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第26話 聖女様の願い





「……悪い、もう一度言ってくれるか?」


「ですから、今回の生徒会選挙。私と一緒に出馬して下さい」



 どうやら聞き間違いじゃなかったみたいだ。

 聞き間違いであって欲しかったんだが。



「その……副会長として、私の側に居て…………支えてほしいです」


 視線は一切動くことなく俺を見つめ、その言葉はまるで懇願しているかのように重々しいものだった。

 真意は分からない。だけど古宮の願いは冗談だと言って流して良いものではないことだけは確かだ。

 

 古宮ひよりは聡明だ。今からでも出馬できることを事前に確認した上での言葉だろう。


 だからこそ分からない。



「……なんで、俺なんだ? 俺なんかより優秀な生徒が周りに沢山いるだろう?」


 

 例えば、中等部の生徒会メンバーとか。

 それだけではない、その容姿・実績・能力を考えると2・3年生にも彼女が勧誘すればついていく者もたくさんいるだろう。

 

 俺なんかより適任者はいくらでもいるはず。茜も古宮もどうして俺なんかにこだわるんだ。



「そうでしょうか? この学園に転校することができる時点でかなり優秀だと思いますけど? それにあの新条生徒会長から一目置かれているじゃないですか」



 知っていたのか。

 いや、そこそこ騒ぎになっていたから当然なのかもしれない。

 頼られているのは語弊があるかもしれないが。


「それは言い過ぎだ。あの時は人手が足りないから生徒会の手伝いをしただけ」


「本当にそれだけだったんですか?」



 その表情はそれだけではないと確信を持っている。



「……てっきり新条副会長と一緒に出馬するのかと思っていたのですが、確認したところそうではなかったので」



 そこまで調べていたのか…… 



「何よりあなたは……いえ、なんでもありません」



 何が言いたかったのかは気になるが、俺が古宮に言える返事は一つだけだ。



「悪いけど、俺は誰とも出馬する気はない」


「……誰とも。ですか、やっぱり新条先輩に勧誘されていたんですね」


「……まぁな。古宮と同じように断ったけど」



 そう言うとどこかほっとした表情を見せた。

 自分が理由で断られたのではないと分かって安心したんだろうか?



「…………わかりました。一緒に出馬して欲しかったんですけど仕方ありません。生徒会自体に入られる気がないようですし」


「理解が早くて助かる」


「勿体ないと思いますけどね。本当に……」



 勿体ない……か。こいつは俺のことを評価し過ぎだ。



「そういえば、新条副会長の応援演説は誰がするんですか? まだ決まっていないようですが……」



 情報収集の一環だろう。そんなことを聞いてきた。

 まぁ、別に隠すようなことじゃないから言ってもいいか。



「ああ、俺だよ」


「は?」 



 背筋がゾクッとした。

 え? 古宮さん? なんか怖い。

 さっきまでの熱がどこへ行ったと言いたくなるくらい冷めた声だった。心なしか、部屋が肌寒く感じる。


 誰から見てもわかるほどすごく機嫌が悪くなってしまっていた。

 

 ………………なんで?



「応援演説を、先輩が? 私じゃなくて他の人を……応援……?」


「い、いや……その、生徒会長の依頼なんだ! 話の流れで新条の応援演説をすることになっただけで……」



 慌てて古宮さんを必死になだめる。

 なんだろう……こちらは何も悪くないのに、全面的に俺が悪いような気持ちになる……!!



「ばか、ばかばか、ぼけなすっ……」



 横から子供のように不服そうな顔でぽかぽかと肩を叩かれる。



「い、いたいたい……!! ごめんって!」



 古宮がムッスーと頬をくらませながらこちらに無言で訴えてきる。 

 古宮が放つ申し訳ないと思わせるような圧にたじろいだ。



「あ、あくまで俺がするの手伝いと応援演説だけだ。それが終わったらもう関わることはない」


「あーそーですか」



 不機嫌そうにぷいとそっぽを向かれた。取り付く島もないとはこのことか。 



「……も、もし古宮が生徒会長になって何か困ったことがあったら言ってくれ。手伝いならいくらでもする」



 俺は茜の勝たせるために応援演説もそのための手伝いも精一杯するつもりだ。

 だけど、やっぱり最後の勝敗は茜次第。古宮が勝つ可能性だって十分にある。



「……どうせ新条副会長にも同じようなこといってるんじゃないんですか?」


「そ、そんなことないぞ! こんなこと言うのお前だけだって!! 本当に!!」



 あ、あれ? なんか……女たらしみたいなこと言ってないか?



「ふーん……ちなみにそれって、私がお願いしたら朝の服装チェックとか昼のゴミ拾いとか、その他業務とかも私の隣で手伝ってくれるてことですか?」


「あ、ああ。もちろん!」



 まぁ、生徒会には優秀な人材が揃っているだろうから、わざわざ俺に助けを求めることなんてないだろうけど。



「……ふーん? まぁいいでしょう。それで妥協します」



 妥協という割には満足そうな表情をしている。

 よ、よかった。機嫌はだいぶ良くなっているみたいだ。



「私の中では生徒会メンバーは決まっていたんですけど、考え直しですね」



 もし、俺が断らなかったらどんなメンツになっていたんだろう?



「ちなみにどんなメンツなんだ?」


「そうですね。生徒会長は私で副生徒会長は先輩。以上です」


「会計と書記と庶務は!?」



 二人だけで生徒会をまわせるわけねぇだろ!?



「え? 私と先輩の二人だけで十分でしょ? 先輩なら副会長をしつつ会計しつつ書記も委員会連合統括と部活連合統括もできますよ」



 いやいや無理無理!! こいつ中の俺ハイスペックすぎる!



「というか私の生徒会には先輩以外入れたくありません。色々と邪魔です」



 え? 何この子……? 怖い……!!



「まぁ、流石に冗談ですけど」


「な、なんだ。冗談か……」



 古宮ってそういうボケも言うんだなと少し意外だった。

 全く、中々にユニークな後輩だ。



「流石に先輩の負担が大きすぎますから。私が生徒会長と会計・書記といった事務をこなし、先輩は副会長をしながら部活連合・委員会連統括といった管理業務していく形が理想でしょうか?」



 やっぱり古宮さんは怖かった。




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