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舞踏会―5

 丸山からのお願いです。

 今回の話は48kほど。文字数2万4千文字を(多分)越えておりますので、お暇な時間にどうぞご覧下さい。

 ……長すぎるという方は感想にどうぞお書き下さい。場合によっては2分割します。

 こいつは何をさっきから言っているんだろう。


 あの舞踏会から5日が経過し、帝都内に与えてくれた邸宅で、アインズが最初に考えたことはそれであった。

 すわり心地の良いソファーに腰を下ろし、背もたれに背中をペッタリとつけたアインズはしげしげと前に座る男を観察する。

 さきほどからひっきりなしにペラペラと喋る貴族。歳は50代を半ばほどは過ぎているが、髪はまだまだふさふさと生え、血色の良い顔と相まって、遥かに若く思える男だ。

 そんな男の、綺麗に刈り揃えられた髭が動くさまをぼんやりと眺めるアインズの頭の中には、彼の言っている内容の半分も残っていなかった。

 確かに聞く気を喪失しているためなのも理由の1つではあるが、それ以外は貴族の社交辞令に溢れた会話に慣れていないこと、そして彼の会話があまりにも回りくどく理解しづらいためだった。しかも話の半分は余談であり、アインズの聞くという意欲をガリガリと削いでいった。


(本題だけであれば数分で終わっただろうよ。それを下らない話題でずるずると長引かせて……。というか結局何が言いたいのかサッパリ分からんぞ?)


 アインズは仮面の下で目だけを動かして、壁に備え付けられた時計を確認する。貴族と部屋に入室した時間から逆算し、時間がどれほど経過したかということを知ると、より一層、肩が落ちる気分にさせられた。


 別にアインズだって暇ではない。時間を持て余しているから話を聞いているのではないのだ。

 どちらかと言えば今のアインズは忙しい身だ。エ・ランテルを自らの領土として数ヵ月後には与えられるために、その前準備が色々とあるためだ。

 個人的には「とっとと帰れ」と言えれば、どれだけ楽だろうとは考えている。

 しかし、貴族社会の礼儀というものをさほど知らないために、どのように対応すれば良いのか分からず、相手に譲るしかなかった。

 アインズの社会人生活でも自分が上位者の立場で、相手と面会したことが滅多に無いことも理由の1つだ。基本的に上役と会う場合は、相手が話を打ち切ってくる。そのためにアインズ──鈴木悟はそれに身を任せるだけでよかった。絶対に落とせない営業の時は食いついたが。

 そのためにどういう風に話を打ち切れば、相手に対して自分が有利な位置で、なおかつ機嫌を損ねたり貴族の品位が無いと思われずに終わるのかが不明瞭だった。


(滑らかに回る口だな。どんな高級な油を塗っているんだ)


 アインズは目を細め、貴族のつややかな唇を睨む。

 流石にアインズもそろそろ限界だった。特に今日はすべきことがある。

 会議を行うために、守護者を呼び集めているのだ。特に忙しく外で働いているデミウルゴスを呼んでまで。

 既に待たせている以上、こんなくだらない話には何時までも付き合っていられない。


 アインズは軽く手を上げる。そこに含まれた意味を察したのだろう、貴族のおしゃべりが止まった。


「非常にためになるお話だったと思う。この後も聞いていたいのだが、なにぶん忙しい身。この辺りで話を終えたいと思うのだがどうだろう?」

「そうですな。私も辺境侯とのお話が面白すぎて少々、時間を忘れてしまったようです。申し訳ありません」


 貴族の微笑を目にし、アインズは心の中で「ちっとも思ってないくせに」と毒づく。それと『とのお話』という部分に「喋っていたのはお前だけだ!」とアインズは嫌な顔をするが、流石に仮面をつけているためにばれることは無い。

 対して貴族は微笑みながらアインズに問いかける。


「それで、もしよろしければ、私の邸宅の方でお暇な時にお話をしませんか? 今度は私の方で辺境侯を歓迎させていただきたい」

「……ふむ」


 アインズは考えこんだ。大抵がこんな感じで終わるな、と。


 舞踏会が終わってからというもの、毎日のように貴族達がアインズの邸宅に押し寄せて来た。

 同じように腐りやすい──領地で取れた新鮮な果実などを持ってだ。そして同じように無駄話をダラダラと垂れ流し、そして次回の約束を取り付けようとする。それも大抵が自分の邸宅に招きたがっているのだ。

 何か理由があるのだろうが、その辺りはアインズに分からない。


(デミウルゴスにさりげなく聞いてみるか)


 そう決心したアインズは貴族に対して笑いかけるように答える。


「申し訳ない。時間が無いのだよ、理由はいわなくても分かるだろ? それらの問題が綺麗に解決した暁には貴殿の邸宅に御呼ばれするとしよう」

「……おお、そうでしたな」


 貴族が破顔し、アインズは溜息を堪える。

 彼ら貴族はなんだか知らないが、それらしいことを匂わせると、勝手に納得してくれるのだ。少しばかりどんな納得の仕方をしたのか不安な部分もあるが、アインズが言葉にしたことではないので彼らが勝手な勘違いをしたところで、そこまでの責任は持つ気は無い。それに彼らがそれを盾にしたときは断固たる対応を取る考えであった。


「ご理解いただけたようで何よりだ。セバス、見送りを」

「畏まりました」


 不動の姿勢で直立していたセバスがゆっくりと歩くと、部屋の扉を開く。貴族はまだ話し足りない人間がするような、そんな残念そうな表情を一瞬だけ顔に浮かべるが、直ぐにそれを塗り潰す。


「では、また辺境侯お会いしましょう」

「ああ。そうだな。今度は私の方から赴かせていただきたい」

「ほう! それは嬉しいですね。辺境侯をお迎えするとなると準備が必要です。何時にするかここで決めていただいても構いませんか? 辺境侯をお招きするに相応しいものを準備させていただきます」


 社交辞令に決まっているだろうが。

 アインズは心の中で思う。だが、短いながらも貴族生活の中で若干分かってきたことだが、向こうもそれを理解したうえで話をしてきているのだ。

 アインズ自身は自分を招くことがそれほど価値があるようには思えないのだが、向こうはそう考えていない。どうにか理由をつけて自宅に招こうとしていることも感じられていた。


 決まってこんな感じのやり取りがある。だからこそこんな時にどんな対応をすれば良いかも決まっていた。

 アインズは軽く笑う。

 そして演技のように手を広げて、答えた。


「君に私を招くに相応しい準備ができると言うのかね?」


 貴族の目が部屋を飾る調度品に動いた。どれも派手ではないが、品の良いものであり、アインズとしても自慢の一品だ。

 勿論、アインズに美的センスがあるわけではない。どちらかと言えば無い方だろう。

 これらを集めていたのはギルドメンバーの一人である。彼はデザイナーの卵であり、自分の製作したものを宣伝する目的でユグドラシルというゲームを行っていた。

 クリエイトツールを使用することで、外見を変えることのできるユグドラシルというゲームのメリットはこういったところにも現れていたのだ。

 実際、彼のみでなくデザイナーを目指すもの、デザイナーとして駆け出しの者などもゲームに参加していた例は多数ある。貴重な材料や貴金属を好きなだけ使って、そしてそれの完成品を現実のように見れるのだから時間を費やしても十分なメリットがあったためだ。


(……それが嵌りすぎて、駄目人間になる一歩手前だったんだがな)


