<< 前へ次へ >>  更新
22/216

第20話:亜人

 

 掲示板に【解体】の情報を掲載したのが昨日の話。そのままこの街の狩猟ギルドへ足を運んで情報収集をし、近くの森で狩りをしてその日は終わった。

 で、ログイン27回目。

 スレで名前まで出したのに、問い合わせ件数、ゼロですよ……なんか、あれだけ慎重になっていたのが馬鹿みたいに思える程の無反応っぷり。掲示板のレスを見ていると、解体に掛かる手間がやはりネックみたいだ。というか、面倒なんだそうだ。面倒な作業をして一発でかいのぶち当てるよりは、小さくても数撃つ方が楽でいいらしい。これがオートドロップと切り替えが可能だったら少しは違ったんだろうけど、ドロップ無効、だとなぁ。

 あと当然だが、倫理コード解除の方も。好きこのんで血飛沫カーニバルやモツ祭りを見たい人間は少数派のようだ。そりゃそうだ。

 まぁ、俺の最大の懸念だった住人達への負担やらは起こりえない、という結論が出たのでその点は一安心なんだけどな。

 さて、それじゃ今日は街の中を少し散策して、それからひと狩り行くかな。

 アインファストより小さくても街は街だ。建物は多く建ち並び、人も多い。闘技場や大書庫のような施設はないが、それ以外は規模の差こそあれアインファストと大差ない。

 まずは市場にでも行ってみようかと足を進めていると、建物から出てくる人が目に留まった。鎧を着た男だ。その鎧に見覚えがある。アインファストで衛兵さんが着ていた物と同じ型。つまり、この街の衛兵さんだろう。

 衛兵さんは手に紙の束を持っていた。そして建物前の大型掲示板にその紙を貼り始める。あぁ、あれは賞金首の手配書だな。そういえば最近、賞金首のチェックはしてなかったな。

 近づいて、邪魔にならないように手配書を見る。うーん、プレイヤーの賞金首、見たことない顔が増えてるな。犯罪者プレイヤーは今も増加傾向のようだ。

「ん……?」

 ふと、気になる記述を見つけた。それはプレイヤーの手配書だった。それ自体はどうということはないが、気になったのは罪状だ。

「リザードマン殺し……?」

 リザードマンと言えばファンタジーではお馴染みだ。トカゲ人間というやつである。コンピュータ系のゲームではよくモンスターとして出てるが……何でそれを殺したら賞金首に――

「ちょ、ちょっとすみません!」

 もしや、と思ったが情報が足りない。俺は手配書を貼っている衛兵さんに声をかけた。衛兵さんは手を止めてこちらを見る。

「どうした?」

「あの、ちょっと聞きたい事が……この手配書なんですが」

 リザードマン殺しの賞金首の手配書を指す。あぁ、と衛兵は顔を歪めた。

「酷い話だろ? ツヴァンドへ買い出しに来てたリザードマン集落の住人達だったんだが、つい昨日、門の内側で1人が異邦人に斬られてな。ちょうどその場にいた俺達が取り押さえようとしたんだが、抵抗して逃亡しやがったんだ……」

 衛兵さんの言葉が指す意味は1つ。この世界では、リザードマンはモンスターではなく、住人達と交流があるということだ。

 正直、意外だった。だがこの情報、今知ることができてよかったと思う。俺達がモンスターだと認識しているそれが、この世界でもそうだとは限らないということなのだから。

「リザードマンって、ファルーラ国内ではどういう扱いなんですか? 俺も異邦人なんで、詳しく知らなくて」

 言うと、一瞬だけ衛兵さんは眉をひそめたが、すぐに教えてくれた。

「王国内に住んでる亜人の一族、ってだけだな。基本、ゴブリンやオーク等の亜人のほとんどは独自の生活圏から出歩かんし。とはいえ、全く交流がないわけじゃない。例外はエルフとドワーフ、それと獣人くらいか。あいつらは独自の生活圏も持ってるが、人族の領域にも頻繁に入ってきて交流してるからな。街に住んでる連中も多い」

 うわ、ゴブリンなんかも亜人相当なのか。初見だったらまず敵と認識して襲ってただろうな、俺。ファンタジー系での代表的な雑魚キャラポジだし。本当に、今その事実を知ることができてよかった……

「これって国によって扱いが違ったりします?」

「どの国も変わらんと思うが。こちらから干渉することは基本的にない。国民ではないからといって隷属させたり無下に扱ったりすることもないな」

 ふむふむ、亜人の独立性は確立されてるっぽいな。しかし亜人って言っても色々だからな……普通は魔物だの妖魔だのに分類されてるような奴もこの世界じゃ違うようだし……調べてみるか。

「ちなみに、人間と仲の悪い亜人とか、敵対してる亜人とか、刃を交えても問題ない亜人とかはいるんですか?」

「討伐対象になってる亜人はいないな。だが連中も自分達の領域を侵されて好き勝手されたら手も出してくるだろうぜ。今回みたいに同族が殺されたら、復讐に走ったり人族領域に抗議したりする連中も出てくるだろうな」

