第14話 聖女様と桜
古宮ひより。
容姿端麗で成績優秀。それでいて謙虚で驕ることはない。学園中の人気者の聖女様がまさかお隣さんだったとは。
しかし、たかが隣人。全く接点のない赤の他人から顔見知りの他人へと変わるだけだ。
彼女は生徒会長の座を狙っている茜を応援する立場の俺にとっては敵のような存在。ここで下手に関わると後々面倒なことになるだろう。
こちらから声をかけることもなく、ドアノブの上にある鍵穴に鍵を指し込む。
ガッ! ガッ! ガッ!
「……なんでちゃんと刺さらないんだろう……まさか故障?」
……この子は鍵穴のないドアノブにカギを指し込みながら何を言ってるんだろう?
いや、鍵穴上にあるじゃん。なんでドアノブの方に刺そうとしてるの?
「あ、ドアノブ……の上か」
そうだよ……やっと気がついたか……あれ?
ふと古宮の頬が赤いことに気づいた。
表情はどこか覇気がないし、どこかぼーとした眼差しだ。
これはもしや……
「……体調悪いのか?」
「……大したことではありませんのでお気になさらず」
思わず古宮に話かけるが、彼女はこちらを見ずにそう答えた。
表情は引き締まったが、虚な瞳と頬は赤いままだ。
こちらをみる余裕がないのか。見ず知らずの他人に声をかけられたので警戒しているのか。
いや、両方だな。
でもなんでだろう。どこか懐かしさを感じたのは。
「熱……あるんじゃないのか?」
そういうと古宮の顔がわかりやすいほど強張った。
あくまで予想だったが、どうやら当たりだったらしい。何いうか、誰かに似てわかりやすい奴だ。
「大丈夫か?」
「別に……大丈夫です」
いや、そんなしんどそうな顔で言われても説得力皆無なんですけど。なんというかこいつ……
「嘘、下手なんだな」
「……え」
ここで初めて古宮ひよりはこちらを見た。
思わず、綺麗な顔だなと思った。透けるような滑らかな肌、大きな瞳で美しく可憐な容姿をしている。
古宮ひよりは俺の顔を見た瞬間、目を大きく見開く。
そして、怖いくらい真面目な表情で目に穴が開くほど俺の顔を見つめてきた。
「……えと、俺の顔に何かついてるのか?」
「い、いえ……あ」
古宮はふらりとよろめきながら鍵を落とした。
流石に今の状態で屈むのはしんどいだろうと思い、落ちた鍵を拾う。
「……鍵を落とした……ぞ!?」
体の力が抜けたのか、力尽きたのか、古宮はこちらに向かって倒れてきた彼女を受け止めた。
意識が朦朧としており、はぁと溢れた息は荒く熱がこもっていた。額に触れると明らかに熱い。
買い物袋を見ると冷えピタやスポーツドリンクが見える。
先ほど拾った古宮の鍵を見る。
緊急事態だからな。仕方ない……か。
あとで面倒なことになりませんようにと祈りながら古宮の身体を支えつつ、彼女の部屋の鍵を開けた。
「ふぅ。とりあえずこんなものか」
数十分後、ひとまずやれることは全部やった。
冷えピタと家から持ってきた氷枕も使ってるし布団もかぶせた。
服装はブレザーを脱がしリボンと第一ボタンを外している。
スポーツドリンクも解熱剤も机の上に置いたし応急処置は的にはこれくらいかな。
あとは帰るだけだと言いたいところだが、今俺が帰るとこの家の鍵がかけられなくなってしまう。
かといってこのまま鍵を持って帰るなんてのは論外だし、とりあえず古宮が目を覚ますのを待つしかない。
安らかにくぅくぅと寝息を立てている古宮の寝顔を眺める。
あ、そっか。どこか懐かしさを感じたのは『あの子』の面影があったからだ。
俺はその子の事を『桜』と呼んでいた。名前の由来は桜坂で出会ったから。
桜と出会ったのは俺が神藤一樹だった頃。
誰かに見つけて欲しそうな……そんな捨てられた子犬のような寂しい表情をして桜坂の前で立ち止まっていた。
だから、思わず声をかけてしまったんだ。
口調はやや乱暴で、不良のような着こなしで少しとっつきにくい印象の少女だったけど根はいい子だった。
懐かしいな。1ヶ月くらい勉強を教えたんだっけ。
俺の接し方がいけなかったのか最後まで彼女は名前を教えてくれなかった。
結局、心を開いてはくれなかったということだろう。
まぁ、何も言わず突然姿を消したわけだから当然なんだろうけど……
「……今頃どうしてるだろう」
そんな事を呟いた。
っといかん。今は古宮のことに集中するべきだな。
とりあえず、目を覚ましてすぐ薬を飲めるようにしておこう。
念のために氷枕と一緒に自分の家にあった解熱剤を持ってきてはいるが、古宮が買っていた解熱剤の方でいいだろう。
……ん? こ、これは……!!
ざ、座薬じゃねぇか!!
え? まじ? 座薬? いや、まぁ……使う薬なんて人によるんだろうから変ではないよ? でもさ? 聖女様って座薬使うんだ……
……なんか、いやら……んん!! 考えるな。
それにしても座薬ってこんな形してるんだ……へぇ……本当に効果あるのかな?
………………なんか試してみたくなってきたな。
そんな事を思いながらふとベッドの方を見ると古宮の目がパチリと開き、状況を確認しようと寝ぼけながらも俺をみていた。
ふむ、古宮からしたらなぜか自分はベッドで寝ており、目の前には見ず知らずの男子高校生が自室にいる。その正体不明の男子が座薬を取り出し、真剣に見つめていた。
3アウトってところか?
「おはよう」
とりあえず、挨拶でもしておくか。(現実逃避)