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お茶会で披露

ヴァルトリーデが現れれば謝罪どころではなくなるだろう。

なので、ロジーネの謝罪が終わったタイミングで現れる手はずになっていた。


ロジーネの謝罪は出席した令嬢たちにおおむね受け入れられているように見えた。

エーレルトの人々には、白粉は毒だった、という点だけが公表されている。


カレンは部外者なので、彼女たちの人間関係はわからない。

その中にはペトラもいて、出席者の中でも一際不機嫌な目つきでロジーネを睨んでいた。

一時は毒で倒れるまでいったペトラとしては、謝罪されたところで溜飲は下がらないのかもしれない。

怒りが解けないのも無理はない話だ、と思いながらペトラを見ていると、ペトラはカレンの視線に気づき、ついでカレンの横を見てビクついたかと思うとツインテールをかき集めて顔を覆った。


ユリウスの視線を避けようとしているらしい。

完全にトラウマになっている。


「私の謝罪を受け入れてくださってありがとうございます。みなさんのお優しさ、私、忘れませんっ! これからもエーレルト伯爵家を共に支えるみなさんのために何ができるか、一生懸命考えていきますので、どうかこれからも仲良くしてくださいませ」


目に浮かんだ涙を拭きながら言うロジーネ。

とてもいい子に見えるものの、ペトラはますますロジーネを睨んでいる。

かと思うと、ペトラは髪の隙間からカレンだけに見えるように口パクしてきた。


まったくわからなかったので側まで近づくと、ペトラがカレンに小声で言った。


「あの子、ロジーネ! 毒白粉を使っているわよ!」

「えっ、今謝罪をされたばかりなのに?」

「自分だけ使い続けて自分だけ綺麗でいるつもりよ! 最低よねっ。ユリウス様に言いつけちゃおうかしら」


多分、それをしようとしたペトラの言う言葉ではないが、毒白粉を使い続けているとしたら問題である。

他にも、やたらと肌の白い令嬢がぽつぽつといるので、もしかしたら同じような問題を抱えている子たちなのかもしれない。


だがその問題はヴァルトリーデも予想していたことで、これから解決する手はずである。


「続きまして、前々から白粉について警告してくださり、私たちを助けようと奔走してくださった王女殿下から、お言葉があるそうです」


ロジーネがそう言った瞬間、令嬢たちの間にはピリリとした緊張が走った。

何事かとカレンが周りを見渡していると、ペトラが教えてくれた。


「王女様が余計なことをしてくれた、と思っているのよ。私たちから白粉を取り上げるなんて、ってね」

「えっ? 殿下は皆様の健康のために――」

「健康なんかより結婚の方が大事だもの」


ペトラは懲りずにそう言ったあと、バッとユリウスの位置を確認した。

声が届かない位置にいるのを確認すると、ふぅ、と息を吐いて続けた。


「ご自身がデブだから私たちのことも醜くさせようと企んでいるんじゃないかって言ってる子もいるのよ。これ、ここだけの話にしてよね。不敬罪になっちゃうから」

「殿下はそんな人ではありませんよ……?」


それどころか、太っていられるならいつまでも太っていたかった人物である。

誰のことも妬みも嫉みもしてない。

ヴァルトリーデが恨んでいるとしたらカレンくらいだろう。


「そんなの知ったことじゃないのよね。うちはお兄様も私も死んじゃったらお父様の血筋が途絶えてしまうから、戦いの義務は免除されているけれど、子どもが産まれればいずれは戦わないといけなくなるわ。戦うのは別にいいのよ。でも、これ以上家族が死ぬのは嫌だから、産むなら強い子が欲しいの。……だからユリウス様がよかったのに」


下唇を噛むペトラの言葉に、カレンは目を丸くした。


「戦いたくないから結婚したかったのではないんですか?」

「はあ? そんなことを思っていたの? 失礼ね」


キッときつい眼差しで睨まれる。

ヴァルトリーデが言っていたから、てっきりそうなのだと思い込んでいた。

だが戦いたくないのはヴァルトリーデ本人の話で、ペトラは違ったのだ。


「ユリウス様もそう思っていらっしゃるみたいなので、誤解を解いた方がよいかも……」

「えっ!? ……まあ、どうせ嫌われちゃったんだし、誤解されててもいいわよ」

「どうしてユリウス様に言わないんですか?」


カレンの言葉にペトラは片眉を跳ね上げた。


「誤解だと言うなら本当の理由を言わないといけなくなるじゃない。子どもが欲しいから結婚してほしかったとか、気持ち悪いこと言えないでしょ?」

「……それはそう、ですね」


それは本当にそうである。


「あくまでユリウス様に恋をしている体じゃないと。でも、私は私に怒鳴る男は王様でも嫌い」


ペトラ的に、ユリウスはもうナシらしい。

カレンは盛大にほっとして、ペトラに睨まれた。


「他の方々も、そうなんでしょうか?」


カレンはほっとしたのを誤魔化すように、周囲の令嬢たちを見渡した。


「知らないわよ。少なくとも戦いたくないなんて思っている人はいないと思うわよ」


ペトラはきっぱりと言う。

ありえないことだと言い切るくらい、慮外の発想であるらしい。

カレンとユリウスの思い込みとは裏腹に、ここにいる令嬢たちにはそれぞれの理由があって美に執着しているのかもしれない。


もしかしたら、かつてユリウスの責任とされたダンジョンでの事件のことも、別の事情があった人がいたのかもしれない。

そうだとしたらなんて可能性を考えはじめたら自分を責めかねないユリウス本人には言えないけれど、そうだといいとカレンは思った。


それならば、いつかユリウスが自分を誇りに思える理由が増えるかもしれない。


「万が一そんな臆病者がエーレルトにいるのなら、いじめちゃうかも」

「あんまり悪さをするとユリウス様を呼びますからね」

「ヒッ」


獲物に狙いを付ける猫のような目をしていたペトラが、ツインテールをかき集めて再び顔を隠した。

そうしているうちに、ヴァルトリーデの出番がやってきた。


「あ……」


ヴァルトリーデが会場に現れた瞬間、さざなみのように溜息が広がっていった。


「うっそぉ……」


ペトラがぽかんとしながら言う。

カレンは恐る恐るユリウスの方を見やって、絶望した。


ユリウスは驚きに目を丸くして、ヴァルトリーデを見つめている。

そこまでは普通だ。恐らくは、誰でもそういう反応になる。

問題はそこから――どういう表情を、どういう目をするのかだ。


それ以上見ていられなくてカレンは顔を覆った。そのまま泣いた。


「うっ、くううっ」

「何で泣いてるのよ。感動? あれ、あなたの仕業でしょ? やるじゃない」


ペトラが肘で小突いてくる。

この後、カレンの出番がある。

なのでカレンは小突かれつつ涙を拭って顔をあげて、気がついた。

他の令嬢たちが魂が抜けたような顔をしていた。


そんな表情をカレンのポーションが引き出したのだと思えば、落ち込んでいる心にも誇らしさが湧いてきた。


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