 そんな彼が自分のセンスを信じて集めた調度品などをアインズたちにも渡してきたのがこれらだ。実際、そこそこのデザイナーになった人物の作品も中にはある。


 希少な材料──この世界においても──ふんだんに使い、元の世界でのデザイナーが作った調度品は、貴族の目はどのように捉えたのか。

 アインズの見たところ、低い評価を下した雰囲気は皆無であった。

 今までの貴族達と同じように、アインズの目の前にいる貴族の顔にも苦笑いに似た微笑が浮かぶ。


「これは辺境侯、手厳しいですな。確かにこれほどのものを準備するのは難しそうです。一体、これらはどこでお手に入れたものなのですかな? 帝国の一般的な美術品からするとかなり外れたものが多く見受けられますが……。どのような芸術家の作品でしょう?」


 また話し出しそうになる貴族に対して、アインズは断ち切る意味を込めて、鋼の口調で答える。


「帝国以外からだよ。さて、そろそろ……」

「おお、そうでしたな。では、辺境侯」

「ああ、またそのうちに会うとしよう」


 貴族がセバスと共に部屋を出て行き、扉越しに微かに聞こえる足音が小さくなっていくと、アインズは背を伸ばす。

 アンデッドではあり、肉体的疲労は感じないとはいえ、人間の残滓が精神的疲労を訴えていた。しかし、部下の目の前で、伸びをするわけにはいかない。


「ご苦労だったな、シャルティア」


 アインズは今までアインズの横に座って、無言で微笑んでいた少女に語りかける。


「いえ、滅相もありんせん、アインズ様」


 シャルティアはアインズの膝の上に優しく乗せていた手をどかす。

 シャルティアを横に連れていると貴族の話が早いのだ。そう、あれでも話が短くなっているのだ。

 アインズはげんなりしながら思う。

 あとはなんだか知らないが、女性の話題が出ないと言うのも嬉しい。

 美人がどうの、とか言われてもそれに対して上手く切り返せないアインズとしては、最初っからそういった話題が出ない方が楽だ。そのために迷惑だとは感じたのだが、毎回シャルティアを連れて貴族達と面会していた。


「しかし舞踏会以降、シャルティアをこちらの館に待機させてしまって悪いな。向こうは大丈夫か?」

「はい。あちらは私のシモベに任せておりんすによりて、なんら問題はありんせん。それにアインズ様は悪いなどとおっしゃりんすが、私はアインズ様のお側にいれて幸せです」

「……むぅ、そうか。いや、照れるな」


 アインズはカリカリと頭をかく。それに対してシャルティアが鈴の音が鳴るような軽い笑い声を上げた。


「さて、では次は……会議だな。セバスが戻り次第行くとしよう」



 アインズがセバスとシャルティアを引きつれ、扉を開ける──言うまでも無く扉を開けたのは、外に控えていたユリ・アルファである──と、室内にいた3人が立ち上がり、深々と頭を垂れた。中にいた3人とはデミウルゴス、コキュートス、アウラの守護者たちである。

 アインズは鷹揚に手を振りながら語りかける。


「ああ、気にするな。座って良いぞ」

「ありがとうございます」


 3人の守護者に、新たに加わったセバスとシャルティアを含めた全員が同じ趣旨を口にする。頭は上げたものの、イスに座ろうとする気配は見せなかった。

 主人より先にイスに座るような、忠誠心の低い者がこの場にいるはずが無い。

 それが理解できるアインズは、足早に守護者達の横を通り抜けながら、上座に置かれた最も豪華なイスに腰掛ける。そして再び同じ台詞を言うと、今度は守護者達も素直に従った。


「さて、話を始める前に、遅くなったことを謝罪させてもらおう。特にデミウルゴスには悪いことをしたな」


 アインズは貴族との面会で時間に遅れたことを謝罪する。数分ぐらいの遅れどころか、十分単位での遅れであるために、口調も若干真面目なものだ。

 守護者の中でもデミウルゴスを名指ししたのは、外で最も忙しく働いている者である彼を、ちょっと問題があるたびに呼び戻すということを繰り返しているために、アインズとしても前から罪悪感を抱いていたためだ。

 対してデミウルゴスは目を細めて笑う。


「そのようなことはありません、アインズ様」デミウルゴスが微笑みを浮かべながら答える。「私ども至高の御方々に創造されたものはアインズ様にお仕えすることこそが最上の喜び。アインズ様が謝罪されることなど何一つとしてありません」

「デミウルゴスの忠誠心にはほとほと感心してしまう。何か欲するものがあれば遠慮なく言うが良い。何かあるか?」

「いえ、何もございません。ただ、もし頂けるというのであれば、今後もアインズ様に忠義を尽くすことのご許可をいただければと思います」

「……全く、デミウルゴスは欲が無い。お前の、いやお前達の忠義、ありがたく受け取るぞ」

「ありがとうございます」


 言葉はデミウルゴスだけであったが、部屋にいる他の者たちも同じように深い忠誠心を表に出した、敬遠なる動きでゆっくりと頭を下げた。


「……では、これより会議をはじめるとしよう。では議長役としてデミウルゴス頼む」

「畏まりました」デミウルゴスはアインズに頭を下げると、守護者達に視線を向けた。「さて、皆、これから会議を始める。議題はアインズ様が支配する都市、エ・ランテルを中心とした領土の管理運営に関するものだ。ではその前にアインズ様、お言葉を頂戴出来ますでしょうか?」


 そう言われるだろうと、予測していたアインズは頭の中で組み立てていた台詞を口にした。


「これよりデミウルゴスから話があったように、エ・ランテル周辺の我が領土をどのように管理運営していくかの議論を始める。既に私はどのように統治していくかを考えてはいるが、守護者であるお前達の意見もまた聞きたい。というのも私の想像も及ばないような画期的な意見が出るのでは……と考えているためだ。とはいえ、無理に搾り出す必要は無い。お前達ならばどのように支配していくかという話を求めているのだ。私の顔色を窺うことなく、雑談のような気楽な気分で自由に意見をぶつけ合うが良い」


 そこでアインズは思い出し、最後に付け加える。


「それと守護者各員、忙しい中わざわざ来てくれたことに感謝する」

「何をおっしゃいますか、アインズ様! 我ら至高の御方々に創造された者、アインズ様のためであればこの程度の行為は苦労でもございません!」

「デミウルゴスの言うとおりです! アインズ様が感謝なんてしないください!」

「誠ニ。アインズ様ノオ役ニ立テルコトコソ、私達ノ喜ビ」

「そうです! 私たちのほうが感謝しておりんす。アインズ様のお役に立てて」


 一斉に口々に臣下の言葉を述べる守護者達に、アインズは満足げに頭を動かし、それからデミウルゴスに顔を向けた。


「では、デミウルゴス、始めよ」

「畏まりました、アインズ様。では諸君、アインズ様のお言葉をしっかりと抱いて、私達なりの統治について考えよう」


 それが口火を切るように様々な意見が飛び交いあう。

 アインズはそれを聞きながら、内心で満足げに頷いていた。勿論先程の発言にある「どのように統治していくか」など考えているはずが無い。というより単なる一般人であるアインズにそんなこと出来る能力が有るはずが無い。

 アインズに出来るのは表計算ソフトとデーターベースソフトを使って、プレゼンテーションを行うことがなんとか出来る程度だ。統治などに関する知識など皆無だ。さらに世界が変われば、今までの世界で使えてきたであろう知識がまるで意味を成さない可能性があるのは当然だ。

