第49話 友達とホラー映画
「……おお、結構怖かったな」
双葉の家でホラー映画のエンドロールを見ながら呟いた。
巷で話題になっていたホラー映画が配信されたから見ようと双葉に誘われたのだ。
内容は本格的なホラーでびくっとなる場面がいくつもあった。真っ暗な部屋で大画面液晶テレビと家庭用スピーカが組み合わされると恐怖感はさらに倍増されていた。
ぴっとリモコンで部屋の明かりをつける。
ふと隣を見ると双葉の顔は完全に青ざめていた。
見る前は『えー? ホラーとはいえ映画でしょ? よゆーよゆー』とかほざいていたのに……
ここから双葉と感想会で盛り上がりたいところだが、もう日が完全に暮れており真っ暗だ。今日のところは帰らせてもらおう。
「じゃあ、またな」
「えっ、ちょっ!? 帰んの!?」
「ああ、時間も遅いし感想会はまた別日にしよう」
鞄を持とうとする俺の手を双葉は必死そうに掴んだ。
「どうした?」
「いや……あのさ」
双葉は歯切れが悪い物言いをしながら視線を彷徨わせる。
どうしても感想会がやりたいのだろうか? まぁ、感想会が一番盛り上がるのは映画を見終わった直後だからな。双葉の気持ちも分からなくなはない。
「わかった。家に着いたら連絡するから通話しながら」
「そ、そうじゃなくてさ……」
あれ、違うのか。じゃあなんだ? 双葉は何を渋っているんだ?
「じゃあなんだよ。他に何かあるのか?」
「別に〜」
「……用がないなら帰りたいんだけど。良い加減離してくれるか?」
「……嫌」
「はい?」
「離さない……お願いだから一緒にいてよ。今日は帰らないで」
双葉はそう言って俺の手を握った。ぎゅっと力強く。決して離れぬように。
「……今日は私の家に泊まるって言うまで絶対に離れないから」
あまりの羞恥心ゆえか双葉の耳は真っ赤になっている。
ああ、なるほど。そう言うことか完全に理解した。
「……お前、さっきの映画のせいでびびってるだろ」
「そうだよ! 悪い!?」
くわっと双葉は顔を上げながら叫んだ。
目を見るとその瞳は潤んでいて泣きかけ寸前。まるで生まれたての子鹿のようだ。
そもそもあの映画が見たいって言い出したのは双葉なんだけど……面倒くさいこと言い出したなぁ……
「あ!? 今こいつめんどくさいって顔した! 私は悪くねぇ!! さっきの映画が怖すぎたのが悪いんだよ!!」
地団駄を踏みながら自身の正当性を主張してきた。
「駄々をこねる子供か」
「う〜!! そんな意地悪言ういつきなんて嫌いだー!! さっさと帰れバカー!!」
「じゃ、お疲れっす」
「うそです!! 帰れバカって言ったのは嘘だから!! 大好きだから!! 一人にしないでー!! お願いだから帰らないでー!! ずっとそばに居て!!」
「おいバカやめろ! 縋り付くな!! 無理無理!! 絶っ対に帰らせてもらうからな!」
数十分後
『ねえ、いる? 帰ってない?』
風呂場から双葉の不安そうな声が聞こえてくる。
「いるよ」
『そ、そっか』
結局、双葉に根負けし、仕方なく寝る準備が終わるまで一緒にいることになった。
今は脱衣所でシャワーを浴びている双葉の話相手になっている。
「………………」
『………………』
シャワー音のみが流れるこの空間はなかなかにカオスだった。
女子の家の脱衣所にいる俺。薄い扉の先には全裸の同級生。
……俺は一体何をやっているんだろう?(悟り)
『ね、ねえ? いつき いるよね』
「大丈夫だから、安心してくれ」
『う、うん……』
まじでよわよわだな。返事をしなかったらどうなるんだろうか?
