4話 貴方のために復讐という名の花束を(4)
『あははは、見たかい?彼らの顔。
反撃すると思わなかった人間に反撃されると途端うろたえる様は滑稽だ。
やはり人間は面白いね』
セシリアが部屋に戻り、誰も入れないように結界を張った途端、セシリアの隣に黒髪のタキシード姿の青年が現れ、面白そうにセシリアに話しかける。
赤い瞳の黒い翼をもつ美しい青年――悪魔メフィストに話しかけられセシリアは、椅子に腰かけた。
先ほどこぼしたスープの残骸を魔法でけし去ると、セシリアは興味なさそうに視線を青年に移した。
「むやみに姿を現すなと言ったはずだ。メフィスト」
『大丈夫だよ。僕も結界を張っているから誰かが来たならすぐわかる。
それにしても人間は面白いね。
悪魔と契約をしてでも愛しき者の復讐をしたいだなんて。
幼馴染のために魂を売ってまでするなんてそうそうできることじゃないだろう?』
悪魔メフィストはそう言って笑顔でセシリアに視線を向ける。
「……何が言いたい?」
『どうだい?愛する人の身体を乗っ取って敵はとれそうかい?
わが契約者 レヴィン・ランドリュー』
その言葉にセシリアの中のレヴィンは皮肉めいた笑みを浮かべるのだった。
聖女セシリア、もともと彼女は路地裏に捨てられた孤児の一人だった。
レヴィンの幼馴染である。
セシリアはレヴィンと同じ路地裏に住み着いた親なし子の集団の中の一人だった。
だがレヴィンが流行病にかかったことにより、レヴィンは路地裏の子どもたちの集団に捨てられた。
感染が広がるのを恐れたリーダーに橋の下に放置されたのだ。
レヴィンを見捨てられないとセシリアがレヴィンのあとを追って、つきっきりで看病し一命をとりとめはしたが、路地裏の親なし子の集団に戻ることもかなわず、二人はひっそりと橋の下で暮らしていた。
レヴィンにとってはその時期はそれで幸せだった。
職人の手伝いをし、食べ物を持って帰ると、橋の下の小屋で嬉しそうにセシリアが待っていてくれて、二人で食事をし、未来を語った。
まだ幼い日。あの頃はまだ未来を夢見る事のできる純粋さをもっていた気がする。
けれど幸せは長く続かなかった。
セシリアが風邪をひいてしまい、温かい食べ物と水をと職人に頼みもらってから、家のある場所に戻ると二人でつくった粗末な小屋は壊され、セシリアの姿はなく、セシリアを探し回っていたレヴィンもまた人売りに攫われ、男娼として売り払われてしまった。
生きるために、娼館で男にも女にも媚を売り、そこで生き抜く術と狡猾さを学んだ。
そして、人生に悲観した商家の女主人に気に入られ彼女の元に身請けされた。
愛のある身請けだったわけではない。
女主人は自らを虐げていた親族たちに自分が一代で築いた商家をのっとられるのを恐れた。
女主人亡きあと、彼らに財産がいかないように跡継ぎを欲したが、愛した人との子は出来ず、女主人は愛した夫以外と子作りをする気がなかった。
結局女主人はレヴィンの娼館で身に着けた教養と知識、そして商才を見込んで後継として、20歳以上年下のレヴィンを結婚相手としてもらい受けた。
レヴィンは幼き頃生き別れたセシリアを探すために商家の人脈や情報網を欲し、女主人は商家の後継を望み互いの思惑が一致したがゆえの結婚だった。
邪具や魔道具を取り扱う商家の当主としてレヴィンはすぐに才能を開花させた。
そして一通りの知識を覚え、女主人が以前から患っていた病で死に、商家の当主として地位を確立したその時に、レヴィンは探していた人物が公爵家に引き取られた事を知る。
聖女候補に相応しい魔道具をと公爵家に呼び出されたその場にセシリアがいたためだ。
セシリアは公爵家の娘で、あの小屋から連れ出されていたのだ。
再会したセシリアは……幸福とはいいがたい状態だった。
以前のように食べるのにも困るという状況から脱せられたのだからと喜ぶには彼女の境遇は酷いものだった。
娼婦の娘ということで貴族であるにも関わらず、使用人たちに虐げられているのに、セシリア自身は自分がいけないのと使用人を責めるどころか全て自分のせいにしてしまう。
何度も君の置かれている状況はおかしい、せめて兄である公爵に現状を訴えるべきだと説得しても、セシリアは自分が悪いと笑うばかりで、レヴィンが意見するほど公爵家の中で好かれようと意固地になり我慢してしまう。
何度、彼女を誘拐して逃げ出したいと思った事だろう。
けれど肝心のセシリアが聖女となり公爵家の人間に愛される事に執着してしまっていて、レヴィンの事など視界にもいれてなかった。
何度手を差し伸べても振り払われ、逆に距離を置かれてしまう。
本人が望まぬ逃避行など不幸でしかない。
いつか自分自身で目を覚ますまで見守るしかない。
そう思い、忠告をやめ彼女の旧友の商人という立場のまま付き合いを続けていたが――。
セシリアが『金色の聖女』候補に選ばれた事で歯車が狂い始めた。
彼女は『金色の聖女』にさえ選ばれたら家族の愛が手に入ると妄信的に修業にうちこみはじめたのだ。皆を幸せにする『金色の聖女』になると。
そうして金色の聖女の修行に神殿に行くことになったその日。
セシリアはレヴィンに一つだけ頼みがあると「毒」を頼んできたのである。
何も聞かずに用意してくれと。
結局、彼女がレヴィンに甘えてきたのはこれが最初で最後だった。
橋の下に捨てられた時、一人助けにきてくれたセシリアを生涯守ると誓った。
小さな少女が子どもたちのグループを抜けて、病人一人を背負うなど、ほぼ死を意味していたのに、それでもセシリアはレヴィンを見捨てる事なくついてきてくれた。
必死に看病し、自分を守ってくれた。
その日からレヴィンはセシリアのためならいつでも命を捧げる覚悟はできていた。
たとえ愛されなくても、自分はずっと彼女を守り続けられる存在になろうと。
だから――、毒の使い道すら聞かず彼女に渡した。
その毒によって神殿関係者が殺され、レヴィンが毒の入手先と裁かれたとしても、きっとレヴィンは後悔などしなかっただろう。
愛する女性の役にたてたのだから。
けれど、毒は彼女自身が使うためのものだった。
予想はしていた。
だからこそ、もし彼女が毒で命を落とすような事になったら――復讐するため悪魔メフィストと契約を結んでいたのである。
古代の遺跡の魔道具商人として手に入れた知識を最大限に利用して、悪魔召喚を成功させ、自殺したセシリアの身体を乗っ取った。
何一つ役にたてなかったのだから、せめて彼女の死後、彼女の望んだ聖女として皆に慕われる聖女セシリアを創り上げてみせよう。
そしてセシリアを虐げてきたものたちに復讐を。肉体的にも精神的にも苦しみもがくように、じっくりと。
彼女の味わった以上の苦痛と絶望を。
彼女を苦しめた者への制裁を、彼らの苦しむさまを色とりどりの花のように彼女に捧げてみせよう。
それが自分にできるせめてもの償いだから。