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第1話:初ログイン

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 俺、狩野かのう拳児がこのゲームに興味を持ったのは、ほんの偶然だった。元々、コンピュータRPGよりもテーブルトークRPGの方が好きだった俺は、それまで出ていたMMORPG自体に食指が全く動かなかったのだ。

 そんな俺が偶然ネットで見かけたのが、『ゲート・オブ・アミティリシア・オンライン』というゲームのβテスター募集。また新しいMMOが出るんだな、とスルーしようとした俺の目に止まったのは『五感を刺激する』『自由度=想像力=無限大』という一文。

 よくよく内容を確認すると、このゲームは『自分がゲーム世界に存在する感覚で遊べる』VRものだった。画面越しにアバターの背を追うのではなく、自分自身がアバターの視点で、その世界の確かな一員として行動することができる形式だ。

 当然、システムによる制約はあるに決まっているのだが、それでも従来のMMOに比べるとかなり自由度が高そうに見えた。それは発想で行動が広がっていくTRPGに通じるところがあり、そんなゲームがあるのなら、是非やってみたいと思った。

 が、テスター募集には見事に落ちた。あの時の落胆は、正直自分でも信じられないくらいのものだった。それだけ期待が大きかったのだ。

 βテストよ早く終われ。正規版早く出ろ。そんな事を毎日願いながら時は過ぎ。

 正規版は一週間前に発売され、既に稼働している。俺も正規版は予約開始と同時に押さえて、スタート当日を待つばかりだった。

 が、急遽、県外研修が入ってしまい、スタート初日にログインすることは叶わなかった。研修を命じた上司には上辺の笑顔で応え、心の中で呪詛を吐く。社会人の宿命故、致し方なしと割り切って仕事に没頭した。


 そしてようやく、プレイの瞬間がやって来た。帰宅するとスーツを脱ぎ捨て、PCを立ち上げて、ゲーム屋で回収してきた『GAO』をインストール。完了までの時間を使って家事を片付ける。

 インストールも家事も完了し、俺はVRギアをかぶってベッドに横になった。

 IDとパスワードを入力してログインすると、アバターの作成画面へと切り替わる。

 さて、どうするか。始める前には色々と想像して楽しんでいたのに、いざ作るとなると緊張してきた。なにせ、自分の分身となるキャラクターの作成なのだ。複数作成はできず、もし作り直すなら、それまで使っていたキャラは削除しなくてはならない。慎重にいかなくては。

 目の前にはマネキンのような人型が立っている。これがアバターの素体だ。これをいじって容姿を決めるわけだが、まずは名前の決定から。

 リアルネームは論外だ。西洋風ファンタジー世界でだと締まらない気がする。だから西洋風の名前を考えるが、どうもしっくりこない。浮かんでくるのはありきたりで、きっと同名のプレイヤーが何人もいるであろうものばかり。自分の名前を少し弄ってしまおうかと思ったが、拳児じゃなぁ……うん、ケンとか多そうだし弄りようがないな……いや、拳を英訳してフィストとか……『名前が重複するプレイヤーはいません。決定してよろしいですか?』と確認が出た。これでいいかと決定する。


 次は容姿作成だ。パーツのサンプルを呼び出して選択することもできるが、イメージをそのまま反映させることもできるらしい。選んだサンプルの細部をイメージで修正することも可能だとか。試しに適当な漫画のキャラクターを想像してみると、目の前の素体が変化していった。ただそのままというわけではなく、イメージしたキャラクターが実写化したように補正されている。いや、いくら何でも使いませんよ、さすがに。

 素体をイメージすることでリセットされ、マネキン状態に戻った。さて、それじゃ順番に決めていこうか。

 髪の色も肌の色も様々だ。肌の色は常識の範囲内で、人間にあり得ない色はなかった。でも髪はピンクとか緑とかあるんだよな。どれにしようか。髪は金……いや、それだと芸がないな。肌の色との組み合わせもあるし……ん、褐色肌か……これに黒髪を組み合わせてみて……おぉ、いい感じ。髪型は適当にサンプルから選ぶか。短すぎず、長すぎずで、と。うむ、これにして、この辺をチョチョイといじって、こんなものかな。

