最終話 ここから始まる、彼らの旅は
今話でこの小説は終わりとなります。完結まで時間はかかりましたが、なんとか辿り着けてよかったです。
晴れた空の下、トワは大きなリュックを背負い、人を待っていた。ベル様のベルフォート邸の玄関には、クロードとベル様、奥さまのクリシア夫人、娘のリリステア嬢がいた。
トワがダンジョンの攻略をしてから、早いもので10ヶ月が過ぎていた。時間がかかった原因は、クロードのレベル上げをしていたこともあるが、準備しているリヴィエルナとルーティアの2人とパーティーを組むことになったのも理由の1つだ。
「いやぁ~、出発にはいい天気だね~」
「そうですね、あなた……」
眩しそうに空を見上げるベル様。日傘をさしながら同意するクリシア夫人。
「すまないな。トワの出発を延期させてしまって」
「気にするなよ。この国のダンジョンを回ってくる間に、さっさと跡継ぎをつくるんだな」
「ト……トワ様」
クロードは、自分の修行に付き合わせてしまったことを謝ったが、トワに痛い部分を突かれてしまう。クロードの妻となったリリステアは2ヶ月ほど前に13才になり、つい1週間前に結婚したばかりであった。
それ以来、2人の夜は熱いことをベル様から聞いていたトワであった。トワ自身もリヴィエルナ、ルーティアと肉体関係があるので深くは突っ込まない。
「それを言うなら、トワの方こそだろ?」
「リヴィエルナのゴリ押しって、スゴいよな……」
「リヴィ姉様は、決めたら真っ直ぐな性格ですからね」
「いくら王族の血を引いても、簡単に"側室候補"を決めてないか?」
「そうか? 姉さんのことだから、最大で10人くらいまでは増える気がするんだよな……」
「多すぎないか?」
その言葉の原因は、象の人獣を裁いた日にあり、トワは望まぬモノに祭り上げられたことにある。
『竜殺しの英雄』
その言葉はトワを指す2つ名である。街周辺にあるダンジョンのボスすべてが、最強種と言われるドラゴンの系統だったため付いた2つ名であり、王国最強の冒険者として有名になった。
本人としては「そこまで騒ぐものか?」と首を傾げているが、この王国を含めた大陸中で数百年間、ダンジョン攻略の報は無かったのは事実である。文明レベルの低下が、それを後押ししていた。
「そうでもないのだよ。各国に"愛妻家"として知られている陛下でも、4人の側室を強制的に迎えることになったのだよ」
「そうなのか?」
「そうだ。私と姉さんの母様は、3人目の第3夫人なんだ」
正直なところ、国王が愛妻家だったことは初耳だが、側室を含め5人の妻しかいないことの方が驚く要因となる。トワの中で最高権力者とは、『酒池肉林を築き、多くの側室をもつもの』という歪んだ考えがある。
「少なくないのか?」
小さな声でベル様に確認していると、背後から声がかかった。
「最低でも10人は側室に迎えろ! と言われたがの、5年間ハッスルして10人の子を産ませたら、周囲は何も言わなくなったぞ」
「父様! 見送りには来られないと聞いていたのですが!?」
「公式にはの……」
「非公式、というか家族の見送りに来た……ってこと?」
「うむ」
執事服っぽい、真っ黒な衣装を身に纏っていた。身体の線がハッキリと見える服装だが、小説にありがちの樽っぱらではなかった。少しはお腹が出ているのだろうが、執事服でも気にならないくらいスマートであった。
黒っぽい服と立派なアゴヒゲのコラボが、絶妙な渋さを生み出していた。
「まあ、2人が1度にいなくなるのだから、陛下の寂しい気持ちが分かるかな~」
「それって、娘のリヴィエルナと暗部のルーティアのことか?」
「父様も身内が減って寂しいよね……」
クロードの結婚式のどさくさで、トワは望まぬ結婚をすることになった。いつかは結婚するだろうが、もっと先のことだと考えていたのだ。
2人は多少のケンカはするが、基本的に仲が良い方なので、1番目立つ問題は"夜"くらいである。2人とも野性の猛獣(誤字にあらず)になるのだ。トワ以外の男では、3日もかからず渇れ果ててしまうだろう。
「身内と言っても、娘と部下なんだろ?」
「トワには話していないが、ルーティアは父様の"初孫"だ」
「……初耳ですが!?」
「いくらトワ君でも、気付かなかったようだね♪」
「……まあ、色々と大変だと思うが、"娘たち"をよろしく頼むぞ!」
初めて聞いた新事実にへこんだトワと、ルーティアと国王の関係を知っていた2人。軽く2人を睨み付けたトワに、国王からの公認である『娘を任せた!』という言葉を受け、小さく溜め息を吐いたのだった。
