第39話 説得
「またまた急だねー一緒にDVDが見たいなんて」
「あー迷惑だったか?」
「いやーその映画、私も見たかったところだし」
「そりゃよかった」
中野の退学についてどう思っているのかを確かめる為、中野の住む超高層高級マンションに来た。
口実として中野が見たがっていたDVDを一緒に見たいと説明したら快く家に入れてもらうことになった。
相変わらず、セキュリティーも警備員がいるくらいしっかりしてるし、エントランスも高級ホテルかと言いたいくらい豪華だな。
中野はパーカにショートパンツ、クロックスとかなりラフな格好している。
「お邪魔します」
「どうぞー」
物が乱雑している汚部屋を中野は慣れた足取りで歩いていく。
中野は整理整頓が苦手のようで彼女の部屋は足の踏み場がないくらいの汚物が散乱している。
引っ越しの荷物をそのままにしていた俺が言うのもなんだけど。
部屋の中には巨大なモニターやゲーミングチェアとか七色に光るキーボードとかプロゲーマーのようなゲーミングデスクがある。
「そこのベッドでくつろいでてよ」
ふかふかな大きなベッドに手の元を照らすヘッドサイドランプ。そしてスピーカーやUSBチャージポート、キャビネットサイドテーブル、本棚その他もろもろ、そしてベッドの正面には超大型テレビ。
俺はこのベッドを「人をダメにするベッド」と呼んでいる。
「ちょっと待っててねー冷蔵庫にまだ開けてないコーラがあったはず……ぐわぁ!」
脱ぎっぱなしの服を踏んでしまったらしく中野はバランスを崩し、壮大にこけてしまった。
「…………」
「…………」
少し、いやだいぶ恥ずかしそうに顔を逸らしている中野さん。
「……今、掃除するなら手伝うけど?」
映画を見るなら綺麗な部屋で見た方が気分がいいし。
「……うん」
というわけで映画を見る前に掃除することになったのだった。
「へーさとー手際がいいね。なんか手慣れてるって感じ」
「ふ、まあな」
前に古宮と荷解きした経験がここで生きてくるとはな。
ん? なんか脱ぎ捨てられた服の下に何かあるぞ?
「ん? ちょいちょいちょいちょい! それ私のパンツ!! ブラジャー!」
「え? あぁ……そうだな。大丈夫! 気にしてないから!」
「私は気にするんだけど!? てかさとーはなんで気にしてないんだよ!! 少しは動揺とかしてくれてよくない!? なんかめちゃくちゃ腹立つんだけど!?」
え? だって……身につけられてない下着なんてただの下着だろ? 動揺する要素があるのか?
「もう!! 洗濯物はこっちで片付けるから、さとーはゴミをお願い!」
そう言って、中野は俺が持っていた下着をかさらっていった。
その後、うず高く積み上げられた漫画とゲームを棚にしまい、空のお菓子袋やペットボトルをゴミ袋にまとめ、汚れを拭いて掃除機をかける。1時間程度で部屋の様子が見違えるほど綺麗になった。
二人川の字でベッドにくつろぎ、コーラとポテチなどのお菓子を食べながら映画を見る。
「……さとーはさ、学校楽しい?」
映画の最中、特にこちらから話を振ったわけでもないが中野がそんなことを言い出した。
「まぁ、楽しいよ」
「そっか、そっか」
「それにしても急だな……なんでそんなことを?」
「別に〜」
……これ絶対何かあるやつだな。
もしかして、退学の話と何か関係あるんじゃないのか?
