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第16話:ロックリザード

 

 ロックリザードが追ってくる。木を盾にするように動く俺を執拗に追ってくる。ただし、岩場でのような突進力や機動性は思惑どおり失われている。

 地の利を活かすのは当たり前だ。こんな化け物と真っ向勝負なんてできるわけがない。いや、できるのだとしても無理をする状況じゃない。彼我の戦力差を正確に把握できない以上、慎重に事を運ぶに越したことはない。

 GAOがレベル制だったらある程度の目安にはなったのかもしれないが、スキル制ではどうしようもなかった。その辺りの感覚は自分で掴んでいくしかない。

「らあっ!」

 木の陰から顔を出したところを狙って【魔力撃】込みの蹴撃を叩き込む。下顎を蹴り上げる形で見事に決まったが、それがどうしたとばかりに牙を剥いてきた。

「ちっくしょう硬いなっ!?」

 愚痴をこぼしながらロックリザードの嚙み付きを避ける。爪も厄介だがまずは牙を封じるのが上策か。

 ストレージポーチから取り出しておいたロープを結いながらタイミングを見計らう。口を縛ってしまえばあの牙の脅威はなくなるはずだ。ワニは噛む力は強くても口を開く力は弱いと聞いた事がある。トカゲもワニも似たようなものだろう……だったらいいなぁ……

 ともかく試せることは全て試す! 突っ込んできたところで横に避け、ロープで輪を作って俺は跳んだ。ロックリザードの背中に乗り、すぐさま輪を口に通してロープを引く。輪は瞬時に絞まり、ロックリザードの口を封じた。暴れ回る背の上で振り落とされないようにしながら、作戦の成功を確信する。ロープをどうすることもできないロックリザードの口は閉じられたままだ。

「がっ!?」

 衝撃が全身を突き抜けたのはその直後だった。背中への強打を受け、トカゲの背から叩き落とされる。地面を転げながら身体の向きを変え、敵を注視する。牙ではない。爪でもない。今の一撃は尻尾によるものだった。

「あの位置で届くのかよ……つぅ……」

 立ち上がりながら敵の尻尾を見やる。下手な木ほどの太さがあるそれは立派な凶器だった。背中の上が死角になると思ったのは甘かったな……

 それなら、もう少しやりやすくなるように手を打とう。

『ホールド!』

 精霊語で、そう叫ぶ。次の瞬間、ロックリザードの周囲の土が動いた。盛り上がった土が生きているかのように流れてロックリザードの四肢を、そして尻尾を封じる。

 ホールドという名で登録した土の精霊魔法だ。効果は土による相手の拘束なのだが……

「まだ力が足りないなぁ……」

 四肢はともかく尻尾は土を弾いて暴れ回った。攻撃範囲に入らなければ問題ないとはいえ、あっさり拘束を散らされたのは少しショックだ。レベルが低いせいもあるので今後の課題かな。

 ともあれロックリザードの動きはほぼ封じたと見ていいだろう。尻尾は頭まで届かないし、爪もホールドで使えない状態。牙もロープを解かない限り使えない。後はとどめを刺すだけだ。

 拳に【魔力撃】を込め、ロックリザードの頭に振り下ろす。岩でも殴ったような衝撃が拳に伝わった。さすがに少しは効いたのか、ロックリザードが身をよじる。首と尻尾を慌ただしく振り、四肢にも拘束から逃れんと力が込められているのが分かる。しばらくは大丈夫だろうが、拘束がいつまで保つか不安でもあった。何より、今の一撃を何度叩き込めばとどめに至るのか先が見えない。

 それに、あまり時間を掛けるわけにもいかない。俺の仕事はレイアスさんの護衛だ。今はまだ他の気配がないからいいとして、こいつを仕留めるまでに新たな敵が来ないとも限らない。スキル上げにはいい的なんだが、優先すべきが何であるのかは分かってる。

「仕方ない、か」

 俺は腰のポーチに手を入れて、目当ての物を引っ張り出した。それは杭。先端を尖らせ、反対側に平らな面を持つ鉄製品。見た目はでっかい釘だ。

 そいつをロックリザードの目に突き込む。【解体】を手に入れたため、残酷描写にリミッターは掛からない。目が抉れ、血が噴き出し、ロックリザードが暴れる。それを無理矢理押さえ込みながら拳を杭に叩きつけた。鉄杭が深く打ち込まれると、ロックリザードが大きく震えると大人しくなる。しばらくは尻尾がピクピクと動いていたが、やがてそれも止まった。

 ふぅ、と俺は大きく息を吐き出す。反省点はあるが、独りで何とかなったな。自分のフィールドに引き込めば、時間さえ掛ければこのくらいの大物でも倒せることが分かったのは収穫だ。

