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第14話:【解体】スキル

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 ログイン23回目。

 アインファストにある屠殺場にて。

 俺と【シルバーブレード】メンバー全員の目の前で、屠殺場の職員達が動物を捌いている。今、使われているのは、家畜である豚ではなく、イノシシだ。

 手順と注意事項を丁寧に説明してくれながら、職員達は様々な刃物を駆使してイノシシを捌いていく。血抜き済みのイノシシだったので血こそ出ないが、内臓はしっかりとあり、解体作業ではそれを抜くところから始められた。

 予想どおり解体時の倫理コードは解除された。つまり内臓祭りである。システムからは事前に何の警告もなかった。俺達は覚悟していたからいいものの、知らずにここ来た奴がいたら酷い目に遭いそうだな、リバース的な意味で。

 GAOには倫理コードが設定されている。1つはエロ関係。蜂蜜街スレでエロい店に入れなかったプレイヤーの証言があったが、18歳未満プレイヤーに対する性的な行動の制限。それからグロ関係。今のような内臓でろーんや出血等、残酷な描写の制限だ。以前PvPでブルートの腕を切断した時に出血がなかったりしたのもその制限のためだ。こちらは全年齢で適用されている。

 ルーク達を見ると、結構冷静に解体を観察している。多少血の気が引いたように見えるが大丈夫そうだな。

 ちなみに俺自身はこの光景に嫌悪は全くない。田舎暮らしをしている俺の祖父が猟をやるので、子供の頃に何度も解体シーンを見たことがあるのだ。独りではしたことがないが、解体作業そのものも経験済である。

「――よし、これで一通り終了だ」

 職員の終了宣言。作業台には完全に解体されたイノシシが並べられていた。続けて部位の説明やら、大まかな値段やら、食べ方のアドバイスやらを始める。しかしこうしてみると、本当に余すところなく使うって感じだな。内臓は一部使えないが、小腸なんかはソーセージの材料に使うようだし。心臓とか脳も食えるのか……どんな味がするんだろうな……あぁ、ソーセージと言えば血を使ったのもあるんだよな確か。機会があればそれも試したいな。せっかく【食品加工】を持ってるんだし。

「どうもありがとうございました」

 俺は職員達に頭を下げた。いいってことよ、と職員は笑う。

「よりよい食材、よりよい素材を、より多くの人に提供できるようになってほしい、っていうだけの話だからな。まぁ、礼儀正しい奴限定ではあるがな!」

 そう言ってニヤリと笑う職員のおっちゃん。

「でも、やはりそう簡単にはいきそうにありませんね」

 残念そうにミリアムが呟いた。実際に作業を見て、自分の手に余ると思ったのだろう。

「それに、現場で解体するにしても、周囲の安全に気を配らなくてはなりませんし」

「もし手に余るようなら、仕留めるだけ仕留めてここに持ち込んでもいいぞ? ここは家畜の屠殺が優先だから、そっちが忙しいと当然後回しになるがな。それに、解体の手数料は取るし、解体なしの直接買い取りだと割安になる。それでもよければ持ってこい」

 へぇ、持ち込みもオッケーなのか。割安になると言っても、狩猟ギルドへの持ち込みよりは確実に高くなるだろうけどな。何せ、入手できる量が違うのだから。しかしそう考えると、自分で捌いて狩猟ギルドに持ち込むのが一番高値になるんだよな。やっぱり今後のためにも自分でやるのが一番か。

「……うむ、【解体】が生産系スキル一覧に追加されている」

 メニューを開いてスウェインが頷いている。スキル修得画面では修得可能なスキルだけが一覧に表示されるのだ。それが表示されているということは、これで条件を満たしたということだろう。

 これでスキルポイントを使えば【解体】を修得できる。しかし新規スキルが選べるようになったこと自体、何のアナウンスもないんだな。気付かなかったらずっとそのままになる可能性もある。特に戦闘系のプレイヤーは生産系スキルのリスト確認なんてしないだろうしな。この辺、どうも運営の意地が悪い気がする。

「それじゃあ俺達はそろそろ行くよ」

 スキル修得条件を満たしたことで、ルーク達がここにいる理由はなくなった。実際、すぐにスキルを修得するつもりはないみたいだ。攻略優先の彼らにしてみれば、スキルの選択は重要だろうし、俺みたいに楽しみ優先でのスキル構成にしたら先に進むのが困難になるしな。

「ああ、お疲れさん。気をつけてな」

「フィストもな。何かあったら遠慮無く声を掛けてよ」

「ああ。多分ないとは思うが、俺にできる事があれば言ってくれ」

 ルークが差し出してきた手を固く握り、言葉を返す。メンバー全員と挨拶を交わすと、【シルバーブレード】は屠殺場を後にした。

「で、お前はどうすんだ?」

「できればもう少し見学をしていきたいんですが、いいですか?」

 過去の記憶は多少残っているとは言え、もう少し工程を確認しておきたい。今しばらくの見学を希望すると、おっちゃんは意外な提案をしてきた。

「そりゃ構わねぇが……だったら実践してみるか?」

「実践というと……実際に今ここで、俺に捌かせてもらえるんですか?」

「おう。いきなり独りで本番に臨むよりは、俺らが見てるところで手順を確認しながらやる方が理解も早いだろ。駄目出しならいくらでもしてやれるしな」

 10回見学するより1回やってみる方が身につくような気がするのは確かだ。それに狩猟の現場で解体するとなると、さっきミリアムが言っていたように危険が無いわけではない。安全な所で経験を積んで作業に慣れ、現場では周囲の警戒をしつつも滞りなく速やかに解体をできるようになれるなら、その方がいい。

