学院-8 (A面)
前回までのあらすじ
帝国魔法学院に通う平民ジエットは学院で大貴族の三男、ランゴバルトによる静かな虐めを受けていた。昇級テストに参加するには班の人数が最低でも5人集めなくてはならないのに、ランゴバルトを恐れてチームに入ろうとする者がいなかったのだ。しかし、謎の貴族による勧誘を受けた次の日、なんと、かの大魔法使いフールーダがクラスに登場。かつジエットの班に入ることを提案したのだ。それと謎の美女、ナーベも。
かの大魔法使いフールーダが班に(無理矢理)入ったことによって立場が逆転した。
天国にジエットは昇り、ランゴバルトは地獄に落ちる。
フールーダと同じ班にいた人物を苛めていた彼を知る者はとばっちりを恐れて彼から離れていったのだ。しかし、そんな彼を救うかのように謎の転校生モモンが現れ、熱い友情を交わした二人は班を作るのだった。
ジエットの幼馴染であるネメルがランゴバルトの家のパーティーに招待されたと知った彼は不安を感じ、様子を窺いたいと考えた。しかし平民である彼に貴族の舞踏会に参加できるようなコネは(フールーダとかに頼るのは怖いので)なかった。しかし、同じチームメイトになってくれたオーネスティが用意してくれたことで舞踏会に参加することに成功する。
そこでジエットの持つ特殊能力。幻を見破る魔眼が見たものは、ランゴバルトの横に立つ、アンデッド──リッチ(多分)。驚くべきことにモモンの正体はアンデッドだったのだ! モモンに脅され、正体をばらすことができないジエットをよそに、試験は始まる。
魔法学院に関する雑多
将来、帝国の柱を背負って立つ人物、帝国の技術を上げる者たちを排出するために作られた、様々な勢力を皇帝がまとめ上げて作った高等教育機関である。基本的に私塾や家庭教師、独学などしか勉強を学ぶ方法しかなかった帝国に、新たな風を生むこととなった。
魔法学院という名前がついているが、別に魔法使いだけがいるわけではない。魔法というのは一つの学問、技術であると帝国は考えている。将来の帝国の柱となる技術であり、そこの便利、不便利を学ぶ必要があると考えている。だからこそ学生のうちに密に触れさせているのだ。
ようは見目を広めよ、ということ……なのかな?
昇級用テスト内容
1:学生は5人以上8人以下のチームを作り、試験を受けなければならない。メンバーの数が揃わない者は不合格となる。
2:試験内容は年によって一部違うが、今回は騎士たちと共に旅をする。旅に関する様々な行為が試験の点数となる。これはルートの選択、下準備など多岐に渡る。
3:魔法詠唱者がチームにいる場合は、騎士たちと共にモンスターと遭遇し、戦闘しなければならない。倒したモンスターの種類が追加の点数となる。遭遇しない場合でも合格であるが、点数自体は低いものとする。
内容に関する帝国の考え
以上の内容を読んだ者は誰もがこれはテストではないと思うだろう。実際、これは帝国の富国強兵にちなんだふるい落としという狙いから行われているものだ。魔法の使用できる学生は帝国からすれば金の雛であり、冒険者などにはならずに帝国に仕えてほしいのだ。
だからこその試験である。
帝国に仕える気が無い人物に国家が金を出して育てるというのは無駄がすぎる。そんな人物にお金をかけるよりは帝国に仕える気がある人物を育てたいと思うのは当然だと理解してもらえるだろう。この世界の人間は弱いのだから。
では狙いを細かく説明していこう。
1の項は団体行動ができる人間かを見る──騎士などの軍人になるにしても、個人でしか行動のできない人間は非常に使い勝手が悪い。
それとチームのメンバーを将来の重しにしたい狙いがある。本人が帝国のために働く気はなくとも、帝国のために働く友人たちがいれば、少しは帝国のために働くことを考えるだろう。悪くても帝国と敵対する道は選ばないはずだ。
これがクリアできない者ははっきりいえば独自色が強すぎるために、ぶっちゃけた話、将来帝国が使い方に困る可能性や面倒事起こしかねない可能性がある。だからこそ最初っから切り捨てるということだ。
2、3の項は同じ狙いである。一つは学生たちが特別な環境下におかれた時の自主性や対応能力を見るものだ。頭でっかちでも悪くはないが、そればっかりでも困るということ。
次が騎士たちと触れ合うことで、軍人も悪くはないと思わせること。特に魔法の使用できる生徒は出来れば帝国騎士(帝国に置いて騎士とは専業軍人的な意味である)に所属して欲しいと帝国首脳部は思っている。だからこそ騎士と触れ合わせるのだ。
後は生徒を評価することで、どの生徒は逃がしてはいけないかをチェックすること。
最後は魔法詠唱者に実戦を軽く経験させることで、向いている人間、向いていないない人間の判別、極限状況下での洗脳などが狙いである。
トブの大森林。
人という脆弱な種族の存在しない、多様なモンスターたちの生存競争が行われる深い緑の世界に、違う色が紛れ込んでいた。
森に入ってからそれほど距離を進まぬうちに、茶色──むき出しとなった大地の色が露出していた。
その正体は大地に走った亀裂だ。
大地に大きな穴が開いており、その周囲に木々がほとんど生えていないがための異色だった。
ぽっかりと開いた縦幅、横幅共にそれなりの裂け目は、まるで大地が自ら開けた大口のようだ。
そんな場所を眺める、顔に傷を持つ男がいた。
大きな森などには前記の理由から人が入り込まない分、薬草などに代表される自然の宝が多く眠る。そのため冒険者であれば──依頼などで──危険を承知で侵入を試みる。採取する人間がいない薬草は希少度──価値──も高くなるのだから。
では、その男は冒険者なのか。
それには微妙に違和感があった。漂うのはもっと訓練を受けた、規律ある気配であり、個々人からなる冒険者の気配ではない。
冷徹な表情で男はその鋭い瞳を大穴に向け、出入りを繰り返す小型の人影を観察していた。
男の顔に侮蔑の色が走り、小さく唇が動く。
──ゴブリン。
それはその人影の種族名。
亜人と言われる種族であり、成人しても人間の子供ぐらいの大きさまでしか成長しない種族である。文明度は低く、弱いがため、森などの生息場所を追い立てられ、一部が時折草原などの人の生息圏にも出没する。
そのため辺境の村がゴブリンに襲われたというのは珍しい話でない。
ある意味、冒険者などが最初に戦う相手として一般的なモンスターだ。
離れたところから窺う男に気が付く様子も見せずに、驚くほど多くのゴブリン達は出入りを続ける。緊張感や警戒心の皆無な彼らの態度は、明確に大穴への出入りが慣れた行いであることを伝えてくる。
それも当然だ。
その大穴こそ、彼らの王国への入り口なのだから。
トブの大森林の地下深くには巨大な空洞が多数存在し、時折、天井──大地が崩れてその姿を見せるときがある。そういった洞窟は様々なモンスターたちの住居となるのだが、このゴブリンの住処としている洞窟はそれら中でも断トツで大きい。
彼らが出たり入ったりする光景は蟻のものを彷彿とさせた。実際、その想像は間違ったところにはない。外に出る者は土を運び、入る者の手には森の恵みがあった。
果実、木の実、食べられる草、さらには樹の皮など──。
運び込まれていく食料の量は膨大であり、大地に開いた洞窟の中にどれほどのゴブリンがいるかはうかがい知れないが、それでも一日に食べる量を遥かに凌駕していることは間違いがないだろう。
これからの時期であることを考えれば、備蓄用である可能性は非常に高いと言えた。
そんな光景を離れた森の木々の隙間から身を伏せつつ眺めていた男はすっと目を洞窟から離し、曇天へと動かす。厚く灰色の雲が覆い尽くした天空。それはこれから来る季節を如実に語っているようだった。
「冬か……。飢えてくれるのであれば我々が出張る必要もなかっただろうに。そうはいかないというのだから面倒なことだ」
冬になれば野生の実りは乏しくなり、モンスターたちも飢える。そのため冬の間の狩猟はかなり命がけだ。ゴブリンという種族は多数存在する種族の中でも弱い種族に数えられるため、彼らを食料とすべく狙うモンスターは多い。
一冬を超える間に全滅するゴブリンの塒は多いが、彼らはそうはならないだろう。
それを男は知っている。
(奴らは賢い輩だ……)
男はこのゴブリン種族を心の中で褒め称える。
現在行われているのは野生の獣でもするごくごく当たり前の冬籠りの準備だが、時折、それを怠る種族もいる。それがゴブリンという知性に欠ける者たちの一般的な行いなのだが、この部族の者は違う。
男の所属する部隊とは違う者たちが集めた情報によれば、洞窟内でキノコの栽培を行ってはいるし、食用の蟲の繁殖も行っているらしい。冬が来たからと言って全滅、もしくは適切と思われる数までゴブリン達の間で間引きが進むとは思えなかった。
食料の備蓄が進んでいるであろう状況を考えれば、食料が無くなって勝手に滅びるなど、都合の良い物語でしかない。
だからこそ──
「──私たちが動いたんだがな。それにしても……あれほどいるとは吐き気がする」
蟻の巣に棒を突き立てた時、あふれんばかりに出てくる蟻に嫌悪感を感じるように、出入りするゴブリン達に男は嫌悪を滲ませる。
男は非常に不快であった。
これはゴブリンに向けたものであると同時に、帝国に対してでもある。
森は人の領域にならないため、ここを帝国領と呼ぶのは間違っているともいえる。しかし帝国的には山脈の東半分の森は自国の領地と決めているはずだ。ならばここで繁殖しているゴブリンの掃討は帝国の役目であるのは間違いない。