「レイアスさーん! こっちは片付きましたー! そっちへ戻りまーす!」

 【気配察知】で追加が来ないのを確認して、戦果報告を雇い主へと叫ぶ。さて、と。それじゃあレイアスさんの所へ戻るか。


 

「……これは、また……」

 俺が戻ると、レイアスさんは呆れた声を漏らしながら獲物であるロックリザードに視線を固定した。仕留めた獲物がそのまま残っているのだから驚きもするだろう。

 しかしこのロックリザード、大物だけあって重すぎる……精霊魔法で地面ごと運んできたが、森を抜けると岩場になるため、運搬はここまでだ。

「仕留めた獲物がどうしてそのまま残っているんだ……?」

「ちょっとしたスキルの効果です。これから解体しますけど、倫理コードが解除されてるのでグロい光景になります。見たくなければ採掘に戻った方がいいですよ。あ、大丈夫です。周囲の警戒は怠ってませんから」

「……見学させてもらっても?」

 解体に興味があるのか、ウォーハンマーを片付けながらレイアスさんが言った。

「構いません。ただ、なるべく他言しないでもらえると有り難いです」

 恐らく【解体】持ちの作業を見れば、スキルとして選択できるようになるはずだ。プレイヤーでもそれが成り立つかどうかの検証にもなるだろうし、ここはじっくりと見てもらうことにしよう。

 おっと、その前にSSを撮っておこう。こんな大物、そうそうお目に掛かれないだろうしな……よし、撮れた。

「それじゃ、始めますか」

 ストレージリュックサックを降ろして、俺は必要な道具を取り出していく。まずは爪から処理するか。

 取り出した弓鋸で爪を切り落とす。これはアクセサリーの素材になるらしい。大きいので高値になりそうだ。かなり硬いが時間をかけて、1本ずつ切り落としていく。当然その間、周囲の警戒も続けている。解体の途中で襲われてはたまらないし、何より周囲の警戒こそが優先すべき今回の仕事だ。

 爪を切り落としたら次は皮だ。が、こいつどこから皮を剥げばいいんだろうか。背中側は外皮が硬いから、腹の方が裂きやすいかな。

 メチャクチャ重たいロックリザードを何とかひっくり返す。こいつ一体何キロあるんだろうか。

 うん、背中側よりはやっぱり柔らかいっぽいな。硬い部分との境界あたりで剥いでいくか。

 あまり深くならないようにナイフを入れ、まずは腹の皮だけを剥いだ。それから外皮へと移っていく。皮と肉の間に少し切れ込みを入れて引っ張ると、割と簡単に皮が剥げた。これが脂肪が多いと脂肪ごと削ぐように剥がなきゃならないので結構な手間なんだが、こいつには脂肪らしい脂肪が見当たらないので結構大胆に作業できそうだ。

 本格的に剥ぐ前に血抜きをしとくか。腹の肉を裂いて内臓を剥き出しにする。何か学生時代の生物資料を思い出すな、蛙のホルマリン漬けとか。えーと、心臓、心臓、と……あった、これだな。緑色してるけど、これが心臓だ。

 リュックから取り出しておいた樽の蓋を開ける。中身はただの水だ。それを精霊魔法で操り、待機させておく。続けて心臓を持ち上げて、身体の外に出してから刃を入れる。裂け目から血が流れ出るが、そこに操った水を流し込んだ。

 水を使って血管内の血を流し出す作業だ。普通の獲物なら木か何かに吊し、大きな血管を切れば血抜きできるんだが、あまりに大型になると現在の俺の筋力ステータスじゃ厳しい。だったら絞り出せないものかと先日試してみたら上手くいったので、時間がない時や大型の血抜きの時にはこれを使うことにしたのだ。単にそこにある水を操る程度なら低レベルの精霊魔法でも可能だったのが幸いした。血液そのものを操作できれば楽なんだが、あくまで水じゃなければ精霊は働いてくれなかったのは残念だ。

 よし、血抜き終了、と。使った水は再利用できないのでそのまま地面に捨てる。

 皮の前に内臓を処理しよう。こいつの場合、売り物になるのは胆嚢だけだ。肝臓は食えないらしい。他の内臓も需要がないとかで売り物にならない。

 さっと胆嚢を摘出し、革袋に入れてストレージへ収納。その他の内臓は全て抜き取って一箇所へ纏めておく。

 それでは皮を剥ぐ作業を再開しよう。手で剥げる部分は手で、それだけでは無理になるとナイフで切れ込みを増やして剥いでいく。重たい身体を持ち上げての作業はかなりきついので、精霊魔法で土ごと傾けたりしながら作業を進めた。

 後は背中の一部だけで皮を完全に剥ぎ取れる状態にして、肉の解体に移る。脚をばらし、骨を抜く。骨は内臓と一緒に纏めておいて、肉は麻袋へと詰める。尻尾と胴体はノコギリでぶつ切りにして麻袋行き。頭は……記念に取っておくかな。最後に皮は水で洗って、しばらく干しておくことにした。