 農業だって、牛が道具を引っ張っているとか、魔法で大地が耕されたという状況なのに、機械による全自動が当たり前の世界の知識が役に立つはずがない。

 ぶっちゃけ、アインズはそういう意味で自分の役立たずっぷりは十分に理解していた。


 勿論、アインズだって役立たずに終わる気はなかった。さりげなく、帝国法などの帝国の法律関係の書物を読んだりして勉強をしたつもりだった。しかし、殆ど頭に入らない。

 今までの人生の中で得てきた知識とは、まるで違った学問であったためだ。読書のかいもあって、欠片のようなものは頭の中に宿ってはくれたが、それだってアインズがアンデッドであり、睡眠を不必要とする肉体でなければ、まるで収まらなかっただろう。

 興味が湧かず、更には回りくどくて難解な書物など、そんなものだ。

 そんなアインズだからなのかもしれないが、彼らの会話。特にデミウルゴスの発言は「なるほど」としか思えなかった。


 流石はナザリック大地下墳墓最高の知恵者。


 アインズはデミウルゴスの話を聞くたびに、内心では感嘆の声を上げていた。守護者の誰かがどうしてそのようなことをするのかと問うと、納得がいく答えが返るのだ。

 デミウルゴスのイメージする管理社会は、矛盾無く、完璧な統治としかアインズからすれば思えなかった。

 このまま行けば「私の心はデミウルゴスが知っているようだ」とでも言えば、完璧な統治をしてもらえるように思えた。

 しかし、そんな気持ちをアウラの一言が完全に砕く。


「でもさ。何で人間なんかをそこまで優遇して管理しなくちゃいけないの?」


 室内が静まり返る。

 アインズは「何を言ってるんだ、アウラ?」という驚愕のものであったが、守護者のものは「確かにその通りだ」という目から鱗が落ちたという類のものだった。


「全くだね、アウラ。君の言うことは正しい」

「そうぇ。人間なんかをそこまで優遇して管理する必要も無いわね」

「アノ土地ヲ支配スルノハ、金銭ナドヲ得ルタメ。ナラバアインズ様ノオ力ヲオ借リシテ、アンデッドニ働カセレバ済ムコト。人間ヲ重要視シタ政策ヲ取ル必要ハ無イナ」

「アインズ様にかしずくアンデッドの群れ。美しいね」

「全くだわ。それこそ偉大なる死の王たるアインズ様に相応しい光景でありんしょう」


 興奮が守護者たちの中に宿りだした中、この部屋で唯一冷静な主が声を発した。


「しかし人間にも良いところがあると思いますが?」


 セバスの発言に、守護者達は顔を見合わせる。そして代表して、デミウルゴスがやけに優しくセバスに問いかけた。


「何処に? どんな部分がね?」

「それは……」


 デミウルゴスに対して、セバスは言葉を呑む。

 悪魔の表情が何を言いたいのか理解しているためだ。そんなセバスに対して、シャルティアが救いの手を伸ばす。


「……セバスの言う通りかもしりんせんわ。だって人間を殺すのって楽しくない? わたしは今度、親と子で殺し合いとかさせてみたいわ」


 ……全然救いの手ではなかった。ただ、そこにはデミウルゴスに有った、セバスへの敵意は僅かも無い。あるのは心の底からそれが見たいという好奇心に溢れたものであり、言葉の内容とは裏腹に非常に無邪気な雰囲気であった。


「強者ハ別デハアルガ……弱者ヲ有益ニ活用スルトナルト試シ切リカ? 訓練ハ実際ニ武器ヲ持ッテ殺シアッタ方ガ練習ニナル」

「うーんとあたしのペットの餌にもいいかも」


 人が飼っているペットに生き餌を与えるような、そんな口調でアウラも言う。それら守護者の人間の有効活用方法を受け止め、デミウルゴスは良かったね、とセバスに告げる。


「……確かにセバス、君の言うとおりだね。羊にも価値があるね」


 セバスは何も言わずに静かに目を閉ざした。そんな執事に片方の唇を釣り上げたデミウルゴス。

 羊?

 アインズは不思議そうに思うが、生贄の羊のことを隠喩しているのだろうと納得する。その際、どこかで昔同じような感じのことを聞いた気がするが、そこまでは思い出せなかった。


「ならばあの辺りで人間の繁殖場を作ると言うのはどうだろう?」

「いいんではない? 15歳ぐらいから始めて、毎年産ませるの。それで45ぐらいになりんしたら潰して……」

「卵ヲ作ルトイウワケニハ行カナイノダカラ、結婚相手ヲ準備スル必要ガアルガ、ソレハドウスル?」

「無理矢理決めればいいんじゃないかな? 狭い部屋にでも押し込んでおけば、勝手に番うでしょ? 孕まなかったら潰しちゃえばいいんだし」

「食料はアンデッドに生産させて、ただひたすらに腰だけ振っておけば良いか……。人間にとっては最高じゃないかな?」

「……やはり不細工は殺して、見た目の良いものを残していくべきなのかしら。そうすると一夫多妻などの方針が良いかも……」

「いや、見た目だけで選別しないほうが良いとも思うね。それに別にアインズ様のお側に控えさせるわけでないないのだから気にするほどことはないだろう」

「そういうものでありんしょうかぇ? 殺すにしても醜いものよりは美しいものの方が楽しいと思うんけれど……まぁ、デミウルゴスが言うことなら了解しんす」

「でもさ。45歳はちょっと産めないと思うよ。30歳ぐらいでストップさせて、子供を育てさせればいいんじゃないかな?」

「しかし45歳では殺してもあまり面白くないと思いんす。殺すなら、生命に満ちあふれ、希望を持った人間の方がいい声で叫ぶんでありんすから」

「デアレバ、ソレグライノ年齢ニナッタ人間ハ殺シテ、アインズ様ガオ持チノ『強欲と無欲』ニ吸ワセレバ良イノデハ?」


 セバスを除く、全員の顔に明るいものが走った。


「素晴らしい!」

「まったくだ。私達の楽しみばかりを考えてしまった……恥じるべきだね」

「うんうん。命をアインズ様に捧げるのは正しい姿だよね!」

「どうにせよ、人間の技術の発展をどのように支配するか、アインズ様に相談したいと思っていたのだが、それであればその辺の心配もなくなるね」

「技術ノ発展?」

「そうさ。魔法技術の発展を許せば、私達を害する存在が発見されるかもしれない。今の技術が進歩しない方が支配者たる我々にとっては好都合だ」


 そこでアインズは「なるほど」と思った。

 話の最中、幾度と無く――もっぱらセバスより――出た話がある。それが識字率を上げるなどの教養を平民に与える手段だ。

 例えば学校を作って、そこでアインズの素晴らしさを伝えよう、などの案が出たが、それに対してデミウルゴスは一貫して否定的な側に回っていた。

 それがそういった考えに基づいてのことだったのかと、アインズは感心してしまった。

 実際、被支配者は愚かな――盲目の羊であってくれた方が支配者としては楽だ。逆に変に自由などの知識があるほうが面倒だ。鞭で打たれるのが当たり前と覚えさせておけば、支配も楽に続く。

 楽しみを知らなければ、今あるもので満足するだろう。自由を知らなければ、自由を求めようとしないだろう。

 ブラック企業を知るアインズとしては可哀想に思うが、自分が支配者となって考えてみれば、それこそ必要な行為であると断言できた。

 そして何より技術を発達させないというのは、自分たちのアドバンテージを維持できるために重要なことだ。もちろん、自分の領土だけ発展の波を止めていても意味がないので、その辺りは考える必要があるだろうが。