しかし──ここでゴブリン達が我が春を満喫しているように、帝国は一切動いていない。
いや、別に帝国が悪いのではないと、男だって知っている。
帝国はこの事態、膨大な数のゴブリン達が国を築きつつあるという状況に気が付いていないのだろう。森は人の世界ではない。だからこそ、こんな場所まで調査隊を送り込んだりは普通はしない。
そう──男の国を除いて。
だからこそ知っている。帝国の行いは悪手であることを。
ゴブリンは人に比べて繁殖スピードが速い。これは弱い種族だからこその生存競争に勝つための自然の世界ではごく当たり前の方法だ。
そうしたところでゴブリンよりも強い種族──モンスターなどによって間引きされ、適切な数に落ち着くために、大抵の場合では問題には確かにならない。
しかしながら時折、歯車がかみ合った時に、驚くほどに数が膨れ上がる場合も存在する。
そうなると非常に厄介となる。
数が増えれば自衛能力も高まり、他のモンスターに襲われる頻度が減る。そうなればより数は増えていく。まさにネズミ算的に。
とはいってもゴブリンは種族的に見ても最下級の存在だ。数が増えた──あるラインを超えた程度であれば、帝国のようにしっかりとした国家であれば問題はすぐに解決するであろう。帝国の騎士であれば、単なるゴブリンなどは容易く屠れるのだから。
だが、しかし問題にならないのであれば男が、部下を連れてこんな場所まで来るはずがない。
そう──あるのだ。
明確な問題となりうる、それが帝国のようなしっかりとした国でも大きな被害になりかねい問題の火種が。
それはゴブリンたちが技術を持ち始めた場合だ。
渡りゴブリン──猿などにも見られる、若いオスが自分の部族から飛び出し、様々な部族を回ることによって、もしくは自分たちの努力によって、厳しい環境下で生き抜く技術を持った時にゴブリンの危険度が急激に高まる。
特に危険になるのは魔法や武器などに代表される戦闘方法を手にした場合だ。この時、単なる数は危険な数へと変わる。
騎士とゴブリンでは騎士が勝つだろう。しかし、騎士と武装したゴブリン十匹が勝負となれば、徐々に様子が変わっていく。例え勝ったとしても、では百匹なら──千匹なら──。
それが数の暴力。
「帝国と言えども手間取る可能性はある。ここは森、軍を率いて攻めるのも困難だろう……」
男が見ている洞窟に生存するゴブリンはおおよそ一万と報告が上がっている。それは一万の兵がいるのと同じ意味。
更にその数に手をこまねいていれば、発展した技術は渡りゴブリンによって周辺のゴブリン部族へと広がり、小さかった種火は巨大な炎へと身を変えるだろう。
それにあれほどの数がいれば強さを得たゴブリン、ゴブリンの変異種、もしかすると異能を持ったゴブリンだっているだろう。
それは小国などであれば飲み込みかねない事件にもつながる。
そのようなことをさせるわけにはいかない。
男は首から下げた聖印を握りしめる。それを待っていたわけではないだろうが、今まで聞き役に徹していた部下が口を開いた。
「隊長。そろそろよろしいでしょうか? 他の者たちの準備整ったようです」
「そうか」
スレイン法国における特殊部隊の一つ、陽光聖典隊長。ニグン・グリッド・ルーインは部下の言葉に後ろを振り返る。
並んだ部下たちの背後には召喚された天使たちが並ぶ。
燃え上がる剣を持つ上位天使たちだ。
総数で五十体。洞窟内にいるであろうゴブリンの数からすれば余りにも少ない数だが、ゴブリンとは戦闘能力の基本値が違う。ゴブリン程度であるならば天使の一撃で殺すことは容易だ。しかも魔法武器以外に対する耐性を持つ天使であれば、無傷で蹂躙さえできるかもしれない。
天使が滅ぼされてもあくまでも召喚された者にしか過ぎない。部下たちが魔法を唱えれば再び戦線復帰が可能なのだ。この数でも十分にゴブリン達を殲滅できる力はある。しかし──
「用心に用心は重ねるべきか。それで召喚維持遠距離化はもちろん行っているな」
「勿論です。準備終わっております」
念のために報告してきた部下に問いかける。
通常、召喚されたモンスターというのは術者からあまり距離を取ることができない。しかしながら魔法を強化することによってその距離を何倍にも伸ばすことができるのだ。
当然のことながら、代償として魔力の消費量も増大することになるが、安全な場所に召喚者を置く手段として、一般的に行われている行為だ。
彼としても歴戦の部下たちがそんな初歩的なミスはしているはずがないと思いながらも、質問をするのはまさに念のためだ。
一度だけ、新しく配属された部下がこの初歩的なミスを行ってしまい、包囲網に穴が開いたことがあったのだ。このミスでニグンは顔に傷を作ることとなったのだが──それ以降、ニグンはこの質問をよく行う。
「それではあとはあの方が出るだけだな」
ニグンの視線は迷彩色を施された天幕へと移る。
召喚魔法には時間という制限があるので、本来であれば準備が整い次第戦闘に入るのが最も正しい行為である。そのため、召喚を終えてから、ある人物が来るのを待つというのは逆なのだ。その人物が来てから召喚を行うべきだ。
しかし、そうできない理由があった。
報告してきた部下の緊張した面持ちにその答えがある。
天幕の主人。それはこの場にいる誰よりも高位の人物だからだ。
確かに陽光聖典の隊長であるニグンの方が立場的には偉いと言えよう。というのも天幕の主人は平の隊員だから。しかし、それは立場でしか物を判断していない者の言葉にしか過ぎない。
そのままじりじりと時間が経過していくが、誰も何も文句を言わない。
やがて天幕が開かれる。
そこから姿を見せたのは一人を男だった。
瞬間、場の雰囲気が一変する。
張りつめたような、戦場を思わせる緊迫した空気が満ち満ちたのだ。
歩いてくる男を眺めているニグンはグビリと唾を飲み込む。
気配が違う。
人と獅子ほどの存在感が違うのだ。
ニグンもまた人としては最高位の近い領域に立つ者であるが、その男には決して勝てないと思わせる何かを放っていた。
迫力──ではない。彼は非常に優しげな人物だ。
殺意──でもない。真逆だ。敵意などどこにもなさそうな、そんな雰囲気すらある。
では何か、と問われたのならば、ニグンはこう口にするだろう。
人としての格だ、と。
スレイン法国には、ニグンが所属する陽光聖典のような特殊部隊が全部で六つある。それぞれが違った特色を持つが、今現れた男が所属する部隊は、人間としての限界を突破した、英雄級の力を持つ者たちから成り立っていた。
その名も──漆黒聖典。
スレイン法国の最高最強部隊の名前である。
そんな部隊に所属するこの男は当然強い。
人の領域を逸脱した英雄の能力もそうだが、彼の収めている職業がそれに拍車をかける。
確かに単純な強さだけであれば隊長である第一席次や、第十席次“人間最強”、第十二席次“天上天下”の方が上だ。特別な力を持つという意味では第二席次“時間乱流”、第四席次“神聖呪歌”などの方が恐ろしいだろう。しかし、殲滅という意味であれば彼以上に優れた者はいない。
漆黒聖典第五席次“一人師団”クアイエッセ・ハゼイア・クインティアという男こそ、今回の任務に最適なのだ。
「お待たせしました。皆さん」静かに男は頭を軽く下げる。「私の方の準備も終わりましたので、いつでも行けます」
「ではクインティア様──」
「ルーイン隊長。クインティアで構いません」
ニグンは表情には出さないが、苦い顔をする。彼は良いかもしれないが、ニグンとしてはちょっと困りものなのだ。
大体、陽光聖典の任務は亜種族の殲滅を主とする。そういう意味では自分たちの上位バージョンであるクアイエッセは複雑な感情を抱いてしまう。同じ神を信仰するとはいっても、この辺りは難しいところだ。
男の嫉妬とは見苦しいものだと心の中で苦笑しながらも、ニグンは告げる。
「漆黒聖典、法国の守護者たる御方を呼び捨てるのは……」
「なるほど。ですが、私はルーイン隊長の下で、おぞましい亜人を掃討する手伝いを行えと隊長に指示されました。ですので、ルーイン隊長に様付け──上位者としての判断で呼ばれるのは、命令系統の一元化の観点からしてもよろしいことではないと思います。もちろん、特別な理由があるのでしたら構わないのですが?」
「…………」
ニグンは言葉無く考える。
クアイエッセの発言は組織として非常に正しいと言える。逆にニグンが「様」付けで呼んでいるのは個人の観点からという面が強い。
表情を窺えば、意思は固そうな面持ちに見えた。
ここで繰り返されてきた押し問答をするのは、部下たちの魔力を無駄にするという最も愚かな行為と言える。ここまで何度もその辺りの話をするチャンスがありながら、なぁなぁで逃げてきた罰が当たったのだろう。
ニグンは勇気を振り絞る。
「クインティア。ではそう呼ばせていただく。とはいえ、別部隊の君に対して丁寧な言葉を使うのは許していただきたい」
「勿論です。ではよろしくお願いします、ルーイン隊長。それでは早速ですがご指示を」
「見せてもらいたい。あなたが一人師団と呼ばれるその力を」
「畏まりました。召喚するモンスターは私の選択で構いませんか?」
ニグンが首を振ると、クアイエッセが静かに笑う。
「では──出ろ! ギガントバジリスク!」
クアイエッセの背後に巨大な黒い穴が浮かび上がる。そしてそこからゆっくりと姿を見せるモンスターがいた。
ニグンの部下達からどよめきが上がる。
