14話 欺きと策謀と(1)
「セシリア、ゴルダール地方に行くとはどういうことだ!?」
舞踏会の心優しい聖女さまと忠義の騎士の寸劇から数日後。
レヴィンの予測通り、神殿からセシリアに正式にゴルダール地方への派遣要請があり、セシリアはそれに同意した。嫌嫌引き受けたと装ったので、今頃シャルネは勝ち誇っていることだろう。
そして今、公爵邸に連絡が入るなり兄ゼニスに問い詰められた。
「はい、神殿より正式に要請がありましたので」
セシリアは旅支度をしながら答える。明日には神殿の手の者が馬車で迎えにくる。
ゼニスの相手をしている暇などない。
「わかっているのか!?
あそこはもう皆砦の防衛は無理だと言っている!
死ににいくようなものなのだぞ!!」
ゼニスがセシリアの持っていたローブを取り上げて止めに入った。
「邪魔だけはしないでください。
私は『白銀の聖女』であることに誇りをもっています。
人々を救うためならこの命喜んで捧げましょう」
「だが、死ぬとわかっている場所にいくのは勇敢でも勇気でもない、無謀なだけだ」
「ここで理由もなく使用人たちに虐げられ、毒をもられて殺されるよりよほど有意義でいいではありませんか」
「……セシリア」
「気になさらないでお兄様。
私はシャルネの陰ですもの。気づかなかったのも仕方ありません。
影としての責務はちゃんと果たします」
「影としての責務?」
「そうでしょう?
私がゴルダール領の魔瘴で死ぬことで、危険地帯だった、金色の聖女シャルネを派遣しなかったのは正解だった。
そう思わせる事ができます。
神殿の判断は正しかったと世に知らしめることができますわ。
神殿もお兄様も私がシャルネの引き立て役になるをお望みでしょう?」
そう言って笑うセシリアの顔は、ぞっとするほど美しく、ゼニスは背筋が凍るような思いでセシリアを見つめた。
「違う、私はそんなことを望んでは……」
「無理はなさらないでお兄様。
お兄様は仕事においては徹底的に調査し、原因究明をしているのに、私の事だけは放置していた。
お兄様の耳に使用人から嫌がらせを受けている兆候が耳に入らぬことはないはずですよね?
なぜ調査もせず放置したのですか?」
固まって動けなくなったゼニスにセシリアは甘くささやく。
「心の中で、その状況を容認していたからでしょう? 平民の血が入った私などその扱いで十分だと」
「私はそんなつもりなどなかった!!!」
「ふふっ。そうでしょう。そんなつもりも悪気もなく放置していた――。
それは意識して虐げていたことより残酷な事だと思いませんか?」
セシリアは妖艶に微笑んだ。
★★★
「本当によろしいのですか」
神殿が用意した馬車に乗り込むセシリアを見送りながら執事がゼニスに問う。
「……あれは、私の言葉など耳をかさない。仕方ないだろう」
そう、セシリアに問われた時、結局ゼニスは何も反論できなかった。
セシリアの言う通りだ。使用人と揉めているという報告は何度も聞いていたのにどちらが悪いかという真偽をたしかめるための調査を一度たりともしたことがなかった。
そこにすべての答えがある。
セシリアと信頼関係を築けていないため止めるすべを知らない。
記憶をなくしてからのセシリアは理路整然と権力を行使して反論してくる。
彼女が行くと決めたのなら神殿の権限を最大限に利用してくるため一国の公爵では止めようもない。
結局、兄として、全く信用されていない上に、彼女を止めるだけの情をも彼女との間には成立していない。
今になって急に親族として接しようとしても拒絶されるのは当然だ。
その事実に罪悪感で押しつぶされそうになる。
――いままで彼女に、何をやっていたのだ私は――
ゼニスは力なくうなだれるのだった。