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2話 貴方のために復讐という名の花束を(2)


 ――どうしてこうなったのかしら。


 ルーゼルト公爵家に仕える侍女頭マリアは心の中で毒づいた。

 ルーゼルト公爵家の恥さらし、公爵と娼婦の娘セシリアが聖女の試練を終え、大神殿からルーゼルト邸に戻って来た。


 この世界は大神に愛されし存在『金色の聖女』が100年に一度生まれる。

 世界に恵みと魔族たちを打ち払い浄化する力をもつ聖女。

 聖女は聖なる気をもつ乙女たちがなれる聖なる職業であり、この力をもつだけでも世界中で崇め祀られるのだが、そのなかでも最も尊きものとされるのが『金色の聖女』


 黄金の聖なる気をもち全てのものを浄化する大神に寵愛される存在。


 それにルーゼルト公爵家の正妻の娘シャルネが選ばれた。

 由緒正しい貴族の血を引き公爵家で愛される美しい金髪の美少女シャルネが金色の聖女になったのだ。これ誇らしい事だろう。

 シャルネの世話なら皆喜んでやっただろう。

だがなぜか屋敷に戻ってきたのは卑しい娼婦の娘セシリアのみ。

 茶髪のみすぼらしい娘がまさか戻ってくるなんて。


 それも生意気にも数名の聖女候補しかなれない白銀の聖女の力を得たという。


 ――何故あのような下賤な身の上の小娘の相手をしなければいけないの?


 聖女の力を手に入れてくるとか生意気よ。


 侍女頭マリアがそんなことを考えながら廊下を歩いていると



 がしゃーん!!



 セシリアの部屋の前で、大きな音が聞こえ、


「お許しください!!お嬢様!!!」


 食べ物で汚れた侍女が扉を開けて慌てて部屋からでてきた。


 這いつくばって部屋からでてきた侍女に寝巻姿のセシリアが後を追うように出てくる。


「許せ?

 それはどれに対してかしら?

 このような食事を恥ずかし気もなく私に差し出したこと?

 それとも食べろと嘲笑したこと?」


 セシリアはスープの皿をもったまま侍女を見下ろしている。


「ここは公爵家と聞いたけれど、私の聞き間違いだったようね」


 ワゴンに置いてあった固くカビの生えたパンをひょいと拾い上げる。


「公爵家にこのようなパンが常備されているの?

 それとも私の嫌がらせのためにわざわざ用意したのかしら?

 もしそうなら、それこそ罰さないといけませんね」


「そ、そそそれは」


 真っ青になった侍女が助けを求めるように侍女頭マリアに視線を向けた。


「た、助けてください!侍女頭様」


 そこで侍女頭ははっと我にかえる。

 いままで虐めても黙ってうつむいて謝っていたセシリアの反撃に、体が固まってしまった。

 あの食事はシャルネを虐めていたセシリアに対する嫌がらせて侍女頭が用意させておいたものだ。

 このまま放置してしまうと、騒ぎが大きくなり公爵の耳にはいってしまう。


「何をなさっているのですか、お嬢様!

 侍女の用意した食事をそのように……いくら意に添わぬ食事だからといって、好き嫌いはいけません!」


 集まり始めた他の侍女や従者たちに聞こえるように侍女頭が叫ぶ。

 このまま公爵を呼ばれてしまっては大変な事になる。

 なんとか納得させて部屋に押し込めなければ責任問題となってしまう。


「侍女頭……ああ、黒幕は貴方というわけね」


 セシリアが侍女頭を見つめた後、大きくとため息をついた。


「何のことでしょうか?」


「公爵家はこのようなかびたパンや毒の入ったスープを侍女一人の嫌がらせで主人にだせるほど、管理体制が甘いのかしら?」


 言いながら、腐ったパンと異臭の放つスープを一瞥する。


「それはお嬢様の勘違いです。こちらの風土ではそういったものであり……」


「そう、なら食べなさい」


 セシリアが侍女頭の言葉を遮ってパンを差し出してきた。


「は?」


「侍女も同じことをいうから食べなさいと言ったのだけど、拒むから私が手伝ってあげてたの。

 さ、こういった風土の料理なのでしょう?食べて見せて?」


 腐ったパンをセシリアは笑顔で侍女頭の目前に差し出した。


 その行動に侍女頭は戸惑う。


(どうする、こんな目立つことになってしまっては公爵に話がいってしまう)


 中にはあきらかにひそひそと、腐っている、と声が聞こえてきてしまっている。

 公爵の担当をしているメイドたちにこのことがばれるとまずい。


(いっそすべて侍女に責任をおしつけるべき?)


 侍女頭マリアが迷っているその瞬間に


「一体何の騒ぎだ!?」


 そこに駆け付けたのは金髪の美しい男性、公爵ゼニス・シャル・ルーゼルトだった。





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