 おっちゃんの有り難い申し出に、俺は是非、と頭を下げた。


 

「初めてにしちゃ上出来だ」

 かなりの時間を掛けて、俺は豚を一頭解体した。うん、大体の感覚は掴めたけど、独りでやるとなるとまだ厳しいな。まぁ経験を積んで慣れていくしかないけど。

「しかし最初の方はぎこちなかったが、途中から割とスイスイ捌いてやがったな。何があった?」

「ええ、捌いてる途中で、次にどこをどうすればいいかが自然と頭に浮かんできたので、それに従ったような感じですね」

 そう。最初は自分の記憶と先程までの作業を思い出しながら捌いていたのだが、途中でそのビジョンが明確になったのだ。頭の中に解体の手順書が入っているかのように。そうなった原因に心当たりはある。

「そうか、お前には解体の才能があるのかもなぁ。冒険者を引退したらここで働くか?」

「色々とやりたいことがあって、引退なんていつできるか、ですねぇ」

 一応この世界、冒険者と呼ばれる存在はいるのだ。要は俺達、外での活動をメインにするプレイヤー、そしてこの世界でそういう稼業に精を出す住人達がそれに当たる。ただ、単に外で活動している連中が全て冒険者と呼ばれるかというとそうではない。

 例えば狩猟で生計を立てている狩人。彼らは狩人であるが冒険者ではない。例えば隊商の護衛をしている傭兵。彼らは傭兵であって冒険者ではない。この世界の認識では、冒険者というのは何でも屋だ。狩りもするし傭兵もするし未開地の探索もするし遺跡にも潜る。そういった『仕事を選ばない』連中を総称して冒険者と呼ぶらしい。

 そういう意味では、俺は冒険者なのだろう。狩りもするし採取もするし、場合によっては護衛だって引き受けるし魔物退治だって身の丈に合ったものなら挑戦する。

 ああ、この世界には冒険者ギルドはない。そんなものがなくても彼らの生活は回るからだ。獲物を狩れば狩猟ギルドに持ち込めばいい。採取した薬草は調薬ギルドに、鉱石は鍛冶ギルド、戦力が欲しいなら傭兵ギルドと、各職種の組合が存在するのだ。

 逆に冒険者の店、と言われるものは存在する。単に宿屋兼酒場が冒険者の拠点になっているというだけの話だが。それでも冒険に必要な道具類は取り扱っているそうだし、店が単独で仕事の斡旋をすることもあるようなので、テーブルトーカーが想像するそれとほぼ同じ役割を果たすのだろう。店お抱えの冒険者とかもいるかもしれない。

「もう2、3匹、やってみるか?」

「いえ、これで大丈夫だと思います。もし厄介な獲物を見つけたら、その時に相談させてもらおうかと」

 更に解体を勧めてくれるが、とりあえずは問題ないと判断する。ここまでできれば十分なはずだ。

「おう。それが動物であるなら力になれるだろうよ。ただ魔獣は専門外だから、そっちは勘弁してくれ。それからな、この後で狩猟ギルドに行くといい。買い取りカウンターじゃなくて建物内だ。どの部分がどれくらいの相場で取引されるか教えてもらえるはずだ。バラした部分のどこを持ち帰ればいいのかの参考になるだろう」

「分かりました。それではどうも、ありがとうございました」

「おう! 良い狩りを!」

 礼を言って俺は屠殺場を後にした。そして少し離れてからメニューを開くとスキルを確認する。そこには予想どおりのものがあった。【解体】が修得済になっていたのだ。

「やっぱりか」

 SPは使用していない。にもかかわらず、俺は【解体】を修得していた。実はこの現象、決して珍しいものではない。SPを消費しなくてもスキルが修得できる場合があるのだ。

 このゲームではスキルが無くても行動そのものは制限を受けない。武器系のスキルを持っていなくても武器は持てるし振るうことができ、それで敵を倒すことは可能だ。【調理】を持っていなくても料理はできるし、【手技】がなくても人を殴れる。それ故、その行動を続けていれば自然とスキルを修得することがあるのだ。例外は魔法系スキルくらいなもので、自然修得の例は現在確認されていない。

 ただし、修得の法則性は明らかになっていない。いくら行動しても覚えないままということも珍しくはなく、同じ行動を同じ時間実行しても個人差があるとか。プレイヤースキルが関係するという噂もあるが推測の域を出ていない。