 しかし──アインズはコツンと机を軽く叩く。

 その瞬間、今まで人間牧場の運営方法について楽しげに話していた守護者達の顔つきが変わる。真剣な面持ちでアインズの眼差しをむけた。


「各守護者よ。楽しげに話しているところ、悪いのだがそれは却下だ。人間達に苦痛を与えるのは私の望むところではない」

「その理由をお聞きしても?」

「はぁ。本気で言っているのか、デミウルゴス」


 恥じるように顔を伏せた守護者に対して、アインズは語る。


「私に匹敵する存在がいるかもしれない状況で、そのような敵に回す行為は避けたい。先の戦においては帝国貴族としての正しい務めであった。しかし、エ・ランテル周辺をそのように支配するのは、帝国貴族の正しい務めではなかろう。そういった場合、言い訳がきかん。昔言ったはずだぞ、私は英雄となることを望んでいると」

「なるほど、失念しておりました」

「いや、構わん。途中までの話は私の心を読んでいるのではと思ったほどだったぞ、デミウルゴス」

「ありがとうございます!」

「統治方針としては先程の……話がずれる前の感じでよかろう。しかし……私が実は気にしているのは、どうやって統治するかなのだ」


 守護者達が不思議そうに顔をかしげた。


「いや、悪魔やアンデッドに全て任せては、なんというか……いらん敵意を買いかねない不安がある。だからできれば人間達を支配して、それに統治を任せたいのだが……」

「なるほど……そういうメンバーがいないことにアインズ様は心配されていると」

「そういうことだ」

「浚って、調教しては?」

「シャルティア。ちょっと黙れ」

「……はい」


 しょんぼりと顔を伏せたシャルティアを視界の隅に置いて、アインズは守護者達に話し続ける。


「私は英雄であり、帝国の大貴族だ。そんな男はどのように人間を集めれば良い──」


 アインズがそこまで言った辺りで扉が数度躊躇いがちにノックされた。

 守護者達の視線が向けられ、それがどういう意味かを悟ったアインズは軽く頭を縦に動かす。

 許可を得て、代表して扉に向かったのはアウラだ。扉を開き、外の者を確認する。


「ユリです」

「入れろ」


 アインズの返事を受け、アウラが外に立っていた戦闘メイドの1人であるユリ・アルファを室内に招き入れる。

 メイドとしての一礼を見せるユリにアインズは話しかける。


「どうした? ユリ」

「はい。アインズ様にお目通りしたいと言う貴族が参っております。どういたしましょうか?」

「またか……」アインズは手で顔を隠すと、乱暴に言い捨てた「私は体調不良だ。そう伝えて追い返せ」

「畏まりました」


 再び一礼をして部屋を出て行くユリを見送り、アウラが口を開く。


「アインズ様が嘘を言うなんて不必要です。邪魔だから失せろで十分だと思います」

「そうもいくまい。一応私も貴族だ。他の貴族どもとある程度の関係は維持しておきたい……しかし、あの舞踏会で舐められたと思うか、シャルティア?」


 ばっと顔を上げたシャルティアが即座に答える。


「そのようなことは決して無いと思いんす!」

「そうか。ならば何故だと思う?」

「……よろしいでしょうか、アインズ様」

「なんだ、デミウルゴス?」

「恐らくですが、それはアインズ様が貴族としての十分な教養や礼儀を持つところを大勢の前で公表したからだと思われます?」


 アインズはデミウルゴスが何を言っているのか理解できず、そのまま続けるようにと指示をした。


「はい。つまり、一言で言い切れば、貴族の常識が通じるので、彼らなりの常識の範疇で行動してきているのでしょう」

「……そういうことか」


 狂人に近寄るものはいない。それは何を仕出かしてくるか不明なためだ。

 対して、アインズは貴族としての礼儀──ひいては常識を持つと、舞踏会で大きく公表した。そのために貴族達は礼儀を知るものであればと、その礼儀の範疇で行動してきているのだろう。実際、彼らが土産として持ってくる新鮮な果実は、腐るからなどと理由をつけて、突然の面会を求める理由があってのことだろうと、アインズは薄々気がついていた。 


「さて、ではどうするか」


 貴族としての品位を持つということ証明するために行ったことが、思わぬ事態を招いている。しかしこれはアインズが我慢すれば良いことかもしれない。貴族の一員と見なされているのだから。

 ただ、貴族としての礼儀を知らないアインズは、どこかで致命的なミスをしかねないという不安も持っていた。

 モモンガもしくは鈴木悟という人物が侮辱されるのはまだ良い。しかしアインズ──アインズ・ウール・ゴウンという名前を持つ者が侮辱されるのは我慢できない。


「アインズ様。そろそろ次の段階に移るべきかと思われます」

「何?」なんのことだ。そう問いかけるほどアインズは愚かではない。いや、己の手に余るようなナザリックの最高支配者としての経験が、アインズに知ったかぶりをさせる。「やれやれ。少し早いのではないか?」

「そのようなことはありません。そろそろかと」


 わけも分からず答えるアインズと、全てをお見通しですよというべき表情のデミウルゴス。その2人の会話についていけない守護者達がボソボソと言葉を交わす。


「ねぇ、シャルティア。何を言ってるの?」

「そ、そんなこと私は分からないわ。コキュートスは?」

「アインズ様ノ深謀遠慮ヲ、私達如キニ見抜クコトガ出来ヨウハズガ無イ。ココハデミウルゴスコソ見事ト称エルベキデアロウ。流石ハナザリック最高ノ知恵者ト。オ前ハドウ思ウ、セバス?」

「私はどのような命であれ、アインズ様のお言葉を遂行するだけですから……」


 アインズはそんな守護者達に顎をしゃくる。


「デミウルゴス。守護者達に説明を」

「畏まりました。アインズ様は仮面を着け、貴族社会に溶け込まれました。ここで重要なのは仮面をつけたまま、何故行動されているかと考えるべきだということなんだよ?」

「それは素顔をさらしたら人間達が怯えるからでしょ?」


 アウラが即座に答える。

 アインズも同じく内心で頷いた。


「その通り。そのかいもあって舞踏会を通じ、貴族達はアインズ様と会話し、貴族の礼儀を知ると知ったね? 実際、アインズ様に会いにきている貴族がいるというのが、その証明だよ。では、そろそろ仮面を取り、その素顔を見せる時だと言うことだ」

「フム……ソコガ分カラン。何故、素顔ヲ見セル必要ガアルノダ? 人間トイウ弱キ生キ物ハ、アインズ様ノ素顔ニ恐怖ヲ抱キ、敵意ヲ抱クノデハ? アインズ様ガ欲シテイル英雄トイウ地位ハ遠ノクトト思ウノダガ? ソレ……」コキュートスが何かを悟ったように口を閉ざす。「英雄……仮面ヲツケタママ、素顔ヲ晒サナイ英雄カ……」


 不味い? アインズはそう思うが、冷静に考えてみると、怪しすぎる。ならば幻影で偽りの顔を作ればいいじゃないかと思った。しかし──


「それであれば幻影でいいんではない? ルプスレギナがアインズ様より頂いた顔を変える仮面を持っていたのではないでありんしょうかぇ?」

「見破られたら? もし何かあって、最も重要な時にその幻影を打ち破られたら?」

「ならアインズ様ご自身の魔法で良いじゃん。アインズ様の魔法を打ち破れる存在なんかいないよ」

「とも言えません、アウラ。私は色々と巻物を買い込みましたが、やはり未知の魔法は幾多も有るようです。幻影を完璧に打ち砕く魔法が無いとも限らないでしょう」

「セバスの言うとおりだよ。それがアインズ様の恐ろしいところ。今まで決して幻影などに頼らず、仮面で全て補ってきている理由はそこにある筈だとも。全ての行動を予測し、注意深く行動をされてきているのさ」