冒険者たちが使う難度というモンスターの数値を現すもので例えるのであれば83にもなるモンスターだ。
陽光聖典に所属する彼らの中には第四位階も使える者もいるが、一人でギガントバジリスクに良い勝負ができるのはニグンぐらいだろう。いや、そのニグンでも戦えるというだけであって、勝利を収めることができるかは別問題だ。
(それほどのモンスターを使役できる……最強のビーストテイマーとはまさにこの人のことか……)
これこそが彼の二つ名の由来。
英雄級の存在でなければ倒すことが難しいモンスターを最低でも十体は使役できるからこそだ。
「あともう二体呼び出そうと思います。ギガントバジリスクは巨体ではありますが、蛇のように狭い場所も侵入を得意とします。洞窟内部の掃討にはもってこいだと考えております」
その自信にあふれた言葉にニグンがこの任務が非常に短期、かつ完璧に終わることを確信するのだった。
「それ以外に、周囲の警戒に優れたモンスターはご存じないだろうか?」
「なるほど……抜け穴の警戒してですね。了解いたしました。クリムゾンオウルを召喚いたします」
同じような光景を経て、三体のギガントバジリスクの横に、真紅のフクロウが並ぶ。通常のフクロウと比べて二回りほどのサイズではあるが、ギガントバジリスクと並ぶと頼りないほど小さく見える。
しかし、そのフクロウではあり得ないような鋭い嘴に鉤爪が、侮っては不味いモンスターだと教えてくれる。
フクロウのものとは決定的に違う、気味の悪い人間のような目がじっとニグンたちを見据えていた。
「ゴブリン達があの洞窟の外に居たりしたら教えてくれるかい? さぁ、行くんだ」
流石にモンスターというべきか。昼の最中でもフクロウは飛び立つ。
「これで準備は整いましたね」
「ええ。ではギガントバジリスクを前に押し出しながら、後方を天使たち。天使たちは洞窟内部のギガントバジリスクが入り込めないような場所に逃げ込んだゴブリン達を掃討させるのだ」
部下たちから一斉に返事が聞こえ、天使たちが動き出す。それを待っていたかのようにギガントバジリスクが滑らかな動きで洞窟に向かって進みだした。
◇◆◇
草原のど真ん中を走る街道の上、御者台に座ったジエットは揺られながら進んでいく。街道は石畳のような立派な物ではなく、土をむき出しにしただけのものであるため、時折、轍の跡にはまってガタリと大きく揺れる。
その度に、薄い座布団を敷いた荷台に振動が伝わり、ジエットの尻を下から突き上げた。
(これさえなければ……最高なんだけどな。今度はもっと柔らかい奴を用意しないと。というか、みんな代わってくれないのは卑怯だよな)
尻の痛みに眉を顰めながら、ジエットは草原に視線を動かした。
青い空の下、草原が続く光景はジエットに感銘を与えてくれる。
何の変哲もない草原を街道に沿って進むだけのつまらない旅──旅に慣れた者であればそう言うかもしれない。しかし、ジエットにとっては帝国を出発してから二日経った今も、この光景に新鮮な感動を与えてくれた。
帝国における一般人で、自分の住み慣れた場所──都市や村の外に出る者というのは驚くほど少ない。いや、街などの外にでないで一生を過ごす者の方が多いぐらいだ。これは言うまでもなく、草原だとしても危険度が高いためである。
都市の近郊であればそうでもないかもしれないが、離れれば離れるほど、モンスターや獣、野盗に出会う頻度は高くなる。帝国は通常の国より安全だが、ジエットは恐らく都市外に出ないで人生を終えていたはずだ。しかし──
──どこまでも続く大地。遠くに見えるアゼルリシア山脈の影にまた、感動を呼び起こす。
知識ではどういった世界が広がるというのは知っていた。帝都を守る壁の向こうに続く光景を。しかし、実際にそれを肌身で感じれば、知識など上面のものでしかなかった、と感じれた。
そのためなのだろう。
空に目をやれば、帝都の空よりも輝いて見えた。
涼しげな風が抜けていくたびに、自分の世界が広がったような気分を抱く。
(この空は多分、あの人のところまで届いているんだろうな……。あの人もこんな空を見ながら旅をして、モンスターたちと戦い、遺跡を侵入し、宝物を発見しているんだろうな。……もしかするともっと凄い光景を目にしているかもしれないな。下から上がる滝、空に浮かぶ島なんかを)
母親が雇われていた家の令嬢──ジエットに魔法の才があると見抜き、人生をましな物にしてくれた恩人にして姉的存在。
アルシェ・イーブ・リリッツ・フルトという女性の顔を思い出す。
魔法学院においても非常に優秀な成績を出し、冒険者としても一流の領域に上ったとされている彼女を。
このごろ顔を見ていないが今でも元気に冒険者をやっているだろうと、ジエットは確信を持って言えた。
(ま、当たり前だよな。学院を止める頃には確か、第三位階まで使えるようになっていたんだっけ? 第三位階間近だったんだっけ? ……そんな天才だもの。そのうち英雄としてきっと歌われるようになるはず。そうしたらお祝いをしないと。その時はネメルにも言わないと)
魔法学院において卒業生が到達できる位階は平民であれば第一位階。貴族であれば第二位階とされている。これは魔法学院に入るまでにどれだけの費用を魔法訓練に充てることができたか、という物に起因している。
子供の内から魔法の訓練を受けている──それだけの金をつぎ込める──者ほどより上位の位階まで習得できて卒業できるのは自明の利だろう。その中でもジエットやネメルの姉的存在であるアルシェは驚かれるほどの能力を有していた。
第三位階に到達できるのはかなりの才能を持った者、もしくは果てなき努力をした人物であり、類まれな才能を持っている認識される。国家でもかなり上の地位に就き、街の魔術師組合長に就任できる可能性を持つ。常人においてはこの辺りが限界であり、これ以上の領域は天才などの領域だという認識が強いというほどのものだ。
そんな領域に少女ともいえる若さで手がかかれば、将来においてはより上位──第四位階、もしかするとそれ以上だって狙えるかもしれないという人物だと噂されるのも当然だろう。
では平民でありながら既に第一位階を使用できるジエットもまた天才──そうでなくとも才能があると言えるのか。
それはない、とジエットは知っている。
彼の場合はネメル、そしてアルシェという二人の教師がいたからこそのものであり、才能と呼べるものは正直あまり無いと確信を抱いていた。
(アルシェお嬢様……姉さんか。久しぶりに会いたいな。そういえば妹様たちは元気かな?)
二人の幼い姉妹を思い出した、その時──
「真剣な顔をして。何を考えているんだい、ジエット君?」
御者台の横、ジエットの隣に座った全身鎧に身を包んだ騎士が問いかけてきた。
鎧は緩めず、ガントレットまでしっかりと嵌めている。剣を鞘ごと片手に持っているのは即座に抜き払うことが出来る様にという警戒からだろう。
しかしながら緊張感は無い。フルフェイスヘルムは取られ、日差しに焼けた意外に若い精悍な顔を晒している。
「いえ、大したことは何も考えてないですよ。ベベネさん」
外見年齢的にジエットよりも数歳ばかり年上の騎士は白い歯をむき出しに笑う。
「そうかい? 今後の旅の行程について考えているのかと思ったよ。前も言ったとは思うが、決定するのは君たちだが、アイデアであればいつ求められても問題ないからな。何か心配事があったら早め早めに聞いてくれよ? あとで取り戻そうとしても遅いこととかあるからさ」
「ありがとうございます。もし何かありましたらその時はお願いします。でもとりあえず、今のところは何も問題はないですから」
「まぁ、そうだわな。まだまだ帝国領内だ。モンスターだってこの辺りで出てくることは滅多にないからな。というより滅多にもないな」
「騎士の皆さんが巡回されていますものね」
「その通り。俺たち騎士が見回る限り、この辺りは流石にモンスターなんか歩かせないさ。流石に辺境は厳しいけどな」
自慢げに──実際彼らの働きによる結果なのだから、それは誇るべきことだ──笑ったベベネの白い歯が、日差しを反射したようにジエットは思えた。
帝国の騎士は常備兵であり、帝国領内の巡回や、都市の警備などに従事している。領内でのモンスター退治も彼らの仕事であり、だからこそ帝国領内においては雑魚な冒険者が青色吐息となった。などという話にもジエットが詳しくなったのもこの人物のお蔭だ。
(個人的には怖い事じゃないかと思うんだけどな。低位の冒険者が少なくなるというのは将来的に……)
ジエットは不安を振り払い、隣で話しかけてくる男との会話に意識を向ける。
帝国辺境、トブの大森林を目指して既に数日の時間が経過していた。それだけあれば護衛の騎士班のメンバーともある程度は気心も知れるというもの。ネメル、オーネスティともにそれぞれと話す相手ができたが、ジエットが良くしゃべるのが、数年前に騎士になったという平民、ベベネ・バイセンだ。
気立ての良い男という感じであり、騎士という専業戦士とは思えないほど明るくお喋りだ。
ジエットが抱いていてい騎士の像というのは、屈強であり冷徹、血を流すことを仕事とする鋼のような者たちだ。しかし、それがあくまでも知らないからのイメージにしか過ぎないということをまざまざと見せつけられた。
しばらく取り留めもない話が続き、その後で話題と話題の間の空白が生まれた時、ベベネが声を潜め、火炎瓶を放り込む。
「それでジエットはどっちを狙っているんだ?」
