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邪神-3

 アルシェ・イーブ・リリッツ・フルト

 彼女が冒険者を、ワーカーをやって来た中で、死と言うのは身近に感じられるものであった。

 自分がモンスターを殺す時、話したことのある同業者が死んだときなどに、だ。

 今回の依頼で死ぬかもしれない。そう思ったことは幾度となくある。

 想定外のモンスターなどと遭遇した時には特にそうだ。

 それでも彼女が冒険をやめなかったのは、これ以上に見入りの良い仕事なんてなかったからだ。


 死の恐怖と戦いながら金を稼ぐ日々。

 精神が磨り減るような思いを抱きながら、それでも戦い続けられたのは、幼い妹たちの未来を案じてだった。

 モンスターの一撃で骨をへし折られ、腕を噛み千切られ、腸を溢しながらも、それでも今まで戦ってきた。そんな彼女でもそれには耐えられなかった。


 彼女はあの光景を覚えている。


 仲間の一人、ロバーデイク。

 非常に気立ての良い神官であり、甘いものが好きな男だった。

 帝都にいる最中は甘いものをよく食べていたのを知っている。冒険に出ている最中は逆に一切食べず、不思議がった彼女が聞いた時、縁を担いでだと寂しげに笑ったのが良く思い出せた。

 彼女が連れ出されたのはそんな彼の前であった。


 いや、それをロバーデイクと呼んで良いのだろうか。

 そこにあったのは肉団子だ。


 ピンクの肉団子。生々しい、目も覚めるような赤色が所々走った生肉の塊。

 その上にロバーデイクの頭が乗っていた。顔はうつろで、意識を感じさせない。それでも──生きていた。

 手も足も何もない肉団子になっても。


 そしてアルシェは見た。見させられた。

 齧るメイドの姿を。

 いやあんなおぞましい化け物をメイドと言うのは失礼だ。単にメイドの格好をした化け物と言うべきだろう。


 そしてアルシェは聞いた。聞かされた。

 ロバーデイクが悲鳴を上げる姿を。苦痛に身──肉団子であったが──を振るわせる姿を。


 肉を噛み千切られ、血を啜られ、そして回復魔法で癒される。何度も何度も繰り返される拷問すら生易しいその光景。

 苦痛に身を捩る仲間の姿。

 彼女は冒険者として死を感じることは何度もあった。しかし、それでもこんな様になってまで生かされ、そして食べられるというのは想定していなかった。

 あれが次の瞬間の自分の姿だと悟った時、泣き、吐き、そして漏らした。


 心がへし折れた。

 もはや再起不能なまでに反抗心は砕かれた。


 おぞましいと思っていた感覚に多少の気持ちよさが混じった時、彼女はそれに縋ることを覚えた。

 そしてそれこそが最も自分が長生きできる手段だと知ったのだ。

 確かに、そんな生はゴメンかもしれない。

 それでもあんな肉団子はゴメンだった。まだ愛玩物として生の方が受け入れられた。

 自らの主人である化け物が自分を玩具だと判断しているのは重々承知していた。だからこそそこが命を繋ぐチャンスなのだ。


 面白い、飽きない玩具であれば破壊されたり捨てられたりはしない。

 媚を売ることを理解したのだ。


 舐めろと言われればなんでも舐めた。性行為の一つとして舐めるという行為があるのは知っていたが、異性経験のない彼女にしても、まさか同性のものを舐めるときが来るなど思ってもいなかった。それでも笑顔で舐めた。