「そりゃそうですね」

 アインファストの書庫に戻ったら調べてみるか。どっちにしろ、人間以外の二足歩行を見かけたら、下手な手出しはしないようにしよう。

 あと、リザードマンがこの件でうろついてる可能性もあるな。仇討ちとして。

 礼を言ってその場を離れる。そして掲示板を立ち上げて検索してみた。亜人に関する情報……ないな……

「エルフ娘……ロリっ娘ドワーフ……ああ、こっちの女ドワーフはそっち系か」

 女のドワーフと言えば古式ファンタジーだと髭が生えてるパターンもあるからな……髭面の女性は見たいとは思わないが。

「やっぱり……ないな」

 掲示板に情報がない。エルフとドワーフ、そして獣人の話題はある。目撃情報もあるようだし。でも他の亜人の情報がない。リザードマンで検索を掛けても1件もヒットしない。ゴブリンやオークでもやってみたが、引っ掛かったのは目撃情報じゃなく、どこにいるんだろうな的なものばかり。まさか、誰も存在を知らんってことはないだろうな……でもさっきの手配書はつい昨日の事件が発端だって言ってたし。まさか、リザードマンが実装されたのが最近とか?

『スウェイン、今いいか?』

 困った時の、スウェイン頼みだ。攻略組の彼なら詳しく知っているかもしれない。

『む、フィストか。何かあったか?』

『ひとつ聞きたいんだが、お前、この世界の亜人についての情報、どれくらい持ってる?』

『亜人? エルフとドワーフ、獣人のことか?』

『それ以外だ。例えばリザードマン』

『現時点ではその種族は確認されていないはずだが……遭遇したのか?』

 なんてこった……スウェインが知らない、って……GAOがサービス開始してから1ヶ月以上経ってるのに、目撃情報がないのか? やはりここ最近でこっそり実装されたんだろうか。それとも本当に今まで偶然目にする機会がなかったのか……どっちにしろ、こりゃまずいな。

『フィスト?』

 考え込んでいるとスウェインから怪訝な声が飛んできた。気を取り直して質問を再開する。

『念のために聞くが、お前ら、今までにゴブリンやオークを倒してないよな?』

『それらについても現時点では確認されていないはずだ。どうしたんだ一体?』

『ツヴァンドで賞金首の手配書を確認したんだが、リザードマンを殺したプレイヤーがそれを理由に賞金首にされた』

 沈黙、というか息を呑むのが分かった。

『ついでに言えばゴブリンやオークも存在することが住人の発言から分かった。でもこいつら、TRPGでお約束の妖魔や蛮族扱いじゃないみたいなんだ』

『……つまり、問答無用で攻撃を仕掛けたりすれば……』

『殺った奴が賞金首に転落する可能性がある』

 今回のは衛兵の前での犯行だったからってのもあるかもしれないが、賞金首認定のプロセスが現在でもはっきりとしない。検証のために犯罪者になるプレイヤーもいないだろうから、きっと今後もその辺りが明らかになることはないだろうな。

 それより今は亜人のことだ。何も知らなければまず間違いなく、プレイヤー達は亜人を攻撃するだろう。住人達の時以上に血生臭い軋轢が生まれる気がしてならない。

『スウェイン、俺、この件でスレッド立てる』

『あぁ、頼む。フィストが知る限りの情報を挙げておいてくれ。私達は規模の大きいギルドにそれとなく注意を促しておく』

『分かった。スレ立てが終わったらメール入れる』

 チャットを切り上げて、新規にスレッドを立ち上げる。いや、本当に……郷に入ってはとは言うけど、思い込みで動くのが危険な世界だなGAOは……


 

 【必読】GAOにおける人間以外の種族、亜人についての緊急連絡事項【拡散希望】


1:名無しさん

 今日、ツヴァンドで賞金首の手配書を確認した中に、『リザードマン殺し』で手配されているプレイヤーがいた。

 リザードマンと言えばRPGでは敵役として出番があったりするトカゲ人間的な種族だが、GAOにおいてリザードマンは亜人として認識されており、『人間と交流のある種族』だ。上記手配書は、リザードマンを殺した事によって賞金首認定されたものである。

 更に、ゴブリンやオークと言った種族の存在もこの世界の住人の口から示唆された。

 こいつらについても魔物や怪物という認識ではなく『生活圏を異にする隣人』的な扱いだそうだが、そういった亜人に敵対行動を取ると、事と次第によっては緊張が高まることが予想される。

 これを読んだプレイヤーには軽はずみな行動は慎んでもらいたい。

 そしてこの事実を、周囲のプレイヤーに教えてやってほしい。


 

 こんなもんか。なるべく多くの人が見てくれることを期待しよう。

 さて、スウェインにメール送ったらひと狩り行くか。


 

 ツヴァンド周辺の獲物はアインファストと大差ない、というのは以前聞いていたが、大部分においてそれは事実だった。狩猟ギルドで確認した範囲でもその点は同じだ。アインファスト西部の森とツヴァンド近郊の森は繋がっているので、それも当然と言えば当然か。ただ、森としてはこちら側の方が深いようで、奥へ進めば進むほど、魔獣との遭遇率が上がるそうだ。

