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第95話:ドラード防衛戦3

お待たせしました。


2015/6/1 一部修正

 

 巣穴の周辺はドラードの兵士達が固めている。とりあえずの方針はドラード側が決めるだろうから、俺達の役目はひとまず終わりではあるな。

「僕達、どうしましょうか?」

 ミシェイルが俺を見て問う。

「どうする、って言われてもな。突発イベントだったわけだし、防衛戦自体は終わったと判断していいと思うぞ。前も全滅させた時点で終了だったし、後は自由にしていいんじゃないか?」

「そう、ですね」

 ミシェイルの視線が巣穴の方へと動く。気にはなるけど、どうしようか、ってところか。

「確か、巣穴には女王みたいな存在がいる、って掲示板に書かれてましたけど、今回もいるんですかね?」

 そう聞いてきたのはカーラだ。アインファスト防衛戦後の巣穴掃討戦の情報は、スウェインが掲示板に書き込んでるからな。当然それを知ってるプレイヤーはいる。

「多分な。この後、巣を完全に掃討するのは間違いないと思うが、問題は誰がそれをやるか、だ」

 情報は公開されている。巣穴が瘴気に満ちていることも、実入りが全くなかったことも含めてだ。そんな所に入りたがるプレイヤーがどれだけいるのか。多分、いないだろうなぁ。

「フィストはどうするの? って、聞くまでもなさそうだけど」

 俺を見てグンヒルトが笑う。今の俺は狩りの時のフル装備だ。ただしマントだけは脱いでいる。

「放置しておくわけにもいかないだろ。とりあえず、ドラード側に協力を申し出てみるさ。皆はどうする?」

「私は同行するわ。親玉に落とし前をつけなきゃいけないし」

 斧で肩を叩きながらグンヒルトが不敵な笑みを浮かべた。

「わたしは参加します。MPは多分保つと思いますし」

「あたしも矢の在庫はまだあるから参加するわ。【暗視】は持ってないけど、カーラがいれば光源は確保できるだろうし」

 カーラとシェーナは参加を表明した。しかしカーラ、まだMPに余裕があるのか。

「僕はメインウェポンが長柄なので、狭い場所だとちょっと厳しいですけど、剣も通じるみたいなので参加しますよ」

「俺もサブでメイスがあるからそれでいくか。ただ、壁職としては役に立てそうにないことだけは言っておく。【城壁(ランパート)】くらいの技量があれば違うんだろうが」

 ミシェイルとゴードンはどっちも長柄武器を使ってたからな。下の広間まで行ければどうということはないだろうが、途中の通路じゃ取り回しが厳しいだろう。魔族相手だと重装甲がアドバンテージにならないのも仕方ないしな。ちなみに【城壁】っていうのはジェリドの二つ名だ。

「とりあえず、巣穴の方へ行ってみるか。そろそろ、ドラード側の対応も決まってくるだろうし」

 皆にそう言って、俺はその場から移動する。


 

 巣穴の入口はドラードの兵士達が固めていて、他のプレイヤーの姿はなかった。これが普通の洞窟だったりしたら違ったんだろうが、やっぱり瘴気がネックなんだろうか。実入りがないのも理由だろうけど。魔族が特別に経験値が大きいってわけでもないし。

 俺達が近付くのを見て、兵士が数名、それを阻むように動き始めたが、

「異邦人のフィストです。巣穴の掃討のことで、アルフォンス・ブラオゼー様にお取り次ぎをお願いできますか?」

 誰何される前に名乗り、用件を告げると、兵士の1人が慌てて走って行った。はて?