 しろと言われた事はなんでもした。

 自分で慰めることは殆どなかったが、それでも皆無だと言うことではない。ただ、それでも多数の目の前で慰めたことなどなかった。それでも笑顔で慰めた。


 そうして主人が楽しげに笑うたびに、自分は生きてると知った。

 その頃には嫌だったはず全てが、快感へと変わっていた。



 久しぶりに帰ってきた自分の主人、シャルティアがアルシェの前に服が投げ出す。

 ちゃんとした服であり、普段着用することを許されるような、胸の部分と股間の部分だけがむき出しの服とは違う。

 アルシェは、不思議なものをその顔に浮かべ、四つんばいのまま主人を見上げる。

 彼女は基本的に玄室にいる間は服の着用は許されていない。動物の耳を模ったヘアバンドと、尻尾以外の何も着用はしていない。

 例外的に服を着たのは──


「早く着なんし」


 主人からの言葉に、記憶を呼び覚ましていたアルシェは慌てて服を着る。

 苛立った雰囲気などは一切ないが、山の天気のように変わりやすく、そして雷雲のごとき短気な部分を持つことは今までの生活でよく知っている。

 つまらないことでヴァンパイア・ブライドの何体かが、容易く滅ぼされる姿を幾度となく目にしてきた。

 主人の機嫌を損ねたくない彼女は慌てて服を手にする。

 非常に良い仕立てであり、布もかなり高級なものを使用しているのが分かる。しかし、アルシェに驚きはない。このナザリック大地下墳墓で使用されるものは、アルシェの生きてきた世界にあるどんなものよりも高級品が揃っている。

 外で買えば破格の衣服であろうが、このナザリックに存在する衣服の中ではかなり下のほうである可能性は高い。


(いえ……これは違う?)


 アルシェは主人の勘気を買わない程度に眉を顰める。

 着用してみると、自らの主人の衣服に匹敵するような感じがしたのだ。


(もしかして……)


 これほどの衣服を纏うことを許された理由が何か、薄々とアルシェは悟る。

 尻尾をつけたまま下着を着用するのはちょっとだけ面倒ではあったが、アルシェは服をまとう。


「よろしい。ではついて来なんし」


 そしてくるりと振り返ると、シャルティアは歩き出した。当然、アルシェもその後ろを続く。

 幾度か転移し、彼女達が着いたのはナザリック第9階層である。


 アルシェは驚きの声を飲み込む。

 この豪華さは前に一度だけ見たが、それでも驚嘆を隠し切れなかった。

 学院に通っていた頃、一度帝城の中まで入ったことはあるが、それすら足元に及ばないレベルでの豪華さだ。

 更には転移門を守るモンスターたち。

 底知れない強さを持つ者たちであり、アルシェなどたった一撃で殺せるだけの気配を漂わせている。


「行きんすよ」


 それだけ告げると主人が歩き出し、一斉にモンスターたちが頭を下げてくる。

 これだけ強大なモンスターを使役する主人。背中を見れば小さく、本当に少女のものだ。決して領域外の力を有するなんて思えない。

 しかし──

 ぶるりとアルシェは身を震わせる。

 自らの主人こそ、このナザリックという魔王の居城における最高位者の一人。その力は逃亡した時も思い知ったが、あれすらも本当にお遊びだったというレベル。


 アルシェは笑顔を浮かべる。主人に媚を売る、いつもの表情を。


 廊下をひたすら歩き、幾度か人間以上の背丈を持つ武装した蟲の衛兵とすれ違いながらやがて目的地であろう扉が目に入った。扉の横には2体の昆虫にも似た衛兵が直立不動を維持したまま警戒に当たっている。

