第45話 進み続ける日常
「や、おっは〜」
「……おはようございます」
朝、登校する俺の前に現れたのは幼馴染みである新条葵だった。
前回の出待ち茜はだったけど、今回は葵さんか……姉妹揃ってやることが同じなんだが。
「朝から何の用ですか?」
「んー? 一緒に登校しようと思って。はい。これお姉さんからの差し入れ」
葵さんは笑顔でホットコーヒーを手渡してきた。
あ、怪しい……
「……これを飲んだら何かいうこと聞いてもらう的なやつじゃないですよね?」
「君は私をなんだと思ってるのかな?」
先に報酬を渡しておいて、何かを依頼する。よくある手口だ。
「ん」と手渡されたホットコーヒーを一口のむ。
「お……これって」
葵さんが買って来てくれたコーヒーは俺好みの味だった。
「スティックシュガー2本分。どう? 合ってた?」
「ドンピシャです。よく俺の好みが分かりましたね」
「ん〜? ああ、この前……タルト食べに行った時と同じ配分にしたんだよ」
「……よく見てますね」
「ふふ〜もっと褒めてくれてもいいんだよ?」
「こう、ちょっとしたことでも覚えてくれている所、結構好きっす」
「でしょ? 小学生の時は涙目になりながら無理してコーヒー飲んでたよね」
「こう、ちょっとしたことでも覚えてる所、結構嫌いっす」
人の黒歴史を平気で掘り起こさないでもらいたい。
いや、さ。あるじゃん? 子供の頃ってこう背伸びしたくなる時がさ!!
「えーあの時のいつきくん結構可愛かったけど?」
ニヤニヤしながら頭を撫でられてもからかわれてるとしか思えないっ!
「そういえば、いつきくん。今日はいよいよお楽しみの生徒会メンバーお披露目だね」
「ああ、そうですね」
葵さんの言う通り、今日は朝から生徒会メンバーの発表があり、生徒会メンバーが交代になる。それはつまり、葵さんの生徒会長としての最後の仕事だ。
「私の最後の勇姿をちゃんと見といてね?」
「任せてください。葵さんの最後の姿、両の
「そ、そこまでしなくてもいいんだけど」
そうこうしている内に校門が見えてきた。
「あ、そうだ。いつきくん。お姉さんは今ぷんぷんに怒っています。なぜだかわかりますか?」
あともう少しで学校に着くのに世界一面倒くさい質問が飛んできてしまった……
今は言葉とは裏腹に怒った様子は見慣れないが、適当に答えるとガチで怒るやつやんけ。
しかし、葵さんが俺に対して何かしらの「不満」があることは事実っぽい。
そうなれば、俺は今、ここで葵さんの「不満」を的確に読み取らなければならない。
頭をフル回転させろ神藤一樹。この程度の困難いくらでも乗り越えてきたはずだ。
……………………………
「すいません。ギブっす」
「え、はや! もうちょっと考えてよ!」
「えー」
「そんなめんどくさい顔しないでよっ」
「すごい。俺たち今、通じ合ってますね」
「こんな通じ合い方は嫌なんだけど!?」
葵さんは校門の前で通せんぼしながら子供のように不貞腐れる。
ヤッベ、割と本気で拗ねてるやつだ。
実際、まじで頑張って考えてもわからなかったし。というか葵さんと話したのは茜失踪事件以来だぞ。
いや、だからか? 最近話してないから不満に思ってるのか?
「……えと、もしかして最近電話してないから……とか?」
「……プイ」
違ったみたいだ……なんか自意識過剰で死にたくなってきた。
「まぁ、それもあるけど……メインは違う」
ええ……それもあるのかぁ(困惑)
「……分かりました。葵さんが俺に抱いている不安は絶対に改善しますからどうか教えてください」
もう、考えるより素直に頭を下げた方が早いことに気がついた。
「……茜ちゃんのこと。茜っていうようになったんだよね?」
「え? はぁ……まぁ、そうですね」
「私は葵さんなのに、茜ちゃんは茜なんだ」
こんなんわかるかけねぇだろ……
何でそのことを知っているのかと聞きたい所だったが、おおよそ茜が葵さんに話したのだろう。その様子が容易に想像がつく。
「しかも、敬語だし……なんか私に対してだけ距離感ある」
「それは年上だからしょうがなくないですか?」
「そうだけどさ〜寂しいものは寂しいんだよ。だから昔みたいに接して欲しいなー」
「いやそんな……」
『葵さんが俺に抱いている不安は絶対に改善しますからどうか教えてください』
葵さんが持っているスマホから流れてくる俺の声。
いつの間にとってたんだ。
『葵さんが俺に抱いている不安は絶対に改善しますからどうか教えてください』
笑顔無言で再び音声を再生される。
『あ、あ、あ、葵さんが俺に抱いている不安は絶対に改善しますー』
「わかった。わかったから! 二人だけの時でいいなら昔みたいに接するから俺の音声で遊ぶのやめてくれ……!!」
「やた。決まりね」
葵さんは満足げに音声を消した。
よかった。これ以上の恥の上塗りはしないで済みそうだ。
それにしても……昔みたいにって……あ、そういえば。
「なぁ、あーちゃん」
「あ!? あ、あ、あーちゃん!?」
「いや、何動揺してるんだよ。昔はあーちゃんって呼んでただろ」
「あ、あーそういえばそうだったね……忘れてたよ……あはは!!」
あーちゃんの頬がどんどん赤くなっていく。
「……で? もちろん俺のことはいっくんって呼んでくれるんだよな?」
「……え?」
葵……あーちゃんの表情が固まった。
「だってそうだろ? 俺だけが昔みたいにあーちゃん呼びなんてバランスが悪いもんな?」
「え、あ、そ、そうだね……うん……いっくん」
あまりの恥ずかしさゆえか少しぷるぷると震えていた。そんなに恥ずかしいなら言わなきゃいいのに。自分が言い出したことだから後に引けないのだろうか?
「あー懐かしいなーそういえばおままごとしてる時にあーちゃんに『将来はいっくんと結婚するー』って言ってくれましたっけ」
「ち、ちょっとぉ!? いきなり何言ってるの!?」
先ほど、自分の黒歴史を掘り起こされたため、お返しに彼女の黒歴史を掘りおこしてあげた。
「いやー思ったらあれが人生初めて受けたプロポーズだったなぁ」
「もー恥ずかしいからこれ以上何も言わないでー!!」
涙目になっているあーちゃんをからかいながら校門を抜けた。