第9話:賞金首
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賞金首システムは、プレイヤー、NPCを問わず、犯罪を犯した者に懸賞金がかかるシステムだ。そこには犯罪者制度も含まれている。
NPCはともかくとして、プレイヤーに関係ある部分を挙げていくと、こうなる。まずは【犯罪者】について。
・犯罪を犯したプレイヤーは、ステータスの犯罪歴欄に罪名が登録される。
・犯罪を犯したプレイヤーは、称号欄に【犯罪者】が登録されることがある。
・【犯罪者】の称号を持つプレイヤーは、警備兵等の官憲NPCに逮捕される場合がある。抵抗するとその場で討伐される場合もある。
・【犯罪者】の称号を持つプレイヤーは、その事実を知る真っ当なNPCの好感度にマイナス補正が掛かることがある。
・【犯罪者】の称号は、犯罪に対象となる相手がいる場合、逮捕または討伐前に相手に許されると消滅することがある。その場合、犯罪歴欄に表示された犯罪名に【和解】と追加される。
・【犯罪者】の称号は、以下の条件で【元犯罪者】に変わる。
1:逮捕され、刑の執行が完了する
2:討伐される
・【元犯罪者】の称号を持つプレイヤーは、その事実を知る真っ当なNPCの好感度にマイナス補正が掛かることがある。
・刑の執行が完了すると、犯罪歴欄に表示された犯罪名に【前科】と追加される。
これは犯罪を犯したことについての追加要素だ。そして、賞金首の方は以下のとおり。
・犯罪を犯したプレイヤーは、賞金首にされることがある。
・賞金首にされたプレイヤーは、称号欄に【賞金首】と表示される。
・【賞金首】の称号は、以下の条件で消滅する。
1:逮捕され、刑の執行が完了する
2:討伐される
・賞金首になったプレイヤーは、頭上に特殊マーカーが表示されるようになる。このマーカーは、賞金首でなくなったら元に戻る。
・賞金首になったプレイヤーは、その事実を知る真っ当なNPCの好感度にマイナス補正が掛かることがある。
・賞金首になったプレイヤーは、犯した罪によりランク付けされる。
・賞金首になったプレイヤーは、犯した罪により賞金が懸けられる。
・賞金首になったプレイヤーは、警備兵等の官憲NPC以外のNPCに捕縛または攻撃されることがある。
・逮捕または討伐された賞金首プレイヤーは、スキルレベル、ステータス、所持金品等が恒久的に一部減少する。
・賞金首を殺しても殺人罪は適用されない。
【犯罪者】及び【賞金首】の説明についてはこんなところだ。ちなみにこの犯罪歴については、【免罪符】というアイテムを使用すれば完全に消せるらしい。逮捕または討伐される前に使用できれば、罪名が消えると同時に【犯罪者】と【賞金首】の称号も消えて無罪放免になるとか。ただし、複数の犯罪を犯している場合は、その全てを消す必要がある。【免罪符】は罪1つしか消せないそうだ。
そして何より【免罪符】の入手先は明かされていない。本当に実在するのかも怪しいところだ。さすがに公式サイトでの説明なので、存在しない物を出すことはないだろうが、きっと入手難度が馬鹿みたいに高かったりするのだろう。現時点での入手報告はない。
それにしても運営の犯罪者に対する態度は厳しい。しかもこれ、初ログイン以降に犯した罪に適用されるという。つまりサービス開始の時点でこのシステムは実装されており、今までは単に手配されていなかっただけってことだ。刑法自体はサービス開始の時点でGAO内に存在してたのは間違いない。でなきゃ、先日の器物損壊プレイヤーが賞金首システムのことが発表される前に連行された根拠がないし、発表以前の犯罪に適用されることもないだろう。
今まで何気なく犯罪に手を出していたプレイヤーはさぞ慌ててるだろうな。いきなり称号欄に【犯罪者】や【賞金首】なんて称号が出るんだから。しかも賞金首は、プレイヤーやNPCに狙われることになるのだ。気の休まる暇もないだろう。自業自得だけど。
さて、公式で触れられている概要はこのくらいだが、賞金首システムについていくつか疑問がある。罪名については罪を犯した瞬間から表示されるようなのだが、【犯罪者】は即座に反映されるわけではないようだ。そして【犯罪者】となった場合、官憲NPCに逮捕されることがある、というのが引っ掛かる。素直に読めば、逮捕されないこともある、と解釈できる。この辺りがどう判断されているのか、だ。
