第20話 遠ざかる距離
私、中野双葉は人に好かれるような存在じゃない。
むしろ逆だ。
中等部の時にやらかして、学園中で腫れ物扱いされている。不登校気味の問題児。
それが私。
「ふぁ〜」
目を覚ます。
寝起きは悪く、気だるい。時間を確認すると11時過ぎだった。
今から行っても学校に着くの昼休みか……よし、今日はサボりだなこりゃ。
再びベッドで寝転ぶ。
ふと、あることを思い出した。
そういえば……昨日、映画を見たあとうちでドラマを一気見する約束をしたんだっけ。
今日学校をサボったら佐藤はどう思うのだろう。落ち込むのかな? ないとは思うけどここまで来たりして。
「い、行かないと……」
コンシーラ……どこだっけ。
ベッドから降り、学校へと行く準備を始めた。なんというか、友達のために学校へ行くとか……らしくないことをしてるなぁ。
以前の私だったらこの時間はサボ確定なのに。
そんなことを考えながら支度をして、戸締りをして学校に向かう。
最近、学校へ行くのが前より楽しくなった。
茜が居て、佐藤が居て……どこにもないと思っていた居場所が出来たような気がする。
……ってなんでこんなこと考えてるんだ? やば、なんか恥ずかしくなってきた。
あーもう!! やめやめ!! 何も考えず無心で歩こう。
そんなことを考えながら学校について上履きに履き替え、教室の扉を入ろうとしたら
『なぁ佐藤。昨日お前が中野と一緒にショッピングモール歩いてるの見たって聞いたけど本当なのか?』
扉の向こうから男子生徒の声が聞こえた。
ぴたっと手が止まる。
窓からバレないように教室を覗くと何人かのクラスメイトが佐藤を囲って話しかけていた。
『転校生だから知らなくて当然なんだけど、中野にはあまり関わらない方がいいぜ?』
『そうだよ。私達心配なんだよ? あの子のせいで佐藤くんも–』
なんというか、声だけでクラスメイト達が佐藤を心配しているのがわかった。
ああ、まぁ、そうなるよね……わかっていたことだけどさ。
佐藤は気がついてないだろうけど、あいつもクラスでは結構人気がある。
理由はなんとなくわかる。誰もを惹きつけ、一緒にいるとどこか心地良くさせる。そんな力が佐藤にはあるんだ。
(自分が大切に思ってる人以外に何を言われようと、どう思われようと気にしないし)
佐藤は以前、私にそう言った。
だけど、私は佐藤の言う『大切に思っている人』に入っているのだろうか?
入っている? 入っていない?
趣味が合う? だけどそれは別に私じゃなくてもいい。
一度遊んだ? だけどそれはたまたまだった。
自信がない。
私には佐藤と茜しかいない。
……だけど佐藤は?
佐藤の返事を聞きたくなくて私は購買へと向かった。
人気のないところでパンを食べて授業が始まった瞬間を見計らい教室に入る。
「うわ、今日は来たんだ……」
「来ないと思ってたのに」
「こんな時間から来るなんて……」
そんなひそひそ話が最後列から聞こえてくる。
はぁ、ほんと毎度よく飽きないね。
そんなことを思いながら歩いていたら途中、佐藤を目が合ったがすぐ逸らした。
机に突っ伏して寝る体勢に入る。
結局、いつかはこうなっていたはずだ。
わかりきってた。だから別に悲しくもないし、落ち込んだりしない。
そう……分かってたじゃんか……
心にもやもやを感じながら目を閉じた。
授業が終わりクラスのみんなが部活や帰ろうしている。
私も鞄を持って教室を出ようとしていた。
どうせドラマも一緒に見ないだろうし、今日はさっさと帰りたい。そんな気持ちだった。
「せい」
「ひゃ!?」
いきなり後ろから誰かに右脇腹を突かれた。
いや、こんなことするのは一人しかいない。
「おいおい、なんで先に帰ろうとするんだよ」
振り返ると少しムッとした佐藤が居た。
「……は?」
なん……で?
「いや、は? って……お前ん家でドラマ一気見するって約束しただろ? まさか忘れたのか?」
いや……いやいやそっちこそ、昼休みのクラスのみんなから何言われたのか忘れたの?
私なんかと関わらないほうがいいって言われてたじゃん。
なのに……なんで? 意味わかんないんだけど。
え? もしかして馬鹿?
クラス中の視線が集まる。
「……っ! そ、そんなの知らない!!」
私は佐藤を拒絶し、この場から逃げるように駆け出した。
一度も振り向かずただガムシャラに無我夢中走る。
止まりたくなかった。だから上履きのまま校舎そして校門を出た。
「おいー!靴をー!!」
生徒の視線と先生が何か言っていたが構わなかった。
校門を出て桜坂を下る。
こんなに走るのは久しぶりだ。口の中が血の味がする。
「はぁ、はぁ、はぁぁ……」
あ、足……重い。
息……苦しい……呼吸しないと……引きこもり……気味だから……体力が。
速度も徒歩と同じくらいにまで落ちてしまい、立ち止まり、膝に手をつきながら呼吸を整える。
あータイツ……汗まみれだ……脱ぎたい……でもここまで来ればもうー
「おい……上履きのまま何やってるんだよ」
声が聞こえた。
今一番聞きたくないその声に顔を上げずに答える。
「そっちこそ……息を切らしながら何してんの」
「急いで追いかけてきたんだよ」
「……どうして」
「お前が泣きそうな顔をしていたから」
……なんだよそれ。
「……ばっかじゃないの」
顔を上げ、振り返ると私と同じく上履きを履いたままの佐藤一樹がそこに居た。