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第34話 立候補者演説






 立候補者演説当日。

 

 私、新条茜は一人舞台裏で自分の番を待っていた。

 

 今、演説しているのは古宮ひよりだ。

 

 すごい。と思う。

 

 1年生とは思えない堂々とした姿、説得力のある言葉。生徒会長としてこの学園をどうしていくのかわかりやすく、はっきりと説明している。


 今まで私と彼女の違いは名家で正真正銘のお嬢様な所だけだと思っていた。

 

 だけど、それは違うと今ならわかる。古宮ひよりの言葉に重みがあるのは学年主席と去年に生徒会長をしていたという実績と積み重ねによるものだけではない。


 そこにあるのは眩しいほどの強い意志。


 絶対に負けないという自信と振る舞い。


 そして本当に成し遂げてしまうんじゃないかと思わせるほどのオーラ。



 鼓動が高鳴る。

 手に汗が出てくる。

 お腹が痛い。

 不安が、緊張が、恐怖感が襲ってくる。


 今の私と……真逆だ。


 まずい。


「……っ。いつきっ」



 無意識にいつきの姿を探すけど当然ながら誰もいない。

 

 そうだ。あの時居てくれたいつきは居ないんだ。


 一人でなんとかしなきゃ。



『続きまして、新条茜さんの立候補演説です』


 気がついたら、古宮ひよりの演説は終わって、次は私の番となった。

 震えた体で歩き出す。

 

 舞台の照明が眩しい。


 教壇の前に立ち、前を向く。


 たくさんの視線が私を見ている。



「……ぁ」



 喉や口がカラカラで声が出ない。



『え? 今、何か言った?』


『マイクの調子が悪いのか?』


『……新条さんどうしたんだろう?』


『もしかして佐藤くんと同じパフォーマンスなのかな?』



 どうしよう。このままじゃまずい。話さなきゃいけないのに。

 練習通りにやらなきゃいけないのに。声が出ない。

 なんで?

 どうして?

 さっきまではできたのに。

 空気が悪い方向へ変っていく。頭が真っ白になる。


 ああ、そうか。


 私は……結局、弱くて、一人じゃ何もできない人間なんだー

 

 意識がだんだんと遠のいていく。

 力が入らなくて立てなくなる。


 あ、このままじゃ倒れるなと思ったけど。私の体は倒れなかった。



「……大丈夫か。茜」



 いつ……き?


 私の意識はそこで完全に落ちた。





「……あ、茜ちゃん。大丈夫?」


「……お姉ちゃん」



 目が覚めると私は保健室のベッドで寝ていた。

 まだ、意識が……ぼーとする。


 ………………!!


「え、演説は!?」



 そうだ……!! 演説……!! 私まだ何も……!!


 思わず、体を起こして立ちあがろうとする。だけど力が入らないからうまく立てない。



「わ、茜ちゃん。落ち着いて。ね?」



 お姉ちゃんは私を宥めるように私を支え、ベッドに座らせた。



「今からちゃんと何があったか説明するから」


 

 私はだまってお姉ちゃんの説明を聞いた。

 やっぱり、私が倒れそうになった時支えてくれたのはいつきだった。

 どうやらお姉ちゃんに舞台近くで見守ることができるようお願いしていたみたい。


 だから、私が倒れそうになった時いち早く反応して来てくれた。

 お姉ちゃん曰く、あいつはこうなることを予想していたのかもしれないそうだ。


 それだけじゃなくて、私が理由が生徒会の業務と選挙の準備の両立で疲労が溜まり倒れてしまったと説明してくれたらしい。


 そのおかげか、学校のみんなが心配してくれているらしい。


 私、迷惑ばかりかけてる。


 説明をして貰ったあと、お姉ちゃんと二人で家に帰った。



「………………」



 ベッドに寝転びながら心配のメッセージを送って来てくれたみんなへ返信していく。


 双葉からも『大丈夫?』ってメッセージが来ていて少し嬉しかった。全員のメッセージを送り終えた時には外は暗く、雨が降っていた。


 お姉ちゃんがお風呂に入っている隙を狙って私は家を出た。

 傘をささずに歩く。


 思い出す。演説の時のあの情けない姿を。

 なんとなく、雨に打たれたい気分だった。それに人に泣いてるところを見ると見られたくない。

 

 顔も、涙か雨かわからないくらいに濡れる。

 靴もじわじわと濡れて来て、心がどんよりと黒くなっていく。


 碧嶺学園の近くにある公園のブランコに座る。 


 ここに来た理由は人が来なさそうだったから。



『やっぱりね!! どうせ私みたいな人間は何をやっても変わらないのよ!!』


 過去の自分が言っている。


『今までの全てが無駄だったわけ』



 うるさい。



『結局、あんたはひとりぼっちで馬鹿にされるがお似合いなのよ』



 こんなに雨が降っているのになんで幻聴が消えないの……!!



『もういいじゃん。全部諦めなさいよあんたはー』


「傘、ささないと風邪ひくぞ」



 声が聞こえた。



 見上げると目の前には佐藤一樹が居た。



「……なんで?」


「知ってるからな。お前がいつも人の居ないところで泣くことを」



 そう言いながらこいつは私に傘を差し出した。



 




 


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