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第21話:仕様

1/25 一部修正

 

 ここ数日の狩りでスキルに成長が見られた。SPも入手できたので新たにスキルを修得した。

 1つは【脚力強化】というスキル。脚力を強化するスキルだ。【足技】の補助的な意味で修得した。蹴りの威力が上がるのだ。他にも移動速度が微妙に上がった気がする。跳躍力も。足が関係する運動に補正が掛かるスキルと解せばいいだろう。

 もう1つは【投擲】というスキル。ものを投げるスキルだ。いい加減、遠距離攻撃の手段が欲しかったので修得した。精霊魔法での遠距離攻撃も可能ではあるんだが、精霊がいない場所では使えなくなるという不安定さがある。それに狩りでは必要以上に獲物を痛めてしまうこともあるので使い勝手が悪いのだ。このスキルなら石だとかナイフだとか手頃な手段で攻撃できる。メインはあくまで【手技】や【足技】だが、牽制したり機先を制したりには重宝するはずだ……一番の理由は、鳥系の獲物を狩りたいからなんだけどな。あー、久々にアインファストの屋台でティオクリ鶏食いたい……


 ログイン30回目。

 狩りも一段落したのでコスプレ屋に足を運ぶ。防具の進捗具合を確かめるためだ。

「いらっしゃいませー!」

 店に入るとスティッチが笑顔と元気な声で出迎えてくれた。

「あ、フィスト君いらっしゃい。今日はどうしたの?」

「進捗はどうだろうと思って寄ってみた」

「鎧の方があと少しで完成ってところかな。明日には引き渡しができると思うよ」

「そっか、それは楽しみだ」

「おや、フィスト氏か」

 スティッチと話していると、奥からシザーが顔を見せた。

「どうだね、狩りの調子は?」

「順調。この辺りの獲物なら、もう危なげなく対処できるな。ただしブラウンベアを除く」

 ウルフやイノシシは問題なくなったが、ここに来て新たに遭遇したブラウンベアはなかなか厄介だ。その名のとおり茶色の熊なんだが、後ろ足で立つと2メートルを超える巨体で、図体の割に動きが速く、耐久力も高い。それでも何とか倒したが、【魔力撃】を何発叩き込んだか覚えていない。初めての遭遇だったので勝手が分からなかった、というのもあると思うけど。

「ブラウンベアか。皮はもう売ってしまったか?」

「いや、まだ持ってる。要るか?」

「うむ。君の革鎧にブラウンベアを使っているのだが、在庫が切れてしまってな。注文しようと思っていたところだったのだ」

 あぁ、下地に使う革か。

「それじゃあロックリザードとブラウンベアの革の二層構造になるわけか」

「一部は三層だな。ブラウンベアの革はこの辺りの動物では一番頑丈なのだよ。衝撃にも強いから下地素材としても優秀だ」

「それじゃあ……よ、っと。こいつだ。料金は相殺でいい」

 装備が完成したら結局は金を払うのだ。だったら素材分を差し引いてもらう方が面倒がなさそうだ。リュックサックからブラウンベアの皮を取り出して渡すと、シザーは喜々としてそれを受け取った。

「今晩中には完成するだろう。その時はメールを送らせてもらう。ところでフィスト氏、先日のリザードマン殺しの件だが、犯人が自首したそうだぞ」

「そうなのか?」

 逃げ出したと聞いてたから、討伐されるまでそのままと思ってたんだが……賞金首にされたのを知って恐ろしくなったんだろうか。

「うむ。自首して現在は懲役刑に服しているそうだ」

「ん? 自首したことはともかく、判決は公表されたのか?」

「犯人――いや、今は受刑者か。本人が直接、掲示板で告白したのだよ。現在、監獄の中らしい」

 懲役刑だから監獄の牢屋の中ってことか。じゃあしばらくは監獄から出る事はできないわけだ。

「でも懲役ってどういうシステムになってるんだ? まさか刑期終了までログアウトできないわけじゃないんだろ?」

「本人が言うには、まずカウンターが表示されるらしい。刑期終了まであと何時間、という感じで、時間が減っていくようだ。で、ログインとログアウトは自由にできるそうだが、カウントはログアウトしている時は止まるらしい」

 つまり、ログアウト中は刑期と見なさないってことか。懲役ってことは多分労役なんかもあるんだろうな。作業でもやってる内はまだいいけど、それ以外を牢屋の中で、ただひたすら時間が経過するのを待つのは苦痛だろうな。運動時間とか自由時間みたいなのってあるんだろうか。

「で、今回の刑期は?」

「リアル時間で120時間だそうだ。しかも受刑中はキャラの作り直しができなくなるそうでな。逮捕されたら転生すればいいなどと大口を叩いていた某スレの自称犯罪者共は涙目であろうな」

 120時間てことはリアルでなら5日だが、GAO内はリアルより時間の流れが早い。体感としてはもっと長く感じることになるだろう。ただ、掲示板の閲覧と書き込みはできるようなので、それがせめてもの救いか。刑期として長いのか短いのか、殺しの罰として重いのか軽いのかは判断しかねるが、かなりきつい罰のように思える。