『………………ねぇ? まだいるよね?』
「………………」
『えっ……帰った? いるよね? いるよね? ねぇ?』
そろそろ返事をしてやるかー
「わーーーー!! いつきの嘘つきーーー!!」
バン!! と勢いよく頭と体に泡をつけた全裸の双葉が泣きながら風呂場から出てきた。
「うわー!! いるから!! ここにいるから!!」
「ちゃんといるじゃん!! 返事してよ!!」
すっぽんぽんの双葉に胸ぐらを掴まれながらキレられる。
「す、すいませんでした……」
「次返事なかったらまじで風呂場に引きずり込むから!」
双葉は再び風呂場の中へ入って行った。
まずい、あの目はマジだった。もう今の双葉はからかってはいけないのだと心から理解させられる。
だが、そこからが大変だった。
『うわぁぁぁ! なんか落ちてきたぁ!』
「水滴だろ」
『ひっ!? 鏡に何か映った気がする!!』
「気のせいだろ」
『な、何か視線を感じる……気がする!!』
「それは俺のいやらしい視線だ」
『そ、そっか……よかった』
「いや、あの……そこはえっちとか変態とかツッコむところなんですけど」
お風呂から出る頃には二人もとどっと疲れが出ていた。
双葉も明らかに映画をみた直後よりぐったりとしている。 歯も磨き、髪の毛も俺が乾かしてもう寝る準備万端だ。
「ありがとね。ここまで付き合ってくれて」
「いいよ。気にすんな。それじゃ俺は帰るから」
帰ろうとする俺の服の袖を掴んだ。
「最後に……一つだけ。お願い聞いて?」
「……本当に最後だぞ?」
「うん……目を閉じて欲しいの。お願い」
双葉の様子があまりにも真剣だったから大人しく彼女のいうことを聞いて目を閉じる。
するとガチャっと音がなった。
……ガチャ?
目を開けると俺の右手には手錠がはめられていた。反対側の手錠を見ると双葉の腕に付けられている。
つまり俺と双葉。お互いに手錠で繋がっている状態だ。
「引っ掛かったー!! 帰すわけないじゃん!! 今日は意地でも一緒にいてもらうからね!! あはは!!」
「な、何やってんだお前……?」
「こんなこともあろうかとドーキーホーテで買っておいたのさ!!」
「いや、お前ドヤ顔で言う事じゃねぇからな!?」
結局、手錠に繋がれたまま人をダメにするベッドで寝ることになった。
「ねぇ……男と女、一つ屋根の下、同じベッド、なんかこう……少しは意識してもいいんじゃないの?」
「そうだな……手錠に繋がれてさえいなければ少しは意識したかもしれないな」
「う、その……やっぱり怒ってる?」
「別に〜」
「ごめんて……あのさ、今日の私、変だよね」
「うん」
即答すると双葉はちょ、と何か言いたげな顔をしながらこちらを見てきた
流石に今日の行動を見ていると即答したくなる。映画が怖いだけではああはならないだろう。
「多分、嫉妬してたんだと思う」
「嫉妬?」
「最近、生徒会で聖女ちゃんや神崎さんとばっか話すじゃん……それに比べて私のことは、構ってくれなくなったというか……」
そういえば最近は昼休みも生徒会室に行って実務とかしてたっけ……こうしてゆっくりと双葉と話をするのも最近はしてなかったかもな。
ほったらかしていたとは思っていなかったけど、双葉はそう思っていなかった。
「聖女ちゃんと神崎さんとかと楽しそうに話すいつきを見てると友達を取られたみたいな……私抜きで楽しそうなのはムカつくと言うか……不安になるんだよ」
つまり、友達が自分の知らない友達と仲良くしてるのが嫌みたいな感じか?
「お前……結構面倒くさいやつだったんだな」
「いや、そんなストレートに言わないでよ!!」
「……はは、いや、うん……悪かったよ。今日はとことん付き合うからさ。許してくれるか?」
「……今日だけじゃなくてこれからもちゃんと構ってくれるんなら……許す」
「……おう」
そうして俺と双葉は先ほど見た映画の感想会を始めるのだった。
翌朝
「なんやで朝まで語り尽くしたね」
「そうだな……あの……そろそろ鍵を……」
「おっけーちょっと待っててね……………あ、あれ?」
「どうした? なんでそんなに顔が真っ青になってるんだ?」
「……手錠の鍵。失くしちゃった」
「……は?」
こうして、俺と双葉は手錠に繋がれ、周りに変態カップルと呟かれながら朝のドーキーホーテに手錠を買いに行くことになった。