 おお! というどよめきが起こった。

 すげー、と目をキラキラとさせながら顔を向けてくる守護者に、アインズは軽く頭を振る。


「さて、話を戻そう。素顔を見せると、人間が恐怖を抱くということだが……」デミウルゴスは冷笑を浮かべる。「抱かせればいいじゃないか。アインズ様が理知的であるという宣伝は終わったのだから、次は恐怖と力を演出するべきだろ? 勿論、最初から素顔を見せていれば、こうはならない。しかし、アインズ様と話した貴族は警戒しながらも、普通に会話が出来たことを思い出すだろう。そして大きなメリットを与えれば、欲望に身を滅ぼすために近寄ってくるとも」


 デミウルゴスはそれだけ言うと、アインズに頭を下げた。


「お見事です。全て計算づくとは……」

「……いや、そこまで私の全ての策略を読み切る、デミウルゴスこそ見事だ。……そこまで私の心を読んだのだ、準備は任せても良いか?」

「勿論です。アインズ様のお目に適うようなものを準備したいと思っております」




「あら、来たんですか?」

「来て早々にそういうことを言われるとはな」


 ジルクニフは冷徹な声を投げてきた女に、憮然とした表情を向けた。帝国広しといえどもこんな台詞を投げかけてくる女は皆無といっても過言ではない。いや、数ヶ月前からその数は増えてはいるだろう。辺境侯という存在を受けて。しかし、人間ではこの女ぐらいだ。

 普段であれば皇帝としてそんな言葉を許すはずが無いのだが、この女だけは別だ。

 ジルクニフはこの部屋──この辺り一帯の主人である女を眺める。

 4つのイスを置いた丸型のテーブルに腰掛けた女の身を飾る宝飾品は最低限度のものであり。室内の雰囲気からは大きく浮いている。

 そして顔立ちもさほど整ってはいないし、気品に溢れているわけでもない。貧乏貴族の娘が主人面をしてイスに座っているようだった。


「お待ちしておりました、とか可愛いことを言ったらどうだ、ロクシー?」


 ぼやきながらジルクニフは部屋を横切り、女──ロクシーの座るイスの前に腰掛けた。


「いえ、別に待ってませんから」再び冷徹な言葉を吐く。「まだ身篭って無い娘がいるんですから、とっとと妊娠させてあげてください。私の部屋に来る時間は無いと思うんですけど?」

「ふん。厳しいな」


 次代の皇帝を作るのも現皇帝の役目ではあるが、それを真正面から突きつけられると、ジルクニフとしても顔を顰めてしまう。


「それで私の部屋に来たのはどうしてなんですか? 別に無駄うちしたくて来た訳ではないのですよね?」

「……お前の見たところが聞きたい」


 初めてロクシーの瞳に興味の色が浮かんだ。


「アインズから手紙が届いてね。内輪の小さなパーティーを開くから出席して欲しいということなんだ。それで……舞踏会でアインズと会ってどう思った?」

「一般人」


 打てば響くように言葉は返る。


「としか思えませんでしたね。その代わり、連れたあの少女は恐ろしく感じました。一部の貴族が平民を見下すのとは違い、あれは人間以下のものを見る眼です。あれは……人間ではないですよね?」


 ジルクニフは何も言わずに頭を縦に振る。勿論、あれの正体までは完全には判明していないが、人間である筈が無い。


「それにあの周囲にいたメイドたちも同じような雰囲気を幾人か放っていました……。帝国4騎士の方々は誰に警戒していたのですか? 辺境侯じゃないですよね?」

「そこまで気がついていたか……。アインズ以外の全員だな」


 アインズは理知的な男であるが、その部下までそうだという保証は無い。だからこその警戒だった。無論、あのシャルティアという少女がアインズの側近としてあの玉座の間にいたのだから、無駄な努力だった可能性は高いが。


「そうですか……。ならばそれらの者を支配する辺境侯が、一般人という評価自体が間違っているんでしょうね。まぁ例外的に主人は無能ですけど、優秀な臣下が揃っている場合もありますが……優秀な者を集められる段階で、無能であるはずが無いですよね」

「……そうだな。アインズの場合は例外ではないな。あの男の擬態は見事なものだよ。よくぞあそこまで一般人の振りができると感心してしまうほどだ。もしかすると何らかの魔法によるものかもしれないな」

「辺境侯と会っての感想はそんなものですね。……あまりダンスには慣れて無いようなイメージもありましたが、十分に貴族社会のマナーはご存知の様子でしたし……同じ魔法使いでもフールーダ様とは大きく違いますね」

「ふむ……」

「それであの舞踏会を開いた結果はちゃんと他国に伝わったんですか?」


 ジルクニフは目を細めてロクシーを睨む。強烈な眼光を浴びてなお、ロクシーにひるむ様子は無い。自分が殺されないと知っているのではなく、自暴自棄でもない。

 殺すならその程度の男であり、見切りをつけることができると見なしているからだ。

 ある意味、ジルクニフとしても厄介な相手だった。ロクシーのこういった部分は、君臨するべく育てられ、支配することに慣れたジルクニフからすれば新鮮であると同時に苦手であった。

 ある意味少し離れたところに置いて眺めていたい人物であるが、それが出来ないのは彼女が非常に優秀だからだ。

 優秀というのは頭のデキでない。

 いや、確かに賢さという意味ではジルクニフの会って来た女性の中でも五本の指に入るだろう。しかし彼女の真価はそこではなく、『母親』であるというところだ。


 自身の栄達を望まず、出身家の利益を考えない。ある欲望はたった一つ。それは次代の皇帝を立派に育て上げたいという無欲なもの。そして無能な子供──次代の皇帝レースに脱落した子供にも、母親としての愛情は与えることが出来るという希有な才能だった。


 ジルクニフが美貌などを重視して選んだ、愛妾の大半が欲望にその目を曇らせたところがあった。貴族であれば、出身家の利益などがあるのだから当然であり、それを責めることは出来ない。

 事実、ジルクニフの母親だってそうだった。

 ジルクニフは今もあの優秀な競走馬に向ける目は思い出せる。


 ジルクニフが得ることの出来なかった母親。望んでいた完璧な例が、ロクシーという女だった。


 そしてジルクニフ自身、自分は親としては失格だと思っている。子供を愛するということが頭では理解出来るのだが、それを上手く表現することが出来ないのだ。

 自らの父親がしてくれた――愛情を与えるということができない。だからこそ、ジルクニフはロクシーを手放せなかった。

 父親が愛情を与えられないならば、母親が真っ直ぐな愛情を与えればまだ子供はまともに育つだろうと考えて。

 無論、皇帝に愛情などいらないなど言い切ることは可能だ。しかし、父親から愛情をもらったジルクニフにはそれが正しいと断ずることは出来なかったのだ。


 ジルクニフは少しだけため息を吐き、言い訳するように言葉を紡いだ。


「どこに目があるか分からん」

「私程度でも読めるのです。辺境侯であれば即座に看破したと思いますよ。勿論、それを表に出すような方ではないからこそ、厄介な相手なんでしょうけど」

「……はぁ。リ・エスティエーゼ王国の使者は理解してない雰囲気だ。法国はさっぱりわからん。近くに潜ませていたが、魔法で阻害しているしているらしく、情報を得られなかったな。諸国連合などの他の国は理解しているようだが……それ以上にアインズという剣を帝国が振るうのでないかと考えているようだな。そして神官どもの脳みそは空っぽだ」

