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第21話 近づいた距離




「……はぁ」



 以前、クレープを食べたベンチで座りながらタイツを脱ぐ。

 ……だいぶ涼しくなった。気がする。息もだいぶ整った。そしたら今度は喉が渇いてきた。


 あー何か冷たい飲み物が飲みたいー



「ひゃ!?」



 ピタっといきなり冷たい感触が頬から伝わった。



「あ、すまん」


 

 少し驚いた様子で缶コーラを持った佐藤が謝る。

 言葉のわりに全然申し訳なさそうだったので軽くパンチしておいた。


 むぅ……コーラか。汗をかいて炭酸が飲みたかった気分だったからナイスチョイス。


 ありがたく受け取る。



「ありがーピギャー!?」



 開けた瞬間、噴き出したコーラが私の顔面に襲いかかった。

 ぎゃあああああああ、目がっ!! し、しみるっ!!



「あ、すまん。振った覚えはないんだが−むぐっ!?」



 むかついたからさっき脱いだ黒タイツを佐藤の顔面目掛けて投げつけてやった。

 目を閉じて適当に投げたがどうやら当たったみたいだ。



「何かあったのか?」



 佐藤はそう言いながら隣に座る。そして私を見つめる。

 そして何も言わない私との距離をさらに縮めてきた。

 肩と肩が触れ合う距離。そしてまた私を見つめる。



「もしかして、俺に対してなんか距離置こうとしてる?」


「……そこまで察してるのになんで話しかけてくるかなー」



 嘆くように空を見上げる。



「え、いや。だって気になるだろ」



 気になるだろって。普通はそこで離れていくもんでしょうに……

 そんなこと言ってもこいつには意味がないんだろうなぁ。



「……昼休み。佐藤がクラスのみんなに私なんかと関わらない方がいいっていわれてたじゃん」


「おお、あれ聞いてたのかよ」


「……その時、私が中等部で何をやらかしたのか聞いたんじゃないの?」



 さっと片腕で目元を隠した。 



「ああ、なんかクラスの女子をいじめて不登校に追いやったとかなんとか」



 一生消えることのない私の過去。誰の目からしても許されない過ち。これがある限り誰も私を見ない。

 


「なんであんたはそんないじめっ子に関わろうとするわけ?」


「え? だって中野は人を傷つけるような奴じゃないだろ?」



 普通は私を糾弾したり、事実かどうか問い詰めたりするもんなのに。佐藤はそれらを一切しない。


 こいつは心から私がいじめをしたと思っていないんだ。


 だからこそわからなかった。



「なんで、私のこと何も知らないくせにそんなことが言えるの?」


「……知ってるからだよ」


「……え?」


「中野は……自分が傷ついてでも大切な人を守ろうとする奴だって。ちゃんと知ってる」



 普段の声とは少し違った真剣みを帯びた声。

 その声はいつもと違って不思議な高揚感を与える。この感じ……前に一度体験した事がある。



「それはどういうー」


「ピギャァァァ!?」



 えっ!?


 突然の悲鳴に佐藤の方を向いたら噴き出したコーラが佐藤を襲っていた。

 

 いや、まぁ。コーラ開けたらそうなることは知っていたけどっ!! なんで今開けるの!?



「目が、目がぁぁぁぁ!!」


「ぷ……あははは」



 あまりのかっこ悪さに笑ってしまった。 

 途中まではすごくよかったのに……ほんと、締まらないなぁ……



「もう、ふふ……何それ……わざとなの?」


「え、お、おう……も、もちろん。全て計算。全ては計画通り」


「そんな涙目で言われても説得力ないんですけど?」

 

「……ぐっ」



 あまりのベタさに軽く笑い合う。




 もし、ここで佐藤の言葉を否定してしまえばどうなるんだろう?


 もう二度と関わってこない可能性だってある。クラスのみんなみたいに私のことを腫れ物のように扱い始めることだってあるかもしれない。

 



 それは……嫌だなぁ。


 そう強く思ってしまった。

 クラスや噂に流されず、追いかけて来てくれた佐藤には誤解されたくない。


  

「違うよ。私は……いじめてなんかいない」



 思わず溢れてしまった言葉。

 だけど、その先は話す気はない。これは茜にも話していないことだから。

 話してしまうとこれまでの全てが無駄になる。

 

 でも、もしかしたら……


 いやいやいや……ないないない。さすがにこれは夢物語すぎてない。



「ま、そうなんだろうとは思ってたけど」



 その言葉を聞いて佐藤の顔を見る。

 その目は私を見ていた。



「……クラスのみんなが言ってることより、私の言ったことを信じるんだ。どうして?」


「えっ? あーえっと……そうだな……俺は信じたい方を信じるみたいな?」


「えー何それ……」



 その笑顔を見て心が少し鼓動が高鳴る。

 夕日のせいか、なんだか少し……ほんの少しだけ佐藤が–


 はっとなって首を振る。


 いやいや……ないないないない。それこそないない。 



「中野? どうした?」



 私の奇行を見て心配そうに話しかけてくる。

 全く……こっちの気も知らないで。


 ああ、なんか。もう気にするこっちがばかみたいに思えてきた。

 

 鞄を持ち上げて立ち上がる。

 


「さとー」


「ん?」


「……帰ろっか。一緒に見るんでしょ? ドラマ」



 なら、もう遠慮なんかしてやるものか。



「……ああ」



 もう、そうやって嬉しそうな顔をする。



「……よし、そうと決まれば我が家に直行だー」


「もしかして、上履きのまま帰るのか?」


「いいじゃん。一緒に帰ればそんな気にならないよ」


「そういうもんか?」


「そういうもんだよ」



 そう笑いながら佐藤に手を差し出す。



「ああ……」



 そう笑いながら佐藤は私の手を取ってベンチから立ち上がった。

 二人並んで歩き出す。


「あれ? お前ん家でドラマ見終わったら、俺一人で上履きで帰ることになるんじゃね?」


「ありゃ、ばれたか」


「バレたかじゃねーよ。帰る時中野の靴貸してくれ」



 ちょくちょく、お互いの手が触れ合う。


 きっとこれが今の私たちの距離だ。




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