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第2話:初訓練

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 仕事を終えて帰宅し、GAOへとログインする。いや、昨日は失敗だった。色々とやりたいことはあったのに。いや、このゲームを始めた理由を考えると、成功なのかもしれないが。

 とりあえず、昨日食べたティオクリ鶏だけは買って、食いながら街の中を歩く。行き交うプレイヤーと思しき連中はもう慣れたのか、町並みを気にする様子もなくスイスイと歩いたり走ったりしている。俺もそのうちそうなるのかもしれないけど、今はこの異世界の街を、見て聞いて肌で感じていたい。でも、フィールドに出る準備はしておきたいので、とりあえず闘技場へ向かうことにした。

 闘技場はその名のとおり、戦いを見世物にする場所だ。当然プレイヤーも利用できる。調べてみたところ、闘技場所属の戦士と戦ったり、猛獣や魔物と戦ったりできるらしい。勝てば報酬を得ることができるわけだ。また、観客として賭博もでき、誰が勝つかを賭けることができるとか。

 が、今回、闘技場そのものには用がない。目的はその隣だ。

 木の柵で囲まれたそこには、大勢のプレイヤーらしき人達がいた。入口、頭上に掲げられた板には、盾に剣と杖が交差した絵と『自主訓練場』という文字がある。

 ここは戦闘スキルを試す場所だ。魔法や武具の効果を試すための場所でもある。モンスターが湧き出すフィールドでは危険もあるため、ここを利用するわけだ。

 特に初心者用の意味合いがあり、ここで戦闘方法をある程度把握してから外に出るのがおすすめらしい。

 ちなみに、ここでの訓練はきっちり経験値も入る。ただ、普通にフィールドで戦った方が効率はいいので、ここで延々とスキル上げをする人はいないだろう。なにせ利用料もかかるし。

 入口付近にある事務所のようなところで受付を済ませ、100ペディアを支払う。

「何か分からないことがありましたら、遠慮なくお申し付けください」

「とりあえず、格闘と魔法を練習したいんだけど、同じ場所でいいのかな?」

「エリアは大きく分けて手前から、近接戦闘、射撃・投擲武器、魔法となっていますので、それぞれの場所をご利用ください」

 丁寧に教えてくれた金髪ショートカットの少女に礼を言って、まずは近接戦闘のエリアへ。地面に高さ2メートル、太さ50センチくらいの木の杭が刺さっていて、プレイヤーが武器をそれに振るっている。

「訓練用の木製の武器や刃引きした武器を使ってるのか。金属製の打撃武器はそのままみたいだけど」

 ターゲット用の杭もタダではない、ということだろうか。ボロボロになった杭の交換作業をしている人もいるし。

 見学は程々にして、自分のスキルを試してみることにする。空いていた場所に入って杭の前に立つ。うん、何となく懐かしい。田舎の祖父の家の庭にある巻藁を思い出す。

 まずは一発ということで拳を作り、杭を軽く打った。確かな手応えがある。続けてもう一発、今度は本気で打ってみた。が、拳に痛みが走る。

「ありゃ……まあ、当たり前っちゃ当たり前か」

 裸の拳だ。何の防護もなければ、鍛え上げているわけでもない。とはいえ痛みは微々たるもので、リアルよりも痛覚が抑えられているのは本当らしい。実際、リアルでの壁パンよりもはるかに痛みは少なかった。それとも【手技】スキルのお陰だろうか。

 今度は掌打で杭を打った。手加減無しの全力。手の痛みは拳の時よりも小さい。

 レベルが上がれば、拳で岩をも砕くことができるようになるんだろうか。なったら面白いなぁと思いつつ、掌打をメインにして打ち続ける。時々、蹴りも交えながら。

 実は武器に関しては、スキルがなくても使用することが可能だ。ただ、スキルによる命中やダメージの補正がないためにあまりメリットはない。これは格闘系スキルでも同様で、スキルがなくても補正を気にしなければパンチやキックは使える。格闘技を習ってない人間がケンカで手や足が出せるのと同じだ。

「手技か。珍しいな」

 杭打ちを続けていると、そんな声が聞こえた。手を止めてそちらを見ると、いたのは1人の男。革製の胸甲だけを装備した中年で、腕を組んでこちらを見ている。

「珍しいですか?」

 手を休めて、聞いてみる。ああ、と男は頷いた。

「武器を使う者がほとんどだな。それでも足技はいくらかいたが、手技を使っている奴はここ最近では10人にも満たん」

 なるほど、と思う。いくらゲームとは言え、モンスターと相対するのに素手というのは抵抗もあるだろう。リーチの差もあるし、中には接触毒を持っているような奴がいてもおかしくはない。今のように、殴ったらしっかり拳に反発があることを考えても、格闘は人気がないのだろう。

