第12話 生徒会長
「いやーいつき君は好かれてるねー」
茜が渋々帰った後、二人きりの生徒会室で葵さんはニヤっと笑いながらと俺の腕を肘でツンツンと3回ほどついてきた。
「……要件はなんですか?」
「そんなめんどくさい顔しないで……ね? とりあえず座って」
葵さんは首を少し首を傾げ、手を合わせてお願いのポーズしながら言った。とりあえず葵さんの言葉に従う。
出来れば早く本題に入って欲しいが……
葵さんも俺の対面に座り、話を切り出した。
「茜ちゃんの出馬のお誘い。断っちゃった?」
「……聞いてたんですか?」
「んー? 茜ちゃんのテンションでなんとなくそう思っただけ」
「なるほど……」
そういう人の心の機微に鋭いのは変わらないな。
「私個人的な意見としては一緒に出馬してくれまではいかないけど、選挙の手伝いをして欲しいなって思ってる」
「俺なんかが茜の手伝いを出来るとは思えないんですけど」
「そんなことないと思うけどなー? 茜ちゃんが素直に頼ってくるなんて中々ないよ?」
その言葉に黙るしかなかった。
新条茜は他人に悩みや弱さを打ち明けるのが苦手な人間だ。
あいつが素直に頼るのはこの学園内でも俺か葵さんの二人くらいだろう。
……それでも
「そもそも俺がサポートするまでもないでしょう。ほとんど次期会長当確なんじゃないですか? 葵さんの妹で現副会長なんだし」
これは本当に思っていることで、実際茜の人気は凄まじく、実績も能力も申し分ないレベルだと思っている。唯一懸念があるとすれば茜のあがり症くらいだが、そこは葵さんがいくらでもフォローすることができる。
だから余程の相手じゃない限り勝てると思うのだが。
「それがそうでもないんだよねー……」
どういうことだ? あがり症以外でも葵さんが憂いている何かがあるのか?
「ねーお願い!! 君がサポートしてくれたら茜ちゃんは勝てると思うんだ茜ちゃんには君が必要なんだよ」
葵さんは手を合わせ、茜と同じような台詞を言ってきた。しかし、一つだけ茜と違う点がある。
それは茜と違い、俺がサポートをすれば必ず勝てるという確信を持ってお願いしてきているというところだ。
「……何を懸念しているのかは分かりませんが、そこまで俺にこだわる理由が分からないですよ。俺なんかより優秀な生徒達が葵さんの周りにはたくさんいるじゃないですか」
俺の優秀という言葉に葵さんはす、と目を鋭くさせた。
「ふーん。じゃあ言わせてもらうけど……いつきくんはなんでこの碧嶺学園に転校できたのかな?」
「それは……」
「この学校が日本屈指の難関校であるくらいはわかってるよね?」
俺の返事を待つことなく、葵さんは言葉を続ける。
「碧嶺学園の転入試験を受けるためには相当なコネが必要だし、そもそも転入試験自体が恐ろしく高く設定されている。入試試験より数段ね」
葵さんの瞳は俺を逃さない。
「いやー私、満点の試験用紙なんて初めて見たよーいつきくんがこんなに頭がいいなんて知らなかった」
……普通の生徒では絶対に知り得ない情報を知っている。生徒会長だからか、それとも誰かに教えてもらってるのか。
「知ってる? この碧嶺学園で2年連続生徒会長出来た生徒は歴代で中等部と高等部全部含めて一人しかいないんだって」
「へー」
興味がないので軽く流す。
「その生徒の名前は神藤っていうの」
興味がないのに葵さんは話を続けた。
「生徒会に入った生徒なら全員知ってる。歴代の中でも飛び抜けて優秀だった碧嶺中等部100期生徒会。入学後、神藤くんは1年生でありながら出馬し、生徒会長の座を勝ち取った」
「…………」
「それだけじゃなく、神藤君は生徒達から絶大なる支持を得て2年連続同じメンバーで続投。3年生になったと同時に転校しちゃったらしいけど……もし神藤くんが転校しなければ3年目も生徒会長を続投してたんじゃないかな?」
私が思うにーと葵さんは人差し指を立てる。
「この学園の生徒会長になるには功績・実力・人望全てを兼ね備えていなければならない。でも続投するにはそれだけじゃ足りない。きっと神藤くんは見る者を惹きつけ、自然と人を従わせる力がある子だったんじゃないかな?」
「……それは過大評価だと思いますけど」
「そうかな? 私はそうは思わないけど。ね? 神藤一樹くん」
葵さんは俺の目を見てそう呼んだ。
その言葉が耳に入った瞬間、鼓動が高鳴った。
確定だ。絶対に裏に協力者がいる。俺を表舞台に引き摺り出そうとしている生徒が。
学園内での内情を把握し、俺が神藤一樹である事を知っている生徒は一人しかいない。
「だから改めてお願い。神藤一樹君。茜ちゃんを手助けしてあげて」
正直、強制力がないため、断ることは容易だ。
が
「……そうですね。あいつの公約はどういったものなんですか?」
公約とは簡単に言ったら生徒会長になったらこういう学園にするといった方針のようなものだ。
「あ、一応本人が考えてあるやつがここにあるよー」
持ってるのかよ。
葵さんから渡された茜の公約を読む。まとまってないせいか修正するところは沢山だ。
が、しかし……
「……わかりました。ただし、手伝いはあくまで選挙期間までです」
「え? いいの? もっと渋られると思ったんだけど」
「茜が生徒会長になれば俺との接点も今まで以上に薄くなりこうして生徒会にも呼ばれることもなく、無駄に目立たなくて済みますから」
そうすればもう関わることもないだろうしな。それにここで下手に断ったら葵さんの協力者が何をしてくるのか分からない。
「……本当にそれだけ?」
葵さんは何かを探るような視線を俺に向けた。
「……それだけですよ」
「……ふーん。分かった。それでいいよ。それにしても……」
「なんですか?」
「それだけの実力があってなんで表舞台に立たないの? もったいないと思うけどなー?」
「家柄とか色々な事情……ですかね」
「……そっか」
何かを察したのかこれ以上何も言ってこなかった。
「うん。それじゃ、うちの茜ちゃんをよろしくね。約束だよ?」
「……はい。でもあまり期待はしないでください」
俺と葵さんは子供の頃のように指切りを交わした。