37話 絆(3)
「見てください。ディ。こちらの丘の方が質がいいものができました!」
テーゼの花の咲き乱れる丘で、嬉しそうにセシリアが花をつみ上げた。
「育つ場所で、花の質がここまでかわるものか」
セシリアに渡されたテーゼの花を見て、ふむとディートへルトが頷く。
今二人は西の砦から少し離れた丘で試験的に植えたテーゼの花の視察にきていた。
「はい、土壌は同じはずなのに、ここまでかわるのは魔力の質が違うということです。
魔物を倒した砦よりやや西寄りの方が土壌に含まれる魔力が多いようです。
おそらく風で金の粉がここに運ばれたのでしょう。
他の場所も調べてみましょう。ここまでランクがかわるとなると、わざと質の悪いものもつくり、一番質のいいものに高額な値段をつけてプレミア感をつけるのもありですね」
セシリアはそう言いながら、つみ上げた花の魔力を魔道具で測定している。
「君は本当に商売上手だな。西の国への販路といい、東の国との交易手段といい、聖女にしておくのがもったいないくらい商才に長けている」
ディートヘルトが腕を組みながら言う。
「褒めても何もでませんよ?」
笑って言うと、ディートヘルトがテーゼの花を見つめたまま、
「……セシリア、一つ聞いていいだろうか?」
「はい?何でしょう?」
「あの商人の死……君にとってはどういうものなのだろうか?」
ディートヘルトの質問に、セシリアの動きが止まる。
(ディートヘルトに魔族召喚について何か気づかれたか?)
そもそもあの魔方陣は作動しない嘘の魔方陣であり、レヴィンが召喚したのは魔族ではなく悪魔だ。人間は自らに害をなすものとして、似た者と考えてしまいがちだが、魔族と悪魔では根本的に違う。
魔族は異界より召喚されし暗黒の力の結晶。
悪魔はこの地に住まう古来よりいる闇の力の結晶。
本質がまるで違う。魔族の魔方陣からレヴィンが悪魔召喚したという事実にディートヘルトがたどり着けるわけがない。
では、彼は一体何を聞きたいというのだろう?
「……それはどういった意味でしょう?」
まっすぐ見つめて問うと、ディートヘルトは顔を一瞬赤くして、
「い、いや、なんでもない。そのあまりにも知識が豊富だったので、その商人にいろいろ習ったのかと」
そう言って顔を横にそむける。
その態度にレヴィンは内心ため息をついた。
恋仲と疑われたというわけかと、内心で苦笑する。
(まったく報われないというところは彼も自分も一緒だな)
想う相手にまったく相手にされていない。
それを理解しながらも、ともに歩むと決めて、思いを封じ込めて尽くそうとする。
彼の好意に気づきながらも気づかないふりをすることに芽生える罪悪感。
娼館にいた時には気のない相手をその気にさせるなど、平気でやってきたのに、なぜか彼相手だと胸を締め付けらる事がある。
(彼女もこのような気持ちを抱きつつ、私と接していたのだろうか――?)
その事実に胸が苦しくなり、気持ちを切り替えるようにセシリアはにっこり笑う。
「はい、彼からいろいろ習いました。私は屋敷では家庭教師にすら授業を拒否されていましたから」
そう言ってはかなげに微笑んだ。
「あ、いや、そうだったな。気の効かない事を聞いてしまった」
「いえ、かまいませんよ。それより、最近南街にお菓子の美味しい店ができたみたいです。
一緒に行ってみませんか?」
「ああ、そうだな。ではそうしよう」
「はい」
にっこり微笑んで転ばないようにと差し出してくれたディートヘルトの手をとったその瞬間。
ごぼっ
何かの液体の音が聞こえ、セシリアは止まる。
「……セシリア」
ディートヘルトが信じられないという表情をしたことで、その音の正体にやっと気づきセシリアは手を口にあてた。
「……え?」
手にべったりとついた血に、自分が大量の血を吐き出したのだと理解し――そこで意識が遠のく。
「セシリアっ!!!!!!」
薄れゆく意識の中でどこか遠くで、ディートヘルトの声が聞こえたような気がした。