 アルシェはそこが誰の部屋か知っている。

 ここでダンスを教えてのはつい最近の出来事だ。


 主人が背筋をピンとはると、扉をノックする。勿論、アルシェも命じられる前から、出来る限り無礼がないように背筋は伸ばしている。

 ここがこの魔王の居城、その支配者の部屋だ。無礼な態度だと思われれば、即座に殺されるだろう。


 中から顔を見せたメイドに自分達が来たことを告げる。

 それから暫く待たされるが、その間一切の話題はない。ただ、黙って時間が過ぎるのを待つだけだ。

 こういうときに立場の違いを思い知らされる。アルシェがどれだけ媚を売ろうが、所詮は愛玩動物であり、決して言葉を交わすほどの対象ではないと。

 やがて扉が開かれる。

 主人が部屋に入り、それに追従する形でアルシェも部屋に入る。笑顔を浮かべながらも、内心では怯えていた。

 相手を不快にさせればそこで自分の運命は決まる。それもこの部屋の主人は化け物たちを統べる魔王。無礼を働けば、ロバーデイクよりも過酷な運命が待っているだろう。

 アルシェは貴族として生きてきた中で得てきた、礼儀作法を必死に行いながら、無礼にならない程度に室内の状況──ひいては情報を──得る。

 ぱっと見た感じ、部屋にいたのは──


 アルシェは固まりかけた表情を笑顔で覆い尽くす。

 そこにいる人物達の正体を、アルシェは教育の一環で聞いている。いや、たまたま一人のヴァンパイアの男が教えてくれたと言う方が正解か。

 彼が自分に抱いているのは共感に近い、奇妙なもののようだと、アルシェは認識していた。

 敵意を抱いている気配も、ナザリックの者達が抱く、アルシェを下に見るような感じがない。なんというか遠い自分を見るような、そんな気配だったのだ。

 アルシェに対して、同じような雰囲気を抱いていたのは、偶々遠くを歩いていたリザードマンの一団ぐらいしかこのナザリックでは見たことがなかった。


 そんな彼は優しげと言っても過言ではない態度で、まるで失敗したことがあるかのように、アルシェに細かく説明をしてくれた。

 決して怒らせてはいけない最高位者たちを。一人で国を容易く滅ぼせる――無知であれば笑い飛ばしてしまうような――力を持つ存在。それは――


 ダークエルフの少女、アウラ。

 蟲の戦士、コキュートス。

 そしてゆっくりとアルシェの後ろに回るような位置取りへと移動した、主人である吸血鬼、シャルティア。


 ――その三名だ。


 そんな存在達の暖かいところが皆無な視線を全身に浴び、アルシェの体の芯をゾワリと震わすような恐怖が走り抜けた。しかし、全てが終わった後に与えられるだろう快楽を思い描くことで、それを必死に塗りつぶす。お尻の尻尾がむず痒かったが、そんな態度を示せるわけがない。


「アインズ様、娘ガ来マシタ」


 カチカチと硬質な音と人間以外の存在が無理矢理に声を作ったような音に合せて、イスがキシィと動く。

 今までアルシェに背を向けて座っていた──大きなイスであり、背もたれも大きかったために気がつけなかった──ナザリック大地下墳墓の主人が、イスを回すことで振り返った。


 媚を浮かべようとしたアルシェの顔は凍りつく。

 魔王を思わせる男──ダンスの練習をするということを得てなお、恐怖を忘れることの出来ない男。自分達のパーティーを崩壊させた化け物。

 その男が膝の上に乗せている人形のような可愛らしい双子。

 決してアルシェは忘れることの出来ない。残骸になった心の奥底で埋もれるように輝いている宝物。

 それを目にし──


「あああああああ!」


 雄たけびが上がった。

 アルシェは自分でも信じられないほど、心の底から何かがこみ上げてきたのが理解できた。

 砕けたはずの、もはや完全に奴隷と化した心に、炎が灯されたのだ。

 アルシェはアインズを魔法の目標とするために手を突き出し──


 ──喉元に刀が突き当たられ、鞭が構えられ、後ろから伸びたほっそりとした指が頭を鷲づかみにする。


「殺しんすが?」


 平坦な声を発したのは、頭部を握りしめたシャルティアのものだ。彼女の桁外れな腕力を考えれば、アルシェの頭など生卵のように簡単に砕けるであろう。


「愚カ者。私達ガイルノニアインズ様ニ触レルコトガ出来ルハズガナイ」


 カチカチと音を立てながら、喉に刀を突き立てたコキュートスが告げる。恐らくはアルシェが瞬きをするよりも早く、首を切り落とせるだろう。


「そうそう。魔法を使おうとする時間なんかあげないよね」


 無邪気な笑顔を見せるアウラではあるが、鞭を振るうだけで衝撃波でアルシェの体を引き裂けるだろう力を有しているのは伝え聞いている。


 桁が違う存在を3人を前に、何か出来るはずがないことは知っていた。

 そしてその3人がいなくても、死の王に少しでも痛みを与えることが出来ないもの知っていた。そんなことが出来たならば、仲間は誰一人として死ななかっただろうし、自分もここにいない。