「……帝国の内部は貪り食われるということですか」

「……うまそうな餌を提供できなければな。やれやれ、アインズめ。戦であれほどのデモンストレーションをしてくれるとは……」


 ジルクニフが考え込む素振りを見せると、ロクシーが冗談交じりの口調で問いかけた。


「ところであのメイドは皆、美しく優秀そうでした。陛下の後宮に招いたりはしないのですか? 婚姻関係を結ぶというのは辺境侯との仲をより強めるのでは?」


 先ほどのロクシーと同じように即座にジルクニフは返答する。それも心底嫌そうな表情というおまけつきで。


「勘弁してくれ。あの者たちまで入れると、私の嫌いな女の順位が大きく変わりそうだ」

「確か……一位が黄金の姫で、二位が竜眼の王……いえ、今では女王ですね。そして三位が聖王女でしたね。……私は黄金の姫と陛下の間に生まれる子供は、素晴らしい才能を持つだろうと思うんですが?」


 ロクシーの言葉には「嫌でも子供作れよ」という提案じみたものがあった。

 ジルクニフは絶対に断ると心の中で宣言する。


「止めておいた方がいいな。あの女は自分の好きな男との間に子供を作っておいて、それを私の子供だと言いくるめようと行動しそうな雰囲気がある。しかも私が老いたら平然と殺しに掛かって、自分の子供と本当の夫で帝国を統治しそうな気さえする」


 ロクシーが苦笑いともいえそうな微妙なものを浮かべ、ジルクニフの想像を笑う。


「それは……考えすぎでは? 確かに彼女の話を聞く限り、考え方が理解できない部分はありますが……そこまでのことをする娘とは思えないのですが……」

「いや、やる。お前はまだ理解できるが、あの女は理解できん。あいつだけは絶対に嫌だ。……アインズの周りの女も嫌だが……」

「まぁ、そこまでおっしゃるならば無理とは言いませんが……。それでお聞きしたいのはそれだけですか?」


 ジルクニフが1つ頷くと、ロクシーが微笑んだ。その笑顔は今日、ジルクニフがこの部屋に来て最も明るいものだった。


「話が終わったら、とっとと他の娘のところに行ってください。一度妊娠した娘のところには絶対に行かないようにお願いしますね」


 ジルクニフは眉間に皺を寄せた。



 ある日のアインズ邸宅の玄関口には立派な身なりの男が立っていた。

 歴代の流れる貴族の血が作った、品位を感じさせる顔立ちであり、白く綺麗に染まった髪がそれをより一層強める。温和そうな瞳の奥には英知が宿っていた。

 彼こそ大貴族の1人として数えられる、グライアード侯爵である。


 グライアードはドアノックを使うと、軽く微笑む。

 侯爵たる自分が供も連れずに他の貴族の館を叩くなどありえないことだと。


 直ぐに扉が開き、執事が姿を見せる。


「ゴウン邸へようこそおいで下さいました」


 一礼をするその姿勢にグライアードは瞠目する。

 辺境侯が見事なメイドと女性を連れているのは舞踏会で知った。そして執事もまたそれらに劣らない人物だと僅かな態度から掴み取ったのだ。


(ふむ……。我が家の執事たちに見せたいものだ)


 グライアードに長く仕える筆頭執事である人物は別としても、他の執事に目の前の人物ほど優秀なものはいないだろう。その執事は頭を上げると、問いかけてくる。


「まずはご招待状を拝見してもよろしいでしょうか?」

「ああ、これだとも」


 グライアードは準備していた招待状を差し出す。

 薄い銀の板に文字を刻み込んだものだ。それを恭しく受け取った執事は眺め、微笑む。


「畏まりました。では中へどうぞ」

「うむ」


 敵地に乗り込む気持ちでグライアードは一歩踏み込む。いや、実際に敵地なのかもしれない。

 グライアードは舞踏会で眺めた、仮想敵たる辺境侯の姿を脳裏に浮かべる。

 出身等から不明な得体の知れない人物であり、強大な力──財力、権力を有する。そして性格は温和であり、貴族としての礼儀を持つ──そんな男を。


 執事に案内されて静かな廊下を歩きながら、今までにあった様々なことを思い出す。

 最も印象に残っているのは、情報収集の一環で派閥の者にメイドを送るように示唆した件だ。その結果を思い出し、グライアードはミリ単位で眉を顰める。

 その件は失敗に終わったらしい。仮定でしか判断出来ない理由は、メイドを送ったはずの貴族は「辺境侯は恐ろしい人物だから、絶対に関係を持ちたくない」と言って、何があったのかを一切語ろうとしなかったためだ。

 その貴族は今では辺境侯の名前を聞くだけで怯え、舞踏会にも出席を拒んだほどの無様な有様を晒している。


 グライアードが集めた情報では、メイドが死んだという噂があることから、何をされたのか大体の予測は付く。恐らくはメイドの死体を送りつけられたのだろう。

 やりすぎだとは思わなくも無いが、似たようなことはグライアードだってやったことがあるので、辺境侯を責める気持ちにはなれない。

 温和な性格ではあるが、それぐらいは平然とするだけの性格も兼ね備えるということだろう。

 大貴族である彼を殺しにかかることはありえないと思われるが、言葉には注意を払った方が良いだろう。


 そんなことを考えながら歩いていると、前方に1人のメイドが立っているのを発見した。その美しい顔立ちには覚えがあった。舞踏会で辺境侯の側に控えていたメイドの1人だ。

 ここまで先導してくれていた執事が、メイドの前でグライアードに語る。


「侯爵様。今回のパーティーは趣向を凝らしたものであり、これを胸に着けて欲しいのです」


 執事がそういうと、メイドが薔薇のようなものを見せた。それをまざまざと目にし、グライアードは瞠目する。


「これは薔薇水晶で作ったものかね?」


 そう。それは透き通る輝きを持つ水晶であり、模ったものは薔薇であった。

 その精巧な作りはまさに神の技だった。ある種のモンスターが生きている者を石化できるように、水晶化出来るモンスターが薔薇を変えたのではと思わせるだけのものだった。


「はい。水晶を薔薇状に削ったものです。侯爵様におつけしてもよろしいですか?」

「あ、ああ、頼む」

「では、ソリュシャン」

「畏まりました」


 メイドがグライアードの胸に水晶の薔薇をつける。その間もグライアードの目は、あまりにも見事すぎる作りの薔薇から離れることが出来なかった。

 観察すれば観察するほど、その見事さが理解できる。

 花弁を作る水晶の薄さ。これらは張り合わせるのではなく、1つの水晶から削りだしているのだ。魔法で大雑把なものを作るのではなく、これはまさに職人──それも神技級の天才職人がどれほどの注意と、時間を割いて作り出したものか。

 グライアードはメイドが離れてなお、その目を薔薇から離すことができなかった。

 大貴族である彼ですらこんな芸術品は持っていない。

 まざまざと辺境侯と呼ばれる未知の貴族の財力を見せ付けられる思いだった。


 グライアードは頭を振り、視線を動かす。

 今なお引きつけられており、眺めていたい欲求に襲われるが、それを可能にしたのは自らが大貴族と呼ばれるものであるという自負だ。

 貴族である以上、見栄は重要なもの。それを辺境侯の館に入って早々失って、我を忘れるなど恥ずるべき行為だと己に言い聞かす。


「すまない。案内してくれるかね?」

「畏まりました。こちらへどうぞ」


 執事に案内された部屋は広く。そこには幾人もの人がいた。彼は目を細める。

 そこにいたのは大貴族と呼ばれるような、高位のものばかりだった。そして帝国の貴族のみに絞られ、他国の人間や、神官などの貴族以外の高い地位に着く者もいない。唯一、大貴族ではない男──レイ将軍を発見するが、グライアードは彼が辺境侯の派閥に付いたという噂を思い出す。レイは誰とも喋らずに、じっと壁にもたれかかるように立っていた。


 そしてグライアードは呆れたように惚ける。勿論、顔には一切出してはいないが、それに自信がないほどの衝撃だった。

 先ほどグライアードが驚愕した薔薇の作り物。それをこの部屋にいる全ての者がしているのだ。


(どんな財力だ! 辺境侯は一体、どうやってその財を築き上げた! それとも魔法で作り上げているのか!)


