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第11話:パーティー

 

 俺は今、馬車の中にいる。馬車と言っても乗合馬車のような箱形ではなく、幌馬車だ。

 これは【シルバーブレード】所有の馬車だ。馬車も馬も普通に店で売っており、金があれば誰にでも購入可能なものだ。操るには【騎乗】のスキル修得が推奨される。

「さて、俺とスウェインはもういいとして、自己紹介しといてよ」

 急いだ方がいいという判断で、俺達はろくに挨拶もしないまま馬車に乗り込んでいた。話は移動中でもできるので、その点に異論はなかった。俺だけ薬草の群生地近くで降ろしてもらい、ルーク達は村へと向かうことになっている。

「じゃあ、僕からいこうか。運転中だからそちらを向けないけど、勘弁してね」

 そう言ったのは御者をやっている全身鎧を着た男だ。

「僕はジェリド。パーティーではタンク担当。よろしく」

 身長は180を超えていて、かつ全身鎧というごっつい男だが、口調は丁寧で性格も温厚そうだ。が、彼の席の下には、その外見によく似合う、スパイクの付いたタワーシールドと、大ぶりのメイスがある。

「じゃあ次はボクね」

 向かいに座った短い赤毛をした細身の少女が手を挙げる。上半身の革胸甲はいいとして下はホットパンツ。何の革でできているのか分からないから、動物素材じゃないんだろうな。しかし俺に言えたことじゃないが、腿とかの防御に不安はないんだろうか。腹も剥き出しで臍が丸見えだし。

「ボクはウェナ。パーティーでは斥候担当。戦闘は小剣の二刀流。よろしくねっ」

 外見どおりの元気よさでそう言って、ウェナは腰の後ろに装備している小剣の柄を叩いた。

「それでは次はわたくしが。ミリアムと申します」

 ウェナの右隣、こちらは革鎧を着た女性。長い金髪を腰のあたりでリボンで束ねている美人だ。抱いているのは長弓だな。この人はズボンも革製だが、やっぱり素材は分からない。

「精霊魔法をメインに、弓も使います。よろしくお願いいたします」

 丁寧な口調の後で、ミリアムは頭を下げた。精霊使いか……時間が許せば色々と話を聞かせてもらおう。

「最後は私ね。シリアよ。呪符魔術師をしているわ。もっぱら回復と支援がメイン。よろしく」

 ウェナの左隣に座った黒髪ポニーテールの美人の恰好は、形状的には巫女装束とでも言えばいいのか。ただし、その上から先の2人と同じ素材っぽい革鎧を着ている。ただ2人と違うのは、鎧の各所に設けられたホルダーで、そこには紙の束――呪符が納まっていた。腰の左右には革製のタセットみたいなのを提げていて、そこにはそれぞれスローイングダガーが何本も準備されている。

 呪符魔術師は、呪符と呼ばれるアイテムを用いて魔法に似た力を使う。呪符は【呪符魔術】のスキルでしか作れず、一度使うと消えてしまう。自分で作った呪符しか使えない等々、それなりに制約がある。しかし反面、発動に使うMPが他の魔法よりも小さく、呪符をしっかりと準備しておけば連続使用も可能と、他の魔法にないメリットもそれなりにあり、何より回復系の手札が結構多いスキルでもある。

 呪符魔術メインのプレイヤーは初めて見たな……呪符魔術、実は結構興味があったのだ。こちらも話を聞かせてもらおう。

 しかしその前に、やらなくてはならないことがある。【シルバーブレード】の自己紹介が済んだのだから、今度はこちらの番だ。

「フィストだ。戦闘系スキルは徒手空拳メイン。魔法は精霊魔法を少し。それ以外は調理や調薬なんかの生産系。あちこちの味を楽しみたいって理由でこのゲームを始めた、正規版からのプレイヤーだ。ゲーム内での将来の夢は、土地畑付一戸建てで自給自足生活。よろしく」

 さて、それじゃ話を――って、何だ? 女性陣の視線が……どうして俺に固定されたままなんだ?

「な、何か……?」

「いやー、ルークが【シルバーブレード(うち)】に加入させたかったって言ってた人とようやく対面できたからさー。どんな人なんだろう、ってずっと興味があったんだー」

「うちのパーティーでは、話題の人だったんですよ、フィストさんは」

 ウェナが言うと、ジェリドからも声が飛んでくる。あ、そうだ、思い出した。確かスウェインも似たようなこと言ってたんだ。

「ルーク、お前、俺のことを皆にどう説明してたんだ?」

「え? そうだな……大袈裟な言い方になるけど……同じ志を持っている奴、って感じかな」

 志、ときたか。随分と大仰だな。ルークと話したこと自体、そう多くはないのに、その中でルークは俺から何を感じ取ったんだろう?