ジエットは顔を引きつらせる。視線が馬車の横で歩きながら話している二人の女子学生に向かう。
「あっちの幼馴染ちゃんか? それともあっちの同級生か?」
二人で並んで歩いている、ネメルとオーネスティのことだ。
ジエットが御者として馬車を操作し、二人が歩いている理由は、彼女たちが警戒任務に就いているからだ。しかしながら驚くほど緊張感は皆無だ。ネメルに至っては笑顔すら浮かべている。
あまり褒められた態度ではないが、これは仕方がないだろう。
草原という開けた場所においては、遠方より来る相手の発見は容易だ。笑いながらでも周囲を見渡していれば十分に警戒任務を果たしていると言える。
そのほかにも、騎士たちが更にその外、彼女たちを含めた馬車の周囲を囲むように警護してくれている。この陣形でどうやって緊張感を保ったまま警戒すればよいというのか。
ちなみに彼はそれだけ言うとジエットの反応を待つ。もう一人いる女性のことは口にせず。
(当たり前だろうな)
彼女に関してはベベネは何も言わない。
ナーベという名前以外の全てが謎に包まれているチームメイトに関しては。
というよりも彼女に近寄ろうとする騎士は誰一人としていない。
生きる伝説ともいえる大魔法使いフールーダ以上に理解の及ばない、場合によっては非常に危険なびっくり箱的人物であると騎士の誰もが理解しているからだ。
というのもフールーダの対応を見ていれば即座に分かる。驚き慌てることに、あの大魔法使いが彼女に対して、敬意をもって対応しているのが一目瞭然なのだから。
伝説級の魔法使いが敬意を示す未知の相手。
誰が気軽に話し相手を努めることができるというのか。
だからジエット、ネメル、オーネスティには親しく話す相手ができ、フールーダに対しても敬意を示して話す者がいるが、彼女の周りだけ凪のように静かであった。
そして彼女自身もそれを苦にしていないというか、望んでいる雰囲気すらあるためにそれに拍車をかけていた。
「なぁ、なぁ、お兄さんにちょこっと教えてくれない? もし教えてくれたら協力しちゃうよ? 知っているかい? このテストって危険があるじゃないか。だからこそこのテスト後にくっつく率は高いって統計が出ているんだよ」
「本当ですか?」
「うん。俺の仲間にも魔法学院を出た魔法使いがいるんだけど、そいつが言っていたんだ。まぁ、そいつ自身に彼女は出来なかったみたいだけどさ。だからチャンスだぜ。おっと、でも二人ともとか言うのは許せないかな。平民的思考を持つ俺としては──」
その時、何時までも終わることなく続くと思われたベベネのお喋りをさえぎるかのように、ガタンと振動が走った。薄い座布団越しにお尻が木の荷台にゴリゴリと当たる。馬車自体揺れやすいものだが、そういったものとは違う、何か異質な揺れだ。
異常事態の発生は間違いがない。では一体、何事か。
ジエットは視線を前にやる。人工物が全く見えない、どこまでも続いていきそうな草原を。
揺れはいまだ収まらず、ジエットが最初に考えた、石に乗り上げたという期待が外れであることを伝えてくる。ならば確認するほかないだろう。
手綱を引いて馬を止めると飛び降り、後ろに回る。目にすればショックは大きかった。
右側の後輪が内側に傾いている。異常事態の発生は言うまでもない。
「あー、ちなみに左側は異常がなかったぞ」
左側から回り込んできたべべネの言葉に少しだけ救われた気持ちになれた。
「幸運にも右側後輪だけの異常のようだな。車軸に異常とは思いたくないが……」
隣に並んだべべネが車輪の前にしゃがみ込む。ジエットもその横に並んだ。
「見ろ。軸受の一部が歪んでいる。過重の所為か?」
「いえ、それはないです。最適荷重よりも若干少ない程度しか積み込んでません」
「そうか……。幸運なことに完全に壊れたわけではないから、このまま走らせることは可能だが……」
ベベネが言葉を濁すが、言いたいことはよく分かった。
歪みはどんどんと大きくなっていき、負担は馬車全体にかかることとなる。車軸などが折れれば非常に不味いことになりかねない。
「次の都市まで行くことは可能ですかね?」
「さすがに馬車職人じゃないからな。無理ではないと思いたいが……」
ジエットは頭の中で地図を思い浮かべる。最も近い街の位置を。正直、騎士の台詞ではないが、馬車職人ではないので、あとどれぐらいの距離を行けるかなどというのが浮かばない。
「……もしくは我々の補給所を使うという手もあるが、場所を描いた地図を持ってこようか?」
騎士たちは早馬などを行うために、帝国各所にちょっとした補給基地を点在させている。簡単な馬車の修理などもそこであれば出来る自信があっての台詞だろう。
荷物を置いて出発するのは愚の骨頂だし、どうにかして修理の出来る者のところまでたどり着かせるしかない。
如何すればよいのか、と考えているとジエットに穏やかな声がかかった。
「何の問題もない」
声を発したのはかの大魔法使いフールーダである。
彼はジエットの横並ぶと歪んだ軸受に指を突きつける。
「《リペア/修復》」
フールーダの魔法の発動に合わせて、ガタリと馬車が動く。急に元に戻った軸受に押される形で車輪が正しい位置に戻ったための振動だ。
「《リペア/修復》の魔法は耐久限界が若干下げるために頻繁に使うことはお勧めは出来ないが、今回の場合のような緊急事態には非常に役立つ魔法だ。実際、旅をする冒険者であれば最低でも巻物でもいいから準備をしておけと言われる。……ひとまずはこれで問題はない。次に街に着いたときに交換すれば良いだろう」
全員が自分を見ていることを知ったフールーダが、すっと指を突きつける。その先にいたのは騎士所属の魔法使いだ。
「お前はこれを修復させる魔術を有していないのか?」
騎士が口ごもった姿を見て、フールーダは微笑みを浮かべた。
「ふむ、なるほどそういうことか。これは性格の悪い質問だったな。せっかくだ、ジエット君、君に一つ講義を行うとしよう。構わないかね?」
問いかけられたジエットは慌てて首を振った。かの大魔法使いの講義を拒絶する人間などいるはずがない。
「……魔法と聞くとあまり知らない者は派手なものを思い浮かべる。大抵の場合は攻撃魔法などだな。確かに炎の球が飛び、紫電が走る魔法は見る者、聞く者を喜ばせる。特に人間に害悪を働くモンスターを滅ぼすものなのだから。しかし、そういった魔法などよりも生活に密着した魔法の方が、人生を豊かにしてくれるのは間違いがないと個人的には思っている。というのも攻撃魔法というものは使い勝手が悪いのだよ。相手を致傷させるということ以外に、使う道がほぼない」
確かに、ジエットはそう思う。
攻撃魔法に《ファイヤーボール/火球》という有名な魔法があるが、あれで暖を取ろうとする者はいないし、そんな使い方はできない。枯れ枝に火をつけようとしても、下手すれば完全に燃え尽きた残骸が残るだけかもしれない。
《アシッドアロー/酸の矢》、《マジックアロー/魔法の矢》、《ライトニング/電撃》、どれも同じだ。
「対して幅広い使い方ができる魔法というのがある。特に聞くのは生活魔法などと言われる魔法だな。これは別にそういう系統が存在するのではなく、そういう用途で使われることが多いからの名称だ。個人的には好きではない系統であり、間違っていると私は考える──ゴホン。すまない。少し脱線してしまったようだ。えっと、何を言おうとしていたのか……そうそう。《フローティング・ボード/浮遊板》という魔法をジエット君は知っているかね?」
「はい。もちろんです。第一位階の魔法に関する授業で学んだことがあります」
「そうか。あの魔法は重いものを持つだけの魔法であり、建築現場などでよく使われる魔法だ。しかし、こういった場合にだって当然使える。確かに術者の力量によって荷重の限界は変わってくるが……まぁ、次の街まで容易に進めただろう」
「仰る通りだと思います」
フールーダが自らの白い髭をしごいた。
「魔法というのは世界との契約であり、一度結んだ契約を破棄するのは非常に面倒な手筈を整えることが必要となる。しかし、攻撃魔法ばっかりを持つというのは愚かなことだ。相手を傷つけるということは別に魔法使いではなくても出来る。剣を持った戦士に任せればよいのだ。では魔法使いの存在する理由とは、しなくてはならないことというのは何か──答えたまえ」
フールーダの視線が騎士所属の魔法使いに動く。
彼は慌てたようなそぶりを一瞬見せ、それから自信満々で答えた。
「それは状況において最適な解を自らの魔法で導き出すことです」
「その通りだ。今のような馬車の一部が壊れた、といった時に剣を持った戦士ではどうしようもない。だからこそ魔法使いがどうにかするべきなのだ。その戦士が実は馬車職人の息子で問題なく直せるというのであれば、それ以外のどうしようもない状況下に対応できるような魔法を習得すべきだと私は考えている」
「私もそう思います」
騎士所属の魔法使いが続けて発言した。
「とはいえ、難しいがな」
にやりとフールーダが笑う。穏やかな笑いというよりは人生の先輩が若造を見て笑うような、先達の威厳を感じさせる笑いだった。
「状況に適応するなどと言っても、様々な場面が当然ある。それを完璧にこなすなど、私でも無理だ。攻撃魔法などを頻繁に取る魔法使いなどであれば、もっと無理だろう。ジエット君は第一位階の魔法が幾つか使えるのだろ? 決して攻撃魔法ばっかりを取るなどということをしてはいけないぞ?」
「はい。分かりました」
「ネメル君も同じことだ。魔法の習得にはちゃんと頭を使った方が良い」