 心の中で大きく叫ぶ。あまりにも荒唐無稽な光景としか思えなかった。

 財、力、美。それらあり得ないほどの桁外れのものを持つ辺境侯。一体、どこで培ってきたものなのか。噂では人間以外の種族――ドラゴンの変身した姿であるなどと言う噂も流れているが、それらが真実である気さえする。

 グライアードは数度、深呼吸を繰り返す。辺境侯の強大さは十分に思い知った。だからこそ頭を切り換え、冷静さを保つ必要がある。今回のパーティーの真なる目的を見破り、それを派閥に有利にするのが、派閥を纏める者のすべき事なのだ。

 辺境侯の強大さに目を眩ませていては、失敗する可能性がある。


(ではこれからどうするか。ここで立食パーティーでも行うのかな? それは少し興ざめだな……。これほどの財を持つ人物ならば、想定外の事をしてくれても良いと思うんだが……)


 普段であれば他の派閥のボス格とつまらない話をするのだが、ここでも同じようにやって良いものか。

 グライアードは室内を再び見渡す。

 グライアードが立食パーティーと思った要因として、奥の壁には食事の乗ったテーブルがあった。もちろん、飲み物もある。ただ、普通であればいるだろうメイドなどの給仕をする者の姿が奇妙なことに見受けられなかった。つまりは大貴族、自らの手で料理を取れということを宣言しているのと同じことであり、それは無礼――引いてはそんなことをさせる主人の礼儀知らずを蔑むことに繋がりかねない。

 そう、普段であればそうだ。

 しかしそれが辺境侯ほどの財力があるものの行いだとすると、それには何か深い意味があるように思われた。

 だからこそ誰も不満や文句を言おうとする者はいない。それぐらいの考えが浮かばないような貴族はこの場にはいないからだ。


 そのほかに目を引くものは、人の等身よりも大きな鏡だろうか。


(ここで何をするというのだろう)


 パーティーをしたいということだったが、ここで辺境侯が何を望んでいるのか、何をしようとしているのかが読みきれない。そして他の大貴族の顔からもそれはさっぱり読みきれなかった。

 そんな中、1つの叫びが上がる。


「美味い!」


 視線が集まる。それは食事の置かれた辺りにいる貴族の上げたものだった。


 その叫びは数多の貴族達の興味を引きつけた。声を発したのがその辺りの貴族であれば興味も引かれなかったが、声を上げたのは同格の大貴族。そんな人間が己の品位を疑われるような行為をしてまで感動を表に出す料理。引かれないはずがない。

 決して慌てないが、それでも興味津々な態度で貴族達は料理の置かれたテーブルに近寄り出す。今までは一見すると良くありがちな食材を良くありがちに調理したものにしか思えない。だからこそ、様々な高級食材を食してきた貴族達の興味を掻き立てなかった。 


 先ほどの声を上げた貴族が、夢中になって食事をばくばくと貪っている。次から次に食べ物に手を伸ばし、頬は大きく膨らんでいた。あまりにも品位のない態度であり、嘲笑されて可笑しくない。

 しかし、それ以上に貴族達に強い好奇心を懐かせる。

 それほどのものなんだろうか、と。

 金に物を言わせて高価な食材を最高の料理方法で食してきた、そんな貴族が貪るほどの食べ物。


 そして、それはグライアードも同じことだった。

 水晶の薔薇を人数分用意できる辺境侯の財が準備する食事。それに興味が湧かないはずがない。

 部屋にいた全ての貴族が食べ物の置かれたテーブルに集まると、数多の料理に思い思いに手を伸ばした。


 グライアードが手を伸ばしたのは鳥の腿を揚げた料理だ。それは一口サイズに切り分けられており、銀の取り針が全てに突き刺さっている。その料理を取ると口に入れる。

 銀の針を抜くと、噛み締めた。


「うま!」


 思わず叫びが漏れた。

 恥ずかしいという思いは浮かばなかった。周りからも同じ類の声が聞こえるし、これほど美味い料理に対して黙ったまま食べるというのは失礼だ、などという気持ちすら起こる。

 柔らかな肉を噛み締めるたびに口の中に旨みたっぷりな汁が溢れる。


「うま!」


 再び、叫んでしまう。

 ありえない。冷めているはずなのに、なんでこんな事が起こりえる。

 グライアードは自分が今まで食べてきた料理が何だったのか、というべき驚愕に襲われながら噛み締める。

 飲み込み、次の料理と集まった貴族達が全員手を伸ばしかけたとき、扉がノックされ、開かれる。


 我に返り、料理に夢中になってしまったということに羞恥を感じ、扉に向き直ると、そこに立っていたのは案内した執事であった。


「皆様、長らくお待たせしました。パーティー会場の準備が整いましたので、移動をお願いいたします」


 執事は室内を歩くと、グライアードが目を止めた鏡の前で立ち止まる。


「ではこの中にどうぞ」


 一瞬、何を言われたのか。理解できた者はいないように思えた。そこにあるのは鏡であり、扉のようには見えない。

 しかし執事の顔は真面目なものであり、冗談を言っている気配はまるで無かった。

 室内に満ちた混乱を、1人の男がばっさりと断ち切る。


「なるほど。辺境侯の魔法ということですね」


 レイ将軍である。

 彼は歩き出すと、鏡の前に立つ。そして手を伸ばし、鏡に触れた。いや触れたように思えた。次の瞬間、起こった光景にグライアードは目を疑った。

 レイの伸ばした手が鏡の中に、まるで湖面に沈むように入っていったのだ。


「では皆さん、お先に」


 それだけ言うと、レイは鏡の中に入っていった。


「なんという……」

「これが辺境侯の魔法?」

「なんと……」


 室内がざわめく中、レイに続いて鏡に向かう者たちがいた。レイの知り合いや、最初に向かうことで辺境侯の覚えをよくしようとする者たちだ。信頼していたから、直ぐに来ることができましたとアピールする狙いだろう。

 グレイアードもその手は十分に使えると考え、歩き出す。


 数人並び、グレイアードは鏡を潜る、そしてまばゆい輝きが目の前に広がった。

 そこはまさに別世界だった。思わず口を半開きにして、眺めてしまう。


「白銀の世界だと……」


 そう。そこは氷結した世界。壁や床、そういったもの全てが青みがかった氷から削りだされている。氷のシャンデリアが吊るされ、意外に柔らかな白色光が室内を照らしていた。赤い布が敷かれ、金の燭台が置かれた氷のテーブルには先ほどのものよりも豪華そうな食事があった。

 そんな部屋だが、寒くない。身を震わせるような冷気が漂っていても可笑しくないにも関わらず、寒さというものはこれっぽちも感じなかった。

 それらが相まって、御伽の世界のように感じてしまった。


 室内には先に向かった貴族以外にメイドたちの姿があった。

 どのメイドもグライアードですら滅多に見たことが無いような美貌の者ばかりであり、辺境侯が舞踏会に連れてきた者以外にも美しいメイドたちを控えさせているということに驚いてしまうほどだった。


 グライアードの後ろから来る貴族達も皆が驚きの表情を浮かべる。そういった感情を強く表に出すということが笑われる世界にあって、目撃した貴族は誰1人として侮蔑の雰囲気は漂わせない。

 それ以上に「貴方もか」といった親近感すらあった。


(当たり前だ! なんだこの部屋は! 魔法とはこれほどのことが容易に出来るものなのか! ではあのメイドたちも魔法で作り出しているのか!)