「ちょっとした昔話なんだけど、聞いてくれるか?」

 ルークの問いに、俺は頷く。周囲の空気が少し固くなった気がした。さっきまで快活だったウェナまでが、神妙な顔付きになっている。これ、本当に俺が聞いていい話なんだろうか。

「βの頃の話でさ。とある村の近くに、魔物が出るって情報が入ったんだ」

 が、話は始まってしまった。

「俺達はその魔物を退治することにしたんだ。目的の村までは普通に歩いて2日。のんびり行こうって空気でさ、途中で狩りとかしながら向かって、結局3日目に到着したんだけど、その時、魔物は村を襲っている最中だった」

 そこで一度、言葉が止まる。ルークの表情は何とも言えない苦いものに変わっていた。

「すぐに俺達は魔物相手に戦闘を開始した。それ程強くなかったから、その場はすぐに討伐できた。で、当時は倫理関係のシステムに全くの制約がなくてさ。地面を覆う無数の血溜まりと、その中に転がっている人間だったもの。身体のパーツが散らばってるのも珍しくなかった。むせ返るような血の臭いが満ちていて、死んでこそいなかったけど、重傷を負った人も多かった」

 今のシステムでは考えられない惨状だ。そういえば先日、賞金首に傷つけられた女性は出血があったが、やはり住人に関してはその辺りの制約がないんだろうか。

「魔物を倒した俺達に、村人達はお礼を言ってくれた。軽い気持ちで魔物退治にやって来た俺達に、文句の1つもなく、やらなきゃいけないことはたくさんあるはずなのに、全員が揃って、だよ」

 はぁ、と重い息をルークが吐き出した。皆の表情も一様に暗い。見えはしないがジェリドも同じなんだろう。前を向いていた頭が僅かに下がっていた。

「俺達が普通に進んでいれば、魔物の襲撃より早く村に着いていた。それだったら、魔物が村を襲うより早く、退治もできたかもしれない。そうでなくても……被害は絶対に少なくできたはずだ……」

「先のことなど予想できるわけがない。それでも当時の私達は、自分達が酷く悪い事をしてしまったと思ったんだ」

 絞り出すようなルークの声の後にスウェインが続く。

「そんな心情のままで礼を言われて、納得できるはずもない。私達は村の片付けを買って出た。怪我人の治療、死者の埋葬、壊された民家の修理、他の魔物がいないかの捜索など、できる事は全てやった。間に合わなかった事への罪滅ぼしとして、な。依頼を受けたわけではなかった。それでも、何かしなくてはならないと、その時の私達は思ったのだよ」

 そう、ルーク達には何の責任もない。魔物退治だって正式な依頼を受けたわけではないのだから。いつまでに村へ行かなくてはならなかったわけでもない。彼らに非はないのだ。第一、彼らが魔物討伐を決定しなければ、その村は魔物によって滅びていた。そういう意味では、彼らは間違いなく、村を救ったのだ。

「死んだ村人は葬儀の後で埋葬されたが、遺族は死者を悼んで泣いていた。全てが終わった後であらためて催された、ささやかな感謝の宴でも、死者を思い出して悲しみに顔を染める人達は多かった。私達には、それが単なるプログラムだとは思えなかった。なんと言っていいのか……うまく説明できないが、そうだな、それが『本物』であり『現実』だと、そう思えた。そう、感じ取ってしまった。私達の意識が変わったのはそれからだ。今まで、どうということなく接してきたNPC――いや、住人達は、この世界で生きているのだ、と」

「だから俺達は、それ以降、NPCをNPCだと思うことを止めた。彼らはこの世界で生きていて、俺達はこの世界にいる限り、システム上の優遇措置はあっても、対等の立場なんだ、そう認識して接するようになったんだ」

 なるほど、そういう過去があったからこその、今のルーク達か。それがなくても彼らがNPCを蔑ろにしていたとは思わないが、その件がより一層、彼らの認識に強く働きかけたんだろう。そして、だからこそ、犯罪に走ってNPCに不利益を与えかねないプレイヤーを少しでも減らすために、スレまで立てて活動したのだ。プレイヤーのためでもあるが、恐らくこの世界の住人達のためにという気持ちの方が大きいんだろうと感じる。

 しかし、仮想現実を現実だと認識してしまえる程のリアリティか……ある意味恐ろしいことだよな……

「装備だけ見たらGAOを始めたばかりに見えたお前が、考え無しのプレイヤーの行動を問題視してるのを見て、俺、思ったんだ。こいつは俺達と同じ気持ちを持っているんじゃないか、って。そしてそれは正しかった。狩猟ギルドのこともそうだけど、さっき薬屋でお前がプレイヤーに言ったことも含めて、お前はこの世界の住人のことも考えた行動をしてる。単なるゲームのキャラとしてみていない、って。自分の不利益にならないようにっていう気持ちもあるんだろうけど、決してそれだけじゃない、そう思ったんだ」

 真剣な眼差しを、ルークはこちらへ向けてくる。

 確かに俺はNPCを単なるゲームキャラだと思って接していない。プレイ上の都合を考えて、プレイヤーと住人達の間のトラブルを何とかしたいとも思っている。そして、この世界の住人達と仲良くしていきたいとも思っている。だから住人達に無理や無茶を強いるつもりはないし、関わり合った住人達には幸せでいてほしい。その気持ちは決して間違っていない。自分のため、住人達のため、そしてついでに他のプレイヤーのため。どれも自分の本心だ。

 しかし何ともまぁ……くすぐったい話だ。俺のことを持ち上げすぎだろう、ルーク達。

「別に俺は、そんな大層な人間じゃないぞ」

 だから、そう言ったのだが、

「またまたー。トラブルに強引に割って入った理由が、泣きそうな子供って時点で、いい人確定だよねー」

 などとウェナが茶化すように言った。こいつ、あの場にいたのかっ?