 ああ、そう考えたら、アンデッド系、それもゾンビの類が存在するなら殴りたくはないな……

「……不遇なんですかね、格闘って」

「何にも一長一短はあるさ。まあ、武器と違って耐久性を気にせずに済むというのはあるな」

 言って男は俺の手を見る。

 この世界の武器や防具、道具には耐久値がある。限界を超えると壊れてしまい、使い物にならなくなるのだ。それを防ぐためには武具の耐久値を回復させる必要がある。NPCの鍛冶屋や鍛冶スキル持ちのプレイヤーの修理でそれが可能となる。当然、費用は発生する。高性能な武具であればそれだけ高くなるだろう。

 その点、手や足は、怪我はするかもしれないが治療してしまえばそれまでだ。手段によっては金が掛からないのだから、その点はメリットだろう。大きなものではないが。

「それでも拳の保護のための武具はある。扱っている店は多くないが、探してみるのもいいだろう」

「ありがとうございます。ところであなたは?」

 アドバイスへの礼を言って尋ねると、男は組んでいた腕を解き、右手の親指を立てて胸甲の左胸を指した。そこにあったのは盾の前に剣と杖が交差した紋章。この訓練場の入口の看板にあったものと同じだ。

「俺はパーキンス。この自主訓練場の教官の1人だ。何かあったら気軽に声を掛けるといい。分かる範囲で色々と教えてやろう」

 ああ、チュートリアルのようなことをしてくれるNPCだったか。

「ありがとうございます。ところで魔法に関する教授も、教官殿でよろしいのでしょうか?」

 格闘については大体の要領が分かったので、今度は魔法について訓練してみることにした。

「ああ。俺自身が使えるわけではないが、使い手へのアドバイスは問題なく行える。魔法の訓練はあちらを利用することになっている」

 そう言ってパーキンスさんが歩きだしたので、その後について行くことにした。

「そういえば、お前の名を聞いていなかったな」

「フィストといいます、教官殿」

 教えを請う立場であるので、そういう態度を取ることにした。悪ノリかもしれないが。

 一方のパーキンスさんはそれを特に咎めることもなく、ではフィスト、と更に言葉を続ける。

「貴様、今覚えている魔法は何だ?」

「精霊魔法を修得しています」

「精霊使いか。ならば問うが、精霊魔法の弱点は何だ?」

「はい、精霊のいない場所では行使できないことです」

 このゲームの精霊魔法は、精霊の力を借りて行使する。つまり、精霊がいなければ魔法は使えない。

 例えばこの訓練場は、地面は土であるので土の精霊がいる。壁や屋根に覆われているわけでもない屋外なので風の精霊がいる。使用済みの杭を燃やしているので火の精霊がいる。池のようなものがあるので水の精霊がいる。

 だから、基本の四大精霊の魔法は問題なく使える。恐らく訓練用に、全ての精霊魔法が使えるように準備してあるのだろう。

「そうだ。精霊魔法は精霊がいない場所では使えない。精霊石でも入手できれば、その辺りは気にせずとも良くなるが、限度があるからな」

「精霊石、ですか?」

 ファンタジーではよく聞く名前だが、当然、タイトルによってその役割は異なる。この世界での精霊石は、流れから察するに精霊魔法行使に役割を持つアイテムだろう。

「一時的に精霊を格納することができる石だ。なかなかお目に掛かれない貴重品らしいが、運が良ければ入手できる機会もあろう。さあ、ここだ」

 パーキンスさんが足を止めた。目の前には広い空間が広がっている。ところどころに木の杭が立っているのは同じだ。

「まずはあの杭へ魔法を使ってみろ」

 言われるままに、指し示された杭をターゲットにして、風の精霊に訴える。精霊魔法には決まった詠唱がない。【精霊魔法】を修得した時点で言語スキル【精霊語】が追加され、それを使って精霊にお願いする形だ。熟練すれば、キーワード的な言葉でも発動するようになるらしい。

 風が緑がかった薄い光を纏って真っ直ぐに杭へと向かい、命中した。その部分は剣で斬ったように裂け目が生じている。精霊魔法1レベルで使用可能な基礎魔法、ウインドカッターの魔法は無事、成功した。

