ハロウィン | 慧君は間違えない
主人公の美咲と、幼馴染の慧が付き合い始めて初めてのハロウィン。
ハロウィン。
それは収穫を祝い、祖霊を迎える、キリスト教の祭事。
……らしいのだが、こと日本においては、ただの仮装パーティーと化している行事だ。
「みっさきー! 今日ハロウィンだけど、神井君と何するの?」
「最近は特に何もしてないかな。お母さんがかぼちゃパーティをするから一緒にご飯を食べるくらいだよ」
我が家においては、ただのご飯会になっている。
「なにそれ行きたい」
「え? あ、どうぞ」
「あ、ごめん。今のなし」
失言だったようだ。
「そう?」
「えっとね。何もしてないなら、仮装して驚かせたらどうかな?」
「仮装かあ。前はやってたんだけどね」
小さい頃は、私も慧と仮装をして、お菓子交換をしたものだ。
成長するにつれて、しなくなった。
「ほら、付き合い始めてからは、初めてのハロウィンでしょ? 何か違った反応があるかもよ?」
「なるほど」
それは確かにそうかも知れない。
慧と付き合うようになって、慧の反応が何となく変わってきたのだ。
「最近やってないなら、サプライズでやってもいいかもね」
「でも、それだとお菓子を用意できないよ?」
「そしたらいたずらすればいい」
「……」
いきなり押しかけてお菓子を要求し、なければいたずらしようなどと、なかなかにひどいアイデアだ。
だが、慧がいたずらに対してどんな反応をするかとても気になる。
「……やってみようかな」
「へぇ」
思考の海から戻ると、恋奈がニヤニヤしていた。
「何?」
「別にぃ?」
「あー、でも、仮装なんて急には決められないけど、どうしよう」
居心地が悪くなりそうなので、話をさっさと進めることにした。
「ふっふっふ……そんな美咲に、これをあげよう」
恋奈はどこからか大きな袋を持ってきて、中身を渡した。
「なにこれ」
「魔法少女」
渡された衣装は、胸元がはだけており、お腹も見えて、スカートもぎりぎりだ。
魔法少女と呼ぶにはあまりにも布が少ない。
水着と言われた方が納得できる。
「こんなの着られないよ!」
「よく考えて。この衣装はチラリズムを限界まで追及していて、これで落とせない男はいないとまで言われた一品なんだよ。これを着て誘惑すれば、さすがの神井君も……」
「慧も?」
「何かしらの反応をしてくれるはず!」
「やっと!?」
確かに慧は、何事に対しても反応が薄い。
私はずっと見てるからそれでも分かるが、本当はもう少し何か言ってほしかったりする。
「ま、まあ……借りるだけ借りておくよ」
「どうぞどうぞ」
考えた末、衣装を借りることにした。
人前ではとても着られないが、慧にしか見せないなら大丈夫だ。たぶん。
◇◆◇
放課後。
私は慧に家で待ってるようにお願いし、魔法少女になって、コートを着てから慧を迎えに行った。
「慧、おまたせ」
「うん」
慧はお菓子を用意して待っていた。
なんとも準備が良い。
となれば、衣装の出番も僅かだろうか。
「えっと……」
「?」
私はコートに手をかける。
手から心臓の鼓動が伝わってくる。バクバクだ。
「……やっぱり、目を瞑って」
周りには誰もおらず、見せるのもお菓子をもらったらすぐコートを着るから短時間だ。
気が楽になるかと思ったが、そんなことはなかった。
「分かった」
慧が目を瞑っている間に、コートを脱いで、慧の前に座って息を整える。
「すう……はあ……。慧、もういいよ」
「うん」
目を開けた慧は、私を見た途端に目を大きく見開き、驚いていることがよく分かった。
とりあえずやってよかった。
「慧、トリック、オア、トリート……」
私の声は、だんだん小さく先細りになってしまった。
もうそろそろ限界だ。
「……」
しかし、慧は硬直してしまっているように何も言わない。
何か言ってくれないと、私もどうすればいいのか分からない。
「慧、答えてよぉ」
「……」
慧はまだ何も言わない。
というか、さっきから石像のように動かない。
「慧?」
「……」
慧の顔を覗き込むと、慧は目をそらしてしまった。
(これはもしや!?)
「慧、もしかして、照れてる?」
「…………」
慧が照れた。
今までこんなことがあっただろうか。いやない。
私は嬉しくなった。慧が私のことを異性としてみてくれていることが分かったからだ。
「ねぇ、慧ってば~」
私が慧の前に回っては、慧はまた目をそらす。
楽しくなってきた私は、何度か繰り返した。
何度か繰り返していると……
「ひゃう!」
慧に脇腹を突かれた。
「きゃっ! ひぅ!」
それも何度も。
私は逃げるべく立とうとして……
「そ、それは引っ張っちゃだめぇ!」
慧に衣装の紐をつままれてフリーズした。
これ以上離れたら、結び目が解けて大変なことになる。
かと言って、逃げなければくすぐられる。たぶん、私が悪ノリした時間と同じくらい。
「美咲、座って?」
「……はい」
私は、おとなしくくすぐられる方を選んだ。
「後ろ向いて」
「ん? うん」
私は慧の前で三角座りをし、慧は私を抱きかかえる体勢になった。
私の足の下に慧の足が通され、これ以上ない密着状態だ。
(あ、動けない)
逃げられないように固定されたとも言える。
「あぅ!」
慧の右手が私の脇腹にそっと添えられた。
私の体がピクッと跳ねる。
そしてなぞるようにお腹をさすり、反対の脇腹で止まった。
対して、左手は私の肩から手首まで同じようにさすり、私の手と指を絡ませて止まる。
(これはどういう意味かな?)
くすぐられている感じではないのだが、慧は何がしたいのだろうか。
「ふっ」
「ひゃう!?」
私が動かないでいると、耳に息を吹きかけられた。
「はむ」
「きゃっ! え、何!?」
そして耳をくわえられた。
「慧、何してるの?」
私は慧にされるがままであろうと思っていたのだが、流石に聞かずにはいられなかった。
「美咲が温かいから……すぅ……」
「え、寝ちゃうの? これからご飯なんだけど……うそでしょ!?」
だが、慧から答えが返ってくる前に、慧は夢の世界に旅立ってしまった。
頭を私の肩に乗せ、寝息が規則的に聞こえてくる。
(私はどうすればいいの?)
私は一応、慧をパーティに招待するために来たのだが、慧が寝てしまってはどうしたものか。
それに、慧の温かさが全身にじんわり伝わってきて心地よく、動きたくない自分もいるのだ。
(まあ、いっか)
私は動かないことにした。
「美咲? 慧君はまだ来ないの?」
「お母さん!? えっと、これは……」
そのとき、お母さんがやってきた。
今はお母さんにも見られたくない格好をしているので、タイミングが悪すぎる。
「慧君は寝ちゃってるの? そのままだと風邪を引いちゃうから、布団は掛けるわね」
「あ、うん」
お母さんは、慧の布団を私達に掛けてくれた。
私の格好が隠されて一安心だ。
(慧の匂い……)
まるで、慧に包まれているような感覚。
実際、抱きかかえられているので、似たようなものか。
「美咲」
「何?」
布団をかけ終わる間際に、お母さんが私に耳打ちをした。
「そのサイズのスカートを履くなら、下着は肌と同じ色にしたほうがいいわよ?」
「何も言わないでっ!」
ここまで読んでくださりありがとうございます!