第46話 第104期生徒会
碧嶺学園では全校朝礼の時間を利用して新生徒会会長による挨拶。そして生徒会メンバーが全生徒へと発表が行われる。
名前を呼ばれた生徒は壇上に呼ばれ、前期生徒会長から生徒会の証である金でできた菊のバッチを受け取るというのが碧嶺学園の伝統だ。
現時点メンバーが誰かを知っているのは前生徒会長の葵さんと新生徒会長の茜。後はメンバー本人と選挙管理委員長の紫音くらいだろう。
一体どのようなメンバーになるのかという思いを秘めながら教壇を見上げながらその時を待つ。
筈だったのだが。
今、俺は舞台袖で茜と一緒に居る。
茜曰く色々な人に話を通した上でここに連れてきたらしい。
……なんで俺をここに連れてきたのか。と以前と同じようなことを思いながら校長の長い話を聞きながら隣にいる茜を見る。
「こうして二人でここに居るとあの時を思い出すわね」
まるで懐かしむように茜は話始めた。
あがり症の茜が朝礼の挨拶を務めることになって
「あの時の茜は顔面蒼白だったな」
「そうね。あの時は怖くて怖くてしょうがなかったけど、今は違う」
その言葉は決して強がりなんかじゃないと茜の表情を見ていると理解できる自分の弱さを受け入れて、向き合うその姿は誰がどう見ても立派だ。
「私は変わったわ。ほんの少しだけだけど。今日はあんたに一番近くで生徒会長になった私を見て欲しかったのよ」
茜はそう言いながら笑った。
これが俺をここに連れてきた理由。
きっとこれが最後の「茜のお願い」だろう。
『それでは新生徒会長による第104期生徒会発表を行います』
「それじゃ、行ってくる。ちゃんと見ててよね」
そう言いながら茜は陰の舞台袖から光の舞台へ歩いて行った。
ああ、わかってる。これが「最後」だもんな。
『皆さんおはようございます。第104期生徒会長 新条茜です』
以前までとは違い、大勢の前でも堂々としている茜の姿を見ると思わず
「目頭が熱くまりますか?」
「……紫音。俺の考えていることを先読みしないでくれ」
「ふふ、申し訳ありません」
振り返ると神崎紫音がいた。
「おはようございます。神藤君。こんなところで会うなんて奇遇ですね」
「ここまで奇遇が重なると本当に奇遇かと疑いたくなるけどな」
「なんの事でしょう? 私は迷い込んでしまって、たまたまここに辿り着いただけですよ? しまったしまった紫音うっかり」
「せめて心を込めて言ってくれ」
「新条さんの初の晴れ舞台。一緒に拝見しても?」
「断っても無駄だろ?」
「ふふ。さすが、よくわかっておらっしゃる」
というわけで俺と紫音の二人で茜の晴れ舞台を見守ることになった。
『今回、私はこの学園を変える第一歩として生徒会についても大きな変更をしています』
ああ、確か以前双葉もそんなことを言っていたような。
『以前からあった実務の引き継ぎが不十分であるという問題点を克服するため、新条葵前生徒会長には引き続き、生徒会長代理として席を置くことになります』
生徒会長代理か……悪くない試みなんじゃないのか? 事実、生徒会長の実務量が多すぎて碌に引き継ぎができていないと葵さんが嘆いていたからな。
あくまである程度の期間だけだろうし。問題はないだろう。
『続いて、生徒会メンバーを発表していきます。名前を呼ばれた生徒は壇上へ』
……きたか。ついにという思いが溢れ、鼓動な高鳴る。
『生徒会会計 中野双葉』
まぁ、知ってた……俺が説得したし。
双葉は眠そうにあくびをしながら壇上へと向かう。
『生徒会書記 古宮ひより』
え、ひよりが? いや、生徒会に入るのは想定内だったがてっきり副会長をするものだと思っていたから虚をつかれた。
ひよりはいつものように堂々とした様子で多くの生徒に見守られながら壇上へ向かう。
それじゃあ誰が副生徒会長を……
『副生徒会長 神崎紫音』
……は?
