第23話 我儘
「……こんなところかしら?」
「うん。いいんじゃないか? 内容はそれで……あとはー」
茜と二人、他の誰もいない生徒会室で向き合いながら生徒会選挙の作戦会議をしている。茜の立候補者演説を聞いて修正すべき点を指摘し、演説の台本の完成度を上げていた。
演説の話はひと段落ついて次に選挙活動についての話をする。ビラ配りとか学園内にある掲示板にポスターを貼ったりとそういった話だ。
「そういえば、応援演説を誰にするのか決まってるのか?」
碧嶺学園の生徒会選挙のは2つの演説がある。
応援演説とはいわば前哨戦だ。
特に茜にとってこの応援演説は重要なものとなってくる。
茜は名家・元貴族・士族・各業界のトップなど富裕層の子息が多く在校しているこの学園で学内でも少数派の一般家庭。そんな茜の立候補を快く思わない生徒は一定層存在する。
だが、ここでそういった層を取り込めるほどの人気とカリスマ性を持つ生徒に応援演説をしてもらうことで古宮との差を埋める事が出来る。
正直、今すぐ古宮との差を埋めるにはこの方法しかない。
「それが……まだなのよ。早く決めないといけないんだけど」
少し意外だった。
副生徒会長である茜の積み重ねてと人気度はこの学園でもトップクラスだ。
茜の選挙を応援してくれている生徒も何人かいるはず。だから応援演説は簡単に決まるものだと思っていた。
「……私も、生徒会の先輩達や色々と伝手を使って頼んだのよ。でもダメだった」
「何かあったのか?」
「私が生徒会長になったら双葉を生徒会にスカウトするって話を聞いたって。私はそんな話誰にもいっていないんだけどね」
おそらく、茜の選挙を妨害しようとしている他の立候補者の仕業か。
それとも……茜の応援演説を他の誰かにさせないために彼女が仕組んでいるのか。
どちらにしろ一般の生徒に広めていないのは良心的か。
「まぁ、あながち嘘というわけでもないんだけどね」
「……本当に中野を生徒会に入れようと思ってるのか?」
俺の言葉にこくりと頷いた。
断った生徒達は茜を支持していても学園内で腫れ物扱いされている中野の生徒会入りを快く思ってないのだろう。
なるほど、応援演説者が決まっていないのはそれが原因か。
「あの子の計算能力だけじゃなく情報処理能力もバカ高いのよ。絶対戦力になる。それに……」
「それに?」
「悔しいじゃない。本当はすごい子なのに誤解されたままなんて」
ああ、そうだった。
こいつは周囲の評判や噂なんかで人を判断せず、自分で目の見て判断する奴だったな。
だから、しっかり交流を重ねて中野がいじめをする奴じゃないと判断したんだろう。
そして、自分が信頼に足ると判断したら何があっても絶対に信じる。
そういう奴なんだ。
現状、茜が古宮ひよりに勝つには
1.一般家庭である茜を支持してくれる。
2.学園内でもトップクラスの人気と権力を持ち、異議を封殺できるカリスマ性と家柄を備えた人物。
3.中野が生徒会に入ることに否定的ではない。
この3つの条件を満たしている者に応援演説をして貰わなければならない。
これがどれほど困難なものであるかは茜が一番理解している。
「わかってる。これは私の我儘なのよ……でも諦めたくない」
俺は葵さんに茜の生徒会選挙を手伝うと約束した。約束したからには結果がどうであれ俺に出来ることは全部やるのが筋ってもんだ。
それに、これは諦めて欲しくないと思う俺の我儘だから。
「なぁ、茜……お前の応援演説。俺に任せる気にはないか?」
そう言ったら茜は顔ぽかんとさせた。
俺がこんなことを言うなんて思ってもみなかったのだろう。
「マジで言ってる?」
「マジで言ってる」
少し考えさせて頂戴と一点を見つめ考えこむ。
その表情は真剣そのものだ。
「いや……ナシでしょ。いくら私があんたを優秀だって思っていても周りはそうじゃない。実績も学園内地位も皆無だし、発言力も影響力もない」
茜の言っていることは正しい。俺は最近転校してきたばかりで何も評価されていない。実績もないただの一般生徒。
いくら中等部の頃は有名だったとはいえ、所詮は過去の人。神藤一樹の影響力なんて大したことないかもしれない。
「ただ……あんたならもしかしたらなんとかしてくれるって思う自分がいる。これはきっと、あんたを信頼じゃなくて、あんたに可能性を感じているのかな」
可能性……か。
「そうね……うん。決めた。応援演説、あんたにお願いしてもいい?」
そう言って笑った。
「任せろ。俺が差も不利も全部まとめてひっくり返してやる」
俺が今やるべきことは茜が感じたその可能性に応えること。俺の持っているもの全てを使って。
「なんか、あんたが言うと本当に出来そうな気がするわ。詐欺師とか向いてるんじゃない?」
「なんて失礼なやつなんだ」
「あはは、ごめんごめん。でも、なんか嬉しいわ。ありがー」
「別に感謝されたくてやるわけじゃない。それにその言葉は……生徒会長になってからだ」
「うん……そうね」
そう言って微笑んだ。
「はー……なんかスッキリした。あ、茶菓子でも食べる? お姉ちゃんが隠してるとっておきのがあるのよ」
「そんなもん勝手に食べてもいいのかよ……」
「いいんじゃない? 多分」
あとで絶対に怒られるな。
「あ、そうだ! お姉ちゃんといえば……ちょっと聞いてほしんだけど!」
紅茶と茶菓子を用意しながら思い出したように声を上げた。
そのテンションは少し高い。
「昨日の夜……部屋で電話しているのを聞いたんだけど、お姉ちゃんが……その、デート……するみたいで」
「へーデートか」
葵さんも人気で毎日告白されてるからなー
そりゃデートの一つや二つするだろう。それになんかそういうのなれてるイメージがするし。
「なんだよ気になるのか?」
「そりゃそうよ!! ほぼ毎日デートの誘いや告白を受けてもバッサリ断っているあのお姉ちゃんがデートよ? デート!! 男とどこか遊ぶのは初めてだわ」
「そ、そうか……」
「つまり……これはお姉ちゃんの初デート。気にならないわけないじゃないっ!」
「お、おう……」
「それになんか……通話してる時、声が楽しそうだったというか……とにかく!いつもと違ったのよ! もしかしたら……そういうことかも!!」
茜は「ぐぬぬ……」と言いながら頭を抱える。
流石にその反応は大袈裟じゃないか?
いや…もし妹の一花がどこぞの知らん男とデートすることになったのを知ってしまったら同じ反応をしてしまうかもしれない。
「ちなみにデートの日は?」
「今週の土曜!」
……ん? 今週の土曜日?
「名前は……確か……シンドウって言ってた」
それ……俺の事じゃねぇか。