 次は目の色。ん、左右で別の色にできるんだな。オッドアイもいけるのか。しかしさすがに狙いすぎな気もするな。両方黒にするか。

 体型はあんまりでかくするのも何なので、170をちょっと越えたくらい、つまりリアル準拠で。というか素体のデフォルトってリアル体型と同じだな。ここからどういじるか。ネタに走って肥満や痩せぎすにするつもりはないし、このままリアル準拠にするか……いや、細マッチョ系もいけそうだな。ちょっと絞って……よし、こんな感じで。リアルだともう少しガッチリ系なんだけどな。

 顔の形はデフォのままでいいか。これで目、眉、鼻、口をいじって、と。これをこうして……うん、並よりはマシ、くらいのルックスだな。

 全体像を見て最終チェック。容姿作成はこれでいいか。


 次はスキルの選択、と。

 一応、プレイスタイルは決めてあるから、それに必要なスキルを獲得する。どのスキルが強いとか弱いとか、役に立つとか立たないとかは考えにない。自分が楽しむための構成だから。

 そんなわけで、取ると決めていたスキルを拾い上げる。


 手技:素手による格闘をするスキル

 精霊魔法:精霊魔法を操るスキル

 調理:料理を作るスキル

 敏捷強化:敏捷度を強化するスキル

 食品加工:食材を加工するスキル

 遠視:遠くのものを見るスキル

 暗視:暗闇の中でものを見るスキル

 隠行:身を隠すスキル

 動物知識:動物に関する知識を得るスキル

 植物知識:植物に関する知識を得るスキル


 これでいいだろう。俺は今のところはゲームで強さを求めていくつもりはない。五感に訴えるゲームだと知った時から、俺がやりたかったことのメインは『味わいたい』だからだ。

 ゲーム内の料理を食いたい。自分で調理してみるのもいいな。リアルの料理をゲーム内で再現するのもアリだろう。未知の食材を探しだして食すのも面白そうだ。当然それを手に入れるには危険もあるだろうし、中には食べたら死んでしまう物もあるだろう(ゲーム内で、だが)。そういうのを楽しみたいのだ。

 食材調達のためにも戦闘力はある程度は求めるつもりだし、イベント等があるなら積極的に参加していく予定でもある。が、基本は食べ歩き、できれば料理の作成も頑張ってみようと思う。店を作って商売、というのも現時点では考えていない。いつかは自分の土地を獲得し、家を建て、そこで農作物や家畜を育て、たまに冒険にでかけて未知の食材の確保、みたいな自給自足生活もどきをするつもりだ。リアルで今の文明レベルを維持しつつ農地付一戸建てなんて無理なので、せめてこちらで夢を見るくらいはいいだろう。


 アバターの作成も完了した。後は細かい設定をいじって、設定を完了させる。すると目の前にメッセージが現れた。


『この世界での自由度は限りなく高く、プレイヤーの皆様が望む行動のほとんどが実行可能です。

 ただし、当然のことですが、可能であることが必ずしも『この世界で許されること』『やってもいいこと』であるとは限りません。

 この世界でプレイヤーの皆様が何をするのも自由です。

 ただしその結果、何が起ころうとも『その責任は全てプレイヤーの皆様方にある』ということを忘れないでください。

 全ては自己責任で行動してください。行動の結果、ご自身に、そして他のプレイヤーの皆様に何が起ころうとも、弊社は一切の責任を負いません』


 このメッセージを俺は知っている。いや、俺でなくても、GAOをプレイする人間なら大半の人が知っているだろう。このゲームの公式HPが立ち上げられて少しした頃から、ずっとトップページに張りついている一文だからだ。

