第31話 聖女様のお迎え
『すいません。迎えをお願いしてもいいですか? それと傘もお願いしたいです』
晩御飯を食べ終え、ソファーで寛いでいると古宮から可愛いスタンプと共にメッセージが送られてきた。
ああ、そういえば昨日学校の友達と遊ぶとか言っていたっけ。
ひとまず『了解』とだけ返しておく。
送られてきた位置情報を見ると最寄りの駅のようだ。
18時前とはいえ、雲はどんよりしており、夜のように暗くなっている。雨も降っているし迎えに行くのは全然いいんだけど……
その前にこの姿を変える必要がある。
俺が神藤一樹だということが応援演説をきっかけに一気に学園中に広がった。
クラスのみんなの反応はやっぱりといった感じだった。
どうやら、織田くん含めて俺のことを神藤一樹だと気づいていたらしい。名字が変わっていたのであまり深くは突っ込めなかったらしい。
まさか、紫音の言っていた通りだったとは。
名字と外見が違うから別人だという強い思い込みが働くのかもしれない。(キリッ)
とか的外れなことを考えていた自分を思い出して死にたくなった。
とまぁ、そういうことで神藤一樹は多くの生徒に注目されてしまっている。
そんな中、今の状態で古宮を迎えに行ったら? もし、古宮だけではなく、友達も連れていたら?
『……え? あれが神藤先輩? なんか……いまいちパッとしないね』
『なんか、死んだ魚のような目してるし……別人じゃない?』
『うわ、普段はあんなだらしないんだ……幻滅……』
そんなことは絶対にあってはならない!
年下にはカッコ悪いところは見せたくない。……どうせ見せるならカッコイイところだろう!!
「……よし」
重い腰を上げて洗面所に向かう。
鏡に映るのは覇気が感じられず、死んだ魚の目をしたいつも通りの自分。
ひとまず、この猫背をなんとかするか。
「うぉぉぉぉ………」
バキバキボキボキ!
せ、背筋を直しただけなのに骨が悲鳴を上げている……!
気を取り直して次はワックスで髪を整える。
髪型は応援演説の時みたいに整えて……最後に目と表情をキリッとさせる。
よし、神藤一樹スタイルの完成だ。
正直、あんまり変わっている気がしていないが葵さん曰く別人とのことなので大丈夫だろう。
古宮は俺だと気づいてくれるだろうか?
い、いや……あいつなら大丈夫だろう。きっと気が付いてくれるはずだ!!
……多分。
身なりを整え、指定された最寄り駅に向かう。
歩いている最中、周囲からはちらちらちと視線を感じたのが気になったが無事に辿り着きそうだ。
ふと見たらスマホをいじっている古宮の姿を見つける。どうやら一人のようだ。
相変わらずの美貌を発揮している古宮は周囲の視線を集めていた。
男女関係なく全員がその容姿に心奪われているのがわかる。
そんな中、声をかけないといけないのか。この前の葵さんみたいに俺に妬ましそうな視線を向けられるのは嫌なんだけどなぁ。
ふぅ、なんか応援演説の時より緊張する。
うん……よし、行くか。
覚悟を決めて古宮の元へ向かう。
……古宮はスマホを見ているため、近づいている俺に気がついていない。
えっと、とりあえず声をかけなくては。
……なんて言ってかければいいんだろう。
いやいや、何をバカなことを考えているんだ。えと、えと、と、とりあえず堂々と名前を呼べばいいんだ。
「ひ、ひより」
ミスった! なんで名字じゃなくて名前の方呼んでんだ!?
名前を呼ぶと古宮はビクッと体を跳ねさせ、スマホを落としかけながら俺の顔を見る。
「へ? え? な、なんで……?」
なんで? ああ、この格好のことか。
「カッコつけてみたんだけど、変かな?」
「そ、そんなことありません! すごく……カッコいい……です」
「お、おう……ありがとう」
そう言ってくれる割にはさっきから俺のこと直視してないんだけど……
この反応。ま、まさかこの神藤一樹スタイルってそんなにダサいのか!?
カッコいいと言っているのはお世辞!? お世辞なのか!?
ち、ちょっと待ってくれ、もしこの格好がダサかったとしたら応援演説の時みんな俺のことダサいって思ってたってコト!?
一人でショックを受けていたらいきなり古宮が傘の中に入ってきた。
「え? あの、ちゃんと古宮の分の傘も持ってきてるぞ?」
「え? えと、その……今日のラッキーアイテムがその相合い傘だったんです!!」
ラッキーアイテム? 何を言ってるんだこいつは?
「えっと……そういうことなので相合い傘……だめですか?」
ぎゅっと古宮に袖を掴まれる。
……ん? 待てよ? 普通ダサいと思っているやつと相合い傘なんてしたいと思うか?
いや、思わないんじゃないのか?
つまり……今の俺は決してダサくはない!?
「ああ、古宮がそれでいいのなら!」
よかったー!! そう心の底から思いながら相合い傘で帰った。