「予想外……といった表情ですね」
隣にいる紫音がくすっと微笑みながら俺の顔を覗き込む。
確かに選挙管理委員長と副生徒会長の両立は紫音であればこなせるだろう。しかし、ここで彼女の名前が出てくるとは考えてもみなかった。
「まさか、これほどまでに茜に心入れしてるとはな」
「おや、勘違いしないでください。これはあくまで私の目的の為ですよ」
それはどういうー
『生徒会に関してのもう一つの大きな点を発表させていただきたいと思います』
もう一つの大きな変更点?
『今回、新生徒会を発足するにあたって新たに推薦枠というものを作りました』
茜の一言に会場がざわついた。
推薦枠……? その一言に俺の心がざわめく。
『この推薦枠というのは生徒会・部活連合・委員連合が推薦した優秀な生徒のことです。なお、この生徒は正当な理由がない限り強制的に生徒会に入っていただきます」
生徒会メンバー・部活連合・委員会連合・強制……まさか……
『推薦枠 副生徒会長 佐藤一樹』
「……紫音。お前の差し金か?」
「私はただ提案しただけですよ? 実行に移したのは彼女達です」
「いや……ありえないだろ。不可能だ」
「不可能……とは?」
「だってそうだろ? 『推薦枠』なんかそう簡単に作れる筈がない。これは学園内の新たなルールだ。色々な手続きが必要になるし、提案したとしても数週間でできることじゃない」
「その通りですね。ですからこの『推薦枠』というものは私が1年前から提案し話を進めていたものです。貴方がこの学園に戻ってきた時のために」
「……は?」
「選挙管理委員長になったのもこの『推薦枠』を作る為、貴方に応援演説をするように仕向けたのは『神藤一樹が戻って来たという事実』を全生徒に知らしめるため。そうすれば推薦状を揃えるのは容易いですから」
容易い? 何を言っているんだこいつは?
「いや、そんな……生徒会メンバーだけじゃなく、部長と委員長の全員の推薦状なんて貰えるわけー」
「それが、神藤一樹という男なのです」
紫音の言葉に絶句するしかなかった。
待って、待ってくれ……理解が追いつかない。
「……そんな前からお前は俺がここに戻ってくることを知っていたのか?」
「いいえ? 貴方がこの学園に戻って来たことを知ったのは貴方から送られてきた手紙を読んでからです」
つまり、つまりだ。こいつは戻って来るかも分からない俺のために準備していたのか? 今までずっと?
「起こりうる未来を考え、いつ再会をしても良いように準備を怠らなかっただけです。それに貴方とはいずれ再会すると確信を持っていましたから」
「確信……?」
「ええ、そういう運命だと。乙女ですから。私も」
その瞳の奥にはただならぬ執念を感じた。
「それに、私だけではありませんよ? 実際にこの『推薦枠』を学校側と認めさせ、部活連合・委員会連合と打ち合わせし推薦状を揃えたのは新条さんたちですから」
紫音は簡単に言っているが、決して並大抵のことじゃない。
だからこそ分からない。どうしてそこまで俺という存在にこだわる?
「貴方は甘く見過ぎなんですよ。私達の貴方に対する執着を」
紫音はそう言いながら一足先にと舞台へと歩いて行った。
新条茜が。
中野双葉が。
古宮ひよりが。
新条葵が。
神崎紫音が。
彼女たちがこちらを見て俺が出て来るのを待っている。
こんな全生徒の前で堂々と発表されたら断るもクソもない。完全に外堀を埋められている状態だ。
俺は茜達によって影の舞台裏から光の舞台へと引きずり出された。
最後のメンバーである俺は葵さんから金の菊のバッチを差し出される。
「……やってくれましたね」
「えーなんの事かな? 私は学園の改革の一つとして採用しただけだよ?」
葵さんの顔は勝ち誇ったような表情をしていた。
「ということで、これからもよろしくね♪ 副会長」
「よ、よろしくお願いします」
「ふふ……顔が引き攣ってるよ?」
「ははは……」
苦笑いしながら俺はバッチを受け取った。
碧嶺学園高等部 第104期生徒会
会長 新条茜
副会長 神崎紫音
書記 古宮ひより
会計 中野双葉
副会長(推薦枠) 佐藤一樹
以上5名。