 愚かな行為をした、そう確信を持ってアルシェは言える。

 殺されて御の字、下手すればロバーデイクと同じ肉団子。いや今回行ったことを考えればそれ以下は十分にありえる答えだ。

 それでもアルシェは胸を張って言える。


 自分の先に待つ未来がどれほど無残なものだと知っていても、再び同じ状況下に遭遇すれば、行うことは変わりないだろう。


 アルシェは目に力を宿し、アインズを睨む。

 それを目に出来る怪物たちが不快げに動いたのも視界の隅で捕らえている。それでも決して止めようとはしない。

 自分の最後の矜持だ。もはや亀裂が入った、いまにも壊れそうなものではあったが。


「よい。シャルティア、アウラ、コキュートス。アルシェを解放しろ」

「はっ!」


 一斉に声が響き、アルシェの周りから武器が離れる。頭を掴んでいた手が最後まであったが、それもまた離れた。

 死を覚悟していたとはいえ、生が目の前にぶら下がれば、覚悟という物は薄れる。

 アルシェはガクガクと痙攣する足に力を入れる。それから目じりに浮かんだ涙を拭い、前方で大切な妹達の顔を眺めるアインズを睨む。

 膨大な魔力が押し寄せ、吐き気を催してしまうが、それでも必死に耐える。


「なるほど……お前の知人であることは間違いがないようだな」


 アルシェは迷う。正直に言って良いか。ただ、あんな反応を示した以上、隠してももはやメリットはない。


「……妹」

「ふむ……なるほど……さて、どうするか」


 何故、この死の王は妹達を人質に取っているのか。

 常識で考えれば理解できない。アルシェに言うことを聞かせるなんて容易くできることだ。わざわざ妹達をここまで連れてくる理由が思い描けない。

 ただ、アインズの告げた言葉に含まれた微妙なニュアンスで、妹達をここに連れてきたのは偶々だと知り、自分の軽薄さに苛立ちを覚える。

 やはりあそこは知らない振りをするべきだった。


 瞳に涙が滲む。

 アルシェの心の底からこみ上げてくる恐怖は想像を絶した。

 愛玩物でも生きられるならまだ良い。もしロバーデイクと同じような肉団子にされたら、どうすれば良いのか。どうやって殺してやれば良いのか。


 来るかもしれない最悪の光景にアルシェが覚える中、平坦な声が響く。


「そういえば……お前に与える褒美のことがあったな。シャルティアを私が共にしていた所為で、あのときの願いはまだ叶えていない筈だな? ならばあの時と意見は変わったか、聞かせてもらおう」


 空気が動いた気分をアルシェは抱いた。

 目の前の化け物の意図が一瞬だけ把握できなかった。

 そして言っている内容が頭の中に染みこんでない、アルシェの口は言葉を紡ぐことができなかった。

 次に問われた意味を理解し、それでも口を開くことが出来なかった。物語でよくある、願い事を歪めて叶える悪魔を思い出したのだ。

 言った後で「聞いただけだ」などと嘲笑されたら、アルシェの心は完全に砕け散るだろう。それがあまりにも恐ろしくて。

 ただ、そんなアルシェに焦れたように、アインズは繰り返し問いかける。


「ほら。言ってみろ。……私は意外と律儀な男だ。願い事は無理ではない範囲で叶えてやろう。ただ、お前を現状外に出すのは難しいな。それはお前から受けた利益の範疇を超えているからな」


