お茶会で披露2
「殿下……血筋の祝福が癒えたのですね……おめでとうございます……」
「ありがとう、皆の者」
令嬢たちが次々と祝いの言葉を述べていく。
それに穏やかな微笑みでうなずくと、ヴァルトリーデは言った。
「私の血筋の祝福を癒やし、美までももたらしてくれた錬金術師を紹介したいのだが、この場を借りてもよいだろうか? もしも迷惑になるようであれば連れて帰ろう」
「迷惑になるはずなどございません!」
「ぜひっ、紹介してくださいませ!」
「平民ゆえ多少の無礼には目を瞑ってやってくれ。おいで、カレン」
カレンが進み出ると、令嬢たちの目が飢えた獣のように光った。
カレンが貼り付けた笑顔でビクつくと、ヴァルトリーデがカレンの肩を抱いて言った。
「カレンは王女たる私とエーレルト伯爵家が寵愛する錬金術師だ。どうか皆もよくしてやってほしい」
「カレンと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
教えられたとおりの笑顔、最低限の挨拶と、平民のお辞儀。
顔をあげた時には、カレンに狙いをつける目をしていた令嬢たちの顔に理性の光が戻っていた。
「殿下とエーレルトの……」
「もしや、ジーク様の血筋の祝福を癒やしたというあの錬金術師?」
「でしたら引き抜きは難しいわね……ユリウス様が色仕掛けで取り込もうとされているとか」
「邪魔をしてはいけないわね」
聞き捨てならない言葉が聞こえつつもターゲットから外れてカレンはほっと肩の力を抜きかけた。
だが、ヴァルトリーデの笑みに圧されて再び背筋を伸ばした。
「殿下、そのお肌は一体どちらの白粉を使っていらっしゃるの?」
「抜けるように白くていらっしゃるわ」
「それが、何も使っていないのだよ。余計なものを塗るとポーションの効きが悪くなると言われてね」
ヴァルトリーデは白い肌がより見えやすいように黄金の髪をかき上げた。
その仕草にすら令嬢たちは溜息を吐く。
「素肌でいらっしゃるの……?」
「なんてお美しいのでしょう……」
「カレンの作るポーションは無魔力素材のポーションゆえ、素材の安全性を保証できないのだ。それでもよければ私がこの体を手に入れたポーションをいつも私によくしてくれたそなたたちに分けようと思って持ってきたのだが……どうだろうか?」
ヴァルトリーデの言葉を合図に、侍女たちが手にしていた箱の蓋を開いた。
中に整然と並んだポーションは、キラキラと輝くクリスタルの瓶に詰められている。
「解毒のお茶だ。体に自然と溜まる悪いものを出してくれる。すると、このように肌が綺麗になるのだよ」
令嬢たちがごくりと息を呑んだ。
それを見て、ヴァルトリーデは微笑んだ。
「もし興味があれば鑑定してみなさい」
令嬢たちはぞろぞろと椅子から立ち上がり、それぞれ鑑定鏡を取り出してポーション入りの瓶を覗き込んだ。
「解毒のお茶なんて、初めて見るわね」
「体に悪いものが溜まるって、どういう意味かしら?」
「脂っこいものを食べた次の日は吹き出物ができるわ。ああいうことではなくて?」
体の仕組みは知らなくとも、美に関心の高い令嬢たちはピンとくるものがあるようで理解してくれる。
「もしよければ私からの贈り物を受け取ってくれたまえ」
「ありがとうございます、殿下」
「よろこんでいただきますわ」
美のためなら得体の知れない白粉でも使う令嬢たちだ。
毒白粉だとわかっていてなお使い続ける者もいる。
同じように得体のしれない無魔力素材のポーションであろうとも、ヴァルトリーデという実例を目の当たりにした以上、躊躇う理由はないだろう。
侍女たちがポーションを配っていく。
ヴァルトリーデは注釈した。
「これは特別なポーションなので、いくつか注意点がある。長期保存には向いていない。期限は一週間以内だと思ってほしい。あと、ここで飲むのはおすすめしないよ。これは美容に良い下剤のようなものなのでね」
さっそくポーションを飲みかけていた令嬢が慌てて瓶の蓋を閉め直した。
「あの、殿下。先程余計なものを塗るとポーションの効きが悪くなるとおっしゃいましたが、どういう意味なのでしょうか?」
「言葉通りの意味だ。そうだろう、カレン?」
ヴァルトリーデから説明をする予定だったが、令嬢の方から問い質してくれたから話しやすい。
説明をうながされ、カレンは予め準備しておいた言葉をすらすらと述べた。
「はい、殿下。これは体の中から悪いものを除去して肌荒れを防いでくれるポーションです。ですが、たとえば……毒白粉を肌に塗り、この毒が体に染みこんでしまっている人は、その毒の除去にポーションの効き目が回ってしまい、肌荒れの原因となる悪いものの除去まで効果が届かなくなってしまいます」
これはカレンが令嬢たちを毒白粉から遠ざけるために生みだした、効果小のデトックスポーションだ。
肌荒れの原因となる老廃物を除去する程度なら、このポーションで十分に効く。
だが、もっと悪いものを取り込んでいたら、それを除去するのにかかりきりになる。
そういうポーションになるように作ったら、そうなるものだとヴァルトリーデが言っていた。
ポーション――つまりは魔法薬、そして魔法というものは、願ったように実現するものなのだそうだ。
ファンタジー世界様々である。
「と、いうわけだ。ポーションの確かな効果を邪魔するような得体の知れぬものには触れぬ方が賢明だな。特に、今出回っている毒の白粉などはその最たるものだ」
会場には、こっそりと顔を拭く令嬢が何人かいた。
頑なに真っ白な顔をしているロジーネのような令嬢もいたものの、仕方ない。
本人にその気がないなら、誰も助けられない。
カレンにできることは、その気になるくらい確かな効果をポーションによってもたらすことだ。
「こんな素晴らしいものを下賜してくださるなんて、ありがとうございます、殿下!」
「これは今後どちらで買い求めればよろしいの?」
「カレン?」
ヴァルトリーデに視線を送られカレンは慌てた。
きっと売れるだろうとは思っていたものの、論文を出して発表しての手順を踏んでもいないのに、こんなに急だとは思っていなかった。
血筋の祝福のためのポーションについてはみんな慎重なのに、美に関してはあまりにも適当すぎる。
だが、それだけ切実なのだろう。
戦いたくないわけではなく、それぞれの理由で。
「王都で販売予定です」
「買いに行くわ」
「お父様に買ってもらって送ってもらえばいいわね」
「ああ、遠すぎるわ……! どなたか私の分も購入してくださらない?」
楽しげに賑わう令嬢たちの様子を見れば、今後肌の美容を阻害する毒白粉の流行りは廃れていくだろう。
ロジーネを見れば「感動いたしましたわ」と言いながら口許にハンカチを当てるふりで、化粧を落とそうとしているのが見えた。
「殿下、私たちをお気づかいいただき、見捨てずにいてくださってありがとうございます……!」
「実は、前からずっと恐かったのです。でも、みなさんがお使いになっているから自分一人だけやめることもできなくて……っ」
ペトラは、ヴァルトリーデが余計なことをしたと思っている令嬢がいると言っていたが、そうではない令嬢だっていたのだろう。
口々に感謝を告げられたヴァルトリーデは、輝くような笑顔で言った。
「皆の助けになれたのであれば幸いだ」
黄金の睫毛に縁取られた目を細め、慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。
その笑みはあまりにも満ち足りていて、美しかった。