「は、はい! 分かりました」
笑顔のフールーダが視線を巡らせ、表情を硬い物とする。
皆が視線の先に目を向ければ、そこに立っていたのはナーベだ。
「も、もちろん、攻撃魔法が役に立たないという意味ではないです。攻撃魔法も多様な種類がある様に、この魔法を持っていればあのモンスターを簡単に倒せる、この魔法を持っていればそのモンスターが容易く屠れると、ある。んん!」
喉に絡まった何かを吐き出すようにフールーダが声を出す。
「つまり何が言いたいかというと──」
先程の堂々たる姿ではない。まるで混乱した新米教師のような態度。
ジエットはそれを引き起こしたナーベという謎の女性を窺う。
本当に正体不明な人物だ。同じチームということで幾度となく会話はしている。しかし、個人情報に関する話はジエットもネメルも──おそらくはだが、オーネスティも振ってはいない。
これは聞くのが怖いからだ。
もし話しても良いことであれば彼女の口から語ってくれるはずだ。それがないということは彼女に話す意思が無いのか、はたまたは彼らには話せない内容か。
前者であればまだ安心できる。信頼を得られるように今後、行動していくべきというだけなのだから。
だが、もし後者であれば──。
ジエットは一つ身震いをした。ナーベという女性を見ていると、黒い闇がそこにわだかまり、周囲を暗くしているようなそんな気持ちにさせられる。
「攻撃魔法は非常に重要だということだ。第三位階にある《フライ/飛行》と《ファイヤーボール/火球》を使った上空からの爆撃は非常に効果的であり、飛行対象に届く攻撃手段を持っていない相手であれば完殺は容易だ。実際、私が弟子たちとこれを使ってデスナイトを──」
パシンと乾いた音が鳴った。フールーダが自らの口を片手で押さえた時の──勢いがあったための音だ。
フールーダがジエットや騎士たち、一人一人の顔を見渡す。
老人の顔が崩れる。悪戯をした子供が浮かべそうななんとも言えない笑顔だが、この大魔法使いに似合ってもいた。
「すまん。帝国の極秘情報を漏らしてしまった」
一瞬でその場にいた誰もが呆気にとられた表情を作る。冗談なのか、とフールーダの顔を窺えば、苦笑を浮かべてはいるが、決して冗談とは言い切れない何かがあった。
「はっはっはっは」乾いた、ワザとらしいフールーダの笑い声が響く。「それで……皆、忘れてくれるかね?」
「──な、なんの話でしょうか? パラダイン様のためになる魔法講座以外の何かを聞いた覚えはありませんが、なぁ、みんな!」
驚くような速さで班の警護についてくれた騎士の班長が発言する。ほんの一瞬だけ他の騎士たちは遅れたが、すぐに賛同の声を一斉に上げる。ジエットもネメルもオーネスティも大きく首を振る。遅れてナーベも同意として頭を動かしていた。
「すまない。本当にすまない。こればっかりは私の愚かさの所為だ。久方ぶりに教える立場に戻ったためか、少し口が軽くなってしまったようだ。これ以上愚かなミスをしでかさないように、これで終わりにするとしよう。最後に……ジエット君。この程度の問題であれば私が解決するので、何かあったらすぐに言ってくれたまえ」
「はい。パラダイン様。何かありましたら、その時はよろしくお願いします」
◇◆◇
朝日が昇り、世界を照らし出す中、準備を終えたジエットは一人天幕の外に出る。
大きく息を吸い、そして吐き出す。
朝の冷ややか──いや冷たい空気が興奮した体には心地良かった。
馬車のごたごたがあってから既に二日が経過し、既に一行は帝国の最果てともいえる場所にまで来ている。前方には日差しを拒むような黒々とした大森林が、視界の端から端まで完全に覆うように広がっていた。
これからあの中に突入するのだ。
ジエットの心中に黒雲のごとく不安がわき上がる。
森は人の世界ではなく、モンスターの世界。そこでは人は捕食される側に回る。
ジエットはもう一度深呼吸を行うと視線を上にずらす。
トブの大森林の先──そこにアゼルリシア山脈の鋭い牙のような連なりがあった。帝都からでも──高い場所で晴れた日であるという前提がつくが──影のように目にすることのできる山脈が、くっきりとその姿を見せつけてくれる。あんな頼りなかった山脈が、ここまで来ると圧倒的な大迫力で眼前に聳えたち、人間がどれほど小さい者かを教えてくれる。
ジエットは言葉無く、首を横に振った。
「どうしたジエット。世界の広さを感じているのか?」
突然の声にジエットは驚かない。鎧を着用した人物が歩いてきていることは知っていたためだ。
「ええ、そうです。よくお分かりですね。もしかして……」
隣に並んだ騎士──ベベネは頷く。
「ああ、そうさ。ジエットの思った通りさ。俺も今のお前みたいに、騎士団で野外行軍をした時に感じたからな。世界ってやつは広く、その中で人の生きる世界がどれほど小さいかを。多分、いたるところに人が一度も見たことが無い景色が一杯あるんだろうな。大森林の奥地、山脈の頂、空に浮かぶ島──そういう意味では未知へと足を踏み出す冒険者っていうのが羨ましいな」
ベベネは小さく笑うと、頭を振った。
「すまない。変なことを言ったな。これからトブの大森林に入り、モンスターと戦うというのに緊張感を削ぐようなことを言ったりして」
「いえ、気にしないでください。でも確かに思う気持ちも分かります。……ベベネさんも意外とロマンティストと言っても良いのでしょうか?」
「あー、恥ずかしいことを言ったな」照れたベベネが顔を赤らめた。しかしすぐに真顔に戻る。「……さっきはあんなことを言ったが、冒険者なんて命知らずの仕事に就くのは止めておいた方が良いぞ。大成するのは一握りだし、死傷率は高いし……。誰も知られずモンスターの胃の腑におさまるなんて……親不孝もいいところだ」
すっとベベネの視線がアゼルリシア山脈へと向かう。
「でもまぁ……なってしまう奴の気持ちも分かるな……」
「そうですね」
黙った二人は並んで、巨大であるがゆえに、身近にも感じてしまうアゼルリシア山脈を眺める。そんなに長い時間だとは思わなかったが、それはあくまでもジエットの体感時間だけのようだった。軽い足音が二つしたと思うと声がかかる。
「何をそんなに長い間じっと見つめているの? 何かあったの?」
並んだのはネメルとオーネスティだ。ここに来たということは二人とも準備が終わったのだろう。実際横目で窺えば、あとは背負い袋を持つだけの状態まで装備を整えている。
「いや……でかいな、と思ってな」
「アゼルリシア山脈? うん、おっきいね。あれだけ大きければドワーフの王国があるのも不思議じゃないよね」
「他にも巨人の国があったり、ドラゴンが住んでいたり、と色々あるみたいだけどね」
オーネスティにはジエットやネメルほど感嘆している気配はない。いや、旅に出た時から彼女にはあまり緊張感や感動と言った心の動きがなかったような気がする。旅に慣れているのだろうか。
「ドラゴンかー。森で出てきたりはしないのかな?」
「大丈夫だと聞いたことがありますよ。大森林はアゼルリシア山脈に住むフロスト・ドラゴンたちの縄張りに入っているらしくて、他のドラゴンが住居にしたことはないと聞いたことがあります」
「そうなの、オーちゃん」
「ええ、そう聞いたことが……オーちゃんは止めてくれませんか……」
「オーネスティちゃん」
「ちゃんは……無くてもいいんですけど……」
「ふむ、その話には色々と他の説もあるぞ」
並んだ白髭の大魔法使いにジエットたちは軽く頭を下げようとするが、それは手で止めるように指示される。朝の挨拶は一度で十分と言ってから、フールーダは本題に入った。
「他にはあの大森林には巨大な力を持つ存在が封印されているため、ドラゴンは近寄らないという奴だな。なんでも魔樹の竜王とか言われるものらしい。……ただ、これは口伝で伝わって来た話をまとめ上げたような書物にほんの数行載っていただけの根拠のない話でしかないがね。まだオーネスティ君が言っていた説の方が信憑性が高いという物だ」
「魔樹の竜王ですか……やはりフォレストドラゴンなんでしょうか?」
森にすむドラゴンの名を上げたオーネスティの質問に、フールーダは渋い顔をした。
「……それに関しては何とも言えないな。実際、その書物は劣化が激しく、書かれた文字も非常に読みにくいんだ。何故、魔法で保護しなかったのか、その当時の者の脳みそを調べたいほどだ! ……すまない、少し興奮してしまった。話を戻そう。そんなわけで魔樹と訳して良いという保証もないのだよ。『樹』という文字は間違いがないと思われるので、多分、樹木にちなんだ力を持つ竜王だとは思うのだが……もしかするとドルイドなどの魔法の力を操る竜王という線もあり得るな」
へー、などとジエットたちは感嘆の息を吐く。
「おっと、また悪い癖だ。自分の知識を披露したがるのは……。私がここに来たのは騎士たちの出立の準備が整ったという報告をしようと思ってだ。これでいつでも行けるわけだが、どうするかね、ジエット君」
「ならば行きましょう。早い時間に森に入る方が危険が少ないわけですし」
「そうだな。じゃぁ、俺は班長のところに戻るとしよう。パラダイン様がいれば問題ないとは思うが、森の中では俺たちの指示には素直に従ってくれよ」
「勿論です、ベベネさん」
◇◆◇
冬が近いため、一層冷たくなった森の空気が火照った顔に心地よい。
ジエットは滲んだ汗を手にしたタオルでぬぐう。
人の踏み込んでいない森というのがどれほど体力を奪うのか、自分の考え方が甘かったと知った瞬間だ。