 アルシェはその言葉に賭けるしかないことに気がつく。もしこれ以上黙ったままでいた場合、周囲の者たちが不快に思う確立は非常に高い。特に自分の主人はそういった反応を示すだろう。

 だからこそ、まさに神に祈る気持ちでアルシェは口を開く。


「なら妹達を無事に帰して!」

「……本当にそんな願いでいいのか?」


 問い返してきた言葉に、アルシェは「構わないと」即座に答えようとして、何も言えなかった。

 ここまで脳を酷使したことはないというだけ、必死に思考をめぐらせる。確かにこの化け物は約束は守ってきた。自分が生きているのもロバーデイクの願いのお陰だ。確かに結果は悪かったが、それでも最悪ではなかった。

 ならば多分ではあるが、それがあまりに不快な願い出なければ、叶えてくれるだろう。

 ここでの願いは非常に重要だ。どうすれば妹達、そして自分も幸せになれ──その瞬間、アルシェの目の前に光が宿った気がした。


「私達、三人を……」


 間違ってないか、幾度も問いかける。本当にチャンスは一度きりなのだろうから。


「私たちが考える幸せを維持したまま……ここで暮らさせて欲しい。魔法などによる幻術などではなく」

「……本当にそんな願いでいいのか?」


 先ほどと同じ問いかけに、アルシェは怯えながらも頭を縦に振る。


「……幸せというのは抽象的過ぎて難しい願いだな。まだ若返らせて欲しいとか、不老不死を欲しいとかの願いの方が分かりやすい」


 アインズの視線がアルシェをそれて天井に向かう。アルシェは何も言わない。自分はボールを投げた立場であり、投げる立場ではないのだから。


「アウラ。確か、お前の階層にログハウスを作るように言ったことがあったな」

「はい! 建ててあります」

「あそこにこの娘達を連れて行け。食事やその他諸々は与えてやれ。当然だが、安全は保証しろ。玩具を貰い受ける形になるが、構わないか、シャルティア?」

「勿論でありんすぇ。わたしの持ってありんす皆は、アインズ様のものでもありんすによりて」

「アルシェ・イーブ・リリッツ・フルト。飢えず、寝る場所があり、安全である。それは十分に幸せだろ?」


 アルシェは呆ける。

 突然、自分の目の前に振ってきたものが信じられなくて。いまの彼女の心境を表すなら、星に願ったら金貨が振ってきたようなものであった。

 ただ、不死の王が自分の返事を待っていると知り、喉を振るわせる。


「……はい。幸せだと思います」


 口にしながら、何か裏がないかと疑ってしまうのは仕方がないことだろう。だが、そんなアルシェにもはや興味を失ったようにアインズは視線を動かす。


「そうか。ならばそうしよう。さて、ではアウラ、6階層まで案内してやれ。それと心配せずとも、この二人は魔法で眠らせているだけだ。時間が来れば目も覚めよう。……最後になるがアルシェよ。私のために働けば、それなりの褒美は約束しよう。姉妹揃って解放してやっても構わないと知るが良い」


 アルシェは深々と頭を下げる。未だ自分に突然与えられた状況に不安と懐疑の念を抱いてはいたが、それでも手渡された妹の温もりは真実であった。



 アウラとアルシェ。そして眠ったままの二人の妹たち。それに続いてコキュートスが部屋の外に出ていき、今この場所に残るのはアインズとシャルティアだけになっていた。

 幾たびか伺うような視線を横から感じていたアインズに、ようやくシャルティアが問いかける。


「それで……よろしかったんでありんすかぇ?」


 なんとも答えに困る問いかけだ。意図を読みとろうとアインズは思考を巡らせ、面倒くさくなって問い返す。


「……ん? なんだ? 手放したことを勿体ないと思っているのか?」

「いえ、そのような事はございんせん。 先も告げんしたように、わたしの皆はアインズ様の物でありんすぇ。ただ、アインズ様に唾を吐いた人間をお許しになられてよろしいのでありんしょうかぇ?」

