第36話 新条茜の演説
茜の立候補者再演説まであと数分、俺は教壇近くでその時を待っていた。
「おや、佐藤くん奇遇ですね」
その声に振り返ると選挙管理委員長の神崎紫音がこちらに手を振りながら近づいて来た。
「……神崎か。本当に奇遇か?」
「さぁ? どうでしょう?」
クスッと笑いながらはぐらかす紫音は俺の隣で教壇を見つめる。
「……これも佐藤くんの計画通りですか?」
「……なんのことだ?」
「とぼけても無駄ですよ。ここまでスムーズに演説の変更日を決めることができたのは万が一に備え、私と佐藤くんで事前に打ち合わせしていたからです。そしてこの提案は佐藤くんから出されたもの。あなたは新条さんの演説中に何か起こると予測していたからじゃないですか?」
流石俺のパートナーと言いたいほど俺の考えを読んでいる。もはや俺の口からは何も言うこともないのだが、紫音の方も答え合わせという意味合いで話しているのだろう。
「……可能性の1つとして考えていただけだ。最悪のパターンとしてな」
「なるほど。では今回はどうなると思いますか?」
「……3つのパターンが想定できるが……どうなるのかは分からない。だから俺は楽しみにしているんだ」
その答えが今からわかる。
『それでは新条茜さん。立候補者演説をお願いします』
司会の声が聞こえ、舞台袖から茜が姿を表す。
その歩みは前と比べ、堂々としているように見える。
教壇に着き、一瞬だけ俺の顔を見る。その顔は何かを決意したような、そんな表情だった。
そして前を向き、深呼吸をして語りかける。
「皆さん。この前はご迷惑とご心配をおかけしてすいませんでした。新条茜です」
少し表情は硬いが、練習通りに演説をしていく。
手を使い、声の抑揚を操り、必死で、もがくように。茜は自分の思いを生徒達に伝えていく。
茜の姿を生徒たちは食い入るように見ていた。
何かを懸命に成し遂げようとしている者の姿は自然と人の心を惹きつける。
「これが、私が掲げる生徒会そして学園の方針です」
パチパチと茜に向けての握手が贈られる。
「……悪くはないですが、これでは古宮さんには届きませんね」
紫音の言う通り、悪くはなかった。もしろあがり症でここまでできたのは素晴らしい。確実に、新条茜は変わっている。
だが、そんなことは他の生徒達には関係ないことだ。
「……そうだな。これじゃあ届かない。このままでは」
だけど、これで終わりじゃないんだろう?
「それはどういう……」
「最後に1つだけ、皆さんに伝えたいことがあります」
茜は打ち合わせにはないことを話し始めた。
「先日の演説中倒れてしまったのは疲労によることが原因じゃありません」
茜の一言で体育館内が一気にざわめき始める。
あの顔を見た瞬間、確信した。
茜、お前は。
「……私はあがり症なんです」
自分の弱さを曝け出す気なんだと。
「私は大勢の前で何かをするのが苦手なんです。前の演説も緊張で声も出なくて、頭が真っ白になりました。私の心が弱いからだと思います」
そい言いながら震えた手をあげて生徒達に見せる。
「今もみんなにどう思われているのかが怖くて、手が震えてます。だけど、私は少しずつでも変わっている」
それは先ほどの演説が物語っていることだ。
「この学園も同じです! 変わらなくちゃいけない。変わることは怖いことです。だけど変わらないと成長もできません! この学園を変えていくのはあなた達生徒一人一人です!! 私はみんなとなら出来ると確信しています!! だってここにいるみんなはすごい人たちなんだから!!」
茜は自分の弱さを受け入れて、前に進もうとしている。そして何より、生徒達全員一人一人が特別だと、主人公であると伝えている。
茜の言葉の熱は生徒たちの心にもしっかりと伝わっている。
どうしてそう思うのか。他ならぬ俺が茜の言葉の熱を感じているからだ。
「私は自分を。この学園を変えたい。でも私一人じゃ出来ない。みんなの力が必要なの。だからお願い。私の力になって助けて」
いつもとは違う。
綺麗な姿ではない。洗練さもなく、とても泥臭い。
だけど、これだ。
自身の強さも、弱さも全部受け入れて、それでも前に進もうとするその愚直なほどの真っ直ぐさが美しく、そして羨ましく感じた。
「私はみんなを引っ張るのではなく、みんなと共に進む生徒会長として職務を全うしたいと思います。ご静聴ありがとうございました!」
体育に響き渡るほど大きな称賛の拍手が茜に送られた。