「フィスト、お前、あの兵隊さんに何かしたのか?」

「いや、別に何も」

 兵士の態度がおかしかったのに気付いたのか、ゴードンが聞いてくる。だが俺に心当たりはない。当然、さっきの兵士とも初対面だし。

 少し待っていると、さっきの兵士が戻ってきた。数名の騎士達を引き連れて。わざわざこっちへ来てくれたのか。

「お忙しい中、申し訳ありません」

「いえ、よく来てくださいました。こちらこそ、ドラードのために協力していただき、ありがとうございます」

 頭を下げると、先頭にいた小柄な騎士がヘルムを脱いだ。その下から現れたのはアル様の顔だ。

「ねぇ、フィスト。そちらの……方は?」

 後ろからグンヒルトの問いが聞こえた。そういや皆は初対面だな。

「ドラードの領主様の弟君で、アルフォンス・ブラオゼー様だ」

 緊張が走るのが分かった。まぁ、領主様の一族だ。普通は驚くよな。

「今はまだ戦の最中です。そう畏まらなくてもよいですよ」

 慌ててグンヒルト達がバラバラに頭を下げるのを見て、アル様は笑い、こちらに真剣な眼差しを向けてきた。

「フィスト殿。巣の掃討の件で、と聞きましたが、それは力を貸していただけるということでしょうか?」

「はい。私達を、送り込む部隊に加えていただければ、と」

「そうですか。有り難い申し出です。ただ、お恥ずかしい話ですが、こちらから部隊を出すことができない状況でして」

 ぬ、何でだ? 危険が伴うとはいえ、ドラード側の士気は高い。自分達の街を守るための戦いで、臆する理由はないと思うんだが。

「見ていただいた方が早いでしょう。こちらへ」

 踵を返し、アル様が巣穴の入口の方へと向かう。俺達もそれに続く。

「なるほど」

 そして巣穴の入口が見えたところで、理解した。

 魔族が湧き出てる時は気付かなかったが、巣穴から瘴気が漏れ出しているのだ。それもかなり濃い。以前見つけた瘴気溜まりよりも酷いな。

「瘴気が濃すぎるのです。少し入った所で限界がきて、それ以上進めなくなる有様でして」

 少し離れた所に天幕がいくつか設営されていて、その中には兵士らしき人達が寝込んでいるのが見えた。瘴気にやられた人達だろう。

「瘴気毒用ポーションで耐性を上げることができますが」

「はい、それをやった上での現状です」

 悔しそうにアル様が巣穴を見ている。

「アルフォンス様。アインファストの事例では、巣穴掃討時の瘴気はここまでのものではなかったと聞いています。時間が経てば瘴気は薄まるでしょうが、それは魔族に時間を与えることでもあります」

 後はこちらに任せてみないかと、遠回しに言ってみた。

 ここよりも規模が大きかったであろうアインファストの巣穴には、街の騎士達も突入している。だから、それが可能になるまで瘴気が薄まるのは間違いないはずだ。ただ、時間が経てばそれだけ魔族が増えることになるだろう。戦力回復を見過ごすのは避けたいところだ。

 肝心なところを部外者に任せきりにするのは思うところがあるだろう。騎士や兵士達にだって街の防衛を担う者としての自負があるだろうし、俺達が出しゃばるのは彼らの顔に泥を塗ることにもなりかねない。でもアル様はそういったことよりも事態の収拾を優先したようだ。

「……優先すべきは、速やかな安全の確保です。フィスト殿、ドラードから正式に、巣穴の魔族の掃討を依頼します」

「分かりました。それではすぐに取りかかります」

 頭を下げ、グンヒルト達を見る。皆の準備もできているようだ。全員が頷いてみせたので、俺達は巣穴の入口へ向かった。

「フィストさん、ドラードの偉い人とお知り合いなんですか?」

 小声でカーラが聞いてきた。ゲーム内とはいえ、お偉いさんと気軽に話してる俺が気になるのは当然か。

「アインファストで中型魔族をブッ潰した時に助けた騎士がアルフォンス様達なんだ。それでまぁ、気に入られたというか懐かれたというか」

 簡単に説明するとカーラ達は納得したようだ。防衛戦動画は見てるだろうし、こんな説明で十分だろう。

 巣穴を覗き込んでみる。地中なので当然真っ暗だが、【暗視】があるので問題ない。勾配は結構急だな。中の大きさは中型が出入りできるギリギリくらいだ。

 瘴気毒用のポーションを出して飲んでおく。これだけきついと、どれだけ効果があるか分からないが、備えはしておかないとな。

「さて、覚悟はいいか?」

 グンヒルト達もポーションを飲み終えたようだ。それぞれの装備を手に準備も完了してる。

 そして、

「相棒達はロードス以外は留守番な」

 クイン達、幻獣を見る。下層に辿り着くまでの通路の狭さを考えると、ヴィントは背の高さ的に無理だし、クインやジェーン、ファルコの機動力は死んでしまう。ロードス自体はカーラの肩に乗ってれば邪魔にはならないし、彼自身の能力を阻害するものもないので大丈夫だろう。

 その辺は納得しているのか、クイン達も異を唱える様子はなかった。大人しく待っていてくれ。特にクインとジェーン。お前ら、喧嘩するなよ?

