第47話 聖女様とダメクズ男
「ご馳走様でした」
「はい、お粗末様でした」
日曜日、いつものようにひよりと晩ご飯を食べ終える。
土日祝日の料理担当なので今日は俺がメインで作った。
作ったのはナポリタンと鶏肉のグリル焼き。量的にも余るのを覚悟していたが完食してくれた。
「……先輩の料理美味しかったです」
ひよりは隣で皿を拭きながらそんなことを言ってくれる。
が、なぜか頬を膨らませ心底悔しそうにいていた。
「しかも、味付けも私好みでしたし……」
「そりゃ、ほぼ毎日ひよりの料理を食べていたら好みの味付けくらいわかるよ」
そういうとさらに頬の膨らみが大きくなった。
ええ……どう答えたらよかったんだ?
「なんと言うか私ばかり好みとか……色々と理解されている気がします。私は先輩のことを全然理解していないのに」
そんなことを言い出した。
自分としては散々情けないところを見せているのでそんなことないだろうと思うのだが……
皿を洗い終え、互いにソファーに座る。
さて、今まで俺とひよりは晩御飯を共にしてきたのだが、ある問題が発生した。これまでは俺が先に家に帰ってきていることが多かったのだが、これからはそうはいかない。
副会長となれば茜や紫音と一緒に会議に出席しなきゃいけなくなる。
そうなるとかなりの頻度でひよりを待たせてしまうことになる。さすがにそれは申し訳なさが出てきてしまうので俺はひよりにあるものを手渡した。
「……鍵ですか?」
「そう、俺の部屋の合鍵」
「え?」
「これからは俺の方が帰ってくるのが遅くなることが多くなるだろうから」
「いや、あの……え? えっと……いいんですか? こんな大切なものいただいてしまって」
「これからは生徒会の実務とかでお互いに帰ってくる時間が遅くなるし、合鍵を持っていたほうが色々と都合がいいだろ?」
「……それはそうですが」
「それに朝の持ち物検査がある日はひよりに起こしにきてもらうことができるからな!」
「……そっちが本命な気がするのですが」
「そ、それは気のせいだろ」
図星だったので思わず目線が泳いだ。
「……全く、先輩って無頓着なのか、大物なのかよく分からない人ですね」
ひよりはそう呆れつつ合鍵を受け取ってくれた。そしてどこか上機嫌で合鍵を見つめる。
「分かりました。これからは毎朝起こしに来てあげますね?」
「え? いや毎日は……」
「はい?」
「あ、お願いします」
いつもの調子で押し込まれてしまった。
ぐ、今まで通り普通の時はギリギリまで寝るはずだったのに……!!
「じゃあ、ついでに朝ごはんも頼むよ」
「朝ごはんですか……そうですね。手間が省けますしどうせなら先輩の家で朝飯のついでに……分かりました」
どうしよう。今更冗談ですと言いにくくなってしまったぞ。真面目に検討された上で承諾されるとは思わなかったんだけど。
「もう……ふふ、先輩は私がいないとしょうがないんですから」
そう言いながらも頬がにやけており、その眼差しは温かみがあるものだった…甘えられるのが嬉しいのだろうか。
そんなひよりを見ると何だかこう……
「ひよりって……ダメ男に引っかかりそうだな」
「いきなりなんて失礼なことを言ってくるんですか?」
し、しまった。つい本音が溢れてしまった。
こんなこと言いたくないけど、ひよりは俺がだらしない姿を見せたり、甘えたりすると嬉そうにする傾向がある。世話焼きというやつなのだろうか?
本気で土下座すれば何でもしてくれそうなチョロ……母性力がある。
実家がお金持ちで、能力もあって、家事も出来て……ついつい甘やかしてしまい、なんでも許してあげる、突き放そうとしても面倒を見てしまう。
うーんこのダメ男製造機。
「その顔、とてつもなく失礼なことを考えてませんか?」
「……じゃあ、テストしてみるか? 俺がダメ男を演じてお願いごとをいうからちゃんと断ってくれ」
「いいでしょう。受けて立ちます」
あのー何だろう。あまりに自信漫々なひよりの姿に不安しか感じられないんだけど。
では、ひよりのダメ男好き疑惑テスト開始だ。
こほんと息を整え、申し訳なさそうに両手を合わせた。
「……あのさ、実は来週茜と遊びに行くのにちょっと手持ちが心もとないから金貸してくんない?」
「は? いや、貸すわけないでしょう。何言ってるんですか」
うわ、めちゃくちゃ冷たい眼差しで言われてしまった。人はこんなに冷たい目ができるのか……
「……は、はは。そうだよな。そりゃ当然か」
そう言って困ったような、それでいて少し落ち込んだ表情をしながら頭をかく。
「ごめん。何かあればすぐひよりを頼ってしまう。俺の悪い癖だよな……ひよりはどんな俺でも受け入れてくれるって心のどこかで甘えてたのかもしれない」
「……っ!?」
おい、めちゃくちゃ揺らいでるじゃねぇか。
『あ、す、少しくらいなら……』みたいな顔をしてるんだけど。何とか頑張って踏みとどまってはいるけど。
これあともう一押しすればいけるんじゃないか?
「ぐ、ぐぅ……!! そ、そんなこと言ってもー」
「こんなカッコ悪いこと言える相手……ひよりしかいなくって……俺……本当はこんなかっこ悪いところ見せたくないのに……!!」
そう言いながらとっとひよりの肩に顔をうずめる。
「もう俺には……ひよりしか……」
……どうだ?
「も、もう……ほんと……仕方がない人なんですから……」
そう言いながらひよりは優しく頭を撫でてくれた。
あ、だめだ。完全に手綱を握られたメスの声をしてる。
「……はっ!? あ、危ないことろでした!」
「いや、アウトだろ! あれだけ自信満々だったのに即落ちじゃねぇか!! 正直クソザコだったぞ!?」
思わず、顔を上げて日和に突っ込む。そんな俺の言葉にひよりはぷいと顔を背けた。
「い、いえ、そ、そんなことありませんよ? だって私先輩にお金を貸すなんて言ってませんし」
「じゃその財布から出している1万円札5枚はなんだ!?」
「はっ……!? いつの間に……!!」
「……あの、人の好みにケチをつけるのはよくないことだけど……流石にこれは」
「いや、そのっ……!! これは違うんです!」
「……そうか、違うのか。うん。わかった。やっぱりお金は双葉から借りるよ。ひよりにはもう二度とかっこ悪いところ見せないから!」
「えっ! ち、ちょっと待ってください!!」
ガーンとショックを受けながらもひよりは立ち上がる俺の服を掴んだ。
「私ちゃんとお金貸しますから! そんなこと言わないでください!」
少し涙目で取り乱しながらひよりは5万円を手渡してくれた。
「……ち、これっぽちもかよ」
「!! ぎ、銀行に行ってきます!」
「あ、ごめん!! うそ! うそだから!!すいません! 調子に乗りました!」
本気で行こうとするひよりを止めながら将来、本当にダメな男に引っかかるのではと心配になった。