第32話 聖女様と相合い傘
「……雨、結構降ってますね」
「そうだな……天気予報では晴れだったのに」
「いつも見ている天気予報では晴れだったので完全に油断してました」
「俺は古宮は折り畳み傘を常備してるイメージがあったんだけどな」
「今日に限って鞄の中に入ってなかったんです。最初はコンビニとかで買って帰ろうかと思っていたんですけど友達が『……男の人は女の子に頼られると嬉しいものだって本で書いてあった』と言っていたので、だったら頼んでみてもいいのかな。とつい甘えてしまいました」
「なるほど……まぁ、確かに女の子に頼られるのは悪い気はしないな」
「そういうもんなんですね」
そんな雑談を交えながら古宮と相合い傘をしながら帰っている中、俺はあることを考えていた。
なんで俺たちは相合い傘で帰っているんだろう……?
なんか、ラッキーアイテムとかその場の空気とかで軽くオッケーしてしまったが、この状況あまりよろしくないんじゃないのか?
絶対に誤解されるだろこれ。
それで噂になって………………やばい。刺される未来しか見えない。
「あの、古宮さん。やっぱり傘を持ってきているんだから相合い傘なんてする必要ないのでは?」
「はい?」
うわ、やべぇよ。平坦だけどなんか怖いよその「はい?」
「その……周りに誤解されるからやめといたほうが」
「うるさいです」
「………………」
「問題ありませんよね?」
「……はい」
これ以上この話をするのはやめよう。
俺の危険察知センサーが過激に反応してる。
「……先輩の応援演説。素晴らしかったです。敵ながら感服しました」
話題転換のためか古宮は応援演説の話をしてきた。
「そうか? あれくらい誰にでもできる。もちろん古宮にもだ」
そう言うと古宮は困ったように笑い何も言わなかった。
「……もうすぐ立候補者演説だな」
沈黙が気になり、こちらから話題を振った。
「そうですね。気合いを入らないといけません。更新された生徒会選挙支持率アンケートも新条副会長に逆転されてしまいましたし」
「逆転と言っても僅差だろ? あの程度、立候補者演説でいくらでも覆る」
そう、あくまでアンケートは予測の数字だ。参考になっても鵜呑みにはできない。油断なんかしている暇はない。
「その、もし……私の……いえ、なんでもありません」
古宮はそれ以上何も言わない。
それはまるで答えを聞くのを恐れているような。そんな気がした。
「そうだな。これはもしもの話だけど、俺が古宮の応援している立場で今回のように圧倒的な劣勢に落ちいっていたら同じことをした」
「……そうですか」
そういうと古宮は嬉しそうに、安心したようにはにかんだ。
しかし、少し元気がない気もする。
立候補者演説による緊張か、選挙直前で支持率の順位が逆転したことによる焦りや不安か。
古宮も周りからの期待やたくさんのものを背負っている。
不安にならないわけがない。
緊張しないわけがない。
そのプレッシャーは相当なものだろう。
もしかしたら、今日珍しく遊びに行ったのはそんな心をリフレッシュするためだったのかもしれない。
「正直、矛盾した思いがあるんだ」
「矛盾ですか?」
「ああ、新条の作る生徒会を見てみたいと思うと同時に……」
立ち止まり、古宮の目をしっかりと見る。
「お前が生徒会長をしている姿を俺は見てみたい」
俺は古宮の瞳から目を離さない。消えかけているものを再び宿るまで決して離さない。
聞こえるのは雨の音だけ。
「…………」
古宮の瞳の奥にもつ意志に光が灯った。
「……大丈夫です。負けるつもりは毛頭ありませんから」
どすっと横から古宮に脇腹をつっ突かれる。
「ひよりチョップです」
そういながら笑った。
「その……先輩。ありがとうございます。励ましてくれて」
古宮は俺を見上げながらどこか恥ずかしそうに口をもごもごさせる。
「……新条には内緒で頼む」
そう言うとまたくすっと笑った。