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備忘録の3

 相変わらず、おばさんは忙しい。そして、ばあちゃんは、いつも小さな事件を起こす。

 ある日、ばあちゃんを連れて、スーパーに買い物に出かけた。

 スーパーの入り口には、若いお兄さんが片手にお菓子を持って、とびきりの笑顔で、しつこく、スーパーに入るお客さんに話しかけている。

 話しかけられるのは、決まってお年寄りばかりだ。

 そして、お菓子を手にしたお年寄りは、笑顔の若いお兄さんと、スーパーの片隅のテーブルと椅子のある場所へと引き寄せられていく。

 携帯電話、保険の見直し、いわゆる勧誘だ。

 若いお兄さんは、おばさんには声をかけない。

 ばあちゃんにも声をかけなかった。

 その日、おばさんは、銀行のATMに用事があったので、ばあちゃんを連れてATMの場所まで行った。

 週明けなので、ATMには、行列ができていた。

 ばあちゃんは、おばさんから少し離れて待っていることにした。

 おばさんがATMでの用事を済ませ、振り向いたら、ばあちゃんの姿はどこにも見当たらない。

 おばさんは、慌ててばあちゃんを探した。

 そして、ばあちゃんを見つけた。

 ばあちゃんは、片手にお菓子を持ち、嬉しそうに、椅子に座って、お兄さんと会話し、何やら記入している。

 自宅の住所、電話番号、生年月日。

 おばさんは、ばあちゃんの手から、お菓子を取り上げ、お兄さんに返し、いろいろ記入した用紙を取り上げ、

 「これは私が持ち帰ります。なかったことにしてください」

 と言い、ばあちゃんの手を強引にひき、その場所から、逃げるように離れた。

 おばさんは、大きなため息をつき、そして、深く呼吸した。


 ボクが車の中から見た、おばさんの深呼吸は、そんな事件のラストであった。


 

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