「……願いを叶えると言ったのも事実だし、それにフールーダがいるとは言え、あれの能力……それにあの娘が得てきたであろう知識は役に立つ。舞踏会の時十分に分かったではないか。そういうことだ」


 アインズはイスの背にもたれかかり、冷たい視線をシャルティアに向けた。その口元には冷ややかで邪悪な笑みがあった。

 妹たちから聞いた話では、アルシェは帝国の元貴族しかも魔法学院の出である。ならば、今後も重宝出来るだろう。特にいま人間を主とした官僚組織を作らなければならないと考えている状況下であれば。


「あの妹たちは意外に良い拾いものだった。あれほど……そう、私に戦いを挑む覚悟を抱くほど、妹達を愛しているんだ。ならば良い人質になるだろう」

「まさに仰るとおりかと思われんす。流石はアインズ様」


 シャルティアの称賛に平然とした素振りを見せながら、アインズは眉を潜める。


「……こんなところが邪神と思われるのか? まぁ、良い。取り敢えずはエ・ランテル近郊をもらった際の組織の構築は至急の課題だ。出来れば私に忠誠を尽くしてくれる者を見繕わなくては」

「アインズ様のご威光に触れれば、みな の者は頭を下げ、忠義の念を持つでありんしょう」

「……だと、いいがな」


 そんな簡単であればいいけどな、と心の中でぼやきながら、アインズは指を組み、視線を天井に向ける。不可視化を行っているエイトエッジ・アサシンたちが張り付いている姿は、この際は取り敢えず無視しておく。


「アンデッドを前面に押し出すと神殿などがうるさい……。それに領民が不安がるだろうから、人間の組織を作った方が良いよ……か」


 ジルクニフに言われていることを思い出す。

 本当はアンデッドを主とした潤沢な開発計画を考えていた。単純にアンデッドでやればたくさん畑を作れそうだよね、などという単純な考えからだ。そしてたくさん作れれば、色々と領民の負担も軽くなるだろう、とアインズにしては友好的な気持ちからだ。

 もちろん、この世界の金貨でナザリックの強化が行えるのだから、ありとあらゆるところまで慈悲をかけるつもりはない。ただし、アインズも豚は太らせた方がたっぷり食べられる程度の知識はある。

 エ・ランテルが慈悲深い領主によって支配されているとしれば、静かに大きくなっていくだろうから。


「しかし……あれはどういう意味だったのか」


 アインズは隣に立つ、シャルティアにも聞こえないような小さな声で独り言をこぼす。

 アンデッドを働かせて領土を富ませるというプランを最初に持ち出した際、「プランテーションを作ることによって、安価な食糧を生産。圧倒的な武力を背景に、経済侵略を企むということですね」などと意味の分からないことを言っていたが……。


「食い物で侵略出来るはずがないだろう……だが、デミウルゴスが言うぐらいなのだから……。何か手段があるのか? 押し売り? 大体、侵略など今現在は考えてないんだがな」


 デミウルゴスに「そういうことですね?」と問われたとき、いつものように「デミウルゴスは私の全ての狙いを読んでいる」と答えてしまった。それが――


「その内痛い目を見そうな気がする……。まぁ良い。シャルティア」

「はっ!」

「私はしばらくしたらあの娘とあって色々と情報を得ようと考えている。お前はどうする?」

「では、わたしもそれに同行させていただこうか、と。ただ、どのような情報を得られるおつもりでありんしょうかぇ? 一通りの事はあの娘から聞いたことがございんすが?」

「ああ、実は……」


 アインズは苦笑いを浮かべ、答える。


「学院生活に関してだな」


これで終わり。次から学院ラブコメおーばーろーど始まるよー。


アインズの出番? 純愛エロゲーにおける男友達ぐらいあるよ!

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