ネメルのいる方に顔を向ければ、気が付いた彼女が小さく口を動かす。
おそらくは「大丈夫だ」と言っているのだろう。
多少は無理をしているのだろうが、決して無茶はしていないとその足取りから感じ取ったジエットは何も言わずに前を向き直る。
ちなみにオーネスティは驚くほどの脚力や体力を見せているので、気にはしない。それとフールーダやナーベの二人も同じだ。
一番体力が無いのがネメルで、その次がジエットという並び順だろう。
(次がオーネスティで、パラダイン様。そして最後が……ナーベさんか)
ジエット達の周囲に展開してくれている騎士たちの足取りは、この森の中でも確かな物であり「流石は」と感心したくなる。ジエットたちとは比較にもならないほど重い金属鎧を装備してのことなのだから。
ジエットは濃い空気が漂う森の奥を睨む。
一行を先導してくれるレンジャーの背中が木々の隙間から時折見えた。
帝国の騎士というのは専業兵士のことであり、王国とは違って騎馬で戦う戦士の意味ではない。確かに大半が戦士として──金属鎧を纏って、剣と盾で戦う訓練を受けた者ではある。しかしながら、その者の才覚によっては魔法使いや神官、野伏や盗賊など専門的な技術を学ばされる場合もある。
これは騎士の役目が多岐にわたり、そのうちの一つが帝国領内を巡回し、モンスターと戦うためだ。王国であれば冒険者が行う役割をこなすため、騎士たちも冒険者化が必要不可欠だからだ。
例えば、戦士だけでチームを作った場合、ゴブリンなどの掃討は圧倒的な攻撃力で可能かもしれない。しかしながらモンスターは多様な攻撃手段を有するために、それに対する対応を要求される。麻痺毒に対してはやはり神官が必要となるだろう。もしくは遠距離から魔法の炎で燃やしてしまうのが一番かもしれない。他にも非実体などの物理的手段ではダメージを与えられないモンスターだっている。
以上のような理由で、剣で斬ることしかできない者だけでは退治が難しいのだ。
ジエットは怠くなりつつある足に喝を入れる。
無理をするな、というのはこの森に入る時に言われている。というのも、この大森林でモンスターと戦闘する可能性は非常に高い。その時に足が動かないようでは役に立つどころか、逃げることも覚束ないからだ。
(男の俺でもきついんだ。ネメルだってそうだろう。……そろそろ休憩をお願いするかな)
休憩のタイミングは班長であるジエットに一任されている。もちろん、モンスターの塒の真ん前などでは無理なので、その時は騎士たちから不許可が下されるだろうが。
ジエットが近くの騎士に声をかけようとしたタイミングで一人先頭を進むレンジャーが右手を水平に上げ、掌をこっちに見せた。
森に入る前で幾つかのハンドシグナルを覚えさせられたが、それはその一つ。待機、だ。
異常事態の発生を知らせる合図に、一行の動きが止まる。
空気が変わった。
いや、もともと緊張感はあったが、今の騎士たちからはそれ以上の──空気が揺らいで見えるほどの殺気とも緊張感と言えそうなものを発し始めた。
確かに騎士たちは強い。しかし、この森に存在するモンスターの中には騎士たちを瞬殺しえるほどのモンスターもまた存在するらしいのだ。まず相手よりも早く存在を発見し、相手の力量を集めた知識から判断しなくてはならない。
そして逃げるのであれば騎士たちは金属鎧を着ているため、《サイレンス/静寂》の魔法を発動し撤退する必要があるだろう。その際は全ての音を消してしまうため、どうやって逃げるか、敵が追ってきた場合などの細かな打ちあわせが必要となる。
──はっきり言ってしまえば、ここからの一分間で全てが決まり、場合によってはモンスターの腹の中に納まるかもしれないがための緊張感だ。
ゆっくりとレンジャーが戻ってくる。
草を踏みながらも、音が聞こえないようなそんな動きは、ジエットに素直な感動を抱かせた。それがたとえあまりにも場違いなものだとしても。
「多数の足音が聞こえた」
「多数? 十とかか?」
戻って来たレンジャーの第一声に騎士たちの班長が答える。
「いえ、十では効きません。百単位です」
「百? なんだそれは……ジャイアントアント……この時期ではあり得ないか?」
「巣を破壊されたなどあればあるかもしれませんが、考えられませんね」
魔法使いが答える。
「どうしますか?」
単純な問いかけだが、あまりにも奥の深い質問だ。
騎士班長は黙って周囲を見渡す。目を止めたのはフールーダだ。当然だが、ジエットなどには一切視線は向けられなかったが、悔しいなどの感情は起こらない。それどころか、少しホッとしたぐらいだ。
「どういたしますか?」
「ふむ……」
フールーダの視線がジエットに向けられ、ジエットは思わず下を見てしまう。正直、単なる学生には厳しすぎる状況だ。
「ジエット君、君の考えを聞かせてくれないか?」
心臓が一つ鳴った。
恐る恐る顔を上げれば、鋭い視線がいくつも──いやこの場にいる全員の──自分に向けられているのが分かる。
「私なんかの意見など、この一秒でも時間が惜しいときには無用か、と。それよりは経験深き方の意見を最初に聞くべきでしょう」
「私は君の意見が聞きたいのだ。いざとなれば私が──ナーベ殿と一緒に殿を請け負えばよい」フールーダの顔がレンジャーに向けられる。「この場にそのままいた場合、その足音と遭遇するのか?」
「いえ。おそらくは少しずれておりますので、ここであれば安全かと。ただ、何が音を立てているのか不明ですので、嗅覚に優れたモンスターなどであった場合、非常に厄介なことになると思われます」
「……なるほど。ではジエット君。今の話で少し情報が入ったな。君の意見を聞かせてほしい」
フールーダは己の意見を翻す様子は見えない。ジエットの意見を言うまではこの場で立ち往生となりそうだ。それは最も愚策だ。
覚悟を決めたジエットは騎士たちとの旅を思い出しながら──彼らの能力を思い出しつつ、口にする。
「まずは相手の正体を掴むべきです。それが最初です」
「ゴブリンよ」
静かな女性の声が答えた。
ジエットどころか誰もが一瞬だけ声の主の正体を掴みかねた。しかし、即座に理解できる。この班には一人だけ得体のしれない人物がいるのだと思い出して。
「聞こえなかった? ゴブリンが百以上歩いているわ」
片目を抑えたナーベが繰り返す。
その情報は一体どうやって得たのか、疑問は多々ある。しかし誰もそれに関して質問をする者はいなかった。おそらくは──いや、確実に事実だろうと思わせる何かが彼女にはあるためだ。
「それは不思議だな……あっと失礼。あなたの言っている内容を疑っているわけではなく、信じているからこその疑問なんです
」騎士団所属の魔法使いが口を開いた。「元々この時期に試験を行うのは、冬籠りに失敗したゴブリン達が食料を求めて森の外に出る場合が多いため、丁度良い相手として選ばれるわけです。ただ、ゴブリンが出るとは言っても、十匹いかないぐらいの数で、これほどの数というのは……」
「でしたら、百以上のゴブリンが移動するときはどんな時なんですか?」
「移住とかかな、ジエット君。もしくは何か天敵に襲われたなどだが……それにしても百というのは多すぎる」
ジエットはごくりとつばを飲み込む。こんな偉そうなことを単なる学生である自分が口にして良いのか、という緊張感からだ。だが、笑顔でフールーダが一つ頷くのを見て、勇気をもらったジエットは口を開く。
「でしたら……ゴブリンたちと交渉してはどうでしょうか?」
驚きの声が上がり、フールーダが我が意を得たりとばかりに満面の笑みを浮かべた。微かに動く気配に目だけ向ければ、ネメルの横にいたオーネスティも無意識に出たような小さな頷きを見せていた。
「ゴブリン達が百以上で移民をしなくてはならないということが起こっている事実を見過ごすのは非常に危険だと思います。もし何らかのモンスターがゴブリンたちを襲ったとするのであれば、もしかするとそのモンスターが森の外に彷徨い出ないとも限りません。早めに情報を得るべきではないでしょうか?」
「だからと言ってゴブリンとか」
「いえ、悪い判断ではないでしょう。班長。食料などを渡す、もしくは脅すなどをして情報を引き出すべきでしょう」
「上手くいくか?」
「どう思うかね、ジエット君」
再びフールーダが問いかけてくる。
今度はするっとジエットの口から言葉が漏れた。というのも間違っていればフールーダが何か言ってくれるだろうという気配を先ほどの一連の流れで感じたためだ。
「今のままでは相手と対等とは言えません。個々の強さでは騎士の皆さんはパラダイン様がおりますので、こちらの方が勝ってますが、数で圧倒的な開きがあります。ですのでまずは数で相手に脅しをかけられるようにするべきだと思うんです」
「それは?」
騎士班長がぐいっと体を寄せてきた。興味を引いたのだ。
「よくあるのは旗やかまどの数を多くして見せかけるなどですが……後ろで音を立てる、もしくは幻術などですか?」
「なら君たちは後ろで隠れておいてもらって我々が前に立つとしよう」
「いえ……すいません。偉そうなことを言うようですが、ネメルとオーネスティには後ろで何か音を立てるなどの細工をしてもらって……私たちは前に立った方が良いでしょう。少ない数を更に少なくしては脅しになりません」
「うーん」レンジャーが眉を顰めてから問いかけてくる。「……向こうが話を聞こうとせずに襲ってくる可能性もあるぞ? 一番後ろを歩く奴を浚うという方が良くないか?」