それに【賞金首】もだ。こっちも、されることがある、だ。犯罪者が必ず賞金首になるとは限らない、と読み取れる。
こんな具合に一部曖昧な部分があるのだ。かといって、検証するわけにもいかない。そのために犯罪者になるなんて勘弁してほしい。
ただ、あくまで個人的な予想だが……犯罪者として官憲に追われるのは、その犯罪が発覚した場合じゃないだろうか? 犯罪を犯したことがばれなきゃ捜査の手も入らない、という理屈だ。
運営なら全てを把握してはいると思う。が、この世界の住人達が把握しているとは限らない。つまり、この世界の住人達や俺達が犯罪を認めた瞬間、犯罪者は追われることになるのではないだろうか。俺が初めて見た犯罪者であるところの器物損壊犯は、その場で警備兵に捕まったらしい。現行犯は当然として……もしその場から逃走していても、現場を目撃されているのなら手配される、そう考えるなら筋は通るだろう。
それから【賞金首】についても見当はつく。賞金首リストに登録されているプレイヤーの罪状は、ほとんどが殺人だった。つまり、特に重たい犯罪だ。これはPK行為によるものだろう。
NPCの賞金首は窃盗とか詐欺なんかも含まれているけど、これは逮捕されずに逃げ回ってるからかもしれない。俺達と違ってログアウトで逃げるなど不可能であるし。リアルでも、見つからないから指名手配とかをするし、有力な情報には賞金も出たりするのだから、それと同じ線ではないかという予想は多分外れていないと思う。
そういえばNPCからの好感度にマイナス補正が入るという一文だが、これはプレイヤーに対する好感度がNPCに存在することを公式が認めたことになる。俺やルーク達といった一部プレイヤーは薄々そうじゃないかと思っていたので今更な情報だが、大半のプレイヤーはここで初めて知ることになっただろう。さて、これで住人達への態度がどう変わるか……いい方向へ向くといいな。
あと気になるのは、逮捕または討伐された賞金首に与えられるペナルティだ。所持金品等が減少するというのは、他のゲームでもデスペナルティで発生することがあるようなので珍しいものではない。事実GAOでも、死亡前30分以内に入手したアイテムはその場に散らばる仕様だし、死に方によって一定時間ステータスにマイナス補正が掛かる。しかしスキルレベルとステータスが一時的ではなく減少するのは……そうそうないと思う。俺が知っているMMOがこのゲームだけなので、あるのかもしれないけど。どれだけステータスやレベルが下がるのかは明らかになっていないが、この運営のことだから厳しい処分になりそうだ。
狩りに出ようと思ってたけど中止して、何とはなしに街の中を歩いている。見る限り、混乱があるわけではない。手配されてなければ問題なく出歩けるし、賞金首に興味が無いなら今までどおりなのだから当然か。
ただ話題にはなってるようで、プレイヤーの戸惑いは感じられる。一方で賞金首を積極的に狩ろうという発言も聞こえていた。賞金額はそれなりで、実入りがいいのは確かだし、賞金首を逮捕あるいは討伐したら、【賞金稼ぎ】の称号も入手できるらしい。
称号は特定の条件を満たしたプレイヤーに与えられるもので、ステータスへのプラス補正等の特典がつくそうだ。今回の【賞金首】のようにマイナス補正が入るものもある。
賞金首に対して自分はどう向き合うべきか。悪さをするプレイヤーを討伐して治安の維持に貢献するというのはありだと思う。ただ積極的に捜して狩る、というのは抵抗があるのも事実だ。PvPはともかく、まず殺し合いになるだろうし、できうる限り避けたい。
まあ俺がしなくても、メリットが大きい話であるし誰かがやるだろう。一応リストはチェックしておいて、機会があれば、という方針でいいか。何せソロだし、PKをやって賞金首になっているようなプレイヤーとタイマンで勝てるとは思えない。昨日のブルートのように短絡的で相手を侮るような性格で、こちらが地の利を活かせるような場所に誘い込むことができれば勝機も見えるのだが。
色々と考えすぎて疲れたな。今日は街のマップ埋めでもするか。まだまだ未踏の場所があるからな。
【遠視】と【気配察知】を鍛えつつ街の中を歩いていると、人混みの向こうから騒ぎが近づいてくるのに気付いた。器物損壊プレイヤーの時に似ているが、こっちは喧噪の中に悲鳴が混じって――悲鳴?
