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第29話 応援演説




 応援演説当日



「ごめんね? 紫音ちゃん。我儘聞いてもらっちゃって」



 応援演説中、舞台袖で新条生徒会長が申し訳なさそうに謝罪してきました。


 

「構いませんよ。私も丁度ここで見守るつもりでしたから」


 彼女が演説を舞台袖で見たいと懇願してきたのはここが演説場から最も近い場所だからでしょう。

 私も神藤……いえ佐藤君の演説は誰よりも近くで見たかった。本当は私だけ一人で見たかったのですが。彼女ならいいでしょう。

 

 彼女は神藤くんについて語り合える数少ない方ですから。



「紫音ちゃんもいつき君の演説が気になる?」


「ええ、それはもう。これでもわたしは彼の元パートナ。ですから」


 そうくすりと笑いながら言った。もしかしたら自虐的だったかもしれませんね。


 それに、佐藤くんを応援演説の場に引きずり込んだのは他でもない私ですから。



「……これまでの応援演説はどう思われましたか?」

 


 順番的には佐藤君が一番最後になる。

 彼の番まで少し時間があるので暇潰しに話題を振ってみことにした。



「え? そ、そうだなぁ……ひよりちゃんの応援演説が一番淀みがなくてしっかりとしてたと思う。それ以外は……まぁ無難って感じかな?」



 つまり、最初の演説以外はあまり印象は残らなかったということなのでしょう。


 

「まぁ、応援演説なんてそんなものだろうけどね」


「わたしはこれまでの演説はただ立候補者を応援している演説だと思いました」


「え? それはそうでしょ? だってこれは応援演説なんだから」


「わたしなら、この場で勝負を決めるような演説をします」



 それはつまり立候補者を勝たせる演説。


 選挙に最も大切なのは立候補者の人徳・成績・実績・能力ではなく演説だ。そして勝たせる演説をする為には念入りの準備をしなくてはならない。


 佐藤くんはそのことを理解していた。



「例えば、佐藤君は今回の演説を夕方にするように私達にお願いしてきましたよね?」


「そうだね。大変だったけど……なんとか変更できてよかったよ」


「どうして彼が夕方にするよう私達にお願いしてきたかわかりますか?」


「どうして……か。そういえばいつき君、理由は教えてくれなかったな」


「この時間帯は授業の疲れで生徒の思考力が鈍くなっていますから、自分の意見を通しやすいんです。これは彼の仕込んだ策の一つですね」


「なるほど……」


「新条会長もわかると思いますよ。彼がなぜ最も優れていた生徒会長と言われているのかを」



 ようやく、佐藤君の番がきた。 

 久しぶりに見る彼の実力。期待と不安で胸の鼓動が高鳴っているのが分かります。


 しかし、会場の状態は最悪ですね。


 初めは真面目に演説を聞いていましたが、その集中力もかけていて散漫になってざわついています。おそらく、真面目に聞いている生徒は半分以下でしょう。



 それを理解しているのか、新条会長も不安そうな表情をしています。


 騒々しい中、彼はその姿を表しました。



「……え?」


 思わず、息をするのを忘れた。


 整えられた髪、物怖じせず、気後れせず、ナチュラルかつ堂々たる振る舞い。

 その姿は中等部の頃の……第100期碧嶺学園生徒会長を務めていた『神藤一樹』そのものでした。


 神藤くんが持つ『見る者を惹きつける抜群のオーラ』は散漫していた全員の意識を一気に集める。


 全員が分かった。いや分からされてしまった。


 彼は神藤一樹であると。


「え? これって……」


「あの、神藤くんじゃない?」


「え? うそ……」


「なんであいつが?」



 一気に会場がざわめき始めます。


 そんな中、神藤君は教壇についても彼は一言も発さずに沈黙していました。



「……え? ち、ちょっと?」



 その姿に隣にいる新条会長含め全員が戸惑っています。

 それでも彼は何分も沈黙を貫きました。 

 すると次第に生徒達の雑音が消え、自然と神藤君に注目が集まりはじめます。


 人は「うまく話さなければならない」という考えに囚われ沈黙を恐れます。

 ゆえに早々と演説をし始めてしまう。それでは集中力がかけている生徒達には届きません。

 

