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第13話 聖女様




「ごめんね? 送って貰っちゃって」


「いいえ。日も沈みかけてますから」



 生徒会選挙についての話もひと段落して俺は葵さんと一緒に帰っていた。

 少し遠回りにはなるがこの時間帯に女性一人は危ない。



「ふふ……そんなところ茜ちゃんに見られたらヤキモチ妬くかもね」



 どこか楽しそうに葵さんは言った。



「そんなことないと思いますけど。そんな事を言ったら逆に俺の方がそういう視線を感じます。葵さんは美人ですから」



 その証拠に先ほどからすれ違う人がこちらに視線を向けている。

 まぁ、こちらというか葵さんにだ。

 そして俺に向けられる怪訝そうな目線。なんか色々と辛い。



「むふふ。そう?」



 通行人の視線を集めながら歩いてると葵さんがチラチラこちらを見つめてくる。


 多分、何か言いたいことがあるけど言い出せないのだろう。

 ……こういうところは姉妹なんだな。



「どうしました?」


「ああ、いや。えっと……いつきくんて幼稚園の頃は佐藤だったよね? なのに中学の時は神藤って……今は佐藤だし」


 

 あー……なるほど。どうして俺が佐藤から神藤になってまた佐藤に戻っているのかが気になるのか。


 それは確かに気になるし、聞きづらいな。



「そうですね……簡単に説明すると俺と母さんの前に蒸発した親父がいきなり現れて……一緒に暮らすことになったんです」


「え、いきなり壮絶しぎない? で、でもそっか。だからあの時急に引っ越ししたんだね」


「はい、その時に名字が神藤になったんですけどその後、親父と喧嘩みたいなものをして佐藤に戻りました」



 まぁ、あれは喧嘩ですらないけどな。



「え? なんで喧嘩したの?」


「うーん。価値観の相違ってやつですかね?」


「ごめん。バンドの解散理由か何か?」



 まぁ、ざっくり説明するとこんなもんかな。

 かなり説明不足だけど、葵さんは色々と察してくれてこれ以上は聞いてこなかった。



「でもさ。意外と神藤一樹くんだってバレないんだね」



 話題が転換し、葵さんは不思議そうに話す。



「そうですね……多分バレてはないと思いますけど、みんなから面影があるとか似てるとか、会ったことある? とかは言われてますよ」



 クラスで言うと織田くんや中野とかがいい例だな。それでもバレていないのは俺の名字が佐藤だからだろう。名字が違うから別人だという強い思い込みが働くのかもしれない。

 

 あとは



「外見が違うからかな?」



 中等部の頃は神藤家の長男として身だしなみに気をつけていたから今と外見は少しは違う……はずだ。



「あーなるほど。髪型が違うだけでも人の外見って結構変わるからね……そんなに違うの?」


「写真見ます?」


「え!? みたい見たい!!」


「えーと……確か……スマホの写真に……あ、あった。これです」



 葵さんは目を輝かせながら俺のスマホを覗き込んだ。



「え!? 誰このイケメン!?」


「俺ですが……」


「うそ!? え!?」



 今の俺の顔をスマホの写真を見比べながら唖然としていた。

 いやいや、髪をセットし今のように猫背ではなくピンとした背筋で、死んだ魚のような目じゃなくキリッとした目をしているだけだぞ? そんな違いはないだろ。



「なんか、呪いが解けたかのような爽やかさというか……」


「え? もしかして今、呪われてる状態みたいってディスられてます?」


「え、いや〜……あはは……」



 いや、否定しろよ。おい。



「まぁ、あれだね。確かにこれなら……」



 葵さんは納得した様子で頷いた。

 

 今の葵さんをみて俺が神藤一樹だと気がつくのは中等部の生徒会メンバーだけだかもしれないと思った。


 ……そんなに違うものなのだろうか。



「そういえば、今回の生徒会選挙の不安要素ってなんなんですか?」


「そうだね。手伝ってくれる以上は話しておこうかな。まだ公表はされてないんだけど今回の選挙は聖女様……古宮ひよりちゃんが生徒会長として立候補してるんだー」



 古宮ひより。


 碧嶺学園中等部103期生徒会会長を務め学年主席をキープしている一年生。名家の家柄で正真正銘のお嬢様だ。


 その美貌と中等部の実績を讃えられて茜たちと同じ碧嶺5大美女の一人とされている。


 話かけられれば誰にも優しく微笑みかける慈悲深い姿から碧嶺学園の聖女様なんて呼ばれている。

 ちなみに茜は碧嶺学園の姫君、葵さんは碧嶺学園の女帝と呼ばれている。

 

 生徒会長だから葵さんが女帝はわかるけど、茜が姫君って……わがまま女の間違いなのでは?



「確実に1年の支持は取られると思うんだよ。となるとあとは3年生の支持なんだけど……」



 碧嶺学園は元は貴族・士族など日本のトップに立つ者の教育機関として設立された名門校だ。ゆえに名家・元貴族・士族・各業界のトップなど富裕層の子息が多く在校している。

 

 新条姉妹は学内でも少数派の一般家庭だ。一般出身が生徒会長になるのを認めない層も一定数はいる。

 

 しかし、古宮ひよりならそれを確実に取り込むことが出来る。そして古宮ひよりの実績は茜以上だ。そうなると最悪3年生だけではなく、2年生さえも票を取られてしまう可能性だってある。



 そう考えるとかなり厄介な相手だ。



「1年生で生徒会長なんて中々ないと思うけど、ひよりちゃんは生徒会長へとなり得る能力と支持を持ってると思うんだよ。中等部の君みたいに……ね?」



 その言葉に顔を逸らした。

 


「送ってくれてありがとうね。あ、せっかくだから上がっていく?」


「いや、絶対に面倒なことになるのでやめておきます」


「それは残念。あ、ちょいまち」



そういうと葵さんはポケットからスマホを取り出した。



「連絡先、交換しよ。今なら茜ちゃんのもついてお得だよ〜?」


「わーい。ウレシイナー」



 『結構です』と断ったら長引きそうだったので素直に連絡先を交換した。

 


「それじゃ、明日からお願いね♪ いつきくんおやすみ」



 葵さんが家に入ったのを確認し、俺もマンションに帰るため歩き出す。

 

 古宮ひより……か。一度遠目から見たことがある。

 聖女のあだ名に相応しい美しく可憐な美少女だった。立ち振る舞いも静かで綺麗でついつい見つめてしまうような魅力を持っていた。

 

 それを証拠付けるように周りにはたくさんの人が居て、彼女はみんなの中心だった。


 まぁ、少なくとも今の俺には話す機会もないし関わることのない遠い存在か。

 

 そんなことを思いながら自分の住む階にエレベーターが止まったので降り、自分の部屋がある廊下を歩き始めてすぐ固まった。


 

「あれ……かぎ……どこだったけ……」



 部屋の扉前でさらさらしたストーレートヘアーをたなびかせ、困ったように両脇に買い物袋を置き鞄の中から何かを探している古宮ひよりがいた。


 遠い存在だと思っていた古宮ひよりは俺の隣に住んでいるとても身近な存在だった。






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