悲鳴の後ろから、時折怒号も混じる。待ちやがれ、とか、逃げるな、とか。何かの捕り物か?
やがてそれは姿を見せた。革鎧を着た軽戦士の男。手には抜き身の片手剣を――って、おい……
「どけぇっ!」
切羽詰まった表情で、男は剣を振り回しながら通りをこちらへと走ってくる。その後ろから、同じく武器を抜いた男達が数名。最初の男はこいつらに追われているのか。
厄介事だな、と道の端に寄ろうとした時だった。逃げる男の剣が、通行人の女性の腕に当たった。悲鳴を上げた女性が斬られた腕を押さえて倒れる。慌てて駆け寄る周囲の人達。
予定変更。俺は逃げてくる男の前に立ち塞がる。
「邪魔だっ!」
男は剣をメチャクチャに振り回すのを止めた。邪魔者を散らすためではなく、俺を斬る体勢になってこちらへと駆けてくる。
身構えてタイミングを見極める。剣のあの体勢からなら、斬撃は多分斜め上段から。あの速度で走ってくるなら、あいつが剣を振り下ろすタイミングは――
俺は前へと跳び出した。男の剣が描くであろう軌跡の内側を目指して。タイミングを狂わされて男が慌てて剣を振ったが、遅い。
左手で男の右手を掴んで引っ張ると同時、カウンターになるように右肘を男の顎へ。クリーンヒットし、のけ反ったところで身を捻って背を男に向け、掴んだ手首を更に引きながら右腕で男の右腕を担ぐようにして、少し身を低くする。
そして、身体を前に出るように傾けて、曲げた膝を伸ばした。影が頭上を通り過ぎ、
「げふっ!?」
石畳に重量物が叩きつけられた音と同時に、男の声があがった。一本背負い。柔道の技だ。これでも中学時代は部活動で3年の経験があり、茶帯1級である――初段は受けなかった。中学当時は身長が低くて身体も細く、茶帯が取れたのだって運が良かったからだし……微妙なのは自覚している。あと、高校時代は授業で選択していた。
それにしてもブランクがあるのにここまで綺麗に一本背負いが決まったのは初めてだ。リアルより身体能力が高いからだろう。相手の突っ込んでくる勢いがよかったのもある。
それはともかく、俺は男にまたがり、抜いたナイフを首に突きつける。剣を持った右腕は押さえたまま、
「傷害の現行犯だ。何か言いたいことはあるか?」
呻いているだけで返事はない。一本背負いのダメージが大きかったのだろうか。少し心配になったところで、
ドッ!
「うわっ!?」
周囲から歓声が上がった。一連の捕り物を見ていた住人達からのものだ。あー、びっくりした……でもまあ、プレイヤーへの心証という意味ではいい仕事をしたということになるのか。結果オーライだ。
「ちくしょう、先を越されたかー」
そんな中で声が投げかけられた。この男を追いかけていた連中の1人だった。
「先を越された……?」
意味が分からず、問う。
「そいつだよ、そいつ。賞金首」
「え?」
そう言われ、男を見る。こいつが賞金首?