 やっていい事と悪い事を判断して行動する。常識だ。本当ならいちいち念を押すことでもない。

 しかし、そんな当たり前の事ができない人間も、残念ながら存在する。そういう連中に対する警告なのだろう。

 とはいえ疑問もある。やってはいけないことがあるなら、最初からシステムで制限をかけておけばいいのではないか、ということだ。

 例えば、このゲームではプレイヤーがプレイヤーを攻撃するPKという行為が実装されている。この行為はリアルに照らし合わせれば、暴行から殺人までを含む行いであり、リアルでは当然やってはいけないことだ。しかしシステム上、それは許されている。

 これをどう判断すべきなのか。単純に考えれば、システムで許可されている行為なら、やっても問題ないと思うだろう。なのにリアルでもこの場でも、わざわざ釘を刺すようなことをしている。PKは可能だが、やってもいい行為なのかどうか。やったとして、何のペナルティもなく無事に済むのか。βの頃から実装されていればとうに結果も分かっていたはずだが、PKは正規版から組み込まれたらしく、PKが既に発生していることは知られているが、PKした結果どうなるのかは不明のままだ。

 まあ話を戻すが、実のところこの一文自体は俺に何ら影響を与えるものではない。ゲームの中で、リアルと同じ倫理観をもって行動する分には、まず問題にはならないはずだからだ。

 当然、リアルの倫理観がゲーム内で通用しないという可能性もあるけども。要は犯罪を犯さない、他人に迷惑を掛けない。これだけはどんな世界でも一緒のはずだ。

 メッセージをスクロールさせると『以上に同意できる方だけが、この先へ進めます。同意しますか?』という一文の後に『はい』『いいえ』の文字が浮かぶ。迷わずに『はい』を選んだ。


『プレイヤーの皆様方が、理性と良心を持った『人間』であることを期待します』


 最後に表示された文。深読みしなくても、社会に適合できるまともな人間として行動してくれという念押しにしか見えない。

 そしてメッセージが消え、遠くの方に灯った光が次第に近づいてくる。そのまぶしさに思わず目を閉じ――


 


 目を開くと、そこには新世界が広がっていた。

 古い時代の西洋風の町並みを満たす喧噪。行き交う人々は鎧を纏い、武器を提げている者が多い。

 頬を撫でる風。鼻をくすぐる匂い。いつもと違う空気。

「すげぇ……」

 それが、この世界に足を踏み入れて最初に自然と零れた言葉だった。

 ゲームだというのに、ゲームだとは思えない。そこにあるのはもう1つの現実なのだと五感が訴えてくる。

 これから起きるであろう、関わっていくであろう様々な事に期待が膨らんで仕方がない。が、まずすべきことは、だ。

 食す!

 そのために来たのだから、まずはこの世界にある食べ物を色々と食いたい。この世界特有の物でなくてもいい。まずは味覚を確かめてみたいのだ。

 今いるのは、初めてログインした者が最初に出現する都市であるアインファストの中央広場。かなりの広さがあり、アバター達が動き回っている。

「しっかし……どこに行けばいいんだ?」

 都市自体がかなり広いようだ。マップを起動させるが広場の一部しかオープンになっていない。これは自分が行ったことのある場所しか開けない仕様になっているので、いずれは散策をして埋めることにして。

「あの、すみません」

 聞くのが早かろうと判断し、近くにいたアバターに声を掛けた。

「ん、何だい?」

 応えてくれたのは30代半ばに見える小太りの男。

「この辺りで食い物を売ってる店、どこかいいところ知りませんか?」

「食い物、ね……それは料理か? それとも食材か?」

「えーと……どっちもです」

 考えて、そう答える。料理は食べたいし、自分でも作りたい。料理屋の場所もそうだが、食材を扱う店も知っておきたい。

「そうだな。食材はあっちにある市場がいいだろうな」

 言って男はある方向を指す。

「露店なんかだと掘り出し物が売り出されてることもあるが、確実なのは市場だ。大抵の物はそっちで揃う。で、メシは屋台なんかもあるが、店が固まってるのはそっちの大通りだ」

