42話 真実と嘘(3)
「シャルネ様」
シャルネのいる金色の聖女の部屋に緑髪の神官が現れる。
失脚した枢機卿の甥にあたる男でいまはこの神官がシャルネの右腕だ。
「どうしたの?」
「放った密偵からセシリアが何を考えているかわかりました」
「何をしようとしているの!?」
「エルフの降臨式で金色の聖女の力を使い、自らが本当の金色の聖女だと宣言し、シャルネ様がエルフの王家に嫁ぐのを邪魔するつもりのようです」
「なんですって!? だめよ!!絶対セシリアを降臨式に来るのを邪魔しないと」
「それは難しいでしょう。教皇が招待しています。
今の我々に神殿の兵を動かす権限はありません」
「なんなのこれはっ!?なんでこんな目に合わないといけないのっ!!」
いままでだったら指示さえすればすべてシャルネの思惑通りに進んだ。
権力と策謀を行使さえすればみんな手のひらで踊ってくれた。
なのに今は動かせる駒すらなく、誰も言う事を聞いてくれない。
公爵の兄に私兵を頼んだけれど、それすら断られた。
動かせる駒もいないんじゃないもできないじゃない!!!
なんでみんな平民のセシリアの言う事を聞くの?
平民で、しかも娼婦の娘!あんな女の言う事を聞くなんて信じられない!!
「手段がないわけではありません……」
そう言って緑髪の神官は宝石をもちだした。
「……これは?」
赤く怪しい光を放つ宝石にシャルネは目を奪われる。
どこか高貴で怪しい光を放つそれは人を引き付けるものがある。
「もう一度金色の聖女の力を奪うのです。
そうすればエルフの前で金色の力は使えません。
すでに一度儀式で金色の力を吸い取ったことによりルートは開けております。
一瞬で抜き取れるでしょう」
そう言って緑髪の神官は怪しい笑みを浮かべた。
★★★
『ねぇ、本当に行くの?』
帝都にある大神殿に向かう馬車の中で、メフィストがふいに話しかけてきた。
『なんだ今更。ここまで来て引き返すわけがないだろう』
『君が金色の力を使って、シャルネが断罪されたら僕との契約成立しちゃうよ?』
『……当たり前だろう、契約は成立させるためにある』
『いや、確かにそうなんだけどさ。君死んじゃうじゃん。いいの?
僕だって契約は覆せない』
『……何を言っているんだ。契約成立を嫌がる契約者がいるか?』
呆れたように言うレヴィンに、メフィストはむすっとする。
『せっかく楽しかったのに、終わっちゃうじゃん』
『俺との契約で、お前を封じ込めていた魔道具からは抜けられたんだ。
これからは自由に生きればいいだろう。また別の娯楽を見つけてくれ』
レヴィンが馬車の外を見ながら言うと、メフィストはふんっと横をむき
『あー、そうだね、そうでした。わかったよ。
言っとくけど、エルフがいるから僕はでれないよ、エルフたちに僕の存在がばれると厄介だ。
だから君にも力をかせないから』
言いながらべーっと舌をだすとそのまま消えていった。
(……あいつ幼児化してないか?)
レヴィンはやれやれとため息をつく。
レヴィンが自分のせいで体調を崩したことを、メフィストなりに気にしたらしく、妙に協力的になった。
古代の本が欲しいと頼めば頼みもしない分まで大量にもってきたり、頼んでいない魔道具までもってきたり……悪魔なので心配の仕方がおかしく、気の利かせ方が的外れで迷惑なことこのうえなかったが。
(あいつなりに心配はしてくれたのだろう)
馬車から見える見慣れた帝都の景色にレヴィンは目を細めた。
(もうすぐだ、もうすぐ全てが終わる)
胸が苦しくなって、馬車の椅子に横になり体を預ける。
そうすると、窓が叩かれ、横に馬で並走していたディートヘルトが大丈夫かと声をかけてきた。
――彼ともメフィストとももう会う事もなくなるだろう。
感傷にひたり、そして自嘲気味に笑う。
悪魔契約をするときも死を覚悟し、付き従ってくれた部下や仲間たちをも捨てて自分はこの道を選んだ。今更歩みを止める選択肢はあり得ない。
死んだあと、セシリアの体になってもゴルダール領の発展にまで協力してくれた部下たちにも生半可な気持ちで付き合わせたことになり、失礼になるだろう。
もうすぐです、もうすぐ貴方に全てを捧げましょう。
歓声にわく国民の羨望の眼差しを。金色の聖女と褒めたたえられる栄誉を。
歴史に残る名声を。
そしてあなたを虐げた者が国民に罵られ、嘲笑われ滅びる様を。
愛する貴方に私の命をもって全てを与えましょう――金色の聖女セシリア。