 しかもこの方法でスキルを修得した場合、どれだけスキルを鍛え上げてもレベル上限が一律20までとなり、それ以上の上昇を求めるならば結局SPを消費しなければならなくなるそうだ。覚えるかどうか不確かなことに時間を費やすなら、SPを消費して覚えた方が早いし確実、というのが現状である。覚えればラッキー、程度のものでしかない。

 ちなみに現時点で自然修得が確認されているのは武器系、生産系、運動系の一部スキル、それから毒や麻痺等の身体異常、恐怖や混乱等の精神異常の一部耐性スキルだ。

 でもまあ【解体】をSP無しで修得できたのはラッキーだったな。現時点でSPの余裕はなかったし……って、1点残ってる? あぁ、そういえば【調薬】が10レベル超えてたんだった。とりあえず【解体】はこのままで行って、レベル20になったらSPを使うか。

 でもこの方法で【解体】を修得しようと思ったら、かなり条件が厳しいだろうな。何しろ、獲物を解体する機会をフィールドで得ることがまず不可能だ。【解体】を持っていないと獲物を倒しても自動ドロップするだけだしな。それに事前情報が無い限り、屠殺場に行って解体させてくれなんて頼む奴もいないだろうから、スキルを修得する前に実際に解体作業を体験できる機会もそうはないだろう。俺が修得したのだって本当に偶然だし。

 他に可能性があるとするなら、狩人さん達の狩りに同行し、その場で解体するのを手伝ったりした場合だろうな。ああ、その場合だったら、見学だけでも修得条件そのものは満たせるかもしれないな。ただ、そんな事をするプレイヤーはまずいないと思う。

 まずはスキルの内容を確認してみるか。あと、SP無しで修得できる可能性があるなら一応ルーク達にはメールででも伝えておくか。実践はアインファストの屠殺場に限定したことでもないだろうし。


○解体

 倒した獲物を解体できるようになるスキル。

 このスキルを持った者が倒した獲物は、消滅せずにその場に残る。

 ※注意

 このスキルを修得した者は、アイテムドロップが無効になる。

 このスキルを修得した者は、残酷描写に関する倫理コードが解除される。

 このスキルを修得した者が行う解体作業に伴う残酷描写は、周囲のプレイヤーにも及ぶ。


 とどめを刺すのが【解体】持ちじゃなきゃ駄目なんだな。だったらこのスキルって高ダメージを与えられる奴が修得するのがいいのか。

 アイテムドロップ無効、か……実入りの面では明らかにメリットだが、時間や手間を考えるとデメリットになることもあるだろうな。制限時間のあるイベントとかが起きた場合は特に。あれ、そういや無機物系の敵の場合、これってどうなるんだ……?

 残酷描写の倫理コードが解除されるのもやむなしだな。残酷描写が周囲のプレイヤーにも及ぶっていうのも【解体】の修得条件を満たすためのものと考えられるし。ただ、何も知らないプレイヤーに目撃されたらちょっとした事件になりそうだなこれ。

 でも倫理コード解除って、修得前に確認メッセージとか出るんだろうか。残酷描写が嫌で修得を止めたい人もいるかもしれないし……多分出ないだろうな。自然修得の時には出なかったし。

 それじゃスウェイン宛にメールを出そう。【解体】を自動修得できたこと。そして倫理コードが解除されたことを。詳細は自分達で確認するだろうし。

 端的な内容でメールを作成し、送信。後の判断はあちらに任せよう。さて、それじゃ狩猟ギルドに行くとするか。


 

 狩猟ギルドは相も変わらず盛況だ。プレイヤーと住人達の列も今では別々になっていない。混ざっても問題ないくらいには状況が改善したみたいだな。

 列に並び、顔馴染みになった狩人さん達と軽く挨拶と情報交換などしつつ順番を待つ。

「おう、フィストじゃねぇか。今日は何を持ち込んでくれるんだ?」

 俺の番になると職員のおっさん、ボットスさんが笑みを浮かべて迎えてくれた。いかついおっさんの笑みだが、どことなく愛嬌がある。

「いや、今は獲物は持ってないんですよ。これから出る予定ではありますが」

「ん? 買い取り以外の用件か? だったら並ばなくても一声かけてくれりゃよかったのによ」

「査定の邪魔をするわけにもいかないじゃないですか。それで用件なんですが、中に入れてもらいたいんです」

 そう言うと、ボットスさんは首を傾げてから、

「ギルド内にか? 何の用だ?」

「色々と確認しておきたいことがありまして」

「ほう……」

 ニヤリと笑った。

「今日の成果は、いつも以上に期待してよさそうだな」

「あんまり初心者にプレッシャーかけないでくださいよ」

 向こうは俺の意図を察したみたいだ。期待してくれるのはいいけど、やっぱりプレッシャーだよな。上手く解体できるかどうかは分からないんだから。でも持ち込む肉の量だけは保障できると思う。

「そっちの路地を抜けて右に曲がれば入口がある。頑張れよ」

「ありがとうございます」

 さて、それじゃあ情報を集めるとするかな。

 

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