「先頭は斥候として俺が出る。次にゴードン、グンヒルト、シェーナ、カーラだ。多分大丈夫だとは思うが、念のために殿はミシェイルで。カーラは魔術で光源を設置していってくれ。途中で限界だと思ったら、すぐに報告。じゃ、行こう」

 念のために【気配察知】を使ってみるが、魔族の反応はない。スウェインが言ってたとおり、何とかなりそうだな。

 巣穴に足を踏み入れると、酷い不快感が襲ってきた。空気が重いというか、纏わり付いてくるようだ。息をするのも嫌になる空間がそこにある。【瘴気耐性】があり、瘴気毒用ポーションで耐性を一時的に上げていて、かつ生命力が以前より増していてもこれだ。とりあえず俺自身の行動には支障はなさそうだが、皆はかなりきつそうだ。

 が、瘴気の不快感が弱まった。いつの間にか、俺の身体を薄い光が覆っている。俺だけでなく、皆もだ。

「ロードスくん?」

 カーラの声でそちらを見てみると、彼女の肩にいるロードスがへばっていた。瘴気にやられたって感じじゃないな。光の膜はロードスも纏ってるし。ということは彼が瘴気に対する防護膜を張ってくれたってことか。なんという高性能。

「ありがとうな、ロードス。後でお礼に果物でも買ってやろう」

 そう言ってやると、ロードスは片足を上げて返事をした。

 さて、ロードスのお陰でだいぶ楽になったというか、皆の行動制限がなくなった。今の内に進むとしよう。

 傾斜が急な通路は歩きにくいことこの上ない。狭いのもあるが、足場が悪いのだ。地下からほぼ一直線に、円筒状に通路ができていて、魔族共は普通に爪を立てて登ってきたようだった。下手をすると転びそうになるのだ。最後尾が転んだら、そのまま転げ落ちて皆を巻き込みかねない状況でもある。いざとなったら俺が【壁歩き】を発動させて防壁になるしかないな。

 途中、後続が何度か転んだが、雪崩になるようなことはなく、通路で魔族に襲われることもなく。俺達は最下層に到着した。カーラが魔術で光源をあちこちに起動させると、周囲の様子が見えるようになる。

 そこそこ広い空間ではあるが、やはり魔族が全部納まるような広さではない。天井まで5メートル、広さは50メートル四方くらい、だろうか。

 そして魔族は広場の奥に1体だけだ。中型よりも一回り大きい、大型魔族とでも言えばいいんだろうか。ただ、形状は獣のそれではなく、強いて言うなら蛙。頭も潰れた狼の頭みたいな感じだ。そして腹の部分は何やら大きな鱗のような物が貼り付いている。見た目は亀の腹っぽい。そんな異形が座り込んでいるように見えた。

 あれが女王と呼ばれている個体か。スウェインから見せてもらった画像どおりの見た目だな。以前の掃討戦だとその場から動かず、遠距離からの魔法攻撃だけで簡単に沈んだらしいが、【銀剣】&【自由戦士団】の簡単が俺達にとっての簡単とも限らんし。取り巻きがいないなら、俺だけでも多分大丈夫だとスウェインは言ってくれたが、油断は禁物だ。とりあえず今後のこともあるから記録を取っておくかな。

「あれが親玉か……いかにも化け物、って感じだな」

 ゴードンの呟きが聞こえた。

「他の魔族はいませんね。やっぱり全部、出払ってるんでしょうか」

 ミシェイルがそう言いながら周囲を窺う。

「で、どう動きますか?」

「前例で言うなら、女王を魔法攻撃で潰したらしいから、それでいいと思う。近付いた時にどう反応するかは気になるが、安全策を取ろう。てことで、カーラ、頼む。弓が通じるかは分からんが、シェーナも頼む。遠距離攻撃ができる奴は、参加してくれていい」

 俺はストレージから投擲用に確保している石を取り出す。【魔力撃】を込めたらそこそこの威力にはなるだろう。

 ゴードンとミシェイルは何も持ってないが、グンヒルトは手斧を構える。これでこっちの準備は整った。

「よし、始めよう」

 カーラが詠唱を始める。彼女が魔術を放つのに合わせて、こっちも物理攻撃を仕掛ける予定だ。

 だったのだが。

「……何だ?」

 女王に変化があった。腹にあった鱗のような物が身体の中心から左右に開いたのだ。鱗の下に肉はない。それは波立つ黒い水面にも見えて。

 そこから、魔族が這い出してきた。

 

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