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仮説の検証

ジークと別れ、カレンはサラと二人になると用意していた紙を渡した。


「こちらは?」

「今後の治療方針です。サラさんにお渡ししてよいものかわからなかったのですが、よかったでしょうか?」

「お預かりいたします」


責任者と会うことがあれば渡そうと思っていたものである。

予めカレンが何をするつもりなのか知っていてもらった方が、話が通りやすいと思ってのことだ。


「……食事療法、ですか。初めて見る言葉です」

「食事を通して魔力に耐えられる体作りを目指す予定です」

「魔力を抑えるポーションなどがあるわけではないのですね」


サラがしょんぼりと肩を落とす。

カレンのポーションは主に前世知識が元となっているはずだ。

心苦しいものの、魔力関連はからっきしだ。


でも、カレンのポーションならジークを助けられると確信したからこそ、自信を持ってこれを渡せる。


「では、ちょうど次は厨房にご案内する予定でしたので、お連れいたします」

「ジーク様が身につけている魔道具の等級をお聞きしてもいいですか?」

「レアでございます」

「それでどれぐらいもつんですか?」

「一ヶ月ほどで壊れてしまいます。付けると、熱は下がりきりはしませんが、お身体が多少楽になるようです」

「レアで一ヶ月、しかも不完全なんですか……」


ライオスのために、フリーダも幾度となく購入を考えていた。

だが、コモンですら高い。

等級はコモン、アンコモン、レア、ダブルレア、レジェンドの五つ。

レジェンドなら完璧に魔力を抑えられるらしい。

壊れずどれぐらいもつかは未知数だそうだ。


話していると、カレンはきちんと片づいた厨房に到着した。

そこには誰もいなかった。


「料理人の方はどこにいますか?」

「カレン様に自由にお使いいただくため、料理人は本館の厨房に下がらせております。当家には錬金術師のための専用設備がないため、東館の厨房を錬金用に改造しております」


言われてみれば、本来厨房にはなさそうな魔法金属で作られた錬金鍋や、蒸留器、ビーカーやフラスコなんかが置かれていて、実験室のようになっている。


「普段、ジーク様がどんなものを食べているかとか、何がお好きなのかとかを聞ければと思ったんですが……」

「そういうことでしたら、私がお答えできます。ジーク様のお側に常に侍っているのは私ですので」

「サラさんはジーク様に信頼されているんですね」


先程も、ジークはサラを信頼して身を任せているように見えた。


「というより、私以外の方々は気持ちが顔に表れすぎてしまうので、今は私がお側についているだけです」

「気持ちが顔に表れすぎる?」

「みんな、ジーク様をお慕いしております。ですので、ジーク様を前につい悲しい顔をしてしまうのです。ジーク様は聡い方でいらっしゃるので、わずかな表情の変化にも気づいて、自分の辛いお気持ちを隠してしまうのです。ですので、表情に乏しい私がお側に仕えさせていただいております」

「ジーク様は優しい子なんですね」

「はい。とてもお優しいお方なのです」


先程、サラがジークに涙を隠そうとしたのにはわけがあった。

ジークに感情を見せないように振る舞っていたのだ。


「ジーク様は朝食に何を食べたんですか?」

「……今朝はほとんど、何も」

「昨晩は?」

「昨晩はコッコのシチューをスプーン一杯お飲みになりました」


そんなの、ほとんど何も食べていないのと同じではないか。

ライオスは死に物狂いで治そうという気持ちは強く、食べてはいた。

そのあと吐くことは多かったけれど、あれこれカレンが手を尽くすうちに、次第に吐かなくなっていった。


「ジーク様が何を食べたか記録はありますか?」

「ございます。何かの役に立つかと思い、記録しておりました」

「素晴らしい仕事です。見せてください」


サラが渡してくれたメモ帳を、カレンはめくった。

用意した料理と、その中から何を食べたのかが詳細に記録されている。


「ジーク様は鶏肉がお好きなんですね」

「はい。それ以外だと、最近は酸味の強いものを好まれるようにもお見受けします」

「食欲がない時には食べやすいんでしょうね」


カレンは医者じゃない。

ただ前世の彼が病院嫌いの薬嫌いで、そんな彼が体調不良の時には料理とハーブティーで体調を立て直させてきたので、少し体にいいものに詳しいだけだ。


「胃が弱ってるのかな……」

「以前、ジーク様を診察されたお医者様もそうおっしゃっていました」

「優秀なお医者さんですか?」

「はい。王宮の侍医でいらっしゃいます」


国で一番優秀な医者が言うのなら、カレンの見立ては間違ってはいないらしい。

胃が荒れていても、それ自体は回復ポーションや薬香ですぐ治るはず。

問題は、胃をはじめとした体の機能が弱っていることだ。

弱った状態が普通となってしまったせいで、回復ポーションでも治らない。


「これでよく……」


生きている、という無神経な言葉を口にしかけてカレンは口を噤んだ。

魔力に体を蝕まれながらも、魔力ゆえに生きながらえているのだと、カレンはすでに知っている。


「リンゴと、シナモンと、蜂蜜、砂糖、レモンを持ってきてください」

「かしこまりました」


カレンは気持ちを切り替えてサラに頼んだ。

食べ物としては、カレンが前世食べていたものはたいてい存在する。

見かけない食材もあるが、それは流通していないだけで恐らく存在はしている。


ダンジョンは異空間に通じていて、一階層は広い森なのだが、季節も気候も関係なく様々な植物が生えている。

流通していないものも、ダンジョンには生えているのを見たことがある。


エプロンを身につけ、手を洗って待っていると、すぐにサラは戻ってきた。


「すべて食糧庫にございました。もしない場合でも、すぐに取り寄せますのでお申し付けください。治療に必要なものは何でも用意するようにと命じられておりますので」

「何でも、ですか?」

「はい、何でもでございます」

「……すぐでなくても大丈夫です。クミン、カルダモン、キャラウェイ、クローブ、スターアニス、カイエンペッパー、コリアンダー、ターメリック――」

「メモを取らせてくださいませ」


前世の香辛料のこの世界での名前はすでに把握済みである。

胃健効果があったり、食欲不振に利く材料だ。

決して自分がとある(・・・)料理を食べたいからというだけが理由ではない。

ちゃんとジークが食べられるようになるまで治ってから、とある料理を作ろうとカレンは胸に誓った。


「では今日は、リンゴのコンポートを作りたいと思います」

「ジーク様もお好きだと思います」


甘い物を好んで口にしている記録もあったので大丈夫だとは思ったものの、サラがうなずくなら太鼓判を押されたようなものである。

カレンは厨房に置かれた鍋のうちの一つを手に取ると、サラが言った。


「それは錬金用の鍋でございます。料理をされるのでしたら、こちらを」

「わたしがこれから作るのは料理であると同時に、ポーションでもあるんですよ」

「えっ。リンゴで、でございますか?」


リンゴを手に取るカレンにサラが目を丸くする。

この世界には治癒魔法やポーションがあるので、魔法効果のない植物の影がとても薄い。

カレンほど食物や植物について理解がある人間は、この世界にはいないのかもしれない。


『理解』しているから、あとは『魔力』さえあればそれはポーションとなる、ということなのだろう。


「わたしも初めて作るので、仮説があっていれば、の話ですけどね」

「その仮説があっているよう、私も女神にお祈りいたします」


サラは手を組んで祈るポーズになる。

カレンは早く仮説の真偽を確かめたくて、手早く調理を開始した。




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