 そして今度は別の方向を指し示してくれた。

「お薦めの店とかあります?」

「そうだな……最近、外の人が開いたらしい店が話題に挙がってたりするが……何て店だったかな」

 え、と思わず漏らしてしまった。この男は『外の人』と言った。『外の人』や『異邦人』というのは、この世界でプレイヤーを指す言葉だが、プレイヤーという言い方をしないってことは、つまりこの人はNPCか。言動が自然すぎてPCだとばかり思い込んでいた。どんな技術が使われているのかはさっぱりだが、凄いことには違いない。NPC1人1人に高度なAIでも搭載されているのだろうか。

 これは面白い。よほど特徴がない限り、PCとNPCの区別は外見だけではつかないようだ。まあ、非武装のアバターはまずNPCだろうけども。

 実はシステム上、PCとNPCを区別する方法はある。設定でマーカー表示をオンにするだけでいい。そうすると頭上にNPCであることを示すマーカーが表示されるのだ。

 俺はその機能をオフにしていた。そしてもう、オンにする気はない。こっちの方が、いかにもリアルっぽいではないか。言動だけ見ても、ゲームのオブジェクトだとは思えない。そこにいる、個人なのだ。テーブルトーカーとしては、断然こっちの方が好みに合う。

「すまないな、店までは思い出せん」

「いえ、ありがとうございました。」

 礼を言って、まずは市場へと足を向けることにした。

 しかし……外の人が開いた店、か。開始から1週間で、もうそんな剛の者がいるんだな。開店の費用とかどれくらいかかるんだろうか。土地の購入も結構な金額になるんだろうな。稼ぐためにどれだけ苦労したんだろう。それとも課金したのか。

 まあそれはそれとして。まずは食い物だ。


 

 先程の男の言うとおりにまずは市場へ行ってみようと歩を進める。

 こうしている間にも、パーティー募集や攻略の相談といった声が耳に入ってくる。既にスタートから1週間経っている。やり込み派でなくてもそれなりに世界を把握し、楽しんでいるだろう。何だか取り残された感じもするが、先行した人がいるということは、それだけの情報が獲得されているということでもある。GAOは公式サイトに情報掲示板が設置されているので、それらを上手く使えばその遅れも取り戻せるはずだ。

 とは言え、攻略自体にはあまり興味がないので、必要な情報を必要な時に確認に行けばいいだろう。

 さて、広場を抜けて大きな通りを過ぎると、更に大きな通りへと出た。行き交う人達の数も増え、活気に溢れている。

 周囲を確認すると案内標識のようなものも出ていて、主要な施設への道案内はこれで何とかなりそうだ。

 市場はあっちか。で、あっちが武具通りってことは、文字のまんま武具を売ってる店が多いんだろうな。む、あっちへ行けば闘技場もあるのか……ああ、見えた。小さめだけどローマのコロッセオみたいな建造物。後で行ってみるかな。ん、蜂蜜街? 何だ、蜂蜜が特産だったりするのかこの街。甘い物は好きだぞ。これも後でチェックしてみるか。

 いかんな、目移りしてしまう。しかし初志貫徹だ。まずは食い物。

 田舎のお上りさんよろしくキョロキョロと街並みを見ながら市場へと進んでいたが、足が自然と止まる。

「こ、この匂いは……」

 そう、俺の足を止めたのは匂いだった。それの発生源はすぐに分かった。通りの端に出ている屋台があり、そこで髭の男が何やら焼いているのだ。それが『何であるのか』は分からない。

 気がつくと、足は屋台へと向かっていた。

「おぅ、らっしゃい!」

「おやっさん、これ、何を焼いてるの?」

 焼かれているのは鳥の脚のようなものだった。それを指して問う。

「これか? これは鶏の脚だ」

 鶏、か。鶏ならリアルにもいる鳥だが、こっちの世界の鶏は、何か違いがあるのだろうか?