旅の準備が出来た、リヴィエルナとルーティアが屋敷の中から出てきた。彼女たちも背中に大きめのリュックを背負っているが、中身の大半が衣類だったことは、トワの想像の遥か外だった。
3人はベルフォート邸の玄関に並んだ。リヴィエルナとルーティアは父・祖父である国王に別れの挨拶をして、抱き締められていた。抱擁から離された2人の顔は赤く、国王から何かを吹き込まれたらしいが、トワはクロードたちと別れを告げていたので気付かなかった。
「何年かかるかは分からぬが、我が国のダンジョン攻略をよろしく頼む」
国王は非公式な場とはいえ、深く頭を下げた。この場に貴族としてのプライドしかない者はいない。ナルシスト気味なルーティアですら、国民のことをしっかりと考えているくらいである。
国王が誰彼関係なく、頭を下げるのは問題だが、トワに関しては事情が変わってくる。それを可能にしているのは、トワの2つ名である『竜殺しの英雄』である。
トワがアテンドールに確認したところ、この世界のダンジョンのボスは『竜種』であることが判明した。文献にも残っていない部分である。この事実は、誰にも話していない。
「国内に残っているダンジョンは、10個だったよね?」
「うむ。その通りだ」
「任せてよ。早ければ10年で片付くと思うから」
「その10年の根拠はなんだい?」
「あそこでワイ談している、国王の血族たちだ」
「ほひゅぃ!?」
トワの口から出た『10年』は、彼の妻となった2人が原因である。国王の悲鳴? に関しては、ついでのようなモノであった。『やればできる』妙に深い言葉である。
「朝っぱらから元気なものだな……。クロードも気を付けろよ?」
「ああ。胆に命じておくよ」
チラリとクロードに視線を向け、注意を促した。身に覚えのある彼は、視線を反らしながら答えた。クロードの幼妻も、トワの妻に負けず劣らず"夜"がスゴい。1年以内に第1子が生まれそうである。
「フフ……」
話の途中で、トワが不意に笑い出した。
「いきなり笑い出して、どうしたんだ?」
「いや、処刑のあった日のことを、不意に思い出しただけさ」
「ああ、なるほどね~」
「…………」
トワが笑い出した理由を納得したクロードは、その元凶である国王を見つめた。息子の視線から逃れるように、顔を明後日の方向に向けた。
「たしか、象の人獣が『俺様が、何をしたって言うんだ!?』と叫び、大暴れたときに……」
「陛下はたしか……『我の直轄の暗部"草葉の陰"が、貴様らの悪行の全てを暴いておるわ!!』と言ったのだよねぇ~?」
「国王の言った"草葉の陰"って、死者が生者を見ているときに使うんだ。例えば、『亡くなった祖父が、草葉の陰から孫を見守っていた』とかねぇ~?」
「────」
2人の話にベル様も加わり、国王を弄り始めた。黒服に包まれた体は、小さく震えだした。先祖代々から引き継いだ組織とはいえ、正面から弄られては恥ずかしいだろう。
それにしても、どういう考えでそんな組織名にしたのだろうか?
そうやって、国王弄りをしていると、挨拶が終わったのか2人から声がかかった。
「──それじゃあ、行ってくるわ!」
片手を上げ、3人に別れを告げるトワ。ベルフォート邸の正門で待っていた妻たちと合流する。門の前で手を振り続ける面々を背に、正門まで歩いていく。
道々でもトワたちに対して、手を振る人や歓声を送る人が見送りに参加しているので、王都の中は祭り状態であった。
「どこから攻略するんだ?」
「ん~。北の国境を目指しながら進もうか」
「1番近いダンジョンまで、だいたい2日というところですね」
「じゃあ、そこから攻略しますか!」
簡単に言い放つトワは顔を上げ、天空を見上げる。蒼く澄んだ空の向こうには、クオンのいる世界がある。2人は今、別の世界を違う道筋で歩みだしている。
生まれたときからの腐れ縁は、鏡面世界で別たれ、別々の道を行くことになった。毎日顔を会わせられるが、それは寝ている間の数時間であり、寂しい気持ちがないと言えばウソになるが、今日という日を楽しみにしているのは事実であった。
トワの異世界攻略は、ここから始まるのだった。
お読みいただきありがとうございます。
この作品を掲載したのが、去年の年始めから……。結構いろいろあって大変でしたが、完結ができたのは、作品を読んでくださった皆様のお陰かと思います。
ありがとうございました!!