第41話 聖女様のお泊まり
晩御飯を食べ終え片付けも終わり、俺と古宮はリビングでくつろいでいた。
俺はソファーでスマホをいじり古宮は持参した本を読んでいる。
実は俺と古宮は毎晩一緒に晩御飯を食べている。なぜこうなっているのか。それは荷解きの時に話を詰められてしまったからだ。
いや、もう……あの時の古宮さんの圧は凄かった……
何か言おうものなら「はい?」「うるさいです」と切り捨てられたからな。
その結果、俺と古宮二人で一緒に料理を作ることになった。
平日の献立と料理当番は古宮で俺はお手伝い。
逆に土・日・祝日は俺が献立と料理当番で古宮は手伝い。となっている。
皿洗いも二人で一緒にやって、食材費も折半。
食事後はしばらく二人でゆっくりと時間を過ごすのが定番になりつつある。
いつもなら21時までには自分の部屋に帰って行くのだが。
22時を過ぎても一向に帰る気配がない……
肩が触れ合うほど近くにいるせいか古宮からシャンプーの良い匂いがする。
……このままじゃ色々とまずい。
「さて、そろそろ時間も遅いし送るよ」
こちらから切り出すことにした。
まぁ、こうすれば彼女も素直に「はい」と頷くだろう。
「ここにいちゃ……だめですか?」
ん?
「いや……だめじゃないけど……もう22時過ぎてるしさ。帰らないと」
「今日は……帰りたく……ないです」
あ、あれ?
「その……せんぱい」
古宮は袖を掴み、懇願するような表情で俺を見る。
「今日は泊まっちゃ……だめですか?」
今まで見たことがない、どこか弱々しい様子の古宮を見て俺はある結論に至った。
「まさか、部屋にGでも出たのか?」
「……物分かりがよくて助かります」
G……夏になったらよく出てくる黒くてカサカサするアイツだ。
「さて、帰ろうか。家まで送るよ」
「いやです。いやです。いやです。今日は絶対に帰りません。ここに泊まるんです」
「……いや、ここに泊まったって根本的な解決にはならんだろ。Gくらい自分でなんとかしろよ」
「むりむりむりむり絶対むりです! 先輩は私を地獄へ追い出す気ですか!?」
「地獄って……お前の部屋だろ。Gなんかバルサン焚けばイチコロだぞ」
「じゃあ先輩がやってください! 先輩がヤツをどうにかしてくれない限り私はここに住みます!」
「お前、それでよく一人暮らしできるな」
「……うるさいです」
以前、自分が言った言葉を言われたからか古宮はむっすーとそっぽを向いた。
お子ちゃまか。
「そもそも泊まる準備とか取りに帰れないとだめなんじゃないのか?」
「大丈夫です。お泊まりセットを持ってきてますし、ここにくる前にお風呂も入りました」
隠していたキャリーバックを平然と出しながら言われた。
「えぇ……」
こいつマジでここに住み着く気じゃん……
そこから長きに及ぶ討論が始まりその結果、古宮はうちに泊まることになり、明日俺がバルサンを焚きに行くことになった。
学園の聖女様が家に泊まる……か。
ファンに知られると袋叩きにされそうな展開だなと冷や汗をかく。
「あれは、ゲーム機ですか?」
古宮の指さす先にはテレビボードの中に格納されているゲーム機があった。
最近はあまり起動していないのだが、それに興味を示したらしい。
「ああ、興味あるのか?」
「そうですね。やったことないので興味あるかもです」
まぁ、これから夜も長いことだし。
「やってみるか?」
「え? いいんですか?」
「ああ、ソフト何が入ってたっけ」
記憶をたどりながらテレビとゲームの電源を入れる。
「……あ、これ難しいやつだな。ソフト変えるか」
入っていたのはオープンワールド要素のあるアクションRPG。ただ難易度が高く、何回も死んで敵の攻撃パターンを覚えて戦ういわゆる死にゲーというやつだ。
「あ、大丈夫ですよ? このゲームでも特にやりたいものもないですし」
「え? でもな……大丈夫か? 死にゲーだけど」
「む、ばかにしないでください。別に怖いゲームでも平気です」
死にゲーをホラーゲーと勘違いしてないか? なんかこのままやってあまりの難しさに発狂しながらプレイする古宮の姿が想像できるんだけど。
……あ、いや、なんか面白いそうだな。見てみたい。
「じゃあ、これでいいか」
古宮はまるで初めて遊園地にいく子供のように目を輝かせる。
少しそわそわしながらコントローラーを握る。
「? 鎧を着てこの機動力は人間ではないのでは?」
「そこは突っ込んだらダメだ」
一通りの操作を教えて、初めての雑魚戦。
あたふたしながらなんとか勝利した。体力ゲージはもうミリしか残っていないが。
「……!! ど、どうですか?」
「おお、初めてにしちゃうまい」
「でしょう?」
ふふんと胸を張る古宮に少し子供っぽさを感じてしまった。
でもまぁ、あくまでこれは雑魚戦。本当の地獄はここからだ。
「せ、先輩……!! なんか強そうな騎士が出てきたんですけど!」
「おお、それが最初のボスだな。がんばれよー」
案の定、瞬殺されまたリトライする。
復活とお陀仏を何回も繰り返していくうちに古宮の表情は段々と絶望に染まっていった。
「……か、勝てません」
「まぁ慣れだよ慣れ。あとは攻撃パターンと相手の癖を覚えないとな」
「こっちはたくさん攻撃しても体力全然減らないのに、向こうの攻撃を喰らうとこっちの体力は半分以上なくなるんですよ!? 慣れとかそう言う問題ではないのでは?」
はは、その気持ち分かるわ。俺もやってる時同じこと思ったもん。
とはいえ、古宮は楽しむためにゲームをやっているわけだからそろそろ別のソフトでも出すか。
「そうか……じゃあこのゲームやめて別の」
「いえ、このボスだけは絶対に倒します」
「え、あ、はい」
このあとボコボコにされるたびにむすっと頬を膨らませる古宮に攻略のヒントを教えて、遂に体力を10分の1にまで減らすことができた。
「あと少し、あと少し……!!」
緊張と興奮が混じったような様子で慎重にボスにダメージを与えていく。
そして
「!! やった!! 倒しました!!」
とうとう体力ゲージを削り切った。
達成感のあまり嬉しそうに口元を緩ませている古宮を見るとついつい笑ってしまいそうになる。
いかん、我慢だ我慢。
「おめでとう古宮」
「本当に長かったです……何回も死にましたし、腹が立つ時もありました。でもすごく達成感があって楽しいですね!」
そう笑顔で言う古宮を見ると俺もつい笑顔になってしまう。
「さぁ、これからが本当の地獄だ」
「……はい?」
倒したはずのボスが立ち上がり再び体力ゲージがマックスになる。
「……は? は?」
古宮の困惑を無視するかのようにボスの形状が変化した。
そう、RPGあるあるの一つ。第2形態だ。
「え、ちょっ……まっ」
攻撃パターンが完全に新しくなった第二形態になすすべもなく古宮はやられてしまった。
「……なるほど。わかりました……これがクソゲーと言うやつですね?」
結局、古宮がボスを倒したのは日を跨いだあとだった。