「よし、これで終わり、っと」

 大物だったので結構時間が掛かってしまったが、無事に解体は終了した。内臓等を土の精霊魔法で掘った穴に落として埋め直して後始末完了。偶然現れたプレイヤーが臓物見てパニック、とか嫌だしな。それに血の臭いで獲物が寄ってくることもあるんだ。10匹以上のウルフの群を呼び寄せてしまった時は全力で逃げたなぁ……あれ以来、解体後の処理はきちんとしているのだ。

「手際がいいな。随分と慣れているように見えたが」

「今まで大小合わせて7匹解体してますから。今回ので8匹目なんで、それなりに慣れましたよ」

 あ、そうだ忘れるところだった。

「レイアスさん、スキル修得メニューの生産系スキルリストに解体スキル、表示されてますか?」

 俺の問いにレイアスさんがメニューを立ち上げて操作する。

「……出ているな。これがタネか」

 予想どおり、プレイヤーによる実演でもスキルのロックは解除されるようだ。これなら公開しても、スキルを得たプレイヤーが広めていけるから、住人達への負担も減るか。でもまぁ、もう少し様子を見るかな。

「ええ。倫理コードが解除されるっていうデメリットを苦にしないなら、生産系には有用なスキルだと思いますよ」

「そうだな、皮革系装備や装飾細工を作る生産系プレイヤーには結構な恩恵になりそうだ。ただ、本人自ら狩りに行くのでないなら、前線で狩りをするプレイヤーにこそ持っていてもらいたいスキルだろう」

 そうなんだよな。実際、どのくらいの生産系が現場に出てるんだろ。

「まぁ、こっちの作業は終わりましたんで。レイアスさんは採掘を続けてください」

「ああ、そうさせてもらおう」

 再びツルハシを手に、レイアスさんは坑道へ戻っていった。

 さて、俺の方は周囲の警戒だが……せっかく狩ったばかりのトカゲ肉があるんだ。ちょっとくらい、いいよな?


 

「お疲れ様でした、もういいんですか?」

 坑道から出てきたレイアスさんに声を掛ける。

「ああ、これだけあれば当分は大丈夫だ」

 言いつつレイアスさんがストレージバッグを叩く。やっぱり持ってるんだな。そりゃそうだ、大量の鉱石なんて重くて持ち運べるものじゃないし。

「外に出した鉱石はそちらにまとめてありますので」

「ありがとう。で、何やらいい匂いがするんだが?」

 俺が鉱石を指差すと、しかしレイアスさんの興味はこちらに向いた。

 俺の前には岩で組んだ簡易のかまどがあり、そこでは串に刺したロックリザードの肉を焼いていた。薪は現地調達。

「さっき捌いたロックリザードの試食です。いかがです?」

「いただこう。ちょうど腹が減っていたところだ」

 とりあえず作ったのは4本。うち2本をレイアスさんに渡す。

「味付けはしてません。お好みでこっちを使って下さい」

 この世界の調味料は、市販されているものはそう多くない。俺が常備しているのも塩、胡椒、唐辛子くらいだ。この辺は【食品加工】で色々作れそうだけど、いかんせん知識が無いので保留だ。醤油や味噌、ソースは是非とも作りたいところだが。あとポン酢。ネットで検索してみよう。

 それはともかく実食だ。まずはそのまま、何も付けずに食べてみることにしよう。

 生の時点での見た目は鶏肉に近かった。焼いていて漂う匂いも鶏のそれだったが……では、いただきます。

 串に刺さった1つを口に入れ、ゆっくりと噛む。うん、鶏肉だ。食感は笹身のような。ただ、笹身よりも淡泊ではない。むしろ味が濃い。

「そのままでもいけるな」

「ですね」

 俺と同じで何も付けずに食べたらしいレイアスさんの呟きに同意する。

「フライとか、笹身と同じ食べ方でよさそうです」

「鍋物とかもよさそうだな。む……塩や胡椒で食うと、ヤキトリだと言われても信じそうだ」

「どれどれ……ん、そうですね、これも美味い。あ、ヤキトリ風にするなら、山葵とか梅ペーストとかも合いそうですね」

「それはいいな。しかし……こうなると、何かが足りないと思わんか?」

 言いつつレイアスさんがストレージバッグから取り出したのは瓶とゴブレット。瞬時に何を言いたいのかを理解した。

 俺はストレージリュックサックに仕舞っておいたロックリザードの肉を追加で取り出す。それにフライパン等の調理道具もだ。

「レイアスさん、他の食べ方、どうですか?」

「いただこう。君はこっちはいける口か?」

「当然です」


 

 ロックリザードの試食という名目の飲み会は夕方まで続き。

 結果俺達は、夜間のフィールド強行軍&アインファスト門前での野宿という無謀をしなくてはならなくなるのだった。

 

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