信用の証
リンゴのコンポート
胃腸の働きを助ける
「よしよし。狙った通りの効果だね」
カレンは鑑定鏡で確認した効果にうなずいた。
次に鑑定鏡を使って鑑定したサラは、ほうっと熱い息を零した。
「カレン様。素晴らしいです。あなた様は天才錬金術師でいらしたのですね」
サラが無表情のままはしゃいでいる。
表情は動かないものの、ちょこまかとあちこち動くので興奮が伝わってくる。
「さて、こちらはどうなったかな」
カレンは同時並行で作っていた蜂蜜レモンの瓶を見やった。
以前、カレンは蜂蜜レモンを作り、その疲労回復効果に驚いて自分の料理がポーションになっているのではないかという仮説を立てた。
だがそもそも、蜂蜜レモンの効果は疲労回復だけじゃない。
他の効果はどこに行ってしまったのか?
その謎は、蜂蜜レモンを鑑定して解けた。
蜂蜜レモン
免疫力を高める
「やっぱりね」
「メンエキ?」
サラも蜂蜜レモンを鑑定して、首を傾げた。
「メンエキの力とは、一体何のことでしょうか? 不明な効果があるポーションをジーク様に口にしていただくことはできないのですが……」
「それは困りましたね。病気から身を守る力で、いい効果なんですけど」
魔力をこめながら料理をする時、何を考えているのか。
それがポーションとなった時の効果に影響を与えているらしい。
今回は、蜂蜜レモンの免疫力を高める効果を念じながら作ったためこうなった。
蜂蜜レモンの他の効果はすべて消えてしまったのか、一つの効果だけが特にピックアップされているだけで、他の効果も健在なのか。
研究の種はまだまだ尽きない。
「そ、そうなのですか? でしたらぜひジーク様に召し上がっていただかなければ」
「でも、ここで判断したらあとでサラさんが困るかもしれないので、上司の方にご確認ください」
「……そうでございますね」
サラがしゅんとうなだれる。
表情は変わらずとも身体表現が豊かな子である。
サラは表情に乏しいことが理由でジークの世話を任されていると言うけれど、表情以外で色々伝わっている可能性が高い。
「本日の昼食はリンゴのコンポートでございます」
「まずはサラさんとわたしが毒味しますので、ジーク様はお茶を飲んでお待ちください」
カレンはそう言ってお茶を入れ、鑑定した。
カモミールティー
食欲を増進する
「ふむ。ハーブを単体で使えば名前が出るわけね」
ショウガを含む四種類のハーブをブレンドしたハーブティーは、鑑定するとブレンドティーという名前になった。
だが、一種類のハーブでお茶を入れればそのハーブの名前が出るらしい。
「蜂蜜レモンは蜂蜜レモンなのに。二種類ならどちらの名前も出るのかな……」
「カレン様、研究は一先ず置いておいていただけますでしょうか?」
「あっ、そうですね。毒味をしないとですね」
毒味が終わらないと、ジークがいつまで経っても食べられない。
ジークは頭を枕に預ける格好で、きょとん顔でカレンたちを見つめ続けている。
普段、ジークは一人でベッドの上で食事をするという。
もちろんサラが介助するが、毒味のために目の前で一口食べるくらいで、一緒に食べるということはないという。
ジークは貴族なのでそれが普通なのかもしれないが、いくつかの理由でカレンはジークの前で昼食を取ることにした。
そのため、ジークのベッドの側に机と椅子を運んできて、毒味というには量のある同じリンゴのコンポートと、それだけでは足りないのでバゲットも用意している。
椅子に座った格好で、カレンはのんびり魔力をこめつつ三人分のカモミールティーを入れた。
「爽やかな甘い香りですね」
「青リンゴの香りって言う人もいるんですよ」
「リンゴづくしですね」
「サラ、ぼくも飲みたい」
サラは紫色の目を見張った。
食欲がないだろうジークが積極的に飲みたいと言ったことが嬉しいらしく、頰に赤みが差している。
近くで美味しそうに飲んだり食べたりする人がいた方が、食欲も増すだろう。
「カレン様、私はジーク様にお茶をお飲みいただきますので、先に毒味をお願いします」
「作った本人のわたしが毒味をしても意味がない気がしますけど、先にいただきますね」
カレンはリンゴのコンポートをスプーンでたっぷりとすくいあげた。
透きとおった飴色に輝いている。
スライスしたバゲットはカリッと焼いてきた。
その上に、たっぷりとコンポートを乗せてかぶりつく。
ジークのことを考え、リンゴはほとんどすりおろしているので食感はジュレだ。
砂糖と蜂蜜のコクのある甘味がリンゴの爽やかな酸味を引き立て、一緒に煮こんだシナモンの風味がかぐわしい。
「ん~。美味しい! 砂糖をたっぷり使える喜び!!」
「サラ、あれ、ぼくも食べたい」
「ジーク様、まずは私が毒味をしないといけません」
美味しく食べるカレンの姿と、食欲増進のカモミールティーに刺激されたのだろう。
カレンの計画通りである。
サラは慌てて小さいバゲットを手にとり、たっぷりコンポートを乗せて、パクリと食べた。必死に咀嚼している。
「サラ、ぼくもお腹すいたよ~」
お預けにされてむずかるジークに、サラは今度こそ表情を隠しきれずに息を呑んだ。
息を呑むのと同時に口の中のものも一気に飲みこんでいた。
喉に詰まらせなかったかカレンがハラハラしているうちに、サラは機敏に動いた。
「ジーク様、どうぞ、ご賞味くださいませ」
「あむ」
サラはスプーンですくったリンゴのコンポートをジークの口許に運んだ。
ティースプーン半分くらいの量を一口で食べたジークは、しばらくモグモグしたあと、パッと笑った。
「美味しい! きみが作ったの? きみの名前……ええっと」
「錬金術師のカレンと申します」
名前を聞いてもらえたということは、多少なりとも信用してくれたということだろう。
思惑通りにうまくいき、カレンはほっと胸を撫で下ろした。
「カレン! すごいよ! すごく美味しい!」
「お褒めいただき光栄です」
カレンは笑顔で応えたが、少し不思議だった。
エーレルト伯爵家の後継者なのだから、いいものを食べてきているだろう。
カレンは自分の料理が下手だとは思わない。むしろ、上手な方だと思う。
それでも、貴族を感動させるほどの腕前だとは思わなかった。
特殊な料理ならともかく、リンゴを甘く煮こんだだけの料理である。
「食事がこんなに美味しく感じるの、久しぶりだよ」
ジークが笑顔で言うのを聞いて、ああと思った。
食欲がないのに無理やり食べる料理は、贅を尽くしていても味気なかっただろう。
ポーションで食欲の増した体にはきっと、ただのリンゴさえ美味しく感じるはずだ。
カレンは動揺を押し隠して、肩に入っていた力を抜いていった。
ずっと心に引っかかっていたことがあった。
こんな形で依頼を受けて本当によかったのか。
でも、ジークが美味しく食事ができたのなら、そのためだけでも来てよかった。
「ようございました……本当に、よかった……!」
「サラ、泣いてるの?」
「これは嬉し涙でございますので、どうぞご容赦くださいませ」
「サラは大げさだなあ」
ジークは照れくさそうに笑いながら、サラが泣きながら差し出すスプーンに口をあけた。
そうして、ジークは計量カップ一杯分のリンゴのコンポートを完食した。