 魔獣は瘴気によって冒された生物及びその子孫を言う。GAOにおける瘴気は、端的に言ってしまえば『生物を歪める力』だ。普通の生物にとってそれは毒らしく、瘴気に冒されて変質した生物が魔獣となる。この瘴気は人間にとっても害があるそうだ。

 魔獣の最大の特徴は体内に存在する魔核と呼ばれるものだ。魔獣と呼ばれる存在には全てそれがあり、それがないと魔獣ではない。魔核は瘴気によって汚染された魔力の塊のようなものらしく、その魔力によって身体能力が高くなっているのも魔獣の特徴だ。中には炎を吐いたりするようなのもいるそうだ。

 魔核は特殊な処理を施して瘴気を除去できれば、魔石として色々と使い道があるらしいが、大きな魔核を持つ魔獣ほど強く、倒せる者が少ない。そのため、等級の高い魔核は結構な値で取引されるとか。それが魔石に加工されると更に値が上がる。

 以上、ツヴァンド狩猟ギルド職員からの情報だ。

 俺自身はまだ魔獣と遭遇したことはない。全部動物止まりだ。そういえばウェナ達が装備していた革装備は魔獣の革だったんだよな。あの時点で装備してたって事は、この辺りで獲得できるってことだ。アインファストの森の深部だったのか、こっちまで足を伸ばしてたのかは分からないが、もうちょっと俺のスキルが上がったら狙ってみるのも一興か。【解体】を持っている俺なら、魔石も確実にゲットできるかもしれないしな。自動ドロップよりは入手確率は高いはずだ。

 でも今は普通の動物でいい。分相応、いい言葉だよな。

 近くに獲物はいないかと【気配察知】を使用する。お、早速反応があるな。数は3か。さて、どんな獲物が待ってるか。

 この辺りは木の数こそ多いが見通しが悪いというわけじゃない。【隠行】を使って気配を殺し、獲物へと近づいていく。幸い、あちらもこちらへ近づいてくるので好都合だ。このままだったら不意打ちできそうだな。

 俺はその場に留まり、木の陰から様子を窺う。

(げ……)

 さて、残念なことになった……獲物じゃなかった。襲っちゃ駄目な奴らだ。

 俺の視線の先からやって来るのは二足歩行のトカゲだった。肌は光沢のある鱗で覆われている。色は緑から銀色、だろうか。個体差があるようだ。手に持っているのは槍で、腰には小剣も提げている。服は貫頭衣だけでズボンは穿いていないし足も素足だ。全員尻尾も生えている。3人の内1人は革鎧も着ていた。うん、あれがリザードマンだろう。

 しかし何てタイミングだ。今、リザードマン達と顔を合わせるのは何というか気まずい……このまま行き過ぎるのを待つか。

 が、3人のリザードマンが立ち止まった。その視線がこちらを向いている……って、どうしてだ? まさか【隠行】が見破られてる?

 鎧を着ていないリザードマンが槍をこちらへ向けて何やら声を放ってくる。が、何を言っているのか全く分からない。俺が話せるのは共通語と日本語、精霊語くらいだ。でも多分、何者だ、って聞いてるんだろうな。

「何者ダ?」

 そうそう、こんな感じで……って、え? 今聞こえたのは共通語だったぞ。しかも喋ったのは革鎧のリザードマンだ。でも言葉が通じるなら何とか話し合いができそうだ。

「敵対の意志はない! これから姿を見せる!」

 そう言って俺は【隠行】を解除して、木の陰から出た。一応両手を上に上げて、武器を持っていないことをアピールする。

「この森に狩りに来た冒険者だ。もう一度言うが、あなた方と敵対する意志はない」

 革鎧のリザードマンがこの集団の指揮官のようだ。槍を構えたままの残り2人を手で制して、一歩前に出てきた。

「貴様ニ聞キタイ事ガアル。コノ人族ニ見覚エハナイカ?」

 鎧リザードマンがこちらに見せたのは、リザードマン殺しの賞金首の手配書だった。やっぱり追撃部隊だったか。殺されたのはリザードマン達の1人という話だったから、その時の仲間だろうか。

「いや、賞金首になっている奴だということは知ってるが、直接面識がある奴じゃない」

「ソウカ。邪魔ヲシタ」

 正直に答えると、それだけ言ってリザードマン達は動きだした。鎧リザードマンは何事もなかったように通り過ぎ、2人のリザードマンは俺を警戒しながら横を抜け、鎧リザードマンを追った。

 リザードマンが共通語を話したこともびっくりだったが、意外と人間そのものへの敵意は感じなかったな。多少の交流があることも関係してるんだろうか。でもそれがいつまでも続く保証もないんだよな。

 この件でこれ以上俺にできる事もないか。せいぜい、俺が賞金首を捕まえることができたらあいつらに引き渡す、くらいだな……多分無理だが。

 んじゃま、気を取り直して狩りを再開しますか。

 

<< 前へ次へ >>目次  更新