「そういえば今回の事件、原因って何だったんだ?」

 俺が立てたスレに、後で聞き込みによる事件の経緯が書き込まれていたが、それによるとリザードマンが斬られたのは街に入った直後。斬ったプレイヤーは街を出ようとしていたところだったみたいだ。事件が起きたのが門の内側で、すぐ傍に衛兵がいながら素通りさせているのだから、危険な存在じゃないと判断できそうなものだが、これもその時その場所にいなかったからこそ言えるわけで。そうできなかった理由が何かあるんだろうか。

「考え事をしながら俯き気味にツヴァンドの外に向かっていたところ、門の直前でリザードマンの一団と鉢合わせたそうだ。ぶつかりそうになって顔を上げたらそこにはリザードマンの顔。いきなり至近距離でそれを見たところでリザードマンが口を開いた。恐らく話しかけようとしたのだろうが、その時のそれは食らいついてくるように見えたそうだ。恐怖に駆られ、反射的に剣を抜いてしまったらしいのだが、それがリザードマンの首を深く裂いてしまい、一太刀で命を奪ってしまった。残ったリザードマンに加えて何故か衛兵までが自分に向かって来て、怖くなってログアウトしてしまった、というのが本人の言だ」

 巡り合わせが悪かった、としか言いようがないな……俺が同じ状況だったら、多分拳を繰り出している。【魔力撃】込みで。今回の当事者も至近距離であいつらの顔を見たのなら、マーカーに意識が向かずに顔に釘付けになってもおかしくない。かなりのインパクトだしな。

「これが街の外だったら何ともなかったんだろうけどな」

 考え事をしながら歩いていられるほど外は安全ではない。油断していれば獣は一気に距離を詰めてくるのだから。そうやって警戒していればリザードマンがやって来るのも見えただろうし、マーカーで無害だということが判断できただろうに。

「まぁ、フィールドなら今回のようになる可能性は少しは下がったであろうな」

 しかしシザーはフィールドでも同じ事が起き得た可能性の方が高いような言い方をした。

「下がるというか、まず起きないだろ。マーカー見ればNPCだって分かるわけだし」

「え?」

 シザーとスティッチが同時に声を上げる。あれ、俺、何かおかしな事言ったか?

「いやいやフィスト君。マーカーは敵味方の識別の判断に使えるものじゃないよ?」

「え? だってNPCのマーカーだろ?」

「そうだよ。だから分からないんじゃない」

 訳が分からん……どういうことだ?

「フィスト氏、ひょっとして君はマーカー設定を切っているのか?」

「ああ、初ログイン前の設定で、最初からオフにしてるけど」

「ということは知らぬのか」

 珍獣を見るような目を向けてくるシザーとスティッチ。何やら俺の認識がおかしなことになっているようだ。

「えっと、フィスト君。プレイヤーのマーカー色って知ってる?」

 恐る恐るといった感じでスティッチが聞いてくる。

「緑だろ? NPCは青。賞金首になったら半分が赤色になる」

 それくらいは知っている。賞金首のマーカーも実際に確認したからな。

「じゃあ、動物のマーカー色は?」

「いや、見たことない」

「青だよ」

「え?」

 驚く俺に対し、スティッチは再度、はっきりと言った。

「青。動物のマーカーは青。魔獣のマーカーも青。住人も青。プレイヤー以外の生物のマーカーは全て青なの」

「はぁ……っ!?」

 何だそれ!? じゃあマーカー表示してても敵味方は分からないのか!?

「何でそんな事になってんだ!?」

「プレイヤーが存在しないキャラクターは、人であろうが動物であろうが全てNPCである、というのが公式見解であるな。マーカーはプレイヤーとそれ以外を区別する以上の役割はないのだ」

「てことは、今回のリザードマンも……?」

「うむ。吾輩は直接目にしたことはないが、きっと青のマーカー表示であろう。リザードマンだけが別の色ということはあるまい」

「あぁ、プレイヤー所有の動物とか、プレイヤーの魔術で作られた使い魔みたいに、プレイヤーに帰属するNPCに限っては、緑と青の半々だね。プレイヤーに雇われたNPCは青のままだよ」

 てっきり、プレイヤー、NPC、攻撃対象くらいの区分はあるものだと思ってた。あれ? となると……

「今まで他のプレイヤーって、どうやって倒していい奴と駄目な奴を区別してたんだ?」

「フィスト君、マーカー無しで今までやってきた君がそれを聞くの?」

 問うと呆れ気味のスティッチの視線が返ってきた。いや、俺は動物しか相手にしてこなかったし……

「これが他のVRMMOだともう少し細かい区分けがされているのだが、GAOはそうではないということだ。まったく、GAOはプレイヤーに優しくない仕様が多いな」

 とシザーが溜息をついた。

 GAOは他のVRMMOに比べてグラフィックの質や自由度が高いので有名だが、プレイヤーに優しくない仕様についても有名だったりする。ゲーム内でアバターにプレイヤー名が表示されない等の細かい部分から、飢え度や眠気度といったリアリティある制限、賞金首システムが予告無しに稼働したこと等々。【解体】だってそうだ。ナイフ一刺しでいいのにな。

