48話 エピローグ
「レヴィン」
ゴルダール領のテーゼの花の栽培を拡張するための土地の測定をしているところに、ディートヘルトに話しかけられて、レヴィンは振り返った。
畑仕事に黒いスーツを身に着けたまま作業しているレヴィンにディートヘルトは苦笑いを浮かべる。
「貴公は仕事をしすぎだ。もう少しなんとかならんのか?」
腕を組んで言うと、レヴィンはふふっと笑い、「聖女セシリアを祭り上げて、神殿をしのぐ勢力になるのでしょう?やることはたくさんありますから」と、書類を手に歩き出した。
次の視察にいかなければいけないからだ。
「そういえば、近いうち聖女様がこちらの領地に来るそうだ。お前はどうする?」
その問いにレヴィンは、興味なさそうに書類に目を通しながら、
「私のような一商人と会っても聖女様も面白くもなんともないでしょう。遠慮しますよ。
私は貴方の陰です。表にでるべき存在ではない」
そう言って書類を手にディートヘルトにパタパタと振って見せる。
「……レヴィン」
「はい?なんですか?」
いつにない真面目な声で名を呼ばれてレヴィンは振り返ってディートヘルトを見つめた。
「本当に何も覚えていないのか?」
その問いに、一瞬沈黙が訪れる。
しばらく見つめあう二人。
そう―――最後のレヴィンの願い。
それは『聖女セシリアの心から望む願いを叶えてあげてほしい』だった。
セシリアの願いはレヴィンを生き返らせ、聖女セシリアの事全てを忘れる事。
その願い通り、レヴィン孤児としてセシリアとして二人で過ごした時間すらなかったことになっていたのだ。
メフィストが適当につじつまをあわせ、元あった商家は裁かれたまま、レヴィンが懇意にしていた従業員を逃がすためにつくったダミーの商家の当主として生きている。
レヴィンは闇商人としてディートヘルトと手を組みゴルダール領の発展のために裏方として動いていた。
そして聖女セシリアは天使を召喚した金色の聖女として、生きる事を選んだ。
エルフとの婚姻を断り、神殿から独立し、ディートヘルトとともに新たな組織をつくりだした。
けれど、セシリアとレヴィンはこの世界では一度も面識がない。
「それは何をさしているのでしょう?
酔った勢いで貴方が心から慕っていた女性が実は男性で、失恋したと泣き喚いたときのことですか?」
「……な!?そんなことを私は話したか!?」
「酔った貴方は饒舌ですからね。私でよければ相談にのりますよ。もちろん報酬はいただきますが」
「……相談に乗るといっておきながら金をとる気か」
「もちろん。私は貴方の専属アドバイザーですからね、仕事の一環です」
「仕事熱心で優秀なアドバイザーで涙がでるな」
ディートヘルトが薄目でレヴィンを睨むとレヴィンは嬉しそうに笑みを深くした。
★★★
『ねぇ、ああいうときって普通、二人で幸せに結ばれる事を願うもんじゃない?』
聖女として仕事を終えて自室に戻ったセシリアに、悪魔の時と同じ格好のままのメフィストが現れる。そのまま、不服そうに、セシリアのベッドにぼすんと座る。
『……あなたは私のような女と彼が結ばれるのは望んでいなかったのでは?』
セシリアが言うと、メフィストはうーんっと腕を組んで
『まぁね、正直君が何故彼にあそこまで慕われていたのかわからない』
『だからです。私は彼にふさわしくありません、彼が好きなのは私ではありません。
幼い時の私です。今の私ではありません。』
『まぁ、それは否定しないけどさ、あそこまでしたんだから、彼の望みをかなえてやってもよかったんじゃないの?』
不服そうに頬を膨らませながら言う。
『いつまでもいなくなってしまった過去の亡霊に彼を縛り付けたくありません。
もう彼の愛したセシリアは遠い昔に死んでいます。
それに――彼の気持ちを疑うつもりはありませんが、彼は過去のセシリアを愛していたのかもどうかも、私にはわかりません』
『どういう意味だい?』
ちょっとメフィストがむっとした。
あれだけ恋焦がれて尽くした相手を愛してないとか失礼にもほどがある。
『彼は昔私に助けられた恩義に縛られていただけなんじゃないかって』
セシリアは悲しそうに微笑んだ。
その言葉メフィストは言葉につまる。
確かにそれは否定できない。
彼は恩義に対して誠実すぎる。
『もしそうだとしたらその鎖を断ち切ってあげたかったのです。
遠い過去の恩だけに縛られて彼の未来を奪いたくなかった。
……でも意外ですメフィストさまは随分、彼に肩入れするのですね。
天使は人間に無関心と習いました』
聖女の教育では天使は人間とは倫理観が違い、考えが相容れないと教わった事がある。
彼らは高貴で純粋すぎて人間とは価値観がちがうのだと。
『そりゃまぁ気に入っていたからね。いくら浄化してくれてからって、気に入ってなきゃここまで至れり尽くせりはしないよ。僕は天使の中でも特別だよ。天使時代から気まぐれなんだ。だから興味本位で手にだしちゃいけないものに手をだして悪魔堕ちしたんじゃないか』
正直セシリアの選択には不満しかない。
いくら鎖を断ち切るためとはいえ、彼の努力を無駄にされた気がするからだ。
その鎖も彼の一部と受け入れてやるのでは駄目だったのだろうか?
