第11話 幼馴染みの姉
「やっほーあかねちゃんー」
放課後、茜より大人びた容姿と雰囲気を纏ったショートヘアーの女子生徒が教室の入り口でこちらに対して手を振っていた。
襟には生徒会の証である菊のバッチをつけている。
「え? お姉ちゃん?」
新条葵。
幼馴染みである新条茜の姉であり生徒会会長。容姿は碧嶺高校の中でも群を引いており茜と同じ碧嶺5大美女の内の1人。
学業もテストではずっと学年1位をキープし続け、スポーツ万能の完璧超人である。
茜は葵さんの元へ駆けつけて何やら話をしている。
生徒会のことだろうか?
葵さんは誰かを探すように教室を見渡す。
そして俺と目が合った瞬間、こちらに向かって手を振った。
「おーい、いつきくんー」
ひぃ……一瞬でクラスの視線が俺の方を向いた。
「ちょいちょい」
思い通りと言わんばかりの表情でこちらに手招きしている。
……行きたくないけど、行くしかないよな。
帰りたい気持ちをなんとか抑え込み、葵さんの元へ向かう。
「やあやあー久しぶり〜私のこと覚えてる?」
「……葵さんですよね?」
「正解! ちゃんと覚えててくれたんだね。お姉さん嬉しいな〜」
そう言いながらからかうように俺の頭をよしよしと撫でる。
背後からの視線が鋭くなっている気がする。
「それにしても……ヘー……」
葵さんはなぜか俺の顔をじーっと見つめてくる。
まるで何かを探っているような目線にたじろいでしまう。
「幼馴染みである君にお願いがあるんだけど……聞いてくれないかな?」
「あ、すいません……今日は特売の卵を買わなくちゃいけないので、失礼します」
おそらく学園の男子であれば嬉々として即答するであろう美女生徒会長のお願いを俺は頭を下げて丁重にお断りした。
人生で外れたことのない勘が告げている。
この人に関わってはいけないと。今すぐこの場から去るべきだと。
「あははーそう言うと思った。しょうがない。茜ちゃん!! フォーメーションB!!」
は?
「え!? 何それ……!?」
訳がわからない様な顔をしていたが、そこは姉妹。通じ合ったのか二人は同時に動きだし左右からぎゅっと体を密着させ腕を絡めてきた。
「むふふ〜学園一の美女姉妹に密着されていつきくんは幸せ者だね〜」
なるほど、すごいな。
周囲の視線に殺気が込められた。
「ズバリ今、どんな気持ちでしょうか?」
「生きた心地がしないですね」
「歓喜で?」
恐怖でだよ。
右の葵さんはニヤっとしているのに対し左の茜は顔を真っ赤にしながら恥ずかしそうに俯いている。
いや、茜……恥ずかしいならやめたらいいのに……
「私たちはこのままでもいいんだけど〜? 君はどうなのかな?」
葵さんは分かりきった様な顔で言った。
「……生徒会長のご依頼。謹んでお受けいたします」
「うむ。よろしい。それじゃこのまま連行だね〜」
「は? ちょっと……流石にこのままは」
俺の言葉を無視して新条姉妹は歩き出した。
いろんな生徒にいろんな目で見られながらも目的地につく。
教室の中に入るとパイプ椅子がたくさん置いてあった。
「さて、今回手伝ってもらうのは備品整理だよ。このパイプ椅子は近々行われる生徒会選挙で使うから、気を付けるように」
葵さんから備品のリストを受け取る。
生徒会の業務の手伝い……か。
「それじゃあ、お願いね? 茜ちゃんも頑張って」
そう言って葵さんは教室を出て行った。
葵さんの『頑張って』は何か含みがある言い方だったが、追求する前に教室を出て行ってしまった。
茜と二人になる。
はぁ、仕方ない。引き受けた以上はちゃんと終わらせて、さっさと帰ろう。
そう思いながら作業を開始していく。茜も開始し、無言の時間が流れる。
作業をしていてふと気がついた。
この作業量なら一人でも十分な気がー
「ねぇ」
不意に茜に呼びかけられた。
手を止め、振り返ると茜の顔はどこか強張っていた。
「……その、さ……わ、私と……」
そこで言葉が途切れた。
それにより沈黙が生まれる。
なるほど、葵さんの言葉にヒントはあった。茜が何が言いたいのかなんとなく察しはつく。
ただ、茜の言葉を待つ。
急かそうともせず、ただ黙って茜を見つめる。
「そのさ、今の生徒会の任期がそろそろ終わりで、それで近々新しい生徒会長を決めるための選挙が始まるのよ。私も……その、立候補したの」
「確かに、時期的にはそろそろだな……」
「……あんたも……生徒会副会長として私と一緒に出馬してみない? わ、私には……あんたが必要なのよ」
やっぱり、生徒会選挙の勧誘だったか。
茜の手は震えていた。こいつなりにの勇気を振り絞った言葉なんだろう。
なら俺はそれに対して応えなければならない。
「悪いな。俺は生徒会に入る気はない」
下手な期待を抱かせないようにはっきりと言うべきだ。
「そ、か……」
「別にお前と出馬するのが嫌ってわけじゃない。生徒会に入るのが嫌なだけだ」
そこだけはきちんとフォローしておく。
すると茜は少しほっとしたような表情を見せた。
生徒会なんて激務中の激務もう二度やりたくねぇ。というか、モチベーションがない今の俺に務まる気がしないのだ。
「それにお前の周りには俺なんかより優秀な奴がたくさんいるだろ?」
茜は俺の言葉にやや不満げな表情を見せた。
「私はあんたのこと優秀だと思ってるけど」
「はいはい……」
どこをどう見たらそんな考え方になるんだか。
「まぁ、いいわ……今日のところは引き下がる」
なんだ。ごねられると思ったがあっさりと引き下がったな。
「……生徒会選挙期間中にありとあらゆる手を使ってでもー」
なんか怖いことを言っているような気がするが聞かないふりをして作業に戻った。
「あ、お疲れ様〜思っていたより早かったねー」
報告するため生徒会室に行くと葵さんが眼鏡をかけながら書類と睨めっこしていた。
「どう? 知的に見える?」
葵さんはドヤ顔で眼鏡を両手でかけながら子供みたいなことを言い出した。
「あーはい。そうですね」
そう軽く流すと不満げに「ちぇー」と口を尖らす。
そんな葵さんにチェック済みのリストを渡した。
「ん。確かに受け取りました。二人ともお疲れさま。私はもう少し残って実務をするから茜ちゃんは先に帰って晩御飯の支度しといて」
「分かった」
葵さんの言葉に茜は頷く。
へぇ、弁当作りだけじゃなくて晩御飯も作ってるんだな。
「私は今からスーパーに買い出し行くけどあんたも晩御飯とか買う為にスーパーに行かなきゃならないんじゃない?」
鞄を持ち上げながらチラチラチラァとこっちを見てくるのやめてもらっていいか?
まぁ、俺も栄養食とか買わなきゃいけないし……
「そうだな。一緒に行くか」
「!!」
そう返すと茜は嬉そうにパァっと顔を輝せる。
「そういえばあんたちゃんとマイバック持ってるの!? 持ってないなら私のをー」
「あ、ごめん。いつき君は私と一緒に残ってくれない?」
「「え」」
一緒に残ると駄々をこね始めた茜をなんとか説得し帰らせて俺だけ残ることになった。