「今回の件にしても、今まで通りなら別に問題なかったのだ。明らかな敵は動物と魔獣、それに賞金首だけだったからな。しかし、見た目で敵と判断してしまえるような中立キャラが表に出てきたとなると話は別だ。特にゴブリンやオークは、普通のゲームではまず敵であるからな……遭遇したら迷わず攻撃するプレイヤーも多かろう。今回の件でマーカーの仕様変更の要望を運営に送ったプレイヤーがいるそうだが、多分望み薄であろうな。今までにも、ネーム表示もできるようにしてくれとか、敵のHPを表示してくれとか、アクティブやノンアクティブも分かるようにしてくれ、といった要望が送られていたようだが、その辺りはβの頃から変更がない」

 あぁ、敵のHPが表示されたら便利だよな。現状、PvPの時しか自分以外のHP表示ってされないし。あ、そういえば、パーティーメンバーのHPも目視できなくて、戦闘中は声を掛け合って回復のタイミングを見極める必要があるとか聞いたな。事実、レイアスとパーティーを組んだ時は、レイアスのHPは見えなかったし。これって仮に状態異常で声を出せなくなったりしたら、回復してもらえず死亡、なんてことも有り得るんだろうな。ただでさえ倫理コードのせいで流血とか分かりやすいダメージ描写すら制限されているのに。

「しかし……どうも腑に落ちん」

 腕を組んでシザーが眉根を寄せる。

「なぜ、GAO運営はこのような仕様を貫こうとするのか。プレイヤーの要望もかなりの数であろうに、反映される様子が全くない」

 プレイヤーのそういう要望や不満を汲み上げてアップデートをしていく。それがこの手のゲームの普通じゃなかろうか。不満が高まればプレイヤーはゲームを止める。それは運営にとっては死活問題のはずだ。なのに今の運営は現状を崩さない。

 運営は、直接俺達に情報を示すことを滅多にしない。法律の事だって、掲示板に書き込んでいなかったらもっと多くの犯罪者が生まれていたかもしれない。リザードマンのことだって、知ってれば襲ったりしなかっただろう。

 でもこれは、調べれば分かることだった。この世界に法律があることは知ることができたし、その詳細を調べることだってできた。亜人のことだってちょっとした会話からその存在を知ることになった。そう、情報はあるんだ。GAOの中、俺達の周囲に。ただ、俺達が何も疑問に思わずに、思い込みでプレイしていただけだとも言える。

「運営がプレイヤーに優しくないっていうよりは、プレイヤー自身が考えて行動することを期待してる、のかもな」

 GAOは俺達にとって未知の世界だ。そんな中で考え無しの行動をしていたら自分に痛みとして返ってくる。それが嫌なら何事もよく考えろと、そう言いたいのかもしれない。

 それにしたって極端な気もするけどな。必要最低限くらいは教えてくれてもいいんじゃないかと思う。

「少なくとも、自ら学ぼうとする者に対してだけは、この世界は優しくできているがな。アインファストの訓練所にしてもそうだし、大書庫など情報の山だ」

「鍛冶や裁縫に関する情報、あそこに結構あるんだよねー」

 シザーもスティッチも訓練所や大書庫を利用してたんだな。確かにあそこは料理や調薬のレシピもあったし、結構重宝する。

 でも、本当に今回は勉強不足を実感したな。亜人のことだって、大書庫でちょっと調べていればすぐに色々な事が分かったんじゃないだろうか。

 今からでも遅くはないから大書庫で片っ端から本を読むのがいいのかもしれない。さすがに世界の常識的な本はないだろうけど、何もしないよりはマシなはずだ。後は住人達から色々と聞くか……まぁ、アインファストに戻ってからの話だな。

 でも、本当に運営は何を考えてるんだろうな。プレイヤーに優しくない仕様を敢えて維持し、世界の情報は直接開示しない。まさか忘れてました、なんてことはないだろう。ここまでのクオリティのゲームを作れる連中が、そういう部分に気が回らないわけがない。だから今までのこれは、運営の怠慢ではなく、意図的なものなんじゃないだろうか。本当にそうなのかは分からないけどな。

 でも、現状が運営の意図あっての仕様だというなら、これからもずっとそのまま続いていくんだろう。プレイヤー寄りの改善も多分ない。けど、そういうものだと割り切れば道も見える。

「気になること、分からないことは、まずは自分で調べてみろ、か……」

「む、何だねそれは?」

「子供の頃、父親によくそう言われたなぁと思い出しただけだ」

 首を傾げるシザーに、俺は肩をすくめて答えた。

 まさか、ゲームの中でも勉強しなきゃいけなくなるとはなぁ……


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