「この状況下では止めた方が良いと思うんです……もしかするとあまり何も知らないゴブリンかも知れませんし。あとは……もし何かモンスターが後ろを追ってきていた場合、彼らには何事もなく遠くに行ってほしいですから捜索とかしてほしくはないです。ここでモンスターが立ち止まられたりしたら厄介です」
「なるほど……理にかなっている」
騎士班長が重々しく呟き、異論がないかと皆の顔を見渡した。
「パラダイン様……」
フールーダの顔をじっと見た騎士班長はそこに含まれた考えを読み取り、一つ頷いた。
「ではジエット班長の意見を取るとしよう。各員異論がなければ行動を開始する。────よし。急げ!」
一行は動き出す。
まずは相手のおおよその進路を見抜き、先回りをしつつその横手に位置取る。しかも二つにチームを分けた状態で、だ。
これは非常に危険な賭けでもあるが、しかしそうでもしなければ圧倒的多数に挟まれたという感が薄い。その各チームの後ろにネメルとオーネスティがロープを持って身を伏せる。これを引っ張って梢などを揺らせて多数が身を伏せていると勘違いさせる計画だ。
準備を整え終わり、ジエットは息を潜めてその時を待つ。場合によっては自分の今までの人生の中、一度もなかったような凄惨な殺し合いが始まる。
我知らずの内に息が荒くなる。
ポンと肩が叩かれた。
見ればベベネだ。彼はにんまりと明るく笑うともう一度肩を軽く叩いてくれる。ほんの少しではあったが呼吸が楽になった。
やがて音が聞こえてきた。下映えなどを踏み荒らしながら進む足音。それがどんどんと大きく──複数になっていくにつれ、心臓の鼓動の速さが跳ね上がる。
皆の賛同を得られたのだから自分の判断は間違っていないとは思いつつも、皆の人生全てをベット(賭け)して大博打を打っているような気分が拭えなかった。
「おかしいな……」ジエットのすぐ傍でレンジャーがぼそりと呟く。ジエットやその場にいた騎士の仲間たちの視線を浴び、さらに続ける。「あれは渡りではない? いや、それどころか……傷を負っている奴すらいるぞ? モンスターに追い立てられたという線が濃厚だな」
「だったらなおのこと話を聞くべきだな」
騎士の一人の意見にその場にいた全員が首を縦に振った。
周囲を警戒することなく進んでいくゴブリンの一団が目の前を通り過ぎていく音がする。視線が通らないような場所に伏せてはいるが、此方に気がつくな、とジエットが願っていると、唯一様子を窺っているレンジャーから指示が出る。
ゴブリンの群れが半分以上通り過ぎた合図だ。ジエットたちは一斉に立ち上がり、それに呼応して反対側でも伏せていたメンバーが立ち上がった。
「そこで止まれ、ゴブリン達よ!」
騎士班長の大声に、びくりとゴブリン達が身を震わせた。
「我々はお前たちと交渉を望んでいる! お互い剣を抜くことなく、話だけで終わらせようぞ!」
「何を嘘を! 先程と同じように我らを殺すつもりだろう!」
怒鳴り声を上げたのはゴブリンの中でも群を抜いて大きい個体──人間並み──だった。
おそらくはゴブリンの近親種、ホブゴブリンだろう。
この一行の中心的人物である彼の怒鳴り声に、ゴブリン達がみすぼらしい武器を構える。敵意は驚くほど少ない。あるのは疲労感に支配されながらも、戦わなければ生き残れないと知っている者たちに気配のみだ。
「お前たちがなんのことを言っているか分からないが、我々にお前たちを殺す意志は今のところない。もし仮にそうだとしたら交渉などせずに、不意を打って襲い掛かったと思わないか!」
ホブゴブリンが口を閉ざした。それが事実であると悟ったが故の沈黙だろう。
「我らは無駄な争いは望んでいない。どうする? お互いの血が流れるか流れないかはお前たち次第だ! ただし、我々がこれだけだとは思わないでもらおう。話し合いを望んでいるからこそこの数だけであり、もし殺し合いとなるのであれば後ろで待機させている者たちも参戦させるぞ!」
ざざっと後ろの方で風などでは無理な動きを見せる。勿論、ネメルとオーネスティの仕業だ。しかしゴブリン達にそれが分かるはずがない。こちらの計略通り、混乱したようで、互いに顔を見合わせている。
戦意がどんどんと低下しているのが感じられる。
「……分かった! 交渉をするぞ、人間よ! だが、信頼の証としてお前だけここまで来い!」
「……当然だが、こちらに異論はない」
騎士班長がゆっくりとホブゴブリンの元まで進んだ。ゴブリン達が二人から離れるように移動する。円陣の中で二人が睨みあった。
「では交渉を開始しよう。まず二つの約束を守ってくれたのであれば、我々はお前たちに攻撃は仕掛けないことを誓おう」
ホブゴブリンが続けろと言わんばかりに顎をしゃくった。
「では最初の一つ。我々の知りたいことを聞かせて欲しい。そちらの答えを聞こう」
「その前に次の約束とやらも口をしてもらおう。次の約束が守れないものである可能性があるからな」
「……森の外に出るな。より正確に言えばこの場所より西、森の外は我々の国だ。そこをお前たちに荒らされたくはない。その場合はここでお前たちを皆殺しにする」
「……なるほど理解した。ならば二つとも約束しよう。ただし、二つ目の方だが……もしかすると一時的に非難する形で森の外に出るかもしれないが、すぐに戻り、決して荒らしたりはしないのでこれぐらいは許してほしい」
「……了解した。お前たちを信頼し、それぐらいであるならば許そう」
「よし! ならば契約はなった。では、最初の約束だな。お前たちの知りたいことを口にしろ」
「まずはお前たちが何から逃げてきたのかを教えてもらおう。先程と同じようにということは人間か?」
「人間? ……そうだ。白い翼を生やした者たちを使役する人間だ」
「白い翼? バードマン? いや、違うか?」
騎士班長が後ろを見た。いや、フールーダを見たのだ。答える様に一つ頷くと、フールーダがゆっくりと進みでる。
ゆっくりとした歩運びだが、見ているジエットには押されるような威圧感が徐々に徐々に強まっていくのを感じた。まるでフールーダの前に巨大な見えざる壁が立っているようなそんな感じだ。
「それは天使ではないかね? 今から私が召喚するが、決して慌てないでほしい」
フールーダが魔法を発動させると、そこに鎧を着た天使が姿を見せる。紅蓮の炎を上げるロングソードを持つ天使だ。
その姿にゴブリン達が悲痛な叫び声を上げた。それはまさに言葉以上に雄弁に物を語っている。
「なるほど。ピンポイントで正解のようだな。炎の上位天使を──使役した人間は一人だけかな? だとしたら違う可能性が高いんだが」
「お前が今召喚した天使の数は多く、同じように人間の数も多かった」
「それだけで答えは出るな」フールーダが白いひげを触った。眉間には皺が寄り、不快感とも言える物が漂っている。「奴らか」
「奴らというのはパラダイン様、一体何者なのですか?」
「……第三位階以上の召喚魔法で呼び出せる天使を使役できる存在などほとんどいない。スレイン法国特殊部隊、おそらくは陽光聖典」
騎士たちが一斉に息を飲む音がした。ジエットはスレイン法国と聞いて頭に浮かぶのは、帝国の南西にある大きな国だという事だけだが、彼らからすればもっと違うものなのだろう。というよりもなぜ、こんな帝国の辺境でそんな奴らがゴブリンを殺しているのかが分からない。
(世の中謎なことが多いけど……辺境の村においてゴブリンは敵だっていうけど、敵の敵は味方じゃないのかな? というか知ってもいいのかな? あのデスナイトみたいに帝国の極秘情報とかだと嫌なんだけど)
ジエットがそんな心配をしている間にも会話は続く。
「他にギガントバジリスクがいた。一緒に俺たちを襲ったので、奴らに使役されているのだろう」
「それはあり得ぬ!」フールーダが我を忘れたように大声を上げる。あの大魔法使いがそんな声を発するとは誰が思えるだろうか。緊張感が異常なほど一気に高まったのをジエットは感じた。「いや、事実だとすると……あれほどのモンスターが?!」
ジエットは近場の騎士たちにそのギガントバジリスクと言われるモンスターについて聞きたいと思ったが、そんなことを口にできる雰囲気ではないため、無言で様子を窺う。
「いや、あの者たちなら……いや、あり得ぬ。いやいや、目で見たという情報を信じぬのは愚か。だとすると……もしかすると……陽光聖典ではない? しかしギガント……ならば! そうか! 漆黒の者たちか!」
「……当たり前のことを聞くようですが、強いのですか?」
「あれらの一人一人とであれば勝てるが、漆黒聖典のリーダーだけは……“漆黒聖典”には……勝てぬ。早急にこの場から離れた方が良い」
「畏まりました。ではお前たちがなんでそんな奴らに狙われて──」
「──聞く必要はない。騎士班長。奴らの大体の考えは分かる。……お前たちはかなり数がいたな?」
「あ、ああ。たくさんいたぞ」
「それが答えだ。私からあと二つばかり聞かせてほしい。まず一つ。何か特別な宝をお前たちは持っていたか?」
しばらく考え込んでからホブゴブリンは首を横に振った。
「では最後の質問だ。これからお前たちはどうするのだ?」
「南に行くつもりだ。渡ってきたゴブリンに聞いたことがあるのだが、南の方に血で全身を染め上げたゴブリンの大将軍がいるそうだ。その者の部族に入れてもらおうと考えている」
「南にいる鮮血のゴブリン大将軍?」フールーダが首を傾げた。「そんな者がいるのか……」
「そうだ。話によると数万のゴブリンの頂点に立ち、多数のゴーレムを使役する能力を持ち、更には敵はその両手で握りつぶすことから鮮血と言われているらしいぞ」