 神藤君は生徒達が「この人は今から何を話すんだろう?」と話を聞く準備が出来るのを待っていたのです。



「皆さんこんにちは。応援演説をさせていただく神藤一樹です。まぁ事情により今は佐藤と名乗っていますが」



 彼は堂々と自分が神藤一樹であることを明かしました。

 そして全員はそれを当然のように受け入れていた。 


 一般家庭である新条茜さんが勝つ為には学園内でもトップクラスの人気と権力を持ち、異議を封殺できるカリスマ性と家柄を備えた人物に応援演説をしてもらうしかありませんでした。


 そしてそれが出来るのは私と……私以上の影響力を持つ神藤くんしかいなかった。


 ……今回の応援演説は「佐藤一樹」としてここに立つと考えていた。その考えは覆った。


 あなたにとって新条茜とはそれほどの存在なのですか?



 神藤君はゆっくりと語りかけるように話し始めた。



「私が今回、彼女を支持するのには理由があります。皆さんは新条茜さんの生徒会の方針を見ていますでしょうか?」



 確か……『全員でこの学園を変えていく。誰もが主役』でしたか。



「これは、かつて私が掲げた方針と似ています」


 それは私も感じていたことでした。だからこそ、神藤くんは新条さんの選挙を応援すると確信していた。



「なぜ、私が生徒会長を務めていた代が今も尚語り継がれているのか。それは他ならない、今ここにいる皆様のおかげなんです」



 神藤くんが生徒会長だった世代は多くの部活動が実績を上げ、各委員会も数々の改革を進め、未来への種を残しています。


 そしてそれらは全て神藤くんが中心となって行っていた。



「実際に成し遂げたのはここにいるみんなです。私はそれを後押ししたに過ぎません。まだ何も成し遂げていない人たちもいるでしょう。自分には才能がないから無理だと考えている人も」



 神藤君は語りかけると同時に手を大きく振り上げたり、特徴的な動作をして生徒達の注目を集め続けます。



「断言できます。才能っていうのは誰にでもあって、それを自分で自覚したり、人に見つけてもらったりすることで開花するものです」



 生徒達がのめり込んでいるのを確認すると彼は生徒達に語りかける。

 実際、神藤くんは多くの才能を開花させてきた。それも彼が多くの生徒たちに支持される理由の一つ。


 だからこそ、響く。


 彼の言葉が。



「私は、卒業する時に胸を張って言いたい。この学園はここにいる私たち皆んなで変えてやったのだと」



 体育館の空気が段々と変わっているのがわかる。間違いなくこの場は神藤くんが支配している。

 

 それを実現させたのは授業の疲れで生徒の思考力が鈍くなっていること。そして彼の声の力。

 彼の声を聞いたものは心が落ち着くと同時に不思議な高揚感を与え心服する。

 

 これは一種の洗脳のようなものかもしれないですね。


 しかし、大衆を動かしてきた者は同じような力を持っていたことも事実です。


 そして彼は両手を大きく動かしながら演説は終わりを迎えます。



「新条茜に清き一票を!!」



 ボルテージが高まった体育館に彼に敬意を表すように拍手の音が鳴り響いた。

 


「ご静聴ありがとうございました」



 熱い視線と拍手に見送られながら神藤君は舞台袖へと消えていった。



「……すごい」



 隣にいる新条会長はそう呟いた。



「紫音ちゃんはこうなることを予測して私にいつき君のことを教えてくれたの?」


「ええ。彼が表舞台に立つとこうなることは分かりきってしました。これでもわたしは彼の元パートナ。ですから」



 そう思いながら消えゆく彼の背中を見ながら言った。



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