自分から話を切り出すということは何かを聞いてほしいということ。
よし、ここは気の利いた台詞の一つでも言って中野が相談をしやすいようにしよう。
大丈夫、こういう時に使える魔法の言葉がある。
「どうしたん。話聞こうか?」
「ごめん、その下心丸出しの聞き方やめてもらっていい? 相談に乗る振りしてワンチャン狙ってる奴が言うやつじゃん」
「バーロ、下心なんてあるわけないって! お前のこと妹みたいに思ってるから! 絶対手出さないわ。マジ。あ、ウィスキーボンボン食べる?」
「いや、酔わせてヤる気満々じゃん!」
「あはは。悪い悪い。冗談だ」
「あはは。じゃないよ!」
ため息をつきながら、ベッドの上で寝転び、枕で俺を叩いた。
「もう……なんだか気が抜けたよ……」
先ほどまでの緊張と恐れと不安が混じったような表情は柔らかくなっている。
悩みを打ち明けやすい空気というのは人それぞれだ。おちゃらけて場を和ませた方が良い場合だってある。
こうしてリラックスさせてから話を聞くもの一つの手だ。
「私さ、学校辞めるかもしんない」
その言葉を聞いて思わず、中野の方を見る。
茜の考えは当たっていた。
「出席数がやばいらしくてさーこのままだと退学だって」
割と大変な状況にも関わらず当の本人には危機感が無い。
「私、別に退学になっても良いと思ってるんだよね」
「…………」
「授業の内容なんかテキストで十分だし、腫れ物扱いされてるし……学校に行く意味なんてないんじゃないかって」
これは極論だが、中野の家は何もせず遊んで暮らせるほどの財力を余裕で所有しているため、高校なんか行かなくても何不自由なく生きていけるのだ。
彼女自身も優秀であるため余計にそう思ってしまうのだろう。
「確かに学校に行く意味ってなに? って言われると難しいよな」
「あはは、でしょ?」
「でも、その結論を出すのはまだ早いんじゃないのか?」
「……え?」
「大切なのは学校に行くことじゃなくて、学校で何をしたか。だろ? 体育祭、学園祭、修学旅行、委員会や部活あとは生徒会。学生でしかできないことはたくさんあるし、今しか作れない思い出だってある」
「……それは……そうかもしれないけど」
「学校に行く意味を決めるのは中野次第なんだ」
「…………」
「茜に生徒会。誘われたんだろ?」
「!! それは……」
「断ったって聞いた。茜と生徒会するのは……いやか?」
「そんなわけ……ないじゃん。私だって茜の力になりたいよ。でも」
「……私の存在は間違いなく茜の足を引っ張ってるんだって?」
俺の言葉を聞いて頷く。
「実際そうでしょ? 選挙の時だって、私なんかと絡んでるせいで色々と苦労したんじゃないの?」
確かに、応援演説者が決まらなかった原因の一つとして中野の存在があったのは事実だ。
「それに、あかねが私を生徒会に入れようとしてるのはきっと私の学園内の評価を上げるためなんだよ」
『悔しいじゃない。本当はすごい子なのに誤解されたままなんて』
以前茜の言っていた言葉を思い出す。
「それは……あるかもしれないな。けどそれだけじゃないだろ」
「……私を助ける以外に何があるの?」
「助けて欲しいからお前に頼んでるんだ」
「……え?」
全くの予想外、そもそも考えもしまかったと言う顔だ。
「中野の力が必要だから生徒会に誘ってる。というか普通はそう思うだろ?」
「あ、う……それは……けど……本当に……私なんかが」
「なんかがとか言ったらあかねに失礼だろ? 何よりお前自身に」
「う……」
茜には中野の力が必要。この考えに至らなかったのは自己評価が恐ろしく低いから。過去の事件のせいで大多数の生徒達から疎まれるのが原因なんだろう。
「……まぁ、もう少し考える余地はあるんじゃないか? 退学も、生徒会のことも」
「……そう、だね。もう少し考えてみる」
少しは、前向きになってくれたかな?
「そうしてくれ。生徒会はどっちでもいいけど退学だけはしないでくれよ? お前がいないとつまらないし」
「っ!! さ、さとーはさぁー! いっつもさぁ!! そういうこと言うー!!」
「あ、いたい、いたい。やめてくださいっ」
なぜか顔を赤くした中野に枕でめちゃめちゃ叩かれてしまった。