 そんな事を考えているとウィンドウが目の前に開かれた。


 鶏(???種):一般的な食用の鳥。様々な種類が存在する。


 なるほど、これは【動物知識】のスキルが発動したのか。でもこれは不完全みたいだな。鶏の説明は出たが、未表示のままの情報がある。どっちにせよ、自分が知っている種ではないのだろうけど、気にはなるな。

「で、なんて種です?」

 ダメ元で聞いてみる。すると、

「聞いて驚け、ティオクリだ。美味いぞ」

 と鼻を高くして親父は言った。と言われても、何が凄いのかよく分からない。

 そう思った時だった。


 ティオクリ鶏:一般的な食用の鳥。鶏の中では高級種。肉の味は最高だが、卵はいまいち。


 とウィンドウ情報が更新された。

 種類が分かったことで品質その他の情報が更新された。追加情報によって知識判定の難易度が下がって、再判定に成功したのか……いや、そもそもこの世界の知識系スキルってそういうものなのか?

 いずれにせよ、不明な部分についてはこうして情報を集めていけばより完璧な情報へ近づくようではある。聞くのは一時の恥とも言うし、分からないことは機会があればどんどん聞いていくことにしよう。

 まあこの辺りの検証は後にするとして……

「おやっさん、これ、いくら?」

「1本70ペディアだ」

 この世界の通貨単位はペディアとなっている。現在の所持金は10000ペディア。さて、買うのは問題ないが、はたしてこれは高いのか安いのか。何気に他の出店に目をやると、果物を扱っている露店があった。そこには見覚えのある果物が。見た目は明らかにリアルでいうところのリンゴだ。すると今度もウィンドウが立ち上がって、それがリンゴだと教えてくれた。これは【植物知識】の方だろう。

 で、リンゴは1個5ペディアだった。ふむ、とリアルの相場を思い返す。リンゴだったらスーパーで3個パック150円前後の値がついていただろうか。となると、1ペディアは10円くらいということになり、この鶏肉は約700円ということになる。

 少し高い気がしなくもないが、祭りの屋台の牛串焼きがそれくらいの値段だ。しかもこの鶏肉の場合、この世界でも高級品だという。スキルでもその判定が出ているのだから間違いはあるまい。高級鶏肉が700円。そう考えると安い買い物に思える。

「1本もらうよ」

「あいよ、まいどありっ!」

 即決し、注文する。威勢のいい声と同時に、親父は炭で焼かれていた鳥の脚をフォークのようなものですくい、大きな葉へ乗せるとこちらへと差し出した。

 所持金から70ペディアを取り出して親父に渡し、肉を受け取る。

 葉で端を包むようにして肉を持ち、まずは匂いを楽しむことにする。リアルで言うところの照り焼きチキンのような匂いは食欲を掻き立てる。湧き出る唾が口の中に溜まる疑似感覚は、早く食えとこちらを急かすようだ。

「では……いただきます」

 呟き、がぶりと肉に食らいつき、引き千切って咀嚼する。甘辛さと香ばしさが同居したタレの匂いが鼻を突き抜けた。軟らかな肉からは肉汁が溢れて口内を満たす。噛めば噛むほど肉の甘さが強くなっていくようだ。

「美味ぇ……」

 文句なしに美味かった。こんなに美味い鶏肉は食べたことがない。リアルに存在しない食材だというのがとても悔やまれる。いや、リアルにある高級鶏もこれくらい美味いのかもしれないけどね。

「がっはっは、どうだい兄ちゃん、気に入ったかい?」

「気に入った! こんなに美味い鶏は初めてだよおやっさん!」

「そうかそうか! 美味そうに食ってもらえて俺も嬉しいよ!」

 おやっさんが機嫌良さそうに笑った。

「まぁ、俺は大抵、ここで店を開いてるから、いつでもきな」

「ああ、絶対にまた来るよ!」

 本当ならもう数本食べたかったが、我慢する。なにせ、まだまだ食い物はあるのだ。

 次は何を食ってみるか。周囲の店を確認しながら、俺はその場から動く。


 


 その日は、市場に辿り着くこともなく、食べ歩きだけで終わってしまった。

 

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