ナイフを鞘に収めてメニューを開き、マーカー設定をオンにすると、男の頭の上に緑と赤のマーカーが表示された。プレイヤーが緑、NPCが青だったはずだから、緑と赤が半分ずつのマーカーはプレイヤーの賞金首ということだろうか。
「なんだ、マーカー使ってなかったのか。不便だろ、それじゃ」
「よりリアルっぽくていいだろ?」
そう言うと、男は肩をすくめた。どうやら理解はされなかったらしい。利便性を言うならマーカーが出てる方が絶対に有利なのだから当然だろう。まあ個人的な拘りだからいいんだが。再びマーカー設定をオフにする。
「で、この場合、どうなるんだ?」
賞金首の処遇についてだ。先に目を付けていた方に優先順位がある、とかあるかもしれない。
男達は顔を見合わせ首を傾げる。初めてのケースのようだ。システム自体が今日明らかになったのだから無理もない。
と、そこへ警備兵が現れた。俺達を見て、取り出した紙束をめくって何かを確認して、状況はすぐに理解したらしい。
「賞金首はこちらが引き継ごう」
隊長らしい、他の警備兵より少しだけ見栄えの良い兜を被った男が言った。
「お願いします。それで、こいつを取り押さえたのは俺なんですが、最初に追いかけていたのは彼らでして。この場合、賞金の扱いについて決まり事はあるのですか?」
警備兵が賞金首の武器を取り上げたのを確認して、俺は立ち上がり、問う。
「懸賞金は、賞金首を捕らえた者、討伐した者、その権利を譲られた者に支払われる。この場合はお前だな。受け取った懸賞金をその後どうするかはお前次第だ。懸賞金の受け取りは警備隊の本部だが、これから一緒に来るか?」
「そうですね、お願いします」
本部の場所を知らないので同行することにする。そこで俺は賞金首を追いかけていたプレイヤー達を見た。全員、手を振ったり首を横に振ったりで意を示す。分け前はいらない、ということだろう。自分達で仕留められなかったが故の矜恃なのかもしれない。
そのまま彼らは去って行った。また別の賞金首を捜すのだろう。
「あ、少し待ってもらえますか」
警備兵達に同行しようとして、ふと思い出した。散り散りになり始めた住人達の中、まだ人が固まっている場所がある。
人混みを掻き分けるようにしてそこへ近づく。いたのは、さっきの賞金首に腕を切られた女性だ。応急処置をしているようだが痛みは引いていない。というより、出血している。流血表現はシステムで制限が掛かっていたはずなのだが、NPCは別なのだろうか。
「これをどうぞ」
俺は自作のポーションを1本取り出して、女性に渡した。少し失敗して市販品より質が落ちている物だが、このくらいの傷なら十分に癒せるはずだ。
返事を待たず、警備兵達のもとへ戻る。
「何故、あんなことを?」
「同郷の不始末による被害者ですから」
さっきの賞金首はプレイヤーだった。それがこの世界の住人を傷つけた。その償いだ。
当然、プレイヤーが起こした全ての不始末に対して補償なんてしないし、何より不可能だ。だから、俺の目に留まる範囲の、俺にできることをする。
もっと言えば、どうにかする手段を持っていたから、というのもあった。リアルで同じような怪我人が出たとして、俺にできる事はほとんどない。いくら何とかしてやりたいと思っても、止血処置や救急車を呼ぶのがせいぜいだ。
だが、ここでは傷を癒すことが俺にもできる。申し訳なさと、何とかしたいという気持ちと、それを成す手段があったからこその行動だ。こういうことをすると偽善だ何だと騒ぐ奴もいるが、本心が含まれている行動にそんなレッテルを貼られたら生温かい視線を返すしかない。
「……お前だけが背負うものではないと思うが……お前をアレと同一視するような奴はおらんよ」
が、隊長さんはそう言ってくれた。
この日、俺は【賞金稼ぎ(初心者)】の称号と、結構な賞金を得た。