「って、違う違う、別に子供のために割って入ったわけじゃ……いや、全く関係ないわけじゃないが……っ」

「そういえば、店の中で子供に手を振っていたな」

「フィストさん、子供、お好きなんですね」

「なるほど……子供好きに悪い奴はいないよ。故にフィストはいい人だ」

 スウェイン、ミリアム、シリアが追撃をかけてくる。あーもー、何て言っていいのやら……いや、これ以上はからかいのタネにしかなりそうにない……

「言ってろ……」

 そう言って顔を背けることしか俺にはできなかった。途端、吹き出すように笑うルーク達。ちくしょう、いつか逆襲してやる。

 しかしパーティーか……苦楽を共にしてきた仲間達との関係っていうのは羨ましいなとも思う。様々な経験によって構築されてきた信頼感や共通認識。俺のプレイスタイルだと望み薄だが、いつかそんな気が合う連中と一緒に冒険できれば楽しいだろうなぁ……

 まぁ、それはそれとして、だ。

「ありがとうな、話してくれて」

 俺はルークに頭を下げた。彼らにとっては苦い記憶で、ある意味トラウマでもあるだろうに。別にその事を話さなくても俺の問いへは答えられたはずなのに、打ち明けてくれた。

 ルーク達は一瞬、きょとんとした顔をしたが、お互い視線を交わした後、破顔した。

 あ、そうだ。いつか、と言ったが、1つネタがあったな。

「それにしてもルーク。お前、何か口調がいつもと違うな?」

「うぇっ!?」

 微妙な変化だが、少し柔らかい口調になっている。会った時は、俺とそう変わらない口調だったのに。指摘すると目を見開いて狼狽える。

「素の口調に戻ってたぞ?」

「有名になってしまったものですから、リーダーが口調で舐められないようにって、意識して変えてたんですよね」

「ちょっ!? べ、別にそういうわけじゃっ!?」

「そっちの方が君らしいよ、ルーク。身内の前でまで肩肘を張る必要は無いんだから」

 クスクス笑うスウェインとミリアムに、慌ててそれを否定しようとするルークが面白い。ジェリドも今のままのルークを好ましく思っているのか、更にルークを弄り倒す。

「これでフィストが本当に身内になってくれたら、もっといいんだけどね」

「その件はもう終わったんだ。無理強いする気はないぞ。でも、いつでも歓迎するから、気が変わったら言ってく……言ってよ」

 残念そうにこちらを見るシリアに、ルークが釘を刺す。言葉尻を言い直すところが微笑ましいな。

「まあ、固い口調でもいいんじゃないか? それもロールプレイの一環だ」

 うんうん、と頷いてみせると、ルークの顔が赤くなっていく。トッププレイヤーの意外な一面を見たな……リアルは多分、未成年なのではないかと推測する。

「ほう、ロールプレイときたか……」

 そこでスウェインが俺の言葉に反応した。はて、何かおかしな事を言っただろうか。

「フィスト、君は私達のギルドが何故【シルバーブレード】という名前なのか知っているか?」

 俺は首を横に振る。β以来のパーティーについて、俺が詳しく知っているわけがないのだ。

「候補はいくつかあった。私達全員でそれぞれ名前を出し合ってな。それが何故今の形に落ち着いたかというと……それがダイス神の意志だったからだ」

 え……つまり、ダイスを転がして決めたのか!? なんて決め方を……しかし、

「ダイス神の意志なら仕方ないな」

 運命の神には逆らえない。全てはあるがままに、だ。

 え? とルーク、ジェリド、ミリアム、シリアが驚いた。スウェインとウェナはニヤリと笑う。この温度差は……つまりはそういうことなのか。

「同志よ!」

 スウェインとウェナが差し出してきた手を、俺は握り返した。

「フィストはスウェイン達と同類だったのか……」

「同好の士、という意味では多分間違っていない。で、当時、どんな候補が他に挙がったんだ?」

 溜息をつくルークに、気になったことを尋ねる。

「あー……【アミティリシア探検隊】【暴走開拓者】【ルークと愉快な仲間達】【幻想旅団】【花鳥風月】」

「……ルークと以下略を考えたのはウェナだろう?」

「お、鋭いね!」

 うんうん、楽しそうなのは結構なことだ。そしてダイス神、貴方はいい仕事をしました。


 

 それから薬草群生地近くに着くまで、彼ら自身のことやゲーム内の様々な話を聞くことができた。

 

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