目的の一致
「何故交換条件を出して来ない? 簡単に受け入れ過ぎている。そなたは口先だけの約束をして、私を謀ろうというつもりか?」
「いえ、そういうつもりはありません」
カレンがあまりにあっさり受け入れたので、適当に返事だけをしたと思われたらしい。
即座に否定したが、ヴァルトリーデは疑り深く言った。
「そなたはエーレルトに雇われてここへ来たのだ。雇い主であるエーレルトに、私の体を治すように言われているはず。その依頼を翻す理由は何だ?」
「理由なんてそんな――」
「私は何も持っていないとはいえ王女だ。断るならばまだしも、王女の言葉を蔑ろに扱うことは許せぬ。それは王族への侮辱である」
「本当に、そういうつもりではなくってですねえ……!」
「ではどういうつもりだったのか、申してみよ」
思わぬ理由でヴァルトリーデを怒らせてしまったカレンはひとしきり焦ったあと、観念して腹をくくった。
「……痩せて美人になった殿下を見てユリウス様が好きになっちゃったら嫌なので、わたしは殿下に痩せないでほしいです」
「……それは、なんともな理由だな」
ぽかんとカレンを見るヴァルトリーデが心底あきれ顔をしているように見え、カレンはバッと顔を手で覆った。
「無礼極まりないですよね! すみません!!」
「いや、まあ……無礼というか、馬鹿馬鹿しいというか」
「平民のわたしの耳には王女殿下は絶世の美女として聞こえていまして、ユリウス様と恋仲だという噂があったんです。でも殿下のお姿を拝見し、噂は噂でしかないんだなあ、と安心したことが申し訳なく、わたしなりに全力で殿下を治すつもりではいたのです、が」
「が?」
「殿下本人がそう言ってくださるのなら……治さなくてもいいかな、って。治ってユリウス様とおそろいの美男美女になるお姿を見たくないし……!」
「そなたらの婚約の話は聞いていないが、付き合ってはいるのか?」
ヴァルトリーデの言葉に、カレンは愕然として顔をあげた。
「まさか! お付き合いしているわけがないです! この能力目当てに求婚されましたが結婚するつもりもないんです! ホントに! わたしは錬金術に生涯を捧げると決めたので!!」
「だが、ユリウスの心が美しくなった私のものになるのは嫌だと」
改めて言われると身の置き所がないほどの羞恥心に襲われて、カレンは全身が熱くなった。
「そもそも、すでに殿下のものだったりしませんか……? ユリウス様の口から殿下のお話を聞く度に、賛美の嵐だし、何としてでも殿下を治してあげてほしいという感じなのですが!」
「それはそなたの誤解だな」
きっぱりと言うヴァルトリーデに、カレンは顔を覆った手指の隙間からヴァルトリーデを見つめた。
「……本当に?」
「ああ。ユリウスが私を下にも置かない扱いをするのは、ユリウスがエーレルトであるがゆえだな」
「エーレルトであるがゆえ、ですか?」
「私が今から口にする言葉はエーレルトの認識を予想したものであって、私の恨み言ではないのだということを、予め言っておこう」
そう前置きして、ヴァルトリーデは説明した。
「つまり……ジークが魔封じの魔道具を得るということは、もしも順番があるとしたら、私から横取りするようなものであるわけだな」
「あっ……」
「実際には順番などないのだ。陛下は私に魔道具は使用しないという決断を下した。私の場合は命にかかわるものではなく、ジークは命がかかっていた。優先順位があるとすれば、ジークが上でしかるべきであろう。だがまあ、エーレルトの者たちは、いたく私の存在を気にかけてくれてな」
そう話すヴァルトリーデは、ひどくすまなそうだった。
「とてもよくしてもらっているよ。エーレルトはただ己の果たした義務に値する対価を求めようとしていただけなのだから、私のことなど気にする必要はないのだが……ましてや戦いを忌避する王女などをな」
エーレルトは一致団結して、ジークのために魔封じの魔道具を求めていた。
それがヴァルトリーデから魔封じの魔道具を奪うことになるのだとすれば、あの人のよいエーレルトの人々は気にせずにはいられないだろう。
「そもそも、ジークという血筋の祝福持ちを輩出したエーレルトでは、あと何代かは恐ろしくて王家の人間と婚姻など結ぶことはできないだろう。間違いなく次代もまた血筋の祝福に苛まれることとなる。ユリウスと私がどうこうなることなどありえんぞ」
「結婚したときに不都合が発生するかどうかは関係ないと思います。あくまで惹かれあってしまう心の問題ですので」
「そなたの本気がしかと伝わってくるぞ、カレン」
カレンがバキバキの目で言うと、ヴァルトリーデはうむ、とうなずいた。
「そなたのその様子を見るに、私は安心してもよさそうだな」
カレンは王女や王族を侮辱しているわけではないと信じてもらえたらしい。
だがその代わりに、カレンは大切なものを失った気分である。
「痩せたくないなら今のところ、注意すべきは例の白粉ですね。あれにまざった何ものかには魔力を抜く作用があるそうなので、うっかり使うと魔力が脂肪に変わっているという殿下は痩せかねません……それをわかっていても使わなかったのは毒だからですよ!? 決してユリウス様と殿下の仲が深まるのを警戒したわけではなくてですね!」
「わかったわかった。下手な綺麗事よりも安心したぞ、カレン。実にくだらないが、そなたにとっては切実なのだろう」
「誠にお恥ずかしい限りです……」
「ははは。そなたとはこれからも仲良うやっていける気がするな」
戻ってきた侍女たちは朗らかに笑うヴァルトリーデと涙目のカレンを見て首を傾げつつ、大したことではなさそうだと判断した様子で各々の仕事に戻っていった。