「どの精霊魔法も同じだが、レベルが上がれば上がるほど、より高度な行使が可能となる。今のウインドカッターも、単発ではなく複数放てるようにもなれば、より切れ味の高い刃としての運用も可能となるだろう。全てはお前の想像力次第だ」

「想像力、ですか?」

 何だか不思議なことを言われた気がする。レベルが上がれば、より高度な魔法を覚える、の間違いではないのだろうか。そう思って問うと、

「何を言っている。精霊魔法の効果は精霊の恩恵あればこそ。いかに精霊に自分の望む効果を発揮してもらえるかが熟練の鍵だぞ」

 などと言われた。つまり、魔法の効果は自分の発想と、それを実際に再現する精霊の力次第と言うことだろうか。

「故に、今のお前と同じ力量の精霊使いがいたとしても、使える魔法の数は必ずしも一緒ではない」

 ……これはまた……何とも難儀な話だ。つまり発想次第でいくらでも魔法を作れるということだ。正確には、精霊のできる事が増える、ということだが。

 しかしこれも面白い要素ではある。その気になれば、1レベルでも無数の魔法を使えるようになるということだ。当然、低レベルのままではろくな効果も望めないだろうけれど。というか、どういうシステムになってるんだこれ。

「うーん……じゃあ、こういうのはどうだ?」

 風の精霊に呼びかけて、自分のイメージを伝えてみる。さて、上手くいくかどうかだが……

「教官殿、ちょっとこちらへ軽く石を投げてもらえませんか?」

「石を? よかろう」

 一瞬だけ浮かんだ怪訝な表情はすぐに楽しげなものに変わり、パーキンスさんは足元の小石を拾ってこちらへと軽く放った。

 その石は見えない壁に当たったように、俺に当たることなく地面へと落ちる。

 成功だ。風による防御の壁。それが、俺が今、試した魔法だった。

 が、次の瞬間、石が俺の身体に当たった。風の壁の効果は持続したままであるのに、だ。

「まだ強度に難があるな」

 そう言って手のひらで石を弄んでいるパーキンスさん。別の石を、今度は軽くではなく、強めに投げたのだ。風の壁は、それを阻むことができなかった。

「だが発想は良い。そうだ、今のように、何ができるかをまずは考えろ。それが貴様の力となろう」

「はい、ありがとうございます、教官殿」

 このアドバイスは正直助かった。もし知らぬままでいたなら、俺は延々とウインドカッター等の初期魔法ばかりを使い続けていただろう。そして、威力こそ上がっても他の魔法を使えず、非常に狭い使い方しかできなかったかもしれない。

「うむ、貴様の成長に役立つことができたのなら、教えた甲斐があったというものだ。最近の若い者は人の話も聞かず、自分のやりたいことだけをやって完結してしまうからな。事実、俺達にアドバイスを求める者はほとんどおらぬ」

 確かにチュートリアルが面倒だったりうざかったりするのはコンピューターゲームでは常だが、この手のゲームではまず情報を得ることが肝要だろうに。

 βテスター達なら十分理解していること、そして事前に情報収集をしているなら分かること。それらを知ることなくこの世界に飛び込んだ者には、ここの存在は十分に価値があると思う。

「何とも、勿体ない話ですね」

 正直な感想を述べた。それにこれは、この訓練場に限った話ではない。昨日、食べ歩きをしている時にNPCと世間話をしたが、決して画一的なものではなく、様々な話題に溢れていた。これからゲームを進めて行く上で役立つ情報、有利な情報がどこにでも転がっていそうだった。それを活用しない手はないだろう。

 ふと、メッセージが浮かんでいるのに気付いた。

『精霊魔法(風)を新たに登録しますか』

 イエスを選択すると、魔法名の入力画面へと変わる。なるほど、こうやって魔法を増やしていくわけだ。というか、備忘録的な扱いか。ウインドガードと命名して、登録を完了させる。

「では教官殿、自分はもう少し、魔法の研究をしてみます」

「うむ。何かあれば遠慮なく頼るがいい。できる限り力となろう」

「はい、ありがとうございました」

「貴様の今後の活躍を期待しているぞ」

 凛々しく、見惚れるように見事な敬礼をして、パーキンスさんは去って行った。他にアドバイスを必要とする者を探しに行ったのだろう。

「さて、やるか」

 今の自分でどこまでできるか。今後、どんなことが可能になるのかを検証してみなくては。今までのTRPGで培った知識を総動員して、このゲームのシステムで再現できるかどうかを試してやろう。あ、【手技】ももうちょっとやっておきたいな。


 

 この日は訓練だけに費やすことになった。

 

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