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13話 哀れなマリオネット(5)

 ゴルダール地方。


 近年までは農業と商業が発展し物流の要である大都市だった。

 ゴルダール領の騎士達も領主のディートヘルトを筆頭に文武両道に長け大陸一の騎士団と誉高かった。


 だが、5年前状況は一変する。


 ゴルダール地方西の果てで魔瘴が発生してしまい、魔物が大量に沸くようになってしまったのだ。

 魔瘴は魔瘴核を中心に広がり、そこから魔物が湧き出る。

 魔物を倒しても魔瘴核がある限り魔物は無限に沸き、その魔瘴核を壊さなければ収まる事はない。歴史上魔瘴核を壊す事ができるのは『金色の聖女』のみだった。


 この5年なんとか耐え忍んではいるが、すでにゴルダール領の騎士達だけでは限界に達していた。

 西の砦が陥落してしまえば、人々の住む領地まで魔物が攻め入ることになる。


 ゴルダール地方は金色の聖女が誕生する前は白銀の聖女の派遣、そして金色の聖女誕生以来、神殿に金色の聖女の遠征を何度も願いでているが、その願いはいつも聞き入れられず無視をされつづけていた。

 それ故、聖女誕生の宴に押し入り嘆願するという強硬手段にでたのだろう。


 ゴルダール地方の騎士が頭を床にすりつけ嘆願する姿に会場がどよめく。


 突然の乱入に会場が沈黙する中--


「わかりました。わたくしがいきましょう」


 会場の沈黙を破ったのは『金色の聖女』シャルネだった。


「お待ちください!金色の聖女をそのような危険な地域に派遣することはできません!」


 シャルネに同行していた神官が叫ぶ。


「ですが困っている方々を見捨てるわけにはいきません。

 このような場に乱入してきたなら、どうなるか彼自身もわかっているでしょう?

 それなのに命を賭してまで私を頼ってきたのです。

 わたくしはその期待にこたえたいと思います」


 騎士の手を取り言う、シャルネの言葉に会場にいた者たちから拍手が沸き起こる。


『凄いね彼女、ご立派な聖女様じゃないか』


 目の前で繰り広げられる心優しき聖女様と領地を思う忠義の騎士のやり取りにメフィストが心の中に話しかけてくるが、セシリアは目を細めた。


 ――まったく白々しい。


 そもそもこの茶番はシャルネと枢機卿が仕組んだものだ。

 あの騎士自体が神殿の仕込み。

 でなければ神殿の警備をすり抜けてこのような場所に乱入できるわけがない。


 神殿の最大の目的は『金色の聖女』と神の子エルフとの婚姻。

 そしてエルフの血を継いだ子を神殿に迎え入れる事。

 金色の聖女を危険にさらす事など絶対あり得ない。


 ゴルダール地方は神殿の上層部の決定に反抗的な領地で神殿にとっては邪魔な存在でしかない。

 経済力にも軍事力でも優れていたゴルダール領の言葉は神殿側も無視ができないほどの勢力だったのである。


 神殿が聖女派遣を無視している理由はゴルダール領の弱体化。

 ゴルダール領が西の砦を落としてしまい、その責を現ゴルダール領主にとらせて断罪した後、神殿の力で解決して、ゴルダール地方を神殿に友好的な人物に収めさせることだ。

 そして今回騎士による嘆願も神殿側の策謀にすぎない。


 乗り込んできたのはゴルダール領に送り込んできた神殿側のスパイ。


 今回、帝国の舞踏会中にいきなり乗り込んできた不祥事をゴルダール領で追及するつもりだろう。

 もう一つの狙いは、シャルネの神格化。

 皆の前で『金色の聖女』シャルネ様の慈愛と勇気を見せつけて褒め称えさせ、その噂をまた尾ひれをつけて広める。

 もちろん『金色の聖女』を派遣するつもりなど毛頭ない。

 後になって神殿に猛反対されたとシャルネに都合のいい噂を流して悲劇的聖女としてあつかい終わりのはず。


 そして最後の狙いは、危険なゴルダール地方にシャルネの代わりにとセシリアを派遣する事にある。

 セシリアが断れば、それを理由にセシリアを地方に左遷し、セシリアが同意したならば、ゴルダール地方で隙を見て殺す。そして聖女を殺したとゴルダール領の領主ごと裁き、神殿よりの貴族をゴルダール領で力を持たせる。


 セシリアやゴルダール領がどのように動いたとしてもシャルネ側には理しかない。


 小賢しいシャルネと枢機卿の考えそうなことだ。

 偏狭な考えと趣味をもった魔道具コレクターを相手にするより、権力者の方が心を読みやすい。

 彼らは欲するものが明確で、欲望に忠実すぎる。


 今回の件も、レヴィンの手の者たちがシャルネや枢機卿の耳に入りやすいようにゴルダール地方の噂を流した。

 セシリアを窮地に追い込むために建てた計画が、知らずのうちに思惑を誘導され、実際はレヴィンの手のひらで踊らされているだけなどということを小悪党の彼らは考えもしないだろう。


 シャルネがセシリアの思惑を意のままに操って自殺に追い込んだように。

 今度はレヴィンがシャルネの思惑を操り窮地に陥れる。

 操っているつもりが操られていると知った時、あの女の顔がどう歪むのか楽しみだ。


――せいぜい慈悲深い聖女様を演じるがいい、その地位も名声も地の底まで落とし、断頭台にあげてやる。セシリア様の命を奪った事を心から後悔させてやろう。


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