 心の中で絶叫しながら、グライアードは差し出された銀の盆の上に乗っているグラスを1つ取る。中に入っているのはクリアブルーの飲み物であり、かすかなアルコールの匂いがした。

 飲むべきか、飲まざるべきか。

 グライアードは迷う。

 毒とかアルコール度数などを心配したのではない。これを飲むことで、自分の今まで培ってきた常識が、粉々に砕かれることを警戒したのだ。

 迷い。そして同じようなドリンクを飲むことで絶叫している貴族達を視界に入れる。

 今まで飲んだことも無いようなものへの好奇心が、グライアードを強く掻き毟る。そして他の貴族たちが次を欲するその姿に、自分のお代わり分が無くなるのではという焦りが。


 一口、口に含み──即座に飲み込むと、グライアードは何も言わずに飲み干す。


「うまい……」


 深い溜息と共に、グライアードは天井を見上げた。

 アルコール度数はかなり低いようだが、口の中に広がる潤沢な香り。


「世界にはこんな美味い酒があったとは……俺は人生を無駄にしてきたんだろうか……」


 グライアードが己の人生について振り返っていると、執事が鏡を抜けて姿を見せた。そして声を上げた。


「皆様、お待たせしました。これより主人、アインズ・ウール・ゴウン辺境侯とジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス陛下のご登場となります」


 その言葉にグライアードは今になってホストである辺境侯の姿が無かったことを思い出す。

 そんなことに頭が回らないとは、と失態に心中でぼやきながらも、これほどの部屋を見せ付けられればそのあまりの素晴らしさに忘れてしまっても仕方がないと考える。そして続いた飲み物の素晴らしさのせいだ。

 無論、辺境侯がいれば最初に目に入ったのは間違いが無い。毎回、辺境侯の格好には敬服という念しか起こりえなかったほど、見事な装いなのだから。


 全員の視線が鏡に向かい、それを裏切るように部屋の中央に歪みが生じた。空間が歪んだような異様な光景だ。そして歪みが元に戻ったとき、そこには二人の人影があった。


 1人はグライアードも見慣れた人物だ。豪華な衣装を着こなす貴公子。帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスである。

 そしてもう1人は当然の如く、舞踏会の際に見慣れた仮面をし、その時とは違う豪華な衣装に身を包んだ人物。辺境侯――アインズ・ウール・ゴウンであった。


 辺境侯が派手な礼を見せる。それはまるで数百回以上は行わなければ決して出来ないような優雅で、見事な礼であった。


「皆様、私のささやかなパーティーに参加していただき、誠にありがとうございます。慎ましいものしかございませんが、楽しんでいただければ幸いです」


 その言葉に室内にいた貴族達――グライアードを含め――苦笑いを浮かべてしまう。この何処が、ささやかで慎ましいものだというのか。もしこれが貴族の慎ましいパーティーの基準だとしたら、今まで帝国で行われた貴族のパーティーは、酒場での平民の打ち上げ以下だ。

 グライアード、そして貴族達がそんなことを考えている間にも、辺境侯の言葉は続く。


「先の舞踏会では皆様と歓談する時間がありませんでした。今日はそれを取り返そうと思ったのです」


 なるほど。

 グライアードはこのパーティーの真の狙いを理解し、辺境侯という人物の評価を一段下げる。

 ここで歓談の場――貴族用語では交渉の場を開くということは、行うだけの理由や狙いがあると言うこと。つまりはここから辺境侯の狙いが読めるということだ。

 もし自分であればこのような行為はしないだろう。辺境侯が誰と話そうが、自分の手の中を見せる行為であり、それは悪手である。そして話しかけられた貴族も、深い話をするのを戸惑うはずだ。つまりは無駄話で終わるだろう。

 もし本当にそれがしたいのであれば、幾らでも内密裏に交渉出来るチャンスはあったはずだし、こんなパーティーを開く必要はなかった。

 例え、どれほどブラフを混ぜようが、それぐらい見破れない自信の無い貴族が派閥の長をするはずがない。

 グライアードが心の中で薄く嗤う。


(それとも見破れないとでも思っていらっしゃるのかね、辺境侯。そうだとするなら舐められたものだ。確かに貴殿の財力、そして力は十分に思い知った。まさに帝国でも最も噂になる貴族に相応しいものだ。私の持ちうる力では何一つとして勝ち目はないだろう。しかし派閥の長を務めるものとして、仮面で顔を隠そうと、その下に走る感情を、そして企みを見抜いてやろう)


 そう決心していると、一つ気になることにグライアードは気が付く。それはジルクニフの表情だ。僅かに――しかし見る者からすれば思いっきりはっきりと――ジルクニフが嫌な顔をしていたのだ。ジルクニフほどの男に、そんな顔をさせる何か。それはグライアードには思い当たらない。しかし、その理由は即座に解明される。


「そして親愛なる皆さんを信頼し、私の素顔をお見せたいと思います」


 その言葉と共に辺境侯が仮面を外し――室内の貴族達はどよめくと同時に大きく頷く。

 仮面の下から現れた顔は人間のものではなく、おぞましいアンデッドのものだった。思えば、魔法による幻影など脳裏によぎっても良いはずなのに、すとんと納得する。


 なるほど、と。

 確かにこういう人物ならばこれほどの力を持つのは当然だ、と。


 グライアードの心中に恐怖などの感情は無かった。その理由は今までの辺境侯の対応にある。


 確かにその素顔は身構えてしまうものだ。アンデッドは基本、生ある存在を憎む敵意に満ちた存在だと、幼き頃から神官などに教わってくるのだから。しかし、辺境侯が貴族としての品位を持つ人物であると知っているが故に、その恐怖が若干和らげられ、逆にどうやればその力に触れられるかと派閥の――いや、自分の利益までも考える余力が出てくるのだ。


 グライアードは笑う。それは諦めたような、空虚なものでもあった。


(なるほど……。辺境侯とはこういった存在……財力を持ち、純粋な力を持つ……化け物か……。人間では太刀打ち出来なくても仕方がないのか……)


 仮想敵などどれだけうぬぼれていたのだろう。

 グライアードははっきりとした敗北を悟った。


 しかし派閥の長として敗北で終わるわけには行かない。グライアードは笑顔を作ると辺境侯に向かって歩き出した――。



 これで舞踏会は終わりです。

 この舞踏会編は「アインズすげぇ」を描写する練習もあったんですが、その辺の雰囲気はありました? あとこの帝国編は最強もので真面目にギャグをやってみようという実験もあります。ちゃんと真面目なギャグだと伝わっているでしょうか?


 では次の「邪神」でお会いしましょう。予定はお正月ぐらいでしょうか? ではでは。


 それとオーバーロード2巻「漆黒の戦士」の作業は終了しましたので、予定通り今月末(11月30日)発売です! 多分!

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