あれだけ愛し焦がれていたことすらなかった事にされたのは、彼の愛情自体を否定されたような苛立ちを感じる。
彼のやった努力をなるべく打ち消さないように記憶と歴史を改ざんしたが、それでも限界がある。レヴィンのしたことが全て打ち消されてしまうのが納得できなくて、ディートヘルトやレヴィンの腹心など何人かはわざと改ざん前の記憶を残したままにしてある。
彼の苦労を誰も覚えていないのでは、記憶をなくす前の彼の苦労さえも消えてしまう気がしたのだ。
自分の希望を言うだけ言って全てを見透かしたかのように自分だけを犠牲にして勝手に滅んでいったレヴィンにも腹がたつ。
せっかく天使に戻れたけれどレヴィンの魂の復元に力をほとんど使ってしまって、天使ではあるが天上に戻るには力がたりない。
力が戻るまでは結局はまだこの世界をうろうろするしかない。
ここまでしたんだ。これくらいの手抜きなら許されるはずだ。
「それでは、メフィスト様は私のライバルですね」
「……ライバル? 何が?」
「彼の一番になりたいのは私だけではないみたいですから」
「……は?」
「過去の私には敵わないかもしれませんが、今の私で、彼に好きになってもらえるような女性になるつもりです。彼の前に胸を張って会えるような人間になったら猛アタックするつもりですから。彼の一番に愛される座は譲りませんよ」
そう言って微笑むセシリアにメフィストは一瞬きょとんとしてため息をつく。
「ずいぶん気の長い話だけど、ちょっと傲慢じゃないの?
また自分なら惚れさせることができてると自惚れてる?
彼と君の年齢を考えなよ。結婚適齢期じゃないか。
君が自分磨きをしている間に彼が結婚相手に別の女性を選んだらどうする気?」
「それで彼が幸せなら祝福します。
……彼が私の幸せを願ってくれたように、私も彼の幸せが願いですから。
でもやっぱり悔しいから急がないとですね。
それではメフィスト様、やっぱり仕事に行ってきます。
あ、あと抜け駆けしたら駄目ですよ」
そう言ってウィンクして、部屋を駆け出していく。
その様子をやれやれと見つめながらメフィストはため息をついた。
そして、なぜか再びドアが開いてひょこっとセシリアが顔をだす。
「そういえば、言い忘れていました。メフィスト様、一つ極秘情報をお教えしておきますね」
『極秘情報?』
「きっと彼の好みは年上の頼りがいのあるリードしてくれるお姉さんだと思います。
頼りがいはともかく年上のお姉さんというにおいては私が一歩リードですね」
そう言って嬉しそうに笑ってドアを閉めて去っていく。
その姿をしばらく唖然と見送って、メフィストはベッドにあった枕をおもいっきりドアに投げつけた。
『まったく、結構いい性格してるじゃないか。彼が気に入った理由が少しだけわかったよ』
そう言って体を大の字にしてベッドに手足を伸ばす。
ま、せっかくだからこのまま、見守るのも悪くない。
例え納得できなくてもこれが彼の願いなのだから。
それを否定してしまったら、自分も彼の意見を無視したことになる。
そう思い直してメフィストは、口笛を吹いた。
どうか、どんな結末であれこの物語の結末がハッピーエンドであるようにと柄にもないことを祈りながら。
★これでラストになります!! 最後までお付き合いありがとうございました!★
ポイント&ブックマーク本当にありがとうございました!!
レヴィンさんの復讐劇にお付き合いいただきありがとうございますー!!!
報われないヤンデレのお話は書いててとても楽しかったです!!
お付き合いいただき感謝感激です!
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それではお付き合いいただき本当に本当にありがとうございましたー!!