「エ? オレ、フクガチニソマッテイル、テキイタ……」
「チ、ゴクゴク、ノムンジャナイノカ?」
周囲のゴブリン達が口々に鮮血という呼ばれるゴブリンの大将軍の噂を口にした。
どれが真実なのかはさっぱり分からない。しかしホブゴブリンが自慢げに語る以上、噂半分だとしてもかなり強いゴブリンのようだ。いや、ゴブリンの近親種、もしかするとレッドハットとか言われる凶悪なモンスターである可能性もある。
「まぁ、よかろう。それではお前たちは南に進むのだな。お前たちが無事に目的地に行き着くことを祈るぞ。さぁ、騎士班長すぐにこの場から離れるのだ」
「ハッ! 畏まりました」
ゴブリン達が訝しむような素振りを見せつつ、離れていく。最後のゴブリンの姿が消えていき、そこでようやく一行は合流する。こちらから戦いを挑む気はなかったが、人数が少ない所を知ったらゴブリン達が前言を撤回し、襲いかかってくるのではと警戒したがためだ。
「さて──早急に撤収するぞ」
フールーダの言葉に一斉に騎士たちから良い返事が上がる。ただ、皆の視線はある一点に向けられていた。皆で目で牽制し、やがてジエットが代表として選ばれる。ジエットからすればまっぴらごめんな役目だが、班長であるという責任意識が口を開かせる。
「ところで……ナーベさん。その頭から出ているのは……」
「魔法」
一言で言いきられてしまった。
ナーベの頭には兎の耳のようなものがひょっこりと生えていたのだ。
魔法なのは見た目から分かるが、それがどんな力を持っているかを知りたいのだ。そう、ジエットが聞こうとするよりも彼女の言葉の方が早い。
「残念。相手の方が早かった」
言っている意味が一瞬だけ分からず、その後で理解した順に顔色を青くする。
「馬鹿な! 何も聞こえないぞ!」
自らの耳に自信のあるレンジャーが断言する。確かにこれがナーベの発言でなければ今まで優れた能力を見せてきたレンジャーの方を信じるだろう。しかし──
「そんなことは今はどうでもよい! ナーベさん。お聞きしたい。我々が逃げるよりも追い付かれる方が早いだろうか?」
「間違いない。確実にこっちに迫ってきている。ここからゴブリン達に押し付けられるかどうかは運しだい」
「ならば森の外に全力で逃げるしかない」
騎士班長が言い切った理由は森の中は彼らにとってあまり良い戦場ではないからだ。
フールーダも続いてそれに同意する。《飛行/フライ》を使って上空から攻撃魔法を叩き込みまくるのが最も勝算の高い戦い方だが、このような場所でそんな戦い方ができるはずがない。ここは此方にとって不利であり、相手にとっては有利な戦場なのだ。
「行くぞ!」
騎士班長の言葉に従って一斉に全員で走り始める。
ここに来る途中まであった疲労はいつの間にかジエットの中にはなかった。おそらくは迫りつつある命の危険が忘れさせてくれているのだろう。
走り出して数分もしない内に、ナーベが止まる。
一行の足も当然止まる。
「来た」
「だからどこにも音はないんだ!」
レンジャーが怒りを抑え込んだような口調で断言したように、確かに後ろから迫る音はいっさい無かった。この森の中、落ちた葉や草を踏みしめる音などを立てずに走るのはまず不可能。実際、振り返ってもギガントバジリスクなど言われるモンスターがいるようには見えない。勿論、不可視化をしていれば別だろうが。
「あそこにいる」
ナーベの指が数十メートル以上離れた木の上の方にすっと向けられる。全員の視線がそこに集まり──
「ひっ!」
上がった悲鳴は誰の物か。ジエットはネメルの物だと思ったが、もしかすると自分の物かもしれないとすぐにそう思った。
巨大なモンスターが木に巻き付きながら、静かにこちらを観察していた。
巻き付いているために正確なところは計算できないが、頭部の大きさを考慮すれば、全長は十メートルをゆうに超えるだろう。全身を覆う鱗は明るい緑から暗い緑と微かな身震いに合わせるように色を変えていく。
あれほどの巨体でありながら、何時からそこに居たのか、それは誰にもわからない。その不気味さが背筋に冷たいものを走らせる。
蛇とも蜥蜴ともいえる胴体を持ち、八本の脚、頭部には王冠にも似たトサカ。それこそが──
ゆっくりとフールーダが進み出る。その背中で皆を隠すように。
「あれがギガントバジリスク。石化の視線。猛毒の体液。オリハルコン級冒険者でなければ勝てないと言われるほどのモンスターだ。私一人でもちと──きつい。確かに力量だけで単純に比較するのであれば私の方が上だろう。しかし、何か一つの失敗で敗北に直結しかねない怖さがある。最低でも石化に対する備えが必要だが……難しいな」
石化対策や毒対策は神官の領分であるが、共に来た神官にその力はない。ならばアイテムに頼るしかないが、残念ながらそういったアイテムは持ってきていなかった。
「では私たちが盾の役目を」
覚悟──死ぬ覚悟を決めた騎士班長が問いかければ、フールーダの返答は冷たいものだった。
「無駄だ。お前たちではその役目は不可能。時間稼ぎにもならん。それどころか私の邪魔しかない」
フールーダに言われたものの、騎士班長に不快そうなものはない。オリハルコン級冒険者というのはほぼ最高位の冒険者であり、彼らよりも劣ると言われて不快に思う人間は少し変だ。
「それよりは私たちが抑えるので、ジエット君たちをここから守って離れよ。先程の我々と同じように、相手が逃げる先で待ち伏せていないとは言えないからな」
その言葉に答えるように、ナーベがフールーダに並ぶ。
女性の背中だ、それほど大きいものではない。しかし、フールーダの横の彼女は異様に大きく見えた。
こちらの戦意を認識したのだろう。ギガントバジリスクがゆるりと動き出そうとした瞬間、動きが急に止まる。それから長い首を180度捻って、顔を背後に向ける。
遅れて何か爆発音のような音がギガントバジリスクが顔を向けた方向から聞こえてきた。ゴブリン達が逃げた方角ともまるで違う。
「チャンスだ。さぁ、逃げよ!」
押さえながらもフールーダの鋭い声に叩かれたかのように、ジエットたちは走り出す。
二人を置いて逃げ出したことに罪悪感はなかった。というよりもあの場にいた方が迷惑になると理解できるからだ。
◇◆◇
「さて……どうしますか?」
「どうするとは?」
「時間だけを稼がれますか? それとも──」
「面倒だから殺す」
ナーベラル・ガンマであればそれも容易であろう。
彼女たちの強さを知るフールーダは了解の印として、従僕のごとく頭を下げる。
「ところであの人間の評価はどう?」
「悪くはないですな。能力的にはあれぐらいの子供と考えれば……まぁ、及第点ギリギリでしょう。とはいえ馬鹿というわけではありません。将来に多少は期待ができるかと」
「アインズ様の御眼鏡に叶ったのだから、及第点ギリギリでは困る」
「仰られるとおりかと。しかし成長を促していけばよいわけですので、先も言ったように今後に期待でしょうな」
「ならしっかりと育てて」
「畏まりました」
話は終わったと、ナーベラルはギガントバジリスクに指を突きつける。
殺意──いや戦闘意欲を感じ取ったのかギガントバジリスクが動き出す。しかしそれはあまりにも遅すぎる。
「《ドラウンド/溺死》」
魔法の抵抗に失敗したギガントバジリスクの肺に水が溜まる。
ギガントバジリスクの声にならない悲鳴が上がった。驚愕からか木から落下し、大地に激突する。巨大な体をくねらせ、もがく。しかし、そんなものは無駄なあがきでしかない。魔法に抵抗失敗した段階で運命は決まっているのだ。
あとは溺死するまでの間に術者を殺して魔法を解除するしかないが、そんな知識がないギガントバジリスクは大切な時間を無駄に消費していく。
やがて全身をぴんと伸ばすと、巨体からゆっくりと力が抜けていった。それと命の輝きも──。
「お見事です。生命力に優れる魔獣の抵抗を打ち破り、たった一撃で勝負をつけられるとは」
「ふん。……大した敵でもない。それでどうする? このモンスターを送り出した相手を知っているようだけど……殺す?」
「いえ、その必要はないかと」
ナーベラル・ガンマであれば漆黒聖典のほぼ全員を容易く殺せるだろう。しかし、隊長のみは別だ。噂が真実だとするならば、彼女ですらあれには決して勝てないだろう。
もし彼女が殺されれば──。
師の憤怒が想像できるフールーダは話題をさりげなく変えつつ、万が一を避けようとする。
「ひとまずここに来た目的は達成しました。ギガントバジリスクであればあの少年の格が上がると言うもの。師が彼を勧誘してたとしても不思議に思う者はいないでしょう……。まぁ、私やナーベラル殿という存在を知る者からすれば失笑の類でしょうが、将来、数年後には伝説になる様に情報を操作していけばよろしいかと」
「その辺りは任せる」ナーベラルがどこからともなく武器を取り出すと、ギガントバジリスクに向かって歩きていく「それでこの死体のどこを切り飛ばして持っていけば良いの?」
力が無い者なりの旅路。はっきり言えば幸せルート。
次が力がある者の旅路。一部の人にとっては最悪ルート。いや、ある人を除いてか?
漆黒聖典の隊長の二つ名が“漆黒聖典”。つまり「俺一人で漆黒聖典だ」(SE:バァーン!)というキャラです。
ちなみに書籍だともっと強い方にボコボコに殴られて、馬の小便で顔を洗わされたりして「俺はゴミだ」になったことがあるので、非常にまともなキャラとなっております。