第4話 わかってる
碧嶺高校では毎週金曜日に体育館での朝会がある。
内容は表彰式や委員会からのお知らせや校長の長い話とか色々だ。
しかし、その中でも必ずやっていることがある。
それは生徒会からの挨拶だ。
普段は生徒会長がやっているのだが、今日だけは副会長である茜がやることになっていた。
ここでしっかりと挨拶を務めれば全生徒に対して威厳や器を見せることが出来る。
逆にここで失敗すれば……言うまでもないだろう。
まぁ、茜ならこの役目を見事やり切るだろうと思っていたのだが。
今、俺は体育館の舞台袖で茜と一緒に居る。
『朝礼の時に私の挨拶が始まるまで舞台袖で一緒にいて欲しい』
それが茜からお願いされた事だったからだ。
事前に話が済んでいたのか、俺が舞台袖にいることに周りにいる人たちは何も言ってこない。
……なんで俺をここに連れてきたのか。
校長の長い話を聞きながら隣にいる茜を見る。
しかし、茜の顔は強張って真っ青になっており、手が震え、呼吸も荒く、見るからに緊張している様子だった。
「おい、新条……大丈夫か?」
「ひっ!?」
茜の耳元で囁くように言ったらぶるッと体を震わせて耳元を押さえながら驚いた様子でこちらを見つめる。
その姿はどこか怯えているようで。
そうだ。そうだった。
新条茜はあがり症だったんだ。
そうか……だからお前は。
校長の話も締めに入り、そろそろ茜の挨拶だ。
「……ぁ」
茜は今にも泣き出しそうな不安な顔をして俺の袖を強く引っ張った。
俺を見つめる潤んだ瞳は助けを求めている。
分かってる。お前は他人に弱さを見せたくないから素直に助けてって言えないんだ。
これはお前なりのSOSなんだろう?
もし、このまま何もせず黙って見送ったら茜のとんでもない醜態が見れるだろう。
そんな姿を嘲笑い、彼女を馬鹿にし始める生徒も現れ始めるかもしれない。
しかし、そんなこと俺には関係ないことだ。
だが
目の前で幼馴染みが助けを求めているのに何もしない。そんなダサい奴にはなりたくない。
それにそんなことをしたら俺の沽券に関わる。いや、違うな。きっと理屈じゃないんだ。
だから
オレは茜の体をくすぐった。
「ひゃ!? ふ、ふふ!! ちょっと!! っあ!! あはは……!! あんっ!! っ!!」
ちょっと喘ぎ声みたいな声を出してしまったからか、茜は口元に手をつけて、必死に声を抑える。
オラオラ、お前の弱いところは全部知ってるんだよ。
どれだけ緊張してようが体に強い刺激を与えてやればいやでも意識は覚醒する。くすぐりはストレスや緊張を暖和させる効果もある。
それにしても周りに誰もいなくて良かった。側から見れば妙なプレイに見えるからな。
「ふん!!」
「いたっ!」
調子に乗っていると茜に足を思い切り踏まれてしまった。
茜の表情を見ると息こそは上がっているが、頬は赤く、潤んだ瞳でこちらを睨みつけていた。
うん。いつもの新条茜だ。
「緊張、解けたみたいだな」
「……あ」
はっと気づいたように茜は自分の手を見る。震えは止まっていた。
『では次に生徒会からの挨拶です』
どうやら茜の出番がきたようだ。司会の声を聞いて茜は緊張して唇をきゅっと結ぶ。
あともう一押し必要か。
「大丈夫だよ。あかねなら絶対にできる。オレが保証する」
そう言いながらポンと親が子供を安心させるように優しく撫でた。
頭を撫でられると人はリラックスするらしい。
結局人は苦しくて辛い時にはこうするのが一番なのだ。人に触れられてるのを実感することでこの人は自分の味方だって思えるから。
「あ……うん」
茜は照れくさそうにそれでいて嬉しそうに頷いた。
「ね、もうちょっと強く」
「……はいはい」
注文が多い幼馴染みだな。
こうしてオレは茜が副生徒会長として立派に挨拶を務めているのを舞台袖から見守った。
「い、いつき〜終わった〜私、やりきったぁ……わァ、アア〜」
無事に挨拶を終えられて緊張の糸が解けたのか、へろへろなりながらこちらに来る。
その姿はまるで子鹿だ。
さっきまでは堂々としていたのに落差が激しすぎて笑みが溢れる。
「ち、ちょっと……笑わないでよ」
しまった。拗ねさせてしまったか。
「悪い悪い……けどさっきの姿はカッコよかったぞ?」
「そ、そう? カッコよかった? 私」
ちょっと嬉しそうに言う茜。
あ、このパターンは肯定すると調子に乗り始めるやつだ。調子に乗ってめんどくさいことにならないように……いや
「カッコよかったよ。流石あかねって感じだ」
こんな時くらいは素直に褒めるか。
「でしょ!? えへへ〜」
緩み切った口元を隠そうとはせず無防備に満面の笑みを見せる。
……う、悔しいが可愛いと思ってしまった。
「いつきが褒めてくれた〜♪ 」
なんというか、誰がどう見ても上機嫌だな……少し褒めただけでこの反応。
こいつ、こんなにちょろい奴だったっけ?
「はいはい。それはいいとして新条よ、俺たちもそろそろ教室に帰ろうか」
そう言った瞬間、何故か彼女の軽い足取りがぴたりと止まる。
「ちょっと!! なんで苗字呼びに戻ってるのよ!? さっきまであかねって呼んでくれてたじゃない!」
そう叫ぶと同時にくわっとした表情で叫びながらすごい勢いで胸ぐらに掴みかかってきた。
なんでそこで怒るんだよ!? 急にスイッチ入るの怖すぎだろ!? 情緒不安定か!?
「ねぇ!? なんでよ!? 茜って呼びなさいよ!! ほらぁ!?」
茜と接すれば接するほど茜のことが分からなくなっていくのであった。