか。って、ゴブリン語?
「ゴブリン語は修得済なのか?」
「ええ、実は先日、ツヴァンド付近の森の奥に迷い込んだ時に遭遇しましてね。言葉が通じなくて大変でした」
あははと笑う男。おいおい、ゴブリンの目撃者がここにいたよ……それとも【世界地図】があるのに迷ったことを突っ込むべきだろうか……アレも一応、表示自体はオンオフ切り替えできるから、切ってたのかもしれんけど。
「よく攻撃しなかったな?」
「ええ、武器を持っていて複数でしたし、戦闘系スキルはあまり上げていないので、戦っても勝てないだろうと思って逃げようとしたら、攻撃してこずに何やら話しかけてきたので」
ああ、敵対的な行動を取らなかったから冷静になれたんだな。まぁ、敵なら普通、問答無用で襲ってくるしな。
「何とか身振り手振りで道に迷ったことを訴えたら、どっちへ行けばいいか教えてくれたんですよ。まぁ、帰る途中で一つ目の熊に襲われて結局死に戻ったんですけどね」
こうして話を聞くと、本当にゴブリンは敵じゃないんだな……違和感はあるが、これがGAOなんだ、受け入れなきゃな。
「まぁ、そういうわけで。その時は色々混乱していて、ろくにお礼もできなかったので、今度訪ねてみようかと思って言語修得したんですよ。居場所の正確な位置は分からないけど何とかなるでしょう」
と言って男は笑う。何というか、義理堅い男だ。また一つ目熊に襲われなきゃいいけどな。
でも言語か……修得するタイミングはともかく、修得可能にしておくのは悪くないか。
「修得にコツとかあるか?」
「私は辞書を書き写してますね。時間は掛かりますが、漏れがないので確実です」
やっぱりコツコツやるのがいいんだな。レシピの写本を作ることを考えたら、作業量が多いかどうかの違いだけか。
それから少しの間、話をした。リザードマン関連の事件を知らなかったようなのでその件を伝え、男からはゴブリンに関することを聞く。ついでにゴブリンの目撃情報を掲示板に書き込むことに同意をもらっておいた。
男はそのまま席へと歩いて行った。これから次の言語を覚えるのだろう。
さて、俺はどうするかなぁ……言語を覚えるのはいいけど、あそこまでの情熱はないし、気勢を削がれたというか……まぁ、言語はぼちぼちでいいか。
それでもしばらくは大書庫に通うことにしよう。狩りは一休みだ。
狩りは一休みと言ってますが、次は狩りの話です。