8話 報復と制裁を(4)
「シャルネ様、私は騙されただけなのです!あのセシリアに!」
大神殿の庭園で、侍女頭マリアはシャルネに訴えた。
突然紹介状を持って現れた侍女頭にシャルネは微笑んだ。
人払いをして、周りの者を下がらせたが、せっかく、セシリアを守る優しい聖女様を演じるはずだったのにセシリアをいびっていた使用人が神殿の正面から出向いてくるとは、計算外だ。
「可哀想なマリア。
私のために頑張ってくれたのに、でも、いくら何でもお姉さまにそのような食事をだすのは感心しませんわ」
「……ですが!?」
「私はそのような行為は望んでいません。
姉も大事な家族なの、わかってくださりますか?」
慈愛をこめた目で見つめるとマリアが涙ぐむ。
魅了の力を使えばこれくらいたやすい。
早く納得させてこの邪魔な女を帰らせないと。
「シャルネ様」
「枢機卿に頼んで働き先を手配します。ですからもう姉に嫌がらせするのはやめてくださいね」
「はいっ、はいっ」
涙ながらにうなずくマリアにシャルネは微笑んだ。
「彼女を下がらせてあげて」
「……はっ」
「はぁ、まったく困ったものね」
神殿の裏口から去っていく侍女マリアを見つめシャルネはため息をついた。
『金色の聖女』の力を手に入れたセシリアから、秘術を使い『金色の聖女』の力を奪ってからはや一か月。
このままでいけばシャルネは順調に『金色の聖女』となり神の子エルフに迎いれられ天上に行くことになる。
伝説に名を遺す大聖女となるだろう。
記憶をなくしたセシリアは公爵家でいびられる事を見越して、公爵家に戻したはずだが予定通りにはいかなかったらしい。
――記憶がなくなったことでセシリアにかけた魅惑も解けたとみるべきかしら――
家の者に意見が言えるほど気の強い子ではなかったはずなのに、記憶をなくしたセシリアは公爵家のものたち相手に対等にやりあっている。
『金色の聖女』の力も奪い取り、記憶をなくしたセシリアなど放っておけばいいと甘く見ていたのかもしれない。
たとえ彼女が『金色の聖女』の力を奪われたと騒ぎたてたとしても、シャルネには長年つちかった人望と地位がある。意地が悪いと悪評まみれのセシリアの言葉など信じる者はいないだろう。
だが、記憶をなくしたセシリアが別人のようになったという噂が広まるのはまずい。
セシリアの今まで流した悪評が無駄になってしまう。
セシリアを放置しておくのも問題だ。
「ちゃんと対処しておいたほうがよさそうね」
シャルネは優雅ににっこり微笑んでお茶を一口すすった。
★★★
「この紹介状のところにちゃんと行けば仕事がもらえるはずですよ」
そう言ってマリアに、紹介状を渡してくれたのは神殿でも地位の高い枢機卿だった。
(神殿の実質NO2の枢機卿まで動かすなんて、やっぱりシャルネ様は凄い。
セシリアとは大違いだわ)
頬を高揚させて紹介状を大事に抱えながらマリアは街の郊外にある館に向かっていた。
たしかあの館は合法のカジノが行われ、給与も福利厚生もいいと聞いたことがある。
(ほらみなさい、性悪セシリアと天使のシャルネ様は違うの。シャルネお嬢様は天使なのだから)
そう思いながらマリアは館に訪れると気のよさそうな老人が屋敷の中へと案内してくれた。
「マリア様をお連れしました」
老人が若い青年にマリアを引き合わせるとぺこりと頭を下げてさっていく。
「ああ、貴方がマリアさんですか、どうぞこちらへ」
そう言って青年が案内してくれたのは、やや薄暗い部屋で部屋の中に入るとパタンと扉が閉じられる。
「ここは?」
カジノの道具が置かれた薄暗い部屋を見渡しながらマリアがあたりを見回す。
やっと薄暗い室内で目が慣れてくると、部屋の奥に牢屋のようなものがあり、何かがもそもそと動いていた。
(もしかして飼っている動物の世話でもするのかしら?)
「あの、ここで何をすればいいのでしょうか?」
黙って後ろでニコニコしている青年に聞くと青年は嬉しそうにランプをかかげて
「ああ、君もあの中に仲間入りしてくれればいいんだよ」
と、青年がランプで照らした先にはマリアと同じくセシリアに嫌がらせをして公爵家を首になった侍女が猿轡をかまされ両手足を縛られた状態で牢の中にいる。
「ちょ!?な、なんなの!? これはどういうこと!?」
慌ててマリアが青年から距離をとろうとするが体に激しい痛みがはしり、そのまま床に倒れ込む。
「説明する必要はないだろう、どうせ死ぬんだから」
青年の言葉にマリアは歯ぎしりした。
なぜ、シャルネ様の紹介でここにきたのにこんなことになっているの?
真実を確かめろというのはこういうことだったの?
本当にシャルネ様は私をだましてきたの。
信じられないという目で後ろにつかまっている侍女に目を向けると、侍女も助けを求めるかのようにうーうーと声を上げている。
「さぁ、この屋敷もそろそろ潮時だ、一緒に焼け死んでくれ」
青年は嬉しそうに笑うと、マリアの髪を掴んで持ち上げた。
その眼に狂気をたたえながら。
★★★
「本当に愚かだな」
豪勢に燃える、屋敷を遠くの山から見下ろしながら、セシリアはつぶやいた。
シャルネが不要になった駒に温情をかけるわけがない。
シャルネの元を離れたことで魅惑がとけ、妙な事を喋らないように殺すにきまっている。
『君、こうなることわかっていて、あんなことしたんだ。酷くない?』
ニマニマしながら、メフィストが聞いてくる。
『楽しんでいるくせに、よくそんな心にもない事が言える』
セシリアが大きく息を吐きながらいうと、
『ああ、楽しいよ、君といると退屈しなそうだ』
